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デッドエンド・グノーシス  作者: 深津 弓春
第一章 手に入れるべき力 
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5 古きもの


 難民の多く居住するエリアは、元は港湾の古い倉庫や工場地帯だったらしい。新設された港に多くが移ってから、流入する難民に跡地が振り分けられた。

 ゲーム終了以後建造された建物ばかりのため、他の市街と異なり色気のない簡素な建築が景色には多い。セオにとっては見慣れた街並みである。


「怪我、本当に大丈夫か」


 大通りで歩道の柵の上に腰かけて、セオはちょこんと隣に腰かけた少女に目を向ける。


「はい、多分、軽い打ち身くらいだと思います……」


 か細い声で答えて、少女はちらとセオを見上げる。丸く大きな瞳が、何かに迷うように揺れていた。


「というか、セオさんの方は」

「俺はまあ……あちこち痛いが折れたり潰れたりはしてないな。無事だ」


 さて何から言ったものか、としばしセオは考えて、切り出す。


「まずは、だ、会ったこと、無いよな。なんで名前知ってんだ?」

「あ、はい。その、一方的に知ってただけで。探してたんです、ここ何日か。ソーテールのクランにはメンバー登録されてないし、プレイヤーでもないからPC検索でも引っ掛からなくて」

「一方的に?」


 分かんねぇな、と疑問が声に滲む。クランも検索機能も、ゲーム時代の遺産でありシステムだった。それ自体はセオも知っている。近隣エリアのPCはHUDのメニューから検索可能だし、ゲーム時代に一定の目的を持ったプレイヤー集団のチーム的機能を集約したのがクランシステムであり、今も政府から企業からソーテールまで多様な集団・組織がこのシステムを利用している。分からないのは、別のことだ。


「ええと、ごめんなさい、あの、私は、ソフィアといいます」

「ソフィアか。知ってるらしいがこっちも言っとくと、セオだ。セオドア・テレトス」


 正しいフルネームを名乗ってから、気づく。多くの知り合いはセオをセオと呼ぶが、それは愛称だった。どこか自信なさげに隣に座るこの少女は、最初からセオと呼んでいた。


「つか、ソフィアって――」


 思い出す。数日前、そもそもエルマーに因縁をつけられたあの日、偶然耳に入った名前。それ以前に、プレロマ住人なら皆が知る名前。


「はい。私はソフィア。最古のPCであり、長い時間を眠りの中で過ごし、つい最近、あなたをかつて守護した人に目覚めさせられました」

「いや待て。待って。ちっと情報量多いわ……つぅか、えぇ……?」


 顔を手で覆って、呻く。伝説の、最古にして原初のPC、ソフィア。まずもってそこから信じ難い話だった。


「ソフィアって言や、ゲーム時代を終わらせる戦いの後、姿を消してそれっきりって話だ。あんた、いや、君が、その、ソフィア本人だって?」


 柵に腰かけたソフィアは、外見だけならば十代中盤位の少女でしかない。手も足も細く、全体的に小柄で、もっと肉食えよ肉、とか言いたくなるタイプの小動物感が漂っている。

 PCはそもそも老化しない――ゲーム時代にプレイヤーがプレロマ内の自分として使うものだからその方が便利だったのだろう――わけだが、それにしても態度や声色まで少女そのもので、数百年前の伝説のPCと言われても一つもピンとこない。


「信じ辛いかもしれないですけど、そうなんです……ずっと私はスリープ状態にあって、だから、主観時間ではあんまり生きてなくて、それっぽくないんですけど……」


 なぜか申し訳なさそうに説明される。


「スリープって、アレか、ログイン相手にできない、ゲーム終了時にプレイヤーが休眠状態にしたPCの。あれって解除できないんだろ。ソーテールもそういうPC、保管はしてるが特にどうにもできないままだって話だぜ」

「私のは、特殊で……その、ゲーム終了時の戦いで傷ついて、普通のPCの休眠状態を模した疑似的なスリープコマンドを自らに施したというか……。色々事情があって」


 よく分からないことをもごもごと言う。


「はぁ……じゃあ、目覚めさせられたってのは? なんだっけ、俺をかつて守護した人に、だっけ?」

「はい。エレノア・モノゲネスという方に」


 ぽろりと、零れるように出てきた言葉に、セオは目を見開き息を詰まらせる。


「エレノア……だって……?」


 かつて守護していた。セオを、トキオウを。周囲の音が遠ざかり、代わりに記憶の中の質感がぞわりと頭の中で蠢動する。


「私は、彼女に目覚めさせられて、彼女からセオさんのことを知ったんです」


 セオ、という呼びかけの声。記憶の中の何人もの知り合いから呼ばれてきた呼び名、呼び声の一つは、エレノアのものだった。


「死んだんじゃなかったのか……トキオウがああなって、その後は何も音沙汰なくて……」


 思い返す。アルコーンの大群に襲われ、支援もなく少数のグノーシスと共にエレノアは戦い、結局街は滅びて、エレノアとはそれっきりだった。


「エレノアから、俺のことを知ったって、話したのか? 彼女と」

「話は、しました。けど、セオさんのことを知ったのは、話というよりはもっと根本的な手法によって、です」

「根本的?」

「ログイン、です。あの人は、私にログインを試しました。そして、途中まで上手くいったんです。……プレイヤーにとって、ログインしたPCは自分の身体と同等の存在となります。逆に、PCにとってプレイヤーは自分の心と同等の存在になります」


 それは、セオも知っている、常識の一つだった。ゲームにおけるプレイヤーとプレイヤーキャラクターとの関係性。プレイヤーが自分そのものとして操る分身がPCであり、ゲーム終了後自我を持ったPCと、元々自我を持つNPCが疑似的にその関係を再現している。

 ゲームをプレイする操作主体であるプレイヤーはPCの中身であり精神である。PCはゲーム内での肉体となる。これがそのまま引き継がれ、ログイン関係にあるNPCとPCもまた、同じ関係となるのだ。それぞれが精神と肉体に。


 NPC=疑似プレイヤーにとって自分のPCは身体であり、意識すればその身体感覚はグノーシス状態でも人間状態でも感じられる。PCにとっては逆にNPC=疑似プレイヤーは自分の操作主であり意志であり心である。だからこそ、ログインテストではマッチングが重要となるのだ。互いにとって自分の心・身体として違和感があれば一つになれないが故に。

 そこから導かれる結論は、単純だった。話すよりも更に根本的な手法、とくれば――


「ログインを通じて――エレノアの心から、俺のことを知ったのか」


 俄かには信じ難い話だった。プレイヤーの心を直接感じて知るPCは多くいる。だが、死んだと思っていたかつての姉のような存在を通して、古のPCが自分のことを知るというのは、今のセオには荒唐無稽なことに思えてならなかった。


「一体、なにがあったんだ? エレノアが君にログインしたってのは――」


 セオの言葉を遮るように、突如、意識を焼くような電子音が脳内で響き渡る。紡ぎかけた問いかけを全て塗りつぶして消し去る、警告音が。同時に、街を行き交う人々もところどころで立ち止まっていた。視界のHUDで情報を確認しているのだろう――セオとは異なる一般向けの警報を受けて。

 さっと眼球を動かし、視界に表示させた情報を確認する。都市の周囲のマップに「敵」の集団の位置と侵攻ルート予測が描かれていた。ティムガッドで戦うようになって何度も見たことのある、デミウルク乗りとグノーシスプレイヤー向けのアラートメッセージだった。


「アルコーンだ」


 ゲーム時代の遺物たる脅威がやってくる。疑問も驚きも全て意志の力で無理やり圧縮して心の隅にどけて、セオは柵から下りる。


「セオさん?」

「悪い、仕事に行かないとならない。話、また聞かせてくれないか」

「仕事って、デミウルクに?」

「よく知ってんな。それも調べたのか」


 頷くソフィアに背を向けて、駆け出そうとする。その背に、ソフィアが声を投射した。


「さっきの、ああいうこと」


 首だけで振り返ると、街路の歩道に立ってソフィアはきゅっと拳を握り、複雑そうな表情を浮かべていた。


「あんなことがあっても、戦うんですか。死ぬかもしれないのに。ああいう人もいる、この街を防衛するために」


 セオは微かに顔を下げた。意識に痛みを覚える。別にあいつらのためじゃない、生きるために仕方ないし難民仲間を守るために必要だから、と答えようとして、しかし心は勝手に別の答えを声に変えていた。


「誰がどうでも、人を人として見る。そのために戦う。さっき、君がやってくれたことと同じだ」


 驚いたように、ソフィアが目を丸くする。虚を突かれたような顔は、ゲーム時代を終わらせたという伝説のPCの肩書が全く似合わず、なんだか可愛らしかった。


「そういやまだ、庇ってくれたお礼を言ってなかった。ありがとう、ソフィア」


 そして、走り出す。


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