逃亡先が更地ギルドだった
ここは世界の果てにある都市。
亜人、妖怪、ヒト、そして得体の知れないなにかが共存する、妙に平和な結界都市。
…あらゆる災厄と混沌をはじく最強の結界に守られたその都市の、中心にあるギルド。
──そう、“あった”はずのギルド。
「…ないわね」
ぽつりと、銀の髪の少女・月が言った。
その白金の瞳に映っているのは、完膚なきまでに吹き飛んだ瓦礫の山。
「姉さん、マジでここで合ってるの? ギルドって普通、もうちょいこう…建物とか看板とかない?」
風の魔力を持つカノンは、緑の瞳で辺りをきょろきょろしながら言った。
白くフリルのついた可愛い服に、リボン付きのハットという出で立ち。ファッションは完璧だ。中身はだいぶ残念だけど。
「お姉ちゃん、これ…ギルドっていうより墓場なのだ……あ、魔力反応あるのだ」
金色の瞳を細めたのは、雷属性の帝。
無表情だが、妹と兄の仲を測る心のバランス調整役にいつも苦心している頭脳派だ。
「………どうやら、ついさっきやらかしたみたいね」
月の視線の先に、瓦礫の山から顔を出す二人の影。
ひとりは10歳ほどの少年の姿だが、ただならぬ魔力と土地神の気配を放つ。
「やあ、ようこそ! 更地になっちゃったけど、ここがマスターのギルドだよっ☆」
いたずらっ子のような笑みで手を振るのは、この都市を守護する結界主、ギルドマスター・クロウ。
肩には灰がついており、どう見ても犯人。
「マスタだよ☆ ……いやぁ、ちょっと実験魔法を誤爆しちゃってね~、ははっ☆」
「笑ってごまかしてるけど、街ひとつ吹き飛ばしかけたよね、マスター」
炎属性の少年・クロマが呆れたようにぼやく。瞳は赤く、髪も炎のような色合い。
彼は最強の古代龍に育てられた魔法少年で、マスターの共犯者でもある。
「こいつらのせいでまた更地……」
帝が金色の瞳を細め、ぼそりと呟いたのだ。
「……姉さん、帰ろっか」
「そうね。全力で逃げる準備を──」
「待ってええええええ! 帰らないでええええ!!」
マスターとクロマが地面に頭を擦り付けて叫ぶ。
「ギルド再建したいの! でも人手が足りないの! ごはんと住まいはあるからあああああ!!」
「えー、でも更地だしー?」
「姉さんがやるなら俺も手伝うのだ」
──その言葉を聞いた瞬間、月の目が光った。白金の瞳に宿る光が、ふわりと柔らかく優しく。
「……じゃあ、やりましょうか。ギルドも、学校も、街も。全部、みんなで」
世界一不幸な元神でありながら、今や教育ママな少女は、瓦礫の中心にすっと立つ。
その後ろに、姉が大好きな弟たちが並ぶ。
「まずは教育方針からよ。規律、清掃、食事、礼儀、それから生活環境──」
「あ、あの、いたずらの予算だけは! お願いしますぅうう!!」
「マスター、それは生活に必要ないんだよ!」
更地になったギルドから始まる、再建と絆の物語。
それが、世界の命運を巻き込む大騒動に発展するとは──
この時、誰も知らなかった。
…たぶんマスター以外は。