勇者の反乱
アリバドーラ王家、王位継承第一位、第一王子ランベール・アリバドス。今年で30になる。脂の乗った年齢でもある。
現国王ベルナダンが、3年前より体調を崩し始めたことにより、ランベールが宰相の地位についた。早速、ランベールは辣腕を発揮し、財政問題、治安対策、失業者対策、待機児童などの問題を片付け、各所各方面よりの信任を取り付ける。
事実上の国のトップといえよう。
そんな彼が、午前中にわざわざアリバドーラ攻略者ギルドへ足を運ぶ。何度も訪れている勝手知ったるギルド本部である。僅かな供回りだけを連れ、案内の女性に従ってギルドマスター室へと急ぐ。
ギルドマスターのカシムとは、魔宮の取り扱いで方向性を同一とする協力者でもある。
今日は攻略者ギルドに呼び出されてやってきた。なにやら重要な案件があるという。
王宮は諜報者の集まりだ。内緒話をするには攻略者ギルドの方がよい。
さて、一方の攻略者ギルドマスター・カシムであるが、ランベール王子の来訪を待ちかねていた。
内緒話のため、人払いは済んでいる。いつでも来いだ。
「入るぞカシム!」
ランベールは、女性秘書の案内より先に入室する。慣れたもので、護衛の者達は部屋の外で待機する。2人はそれだけ親密な仲なのだ。
「どうぞお掛けください。いつものお茶でよろしいですかな?」
「かまわぬ」
どかりとソファーに腰を下ろすランベール。どちらがこの部屋の主か解らない態度だ。
女性秘書も下がり、この部屋に2人きりとなる。ちなみに、今日はマックスも忍んでいない。
自ら用意した茶をテーブルに載せ、カシムもソファに座る。
出された茶を一息に飲み干し、人がいないのを確認してから、ランベールが口を開いた。
「今日はどういう用件だ?」
この言葉に、カシムが変な顔をする。
「いえ? 私は殿下からお話があるとお聞きしましたが? わざわざいらっしゃるほどの案件だと……」
外の廊下から物音が聞こえる。荒っぽい音だ。
ここで2人はハッとした。
「誘い出されたか!」
ランベールもカシムも腰を浮かせた!
ここは攻略者ギルド。王宮のような外敵に対応した施設ではない!
ドン!
ドアが乱暴に開いた。入室してきたのは完全武装の魔宮騎士の一団。手には抜き身の剣。剣は赤い血で濡れていた。
供回りの者達がやられた!
カシムは部屋の反対側に体を向けた。が、遅かった。
隠し扉からも魔宮騎士の一団がワラワラと湧いて出た。
「何をする気だ! ここにランベール殿下がおられるのを知っての狼藉か!」
老いてもギルドマスター。カシムの一喝は、魔宮騎士を一瞬だけ怯ませるのに成功する。一瞬だけ。
「そうカッカなさらずに」
正面ドアから入ってきたのは勇者アロン。腰に魔剣ドグラディウス。エニンの神鎧を纏った完全武装のいでたちだ。後ろにグロッグを従えている。
「勇者風情が!」
ランベールが吐き出した。明らかに虚勢であるが、頭の中では、挽回の策をいくつかピックアップしている。
先ずは目的を探ることだ。だいたいは解っているが、それを勇者の口から吐かせることが大事な場面だ。
「私の命と引き替えに何を要求するのかね? 話によっては、近道もあると思うが?」
アロンは大胆に距離を詰めていく。
「魔界の殲滅です。ですが、殿下にしていただくことはなにもありません。おさらばです、王子殿下」
アロンが纏う神鎧はエニンの鎧。エニンとは時間を司る第9天使。エニンの神鎧は別名、疾風の鎧、または音速の鎧と呼ばれている。
纏う物を一定時間だけ、超高速の世界へ誘うのだ。
ランベールはアロンが動いたことを認識することなく、その首をはねられた。
音速の時間はまだまだ続く。返す刀で(アロンにとってゆっくりであるが)カシムの太い首に切りつけた。
頸動脈をごっそり切り取られたカシムは、目を見開きながら倒れ込んでいく。目の前に座っていたランベール王子の肩から上が無くなったのを不思議そうな目で見ながら、魔界の利用価値をどうやってアロンに伝えようかと考えを巡らしながら。
アリバドーラ第一王子にして宰相ランベール。攻略者ギルトマスターカシム。暗殺される。
攻略者ギルドとアリバドーラの魔宮は魔界騎士団が占拠。ギルドから対外管理部長エンフィルドと魔界管理部長のウェブリーが勇者の反乱に荷担。
反乱の後方でケツ持ち役を務めたのはブローマンとマデリーネである。
王宮では、ハドス伯爵が動いていた。
多数派工作により議会を占拠。第1王子ランベールを廃嫡。息のかかった第2王子ヴァーノンを皇太子に任命。ベルナダン現国王に引退宣言と蟄居の実行。
まだある。掌握済みの主立った騎士が動き、さほどの勢力はないが、第3王子ゴーチェと第2王女リュディヴィームを軟禁。事が落ち着くまでの限定ということらしい。
舞台はギルドに戻る。
勇者が起こした反乱に賛同した魔宮騎士団は多い。全5隊ある内の3隊までが懐柔され、勇者に付き従い、各所を占拠した。
残り2つの師団は、変わり者が多いので懐柔を諦めている。だから、決行日当日は、適当な理由を付けて遠方へ送り出された。
この中にアレッジが率いる第1番隊もあった。
で、……アレッジがツイてなかったのは、1人の部下のとんでもない失態で、町の外へ出ただけで行軍が止まっていたことであろうか。
反乱の報を聞いたアレッジはすぐさまとって返した。閉鎖された門を力ずくで開門させ、攻略者ギルドへ駆けつける。
勇者に付いた魔宮騎士達は、アレッジの説得に乗り出す。「落ち着いて話を聞いてくれたまえ」と。
だがそこはアレッジ。人の話を聞かないことに定評がある。さらに思いこみの激しさでは魔宮騎士一番の実績を持つ男。さらにさらに、悪いことに、説得に当たった騎士団長の口調が、いつか殺してやるリスト最上段に燦然と輝くクロを連想させるモノだった。
アレッジの配下も似たような粗忽者達だ。
「やろう、ぶっ殺せ!」
ここで同士討ちが始まり、事態は膠着状態へ。
「それでもかまわない」
アレッジの逆反乱を耳にしたアロンは、伝令に対しそう言った。
「ギルド内の魔宮騎士にアレッジ隊の足止めを命じよ。半日釘付けにしてくれるだけで良い。彼らも貴重な戦力なのだから」
問題は……、
アロンは魔宮へと向かった。
魔宮には、魔宮騎士団や宮廷騎士団の戦力に負けず劣らずの戦士達がウヨウヨいる。攻略者達だ。
だが、勇者は確信していた。勇者アロンにはカリスマがある。
自信溢れる言葉で、そして現在の危機と、将来の展望を話せば理解してくれる。攻略者達はアロンに憧れている。
魔宮へ向かうアロンと取り巻きの魔宮騎士達。
途中でブローマンとマデリーネと合流する。
「首尾は?」
「上々ね」
即答のマデリーネ。楽しくて仕方ない感じ。
ブローマンは無言だ。ここ数年、だんだんと口数が少なくなってきている。それでもアロンに付いてきてくれている。信用のおける友だ。
「では仕上げといこうか!」
アロンは悠々と歩き出した。
勇者アロンの後ろに人が列を成す。勇者の行進が始まった。




