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戦い


「勇者だと思っていい気になりやがって」


 剣を抜いたザラスは、勇者アロンと対峙する。

「君、気は確かかね?」


 ザラスは上位攻略者だ。この世界の慣習として、公的機関が攻略者をクラス付けすることはない。世間一般の攻略者達の間で、実績や腕っぷしを総合的に鑑みて、非公式にクラス分けされてはいる。

 それによると、ザラスはトップクラスの攻略者とされている。

 であるが、大魔界の魔王を一人で相手にできる腕前だとは判断されていない。


 アロンは勇者という称号を持っている。

 1人で大魔界の魔王を討ち果たし、生還できる腕前をもつ。常に生還できる攻略者を勇者と呼ぶのだ。


 ザラスは強い、でもアロンは桁違いに強い。

 ここまで強くなるには魔素を尋常じゃないほど浴び、肉体がとんでもないレベルで強化されていなければ不可能だ。


「こんなの、とんでもねぇ話だ。正気かと聞かれれば、そのままあんたに聞き返してやるぜ。あんた、気は確かか? 魔宮があるのはアリバドーラだけじゃないぜ。外国はどうすんだよ!」」

「3年我慢しろ。4年目に落ち着く。5年目に平和が訪れる。さて――」

 アロンは剣に掛けた

 

「男が剣を抜いたのだ。ならば私も剣を抜くのが礼儀」

 シャッと音を立て、竜刺剣ドラグラディウスが抜き放たれた。


 鋼を断つ剣。それは剣竜の棘を特殊な方法で削りだした物。魔剣以外、合わせれば断ち切られる。

「要は剣を剣で受けなきゃいいんだ。その上で勇者の剣技をかいくぐって斬り殺す。なんだ、簡単じゃねぇか!」

 ザラス、剣を抜いたのは良いが、腰が引けている。


 何でザラスが無謀な勝負を挑むのか?


 それは勇者アロンとハドス伯爵が起こした騒動が、道を外れていると思ったからだ。

 確かに今の王宮は、国民を締め付けて恐怖を与えるだけで搾取以外なにもしない。ギルドも権力から守ると言っておきながら、攻略者の生命を何とも思ってない。

 だけど、アロンの策が成功する保証はない。過去、何度も反乱が起き、軍事力に潰され続けた。自国で何とかならなかったら、隣国がやってくる。隣国が撃退されたら、複数の国々が連合を組んでやってくる。そして、他国がこの国を搾取して終わりだ。


 その際、反乱に荷担した者は容赦されない。容疑を掛けられただけで死罪だ。


 今回、攻略者達が容疑者に相当する。理由は勇者の話を聞いた。そして勇者を捕らえようとしなかった。

 これだけで権力者は死罪のネタにできる。そして世論を〆る。


 だからザラスは立ち上がった。ここで自分が死んでも、攻略者はアロンに立ち向かった。だけど、実力差から押さえつけられ、無理矢理従わせられた被害者だと言い張ることができる。


「それだと1人だけじゃ弱いでしょうが!」

 剣を抜いたレニー君がザラスの横に立つ。


 この子、女の子の気持ちにはニブチンだが、このような戦士の機微には敏感だ。普段ポンコツに見えるのは全てクロのせいなのだ!

「ばかやろう! すっこんでろ!」

 ザラスが怒鳴った。


「レニーだけじゃ心細いぜ!」

 ジャラジャラと武器の鳴る音。

 暁の星、戦闘担当者達が武器を手にして、ザラスの左右に並び立つ。


「もういいかな?」

 アロンだ。目が怒りの色に染まっている。何故判らないのかと。

「俺がやる」

 ブローマンだ。

「いいや、俺がやる!」

 前に出たブローマンを肩で押しのけアロンが地を蹴った。


 放物線を描いて落下したアロンは、ザラスの手前に着地。一瞬も置かず、直線で間合いを詰めた!

 ザラスは油断していた。アロンがこれほど素早く動けるとは! 出遅れた。

 アロンの剣がザラスの肩口に叩き込まれる!


 その剣が受けられた。アロンの攻撃に反応したのは、隣にいたレニー君!

 竜刺剣を普通の剣が受けたものだから、真っ二つに叩き折られた!

 体まで押し込んでいたレニー君。腰の入った受けの剣だ!

 もともと、クロの斧を受けた後、押し返して勢いに任せ押し倒して良からぬ事をするために必死で血豆を潰しながら編み出した秘剣である!

 若いだけあって反応が早い。あと、脳筋(バカ)なんでアロンを先手で殺る事しか考えてなかったのも良い方に動いた。


 剣を折られながらもレニー君が伸ばした(クロを転がすための)足がアロンの向こうずねにヒット。

 体勢を崩し、ワンクッション置かれたことにより軌道を反らされた竜刺剣は、浅くレニー君の肩口から入り、胸から抜けた。


「レニー!」

 お蔭で一撃必殺を免れたザラスである。

「浅いっす!」

 血の筋を引きながら、倒れ込むレニー。軽口を言うくらいには大丈夫のようだ。あと、もうすぐ魔界から上がって来るであろうクロに良い格好を見せたかったのでやせ我慢が本音。


「よくもうちの若いモンを!」

「やっちめぇー!」

 レニーがやられたことで血の気が爆発した暁の星メンバー。上から下からとコンビネーションよろしく、同時卑怯攻撃を撃ち込んでいく!


「おい、今なら勇者を殺れるかもしれねぇ!」

「名声はもらった!」

「俺が先だ!」

「まちやがれ!」

 勇者相手に、なんだか勝てそうな気がしてきた攻略者(バカ)達が突っ込んでくる。

 勇者がやった反乱はもう頭にない。勇者に勝った攻略者としての名が欲しい! 本物の馬鹿達だ!


 これを見てザラスは叫ぶ。

「この人数でかかりゃ一太刀くらい浴びせられるだろうぜ!」

 功名心に駆られた卑怯者共が走り出した。


「あの勇者に怪我を負わせたんだぜと話せりゃ女にモテるぞ!」

 スケベ心に逸った独身攻略者が走った!


「ふっざけんな!」

 アロンは低い軌道で竜刺剣を一振り。暁のメンバーが血を噴き出して横倒しとなる。


 次は目を血走らせた野獣共を始末するだけ。


「死にさらせ!」

 次の攻略者が斬りかかる。アロンは軽くかわして逆袈裟に切り上げた。 

「時の天使、エニンが力! 加速!」

 アロンが纏う神鎧が赤い光を淡く放つ。


 赤い疾風が攻略者達の間を駆けめぐる。幻影のような怪しい動きの中、赤い血しぶきが後を追って吹き上がっていく。

 死屍累々とはこの事だ。

 あのザラスも一撃を無抵抗のうちに食らった。

 かろうじて体を捻り、太刀筋を逃がしたのは奇跡か経験則か。

 痛みを堪え、肩で息を整える。


 勇者アロンは普段通りの息づかい。竜刺剣を肩に担ぎ、倒れた攻略者達を睥睨している。とっても残念そうな人を見る目で。


 余裕綽々じゃねぇか。

 だめだこりゃ。勝てねぇわ。

 せめて一撃だけでも、といったところで勇者アロンに触れることすらできないだろう。自信がある。


 ならば――、息を整え――、

「おい勇者ッ!」

 声を掛ける。振動が傷に沁みる。


「ん? なんだね?」


 ザラスは膝を突き、傷口を手で押さえている。

「まんまと策に乗ったな」

「策って?」

「お前は攻略者を敵にした。攻略者はお前の手伝いなんかしねぇぞ」


「いいよ、もう」

「え?」

 アロンはお断りを入れた。諦めたのだ。


「攻略者達と一緒に戦おうと言ったんだ。仲間に入れてやるって。それを拒否した。攻略者がいなくとも、宮廷騎士団や魔界騎士団がいる。少しだけ計画の完了時期が遅くなるだけだ。充分間に合うさ。ほら」

 アロンが顎で後ろを指す。

 大勢の、鎧を纏った……魔界騎士団だ。どうやら、アレッジが抜かれたようだ。


 左から宮廷騎士団もやってくる。

 総勢、1200人。ゆっくりと行進してくる。


 アロンが言っていた。宮廷騎士団と魔界騎士団は押さえたと。ならば、彼らは勇者の味方。ザラス達の敵となる。

 やがて甲冑の騎士達は、ザラス達攻略者を半円形に囲む。


「もはやこれまでか……」

 ザラスは剣を握りしめる手の力を弱めた。

「せめてクロがいてくれたら――」

「うるせぇー! 俺はまだ負けちゃいねぇー!」

 クロという言葉に反応したレニー。何ともない風を纏って立ち上がるが、大怪我を負っている。


 レニーを無視してザラスの独り言は続く。

「――舌先三寸で何とかしてくれるだろうに」

 あいつはなんて間が悪いんだ。こんなになってるのに、魔界へ潜ったままだ。


 ザラス、絶体絶命。



 累々たる死体を前に、勇者アロンは血に濡れた魔剣ドラグラディウスを握り直した。

「反対意見が少なくなってきたね。多数決を取ろう! 俺の勝ちだろうけどね」

 アロンの左前にブローマンが大剣を手に立ち、左後ろにマデリーネが立つ。3人とも赤い神鎧を身に付けている。


「うるせー! まだ中に反対意見の連中が潜ってるんだよ!」

 反対意見の1人、レニー君だ。膝がガクガクしている。

 ザラスと暁のメンバーも進退窮まっていた。

 なにせ、フル武装の魔界騎士、宮廷騎士団の混合軍1200名が幾重にも取り囲んでいる。

 勇者を含め、1人で100人を切り伏せなければならない。しかも、勇者の後ろには、議会を制圧したハドス伯爵と第2王子ヴァーノンという権力が付いている。

 どう考えても勝てない。これに勝てるというヤツがいたら教えて欲しい。全財産を寄付するから。


「しつこいだろうが投降を薦める。魔宮を閉めるための戦力が少しでも欲しい。いや切望している」

「うるせー!」

「うるせえのはお前だレニー!」

 レニーの頭にザラスの拳骨が落ちた。

 もう条件反射だ。


「レニー、少しの間おとなしくしていろ。どう考えても俺たちの負けだ」

 さすがのザラスも、出血が大きすぎる。疲れ切っている。実を言うと、先ほどの接触でなんとか勇者の鎧に触れることはきたが、刃はボロボロにこぼれる結果のみ。防具の方はベコベコに凹んでいる。


 もともと、ザラス達攻略者は魔獣を相手にした剣術のエキスパートであるが、対人戦闘は素人だ。魔獣が人型でしかも鋼鉄の鎧を纏い、剣術を使うなんて想定してない。それも大人数が相手。

 最初から最後まで徹底して防戦一方だった。むしろ、勇者が手加減してくれているので今どうにか生きていると言った状態だ。


 ザラスだって悔しい。魔界攻略は魔獣を駆逐するだけ。魔獣を滅ぼすだけに戦力を使う。ありえねぇだろ?

 魔界から上がる各種素材や資源の代わりは何所から持ってくるってんだ? ありえねえだろ?

 だがこのままじゃ死ぬ。せめて一噛みしておきたい。それが無駄どころかマイナスにしかならないことは重々承知の上でだ。


 今日死ぬとは思ってもみんかった。


 世は危険より安寧を選ぶことになる。魔界からの富より、貧窮を選ぶ。

 貧しさは不幸を呼ぶ祟り神だ。大勢の人が苦しみと不幸の中、死んでいく。

 貧民街のかっぱらいから身を起こしたザラスは体で知っていた。

 いっっそ犯罪者になってやろうか? ザラス強盗団。なかなかに語呂が良い。暴れて殺して犯して殺される。そんな終わり方でも良いかと思いだした。

 


「あっ! なんだこれ! どうしたんだい、一体全体!?」


 背中から女の声。間抜けな声が魔宮の入口で上がった。

 こいつなら何とかしてくれるんじゃないかと希望に満ちた目でザラスは振り返った。



 そいつの横にはいつも小さな獣人がいる。



次々回で最終回となります。

今しばしのお付き合いお願い致します。

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