地味な悪女と新規事業
「エリアナ・フォン・ラトガ伯爵令嬢! 貴様に、聖女リリアベルへの毒殺未遂の罪で、断罪を言い渡す!」
王立学園の卒業パーティー会場に、この国の第一王子アルフォンスの甲高い声が響き渡った。
ついさっきまでの、未来ある若者たちの熱気に満ちた喧騒が、一瞬で静まり返る。
全ての視線が、王子とその正面に立つ令嬢——エリアナに突き刺さった。
彼女は、華美な装飾を一切好まず、今日のパーティーですら、知的な印象を与える濃紺のドレスを纏うのみ。その冷静沈着な姿は、社交界で「地味な悪女」と揶揄されていた。
アルフォンスが「動かぬ証拠だ!」と高々と掲げたのは、一つの小瓶だった。
「この毒をリリアベルに飲ませようとは! 悪女め!」
王子の影で、可憐な聖女リリアベルが「ひっ……」と怯え、涙ぐんでいる。
だが、エリアナは表情一つ変えない。
彼女は、前世——凄腕の経営コンサルタントだった記憶を持つ。
彼女の目は、提示された小瓶と、リリアベルの顔色を一瞥しただけで、その「プロジェクト」の全容を瞬時に分析していた。
(……なるほど。これは毒殺未遂(クライアントの要求)ではなく、自作自演(虚偽の成果報告)か)
エリアナの脳内では、目の前の茶番劇がビジネス用語に変換されていく。
(感情的な反論は無駄な工数。アルフォンス王子はすでに聖女(競合他社)の報告を鵜呑みにしている。この茶番の最適な落としどころ(着地点)はどこか)
エリアナが反論もせず、冷静に分析を続けていると、アルフォンスはそれが「無反省」に見えたらしい。
「地味な悪女め! 反省の色なしか!」
彼は、正義感に酔いしれた顔で、最大の声で叫んだ。
「貴様との婚約を、これより破棄する!」
会場が息を呑む。
だが、エリアナは内心で安堵のため息をついていた。
(ようやく、この不採算プロジェクト(婚約)の損切りができた)
そもそも、アルフォンス王子との婚約は、王家にとって赤字部門でしかなかったエリアナの実家(伯爵家)を繋ぎ止めるための、形だけの契約。彼らは、聖女リリアベルという、より利用価値の高い「新規事業」を手に入れた。
自分は、切り捨てられる口実を待たれていたに過ぎない。
「謹んで、お受けいたします」
エリアナは、表情一つ変えず、淡々と頭を垂れた。
その態度が、アルフォンスのプライドをさらに逆なでした。
「……まだだ! 悪女には、さらなる罰が必要だ!」
王子は、エリアナの無反省(に見える)態度に、更なる「罰」を与えることを宣言する。
「貴様を、王国の北の果て——痩せこけ、誰も行きたがらない『最果ての辺境領』へ追放する! 事実上の統治の押し付けだ! そこで、自らの罪を反省しながら朽ち果てるがいい!」
「最果ての辺境領」。その名を聞いた周囲の生徒たちは、「事実上の死刑宣告だ」とエリアナに憐れみの視線を向けた。
だが、その瞬間。
エリアナの脳裏にだけ、前世で見た辺境領の資料が、鮮明に浮かび上がっていた。
(未開発の広大な土地)
(統治者不在による、王都への報告の欠如)
(条件は、最悪だ。だが……)
絶望的な状況を「最高のビジネスチャンス」と認識したエリアナは、断罪の場で、内心の昂りを隠し——初めて、微かに口角を上げた。
(これは、追放ではない。辺境領という未開拓市場での、新規事業のキックオフだ)




