表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弱者男性をころす機械  作者: 黒い大きな狗
4/6

リセットセンター

 バスの行く手に、海と、リセットセンターの建物が見えてきた。300坪ぐらいの二階建ての工場のような建物だが、外壁にポップな書体の「ようこそリセットセンターへ」の文字と可愛らしいイラストがあしらわれていて、まるで遊園地のアトラクション館みたいだ。できるだけ「死」を連想させないための配慮だろう。屋根全体を埋め尽くすように太陽電池パネルがびっしりと据え付けられ、建物の周りには十数基の巨大な風力発電塔が立ち並び、それぞれのプロペラがゆっくりとシンクロするように回転している。まるで、地球への優しさを誇示するかのようだ。その向こうには、日差しを反射してキラキラ輝く太平洋が広がっている。

 バスはやがてセンターのエントランス前に停車した。

 シューという音を立てて前方の乗降口ドアが開き、「お疲れ様でした。お気をつけてお降りください」というアナウンスが流れる。


 男たちはそれぞれ、やおら動き始め、前方シートに座っていた奴から順次降り始めた。

「それじゃ」

 坂井さんが立ち上がって、俺に笑顔を向けた。

 俺は坂井さんを通すため両ひざを寄せた。

「すいません。こんなとき、リセット志願者の方に、どう声をかけたらいいかわからなくて……」

 もうすぐ安楽死で死ぬとはいえ、今この時点では生きている人間に向かって、ご冥福を、というのも、なんか変だ。

「今風に言うのなら、よい転生を、とかですかね」

 坂井さんは、いい声で穏やかに答えた。

「でもなんだか、小学校に入学する直前の気分を思い出しましたよ」

 そう言うと、坂井さんはバスの乗降口に向かって歩き出した。


 ところで、さっきの陰キャ君は、俺の横にダルそうに座ったまま動こうとしない。

 そうか、こういう輩がいるから、俺のような監視員が必要なのだな。

「ほら、とっとと行けよ!」

 俺は陰キャ君の首根っこを掴んで引っ張り上げ、乗降口ドアの方向に押し出した。

 陰キャ君は一瞬、俺の方に顔を向け、すごい形相で睨んだ。俺はギクッとし、一瞬ひるんだが、やがて陰キャ君はとぼとぼと前に向かった。


 皆が降りたのを見て、俺も乗降口に向かった。

 その途中、頭の禿げあがった一人のジジイがシートの背もたれにしがみついたままガタガタ震えているのを見つけた。

「イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ……」

 ジジイは、ブツブツとつぶやいている。

 俺はジジイをシートから強引に引きはがし、首根っこを掴んで乗降口から放り出した。


 最後に俺がバスを降り、乗降口を閉めてカギをかける。この男たち全員の安楽死処分を見届けたあと、俺はこのバスに乗って引き返すことになっている。いい仕事だ。楽すぎる。

 俺はスマートフォンを取り出し、事務所宛に、リセットセンターに着いた旨のチャットメールを送った。


 バスを降りた男たちは、誰もが重い足取りで、リセットセンターの入り口に向かう。建物の向こうには太平洋が広がり、潮の香が鼻孔をくすぐる。


 その男たちの群れから、さっきのジジイが抜け出し、来た道を戻ろうと小走りに駆け出した。

「イヤだ! やっぱり死ぬのはイヤだ!」

 ジジイは息を切らしながら、覚束ない足取りで、陽光降り注ぐ一面菜の花の草原を駆けていった。


 さっき坂井さんに聞いた話だと、リセットから逃げ出した人間には過酷な運命が待っているらしい。損得を天秤にかけたなら、素直に安楽死処分を受けたほうがはるかにマシだというのに、覚悟の足りないヤツだ。


 逃げたジジイは放っておいて、俺は号令をかけた。

「では皆さん、一列に並んでください」

 男たちはなんとなく、遊園地のアトラクションのように、列を作って並んだ。


 建物の前面のシャッターがゆっくりと上がり、エントランスから中が見えた。

 上中下の各段に十二機ずつ、計三十六機のリセットマシンが並べられている。ちょうど乗ってきたバスの定員と同じだ。

「読み取り機に、QRコードを、かざしてください」

 機械音声による指示のアナウンスが流れる。言われるがまま、列の先頭の男が、入口にあるセンサーに自分の右手の甲をかざした。

「1番へ、どうぞ」

 機械音声がそう告げる。

 リセットを受ける人間は、その日の手続きで、手の甲に個人データの入ったQRコードのタトゥーを、専用の機械で焼き付けられる。これなら、リセットが無事に済んだかどうか記録が取れるし、さっきのように途中で逃げたヤツの身元も判明する。つまり、この焼き印は、法的に「死んでいる」ことの証なのだ。


 一人目の男は桟橋のような通路を渡って、自分に割り当てられたリセットマシンに歩み寄った。マシンは獲物を待っているかのようにハッチを大きく開いている。

 太平洋戦争中の日本軍の特攻兵器「桜花」にどことなく似たリセットマシンのカプセルに、男は乗り込んだ。一見、戦闘機に乗り込んで、どこかに出撃するようにも見える。

 男を乗せたカプセルは「チャリン」というチャイム音を鳴らすと、建物の後方に向けてレールの上をゆっくりと滑り出した。その動きに合わせてハッチが閉じられる。

 今まさに、あのカプセルの中で、あの男は息を引き取っているのだ。

 そう思うと、厳粛なような、怖いような気になった。

 カプセルがリニアモーター方式で移動するレールの先は、リセットセンターの裏手の海の上に突き出ており、終端に辿り着いたカプセルは大きく傾き、無事に安楽死した男の遺体を海中に投棄する。

 後に続く男たちも、同じ要領で自分のカプセルに乗り込んでいった。


 とうとう、坂井さんの番が来た。

 あの、テレビでお馴染みの人が、自ら安楽死マシンに乗り込んでいる。

 それを見ていた俺は、急に胸が苦しくなった。

 華やかな世界で輝いていた人が、あんな良い人が……なぜこんな結末を迎えなければならないのか?

 リセット政策なんて、やはり間違っている!

 人間の尊厳を何だと思っているんだ!

 だが坂井さんを乗せたカプセルは、ゆっくりとハッチを閉め、センターの奥の方へ消えて行った。リセットマシンは99.9999%確実に死ねるとのことなので、もう坂井さんはこの世にいないのだろう。

 俺は思わず、坂井さんの逝った方を向き、目を閉じて合掌した。


 この仕事、給料の割にすぐ辞める奴が後を絶たないということだが、こんな、胸糞悪い思いをするからなのだな……これから毎回、こんな感情を抱くことになるのか……


 やがて目を開け、厳粛さと怖さと虚しさが混ざったような感情を抱えたままバスに戻ろうとすると、先程の陰キャ君がまだエントランス前に佇んでいた。

 なんだ、まだいたのか? はよ死ねや!

 俺は心の中でそう毒づきながら、陰キャ君に向かってアゴで「行け」の意思表示をし、それからチャットメールを打とうとスマートフォンに顔を向けた。

 そのとき突然、陰キャ君が後ろから俺のスマートフォンを掠め取った。

「!?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ