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弱者男性をころす機械  作者: 黒い大きな狗
3/6

引きこもりニート

 そこに突然、別の男の声が割り込んできた。

「ケッ! さっきから聞いてりゃ、上級国民が!」

 最後部座席で俺の左隣に座っていた男が、いきなり毒づいた。

 中肉中背で、見た感じは俺や坂井さんよりかなり若い。リセットが適用されるのは40歳からなので、そのあたりの年齢だろう。黒髪だが、スポーツ刈りが半端に伸びた、手入れされていないボサボサ頭。ふてくされた顔は童顔というか、若いというよりもむしろ幼く見える。俺が人事部で面接官をやっていた頃なら、面接室に入ってきた瞬間に「帰っていいよ」と追い返すタイプである。爽やかさのカケラもない、暗いオーラを纏っていて、周りの雰囲気をぶち壊しにする手合いだ。


 俺は心の中でこいつのことを「(いん)キャ(くん)」と呼ぶことにした。

 ひどすぎるあだ名だが、この手の野郎にはふさわしい。


「アンタ、坂井さんなんだってな。元アナの。アンタ、さも自分は不幸でございなんて言いグサだけどよぉ、オレから見たらスーパー幸せ上流階級じゃねえか!」

 陰キャ君は言い立てた。


 こいつ、よくいるタイプの、自分の無能を全部周りのせいにする甘ったれか。幼さを残した顔つきは、女にまともに愛されたことがない、家庭を築いたことのないヤツに共通の典型的なツラだ。俺は詳しいんだ。


 こいつは明らかに坂井さんに敵意を向けている。

 陰キャ君は続けざまに言った。

「アンタさぁ、昔、言ってたよな。テレビで。どっかの誰かが貧困を苦にして自殺した事件かなんかで、『皆さん、自殺だけは絶対にいけません! 何が何でも生きてください! 生きてれば、良いことが必ずあります!』ってさ、涙ながらに訴えてたよな? そんときネットが祭りになったこと、知ってるか? 偽善者野郎だって大盛り上がりだったぜ。テレビ局勤務の高給取りで、幸せの絶頂にいる奴が上から目線で見下しやがって、何言ってんだってな!」

「はは……そんなこともありましたね。面目ない」

 坂井さんは力なく微笑みながら、穏やかに答えた。

「そんなこと言ってたヤツが、これからリセットセンターに自殺しに行くってか? ざまあねえぜ。偽善者野郎にふさわしい末路だな」

「まあ、思い残すことはないですがね……」

「それだよそれ! その言い(ぐさ)が上級国民だっつうんだよ! そりゃあ、結婚できて、イイ会社に就職できて、贅沢の限りを尽くしたんだから、思い残すことはねえだろうさ。オレなんか結婚どころか恋愛の経験すらねえ。仕事なんか派遣かバイトしかありつけなかったしよお!」


 俺は陰キャ君の言動に、だんだん腹が立ってきた。こんないい人相手に、逆恨みもいいとこだ。俺は坂井さんをかばいつつ、陰キャ君を睨み返した。


 それ以上に、この甘ったれの若造に説教したい欲がふつふつと湧いてきた。前の会社で被面接者に説教をかまして悦に入っていたころの感覚が蘇ってきた。それに、有名人の坂井さんにイイところを見せるチャンスでもある。


「キミ、失礼じゃないか。なに? 派遣かバイトしかありつけなかった? ははあ、察するに、キミはニートで引きこもりの類だな?」

「だったら何だっつうんだよ!」

 陰キャ君は口答えした。でも、そうではないと否定する材料はないらしい。図星のようだ。


 やっぱり、思った通り。ヒキニートクソ野郎、確定だ。

 だいたい、俺は引きこもりとかニートとかいう(やから)が、反吐が出るほど嫌いだ。そもそも、社会の基本は、働かざる者喰うべからずだというのに、こいつらときたら、楽をすることばかり追い求めてやがる。社会に不要どころか、害悪だ。俺の息子が引きこもりになったりしようものなら、自ら手にかけるかもしれない。


 幸い、リセット政策のおかげで、ニートや引きこもりを一掃できる時代がやってきた。そもそも、実のところリセット政策というのは、ニートや引きこもりを処分することが主目的まである。このバスに乗り合わせている奴らも、その何割かは確実に引きこもりニートのはずだ。


 俺は言ってやった。

「キミねえ、自分が恵まれていない可哀そうな人間とでも言いたげだが、そういう人生を招いたのは、全部自業自得じゃないか? 普通、人間として生まれたなら、異性にモテるようにコミュニケーション能力を磨いて魅力を高める努力をして、結婚にこぎつけるべきだし、いい会社に入るために必死で策を練るものだ。キミは少しでもそういった努力をしたのか? そうしないで文句ばっかり垂れるのは最低の甘ったれだよ。どうせキミは、何の努力もせずにゲームやネットに現を抜かしていたんだろう? そういう自己責任だってことを少しは自覚したほうがいいな!」


「……自己責任、自己責任、自己責任! どいつもこいつも自己責任!」


陰キャ君はひるまず言い返してきた。

「わかってるよそんなこたあ! でも、できねえんだよ! 女どもにはキモがられ、ゴキブリでも見るような目で見られるし、恋愛とか、スタート地点にすら立てなかった! 働くにしても、俺なりに周りと仲良くしようとしても、暗いだのキモいだのと蔑まれて、どうやっても馴染めねえ! そもそも、まともな仕事は面接が通らねえ! 受けても受けても、お祈りばっかりだ! みんなしてオレを傷つける! もう、何をしようにも、足がすくんで、胃が痛くなって、先に進めねえんだ! 誰もかれも、オレに無理させて、イジめようとする。オレが何したってんだ? オレはこんなにイヤな思いするためだけに生まれたのか? オレはただフツーに生きたかっただけなのに、したくもない努力を強いられて、ダメ出しばっかりだ。それでも自己責任なのか? 知らん間にオリンピックに出場させられて、メダル取らなきゃ死ねって言われるようなもんじゃねえか!」

 やはり、この手の人間にありがちな、サイテーの言い訳だ。俺は虫唾が走った。


「あのねえ、キミ」

 俺は諭すように言った。

「そうやって五体満足で生まれてきた以上、どうにだってできたはずだろう? 確かに、私の若い頃は就職氷河期といわれたが、傾向と対策をしっかり把握すれば何ともなかったよ。大学時代はちゃんと就職に有利そうな部活に入り、先輩とのコネも構築した。そういう積み重ねが功を奏して、入りたい会社に入ることができた。恋愛だって、女心を研究し、身だしなみを整え、努めて明るく振る舞って、嫁をゲットした」

 ちなみに、一人目の妻とは離婚済みで、今の嫁は再婚だ。つまり、何が言いたいかというと、俺はモテるのだ。


「そういう、誰でもできる努力を放棄しておいて、やれ周囲が冷たいだの、やれ生きるのが辛いだの、甘ったれるな! キミがそういう境遇にいるのは、単なる怠け者だからだよ。でなきゃ、人間以下の存在だ!」


 陰キャ君は手をガクガクと震わせ、下唇を噛んでうつむいた。眉間にしわを寄せ、両目をカッと見開いている。

「キミに足りないのは、一歩踏み出す勇気だ。男なら誰でも持っていなきゃいけない勇気を、キミは持ち合わせていなかったのだ! 弱虫の根性ナシめ! リセットセンターに着くまで、反省するんだな。逃げて敗けただけで何も成し遂げられなかった、キミの人生を!」

 俺は陰キャ君を嵩にかかって責めた。面接官だった頃に圧迫面接でハイな気分を味わっていた記憶がよみがえってくる。

 そのとき、


「まあまあ、そこまでにしませんか」


 坂井さんが俺のヒザに手を当てて制した。

 そちらに向き直ると、坂井さんは俺を見て、首を横に振った。

 坂井さんに止められなかったら、俺はこいつが泣くまで正論で殴るのをやめなかっただろう。

「生きづらさは、人それぞれなんですから」

 坂井さんは言った。

「誰でも、心が折れるんですよ、どこで心を折られるかなんて、人それぞれですからね。私みたいに老境に差し掛かってから心を折られる人間もいれば、幼少期や思春期で折られるのもいるんでしょうから」

 聖人か? この人。なんだか器の大きさでマウントを取られたようで、少し癪に障った。

「このバスに乗っている人たちは、みんな人生をリセットしに行くんですから。誰がどう生きてきたかなんで、もういいじゃないですか」

「それも……そうですね」

 坂井さんにそう言われて、俺は陰キャ君への攻撃をやめた。

「よかったな。坂井さんに感謝しろよ」

 俺がそう言うと、陰キャ君は向こうを向いて黙り込んだ。

 そういうとこだぞ。俺は口には出さずに、悪態をついた。


 しかし、セレブの坂井さんと、ニートで最底辺の陰キャ君とでは、人生の格差が月とスッポンほどもあるが、この二人は、このあとすぐ、同時に人生を終えるんだよな。それを思うと、しみじみとした感慨が湧いてきた。

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