革命
魔宮では――
案の定、攻略者達が騒いでいた。
飛び交う噂、偽情報、あちらこちらで起こる喧嘩が騒ぎに輪を掛ける。
「アロンだ!」
「勇者アロンだ!」
こんもりと盛り上がった魔宮を見やる広場。
マントを翻し、赤い鎧を纏った勇者アロン。颯爽の登場だ。
破壊を司る第4天使ルオフの鎧。破の完全鎧である紅色の神鎧を纏うのは、重戦士ブローマン。
炎を司る第6天使クシスの鎧。炎のブレストアーマーである、あかね色の神鎧を纏うのは、大魔導師マデリーネ・ヌルマン。
この2人を引き連れた勇者アロン。背筋を伸ばし胸を張り、堂々とした態度に、攻略者達は騒ぐのを止めた。
みんな、アロンの言葉を待っている。アロンが出てきた。アロンが全てを話してくれる。アロンが全てを解決へ導いてくれる。
「さて諸君」
アロンは、盛り土の上に登っていた。みんなから顔がよく見える。
「諸君に非情な現実を伝えなければならないことを許してほしい」
なんだろう? 攻略者達は、アロンに謎を投げかけられたのだ。
「薄々気づいている者もいよう。言葉にすれば闇に消されると気づいている者もいよう。それは、王宮が隠している事実。世界を破滅へと誘う現実についてだ」
みんな知ってる? 闇に消される? 世界の破滅?
「勇者アロンとして、事実を教えよう」
もったいぶる。
「魔界が増え続けているという事実を!」
攻略者達は何のことか解ってない。この言葉だけで動揺する者は少ない。
「生き物のように増殖し続けている! 今の方法では、魔界の増加に攻略が追いつかない! 魔界がどんどん増えていく。魔宮がもっともっと大きくなる。最近の調査で、攻略されていない魔宮は大きく成長しているという事が判明した! 諸君!」
アロンは、バッと腕を広げる。
「魔宮は成長する。子供が青年になるように。青年が力強い戦士になるように! 小魔界は中魔界へと進化する。中魔界は大魔界へと成長する。その果ては、全ての魔界が大魔界へと変貌を遂げるのだ!」
ここで攻略者達の間にざわめきが入った。理解した者が大勢いる。
「あと3年だ! あと3年で全世界が魔宮に覆われてしまう! たった3年後に、人の住む地がなくなってしまうのだよ!」
まさか、そんな、等の言葉が集団の中を駆ける。3年はアロンのブラフだが、これは効果が有った。
期間を切られることで、人の心に焦りが生まれる。
「この事を王宮と攻略者ギルドは知っているそして隠した! 俺たちの命と、世界の行く末を代償にして目の前の利益だけを搾取している! 攻略者に危ない橋を渡らせておき、自分たちは上前をはねているんだ! 許せるか!?」
「任せられるわけゃねーだろ!」
頭に血が上りやすい攻略者達だ。そんなこと言われたらすぐ血が沸騰する。……内の何人かは、アロン達の仕込みだが。
「その為に俺は立ち上がった!」
これは反乱なのでは? 一度盛り上がった熱が下がった。
「俺だけじゃない! 心ある貴族の方々も賛同してくれた」
その言葉が事実なら、心配は少ない……だろう。攻略者達はまだ逡巡している。
「君達の後ろを見るが良い。魔宮の門だ」
魔宮の門の上方に、監視用の張り出しが設置されている。
そこに着飾った男達が20人ばかり登場していた。
中央に位置する貴族が一歩前に出た。彼が代表なのだろう。
「貴族院議長を務めるガドフリー・ハドスである」
よく通る声だ。
議会の頂点に立つ男ハドス伯爵。攻略者の多くが彼の顔を見知っている。なんども魔宮へ足を運んでいる貴族様。勇者と仲が良い貴族様。そして、昔、自分たちと同じく攻略者だった男。
攻略者達の間に、仲間意識が生まれた。
ならば彼らの後ろに立つ者達は、貴族の方々なのだろう。勇者の行動に貴族の方々も参加している。それは心強いし、信がおける。
「我ら議員は賛成多数でアロンを指示するに至った」
後ろに立つ身分の高そうな人達は頷いている。この方々は貴族議員なのだろう。
貴族院、いわゆる国会議員に相当するお方々が動いたのだ。ならば勇者は正しい行いをしている。
そんな感じで大勢は受け止めた。
「不正を行った黒幕を発表しよう。王宮側、第1王子ランベール殿下。現国王、ベルナルダン陛下、そして攻略者ギルド長カシム・ランク!」
またザワザワが広がる。
ここまで話して、アロンは攻略者達と自分に何らかの齟齬があるように思えた。おそらく、アロンが口にした人物が大物だったからだろうとアタリを付けておいた。
それはある意味その通りだ。ここまでは6:4、あるいは7:3の割りで、攻略者達は勇者に共感していた。
だが、次の手が悪手だった。
「この悪党共に対し、我ら心ある者達の協力で王を幽閉した。我らに味方せよ。君たちの手で正義を掴むのだ!」
攻略者達は静まった。
それをアロンは良いように捉えた。
だが、攻略者達、民衆は違うことを考えていた。
アロンは続ける。
「悪の計画の中心であったランベール王子とギルドマスターカシムは私が誅した!」
誅した――意味が理解できない。いや、単語の意味は知っている。殺人の言い換えだ。そうじゃなくて、ここで使ったことの意味が理解できない。
攻略者共がそろって馬鹿なのもあるが、理解が常識に追いつかないでいたのだ。
「2人は首だけになった! だから安心して付いてきて欲しい!」
……思ったより攻略者の熱が低い。攻略者達は静かなままだ。
実のところ、攻略者達は一歩引いていた。
国のトップたる者達を力尽くで黙らせたということに。
その行為に、時勢を読むに目敏い攻略者達は、アロン達のやったことに危険な匂いを嗅いだのだ。
それも特大の危険だ。自分たちの命に関わる危険だ。
この危険を察知する力と、危険より逃れる能力に優れた者が攻略者として生き残るために必要な能力なのだ。
アロンの言ってる中身は、自分たちの仕事と命に関わる重大事案だ。世界のことを考えてくれているのだろう。それは解る。だけど、それとこれは話が違う。王族を殺した? 暗殺か?
暗殺だったりしたら、天下に徒なす大罪だ! とばっちりがこっちに来る?
これのことを何というか? 革命? 違う!
「反乱だー!」
どこからか声が上がった。
「これは反乱だ-!」
もう一度声が上がった。
「アロンが勇者の仮面をかなぐり捨たぞー!」
「王家の方々を暗殺し、アリバドーラの王に取って代わろうとする奸物だ-!」
この声は、アロン達の後方から聞こえてきた。
そちらに目を向けると……
聖騎士の鎧を纏った若者が端正な顔を真っ赤に上気させ、肩で息をしている。
リュベンだ!
アロンにびしっと指をさす。
「聖教会に手を回したつもりだろうが、そうはいくかッ! 暴力で正義は手に入らないと知れ! お前のしたことは断じて正義と呼べない!」
リュベンの後ろから、隊列を組んだ聖騎士の一団が、魔宮に向け走ってきている。
事実、聖教会も勇者一行の手により押さえられていた。司祭以上の地位を持つ多くの聖職者がアロン達と取引していた。
その話は、聖騎士団にも降りてきたのだが……そこは脳筋聖騎士団。勇者の正義に納得がいかない。世界の将来より、人の命より、正か邪かに重きを置くのが聖騎士魂。
人は利益や正義で動く。だが、狂信者は神の教えが全て。そこが勇者の見落とした現実だった。
リュベンが動いた。司教達を相手に取引という政治の技を使った。この能力、クロと付き合った事による悪影響で得たスキルだ。
どうやったのか詳細は省くが、リュベンが入手した、聖神力並びに聖なる炎の御技が活躍した「らしい」。
取り急ぎ、当日当番の第三番隊をすぐさま稼働させ、迷宮に駆けつけたのだ。
「聖教会が勇者の反対に付いた!」
この際、聖騎士の数が問題ではない。聖騎士、つまり正教会が反勇者の旗を掲げたことに意味があるのだ。
「やべぇぞ! 勇者やべぇぞ!」
攻略者達は各々武器に手をかけ、その場で臨戦態勢へと移項した。相手は勇者と議員達だ。自分を自分で守らなければ死ぬ!
「これは……」
アロンは頭を抱えたくなった。
ここまで……、ここまで攻略者と聖騎士団が馬鹿だと思わなかった。想定外も外だ。
「アロン……」
意を決したブローマンが、アロンの肩に手を置こうと伸ばした。
「アロン! ここは力で押し通すしかないわ!」
ブローマンの手を押しのけ、マデリーネが前に出る。
そして呪文を唱えはじめる。
『星を継ぐ者よ、月は無慈悲な女王なり。あまたの星、黎明の星、渇きの海へ帰れ――』
「マデリーネ……」
アロンがかけた声を無視し、マデリーネの呪文は続く。
『――カエアンの聖衣を纏う栄光のペルシダーよ、バレロンンのスカイラークの名を用い――』
「マデリーネ。……ありがとう」
アロンが剣に手を置いた。血の道を歩もうと覚悟を決めた。
『――ソラリスの陽のもとに夏への扉を開け!』
呪が完成する。マデリーネは嬉しそうに笑っていた。
『陽焔勅撃砲!』
攻撃魔法・発動!
炎の渦が獲物を捕らえた毒蛇のように伸びる。爆炎の顎門が飲み込んだのは、突撃体勢で突き進む聖騎士団第三隊! 先頭を駆けていたリュベンも飲み込んで!
ゴウと音を立て、炎の大蛇が通り過ぎたあとは、致命傷を負った聖騎士団が転がっていた。
先頭に位置していたリュベンは、体中から煙を上げながらも立っていた。斜めに傾いでいたが。
「め、めがみ、さま、せいなる……」
リュベンの手にはクロ謹製特別魔晶石のおっきいのが握られている。
ボヒュッ!
青白い炎がリュベンを包む。
ボシュッ!
青い火は、出現したときと同様に突然消えた。
そこには無傷のリュベンが。装備はボロボロだったが。
「女神の火よ!」
こんどはちゃんとした発音だ。
リュベンの手に特大サイズの青い炎が生まれる。それを後方で足掻いている聖騎士達に向け放つ。
全ての聖騎士達が、取り敢えず死なないまでに回復したことを確認し、力尽きたリュベンは横倒しに倒れた。
恐るべし勇者の仲間、大魔道師マデリーネ。
「その程度の戦力で向かってくるなんて、無謀ね」
聖騎士団第三隊壊滅。
戦う力は力で押さえつけられた。
だが、力は次の力を呼ぶ。破壊は破壊を呼び、熱き血は熱き血の流出を求める!
真っ向から勇者に向かって散った聖騎士隊。彼らの無謀な行動の方が、勇者の行動より解りやすかった。
だれに? 攻略者達にとってだ!
「ブッ殺すぞてめぇ」
誰だ?
剣を抜き放ったザラスだった。




