経済制裁(キャッシュ)と情報戦(ファクト)
最果ての辺境領。
王国騎士団による「包囲」は、一週間を経過していた。
だが、その実態は「包囲」とは名ばかりの、侵略者側の「消耗」であった。
「……食料が、ない」
「水もだ……王都からの補給はまだか!」
騎士団の兵士たちは、エリアナの「焦土作戦」によって何もかもが奪われた痩せた土地で、飢えと寒さに疲弊しきっていた。
騎士団長は、難攻不落の城塞都市を前に、ただ焦りを募らせる。あれだけの大軍で攻め込んだのに、一度もまともに交戦すらできず、ただ自軍のリソース(兵站と士気)が削られていく。
一方、その城塞都市の内部。エリアナの執務室。
戦時下とは思えないほどの静寂の中、彼女は「物理的防衛」とは別次元の「戦争」を指揮していた。
通信相手は、隣国の商人ギルド長、ヴォルグだ。
「ヴォルグ氏。契約条項第7項に基づき、現状況を『王国の侵攻による不可抗力』と認定します」
エリアナは、窓の外で包囲を続ける疲弊した騎士団を一瞥すらせず、淡々と告げた。
「これより、王国および、その関連商会に対する『銀霜草』および、その全ての加工品の輸出を、即時、全面停止します」
通信機の向こうで、ヴォルグが息を呑む気配がした。
『……(契約書にあった)「その時」が来たか。承知した。即刻、大陸全土の流通網に「供給停止」の指令を出す』
エリアナの「経済制裁」が、今、静かに発動した。
——そして数日後。王都。
辺境領で「戦争」が起きていることなど、ほとんどの貴族や市民は知らない。彼らが待っているのは、王子が宣言した「悪女討伐」の「勝利の報告」だけだ。
だが、その日。王都の経済は、突如として心臓を止められたかのようなパニックに陥った。
「な、なぜだ! ポーションが市場から消えたぞ!」
「どこの商会も『在庫切れ』だと言う!」
「回復薬がなければ、冒険者ギルドの依頼がすべて止まる!」
「いやぁぁ! 私の愛用する『銀霜のエッセンス(化粧品)』が手に入らないわ!」
「あれがないと、私、夜会に出られないのに!」
王国の「薬師ギルド」も「冒険者ギルド」も、そして華美な生活を送る貴族たちも、その経済が、エリアナが辺境領で生み出した、たった一つの「高価値商品(銀霜草)」に、知らぬ間に完全に依存しきっていた事実を、この瞬間に突きつけられた。
再び、辺境領の執務室。
エリアナは、王都の混乱を「想定通りの進捗」として報告書で確認していた。
(物理的な勝利は不要。相手の『戦費』を最大化させ、『信用』をゼロにし、経済的に『デフォルト(債務不履行)』させること。それが、私の『勝利条件』だ)
彼女は、再びヴォルグに通信を入れる。
「ヴォルグ氏。もう一つ、依頼があります」
『……まだ何かあるのか』
「ええ。『供給停止』の『理由』を、大陸全土のギルドと主要貴族に『情報』としてリークしてください」
ヴォルグは、この共犯関係を楽しみ始めたかのように、声に笑みを含ませた。
『ほう。「理由」とは?』
「『王国(アルフォンス王子)が、自国の平和な領地(辺境領)が生み出した正当な利権(銀霜草)を、理由なく武力で強奪しようとしている』。これが『事実』です」
(アルフォンスは、私を『反逆者』という『プロパガンダ』で討伐しようとした。私は『不当な侵略を受ける被害者』という『事実』で対抗する。ナラティブ(言説)を支配した方が、この戦争の勝者だ)
エリアナが放った「情報」は、ヴォルグの持つ大陸全土の商人ネットワークを駆け巡り、瞬く間に各国の上層部に拡散された。
他国の王族や大貴族たちは、その「愚行」に呆れかえった。
「自国の富(金の卵を産むガチョウ)を、自ら武力で殺しに行く王太子がいるか」
「あれは統治ではなく、ただの略奪だ」
「そのような『信用』できぬ国と、取引は続けられない」
王国は、国際的な「信用」を一瞬にして失墜させた。
——そして、王都、王宮執務室。
アルフォンス王子は、「勝利の報告」を待っていた。だが、彼が受け取ったのは、二つの「最悪の報告」だった。
第一の報告は、辺境領の騎士団長から。
「も、申し上げます! 篭城は崩せず、兵士たちは飢え、補給は完全に限界です! もはや、これ以上の作戦行動は不可能……!」
第二の報告は、財務官から。
「王子! 国内のポーションが枯渇し、ギルドも市民も大混乱に! さ、さらに……!」
「なんだ!」
「他国が、我が国を『不当な侵略者』と非難し、全ての同盟が、我が国への経済支援(借款)の全面停止を、たった今、通告してきました……!」
「な……」
アルフォンスは、自分が「物理的(武力)」にも、「経済的(市場)」にも、そして「外交的(信用)」にも、あの「地味な悪女」によって、完全に「包囲」された(=詰んだ)ことを、この瞬間に、ようやく理解した。




