第2回中魔界攻略感謝祭
第二回魔界調査を前に、ジェイムスン教授と助手のニール君は最終の詰めを打ち合わせていた。
「ところで教授」
「なんだい、ニール君?」
会話を始めるもニール君の手は止まらない。
「クロさんって、何者なんでしょうね?」
「何者とは? どのカテゴリーで話をすればいいのかな?」
「彼女は、勇者でしょうか?」
「ずばりな物言いをするね、ニール君」
ニール君は教授に対し回りくどい言い方をしない。教授がそれを嫌っているからでもあるが、ニール君自体が貴族的な物言いを嫌っているせいでもある。
教授とニール君のウマが合うのはこのお陰だ。
「ニール君がそれを思いつくのも最もである。時にニール君、誰でも知っておる話だがね。勇者の称号を与えられる条件の一つに、何者をも恐れぬ勇気を持つ者、とある。ここがこれから展開するお話の最重要点だ」
とはいうものの、当の教授は回りくどい言い方を好むという難儀な性格を持っている。
「なぜでしょう? クロさんは戦闘力はもちろん、勇者にふさわしい勇気を持っています。たった1人で中魔界の魔王になど、だれが挑もうとするでしょう? 巨大な力を恐れぬその勇気は尊敬に値します。むしろ当代の勇者より大きな勇気を持っていると判断する次第です」
「ニール君、それ間違いだから」
「え?」
ニール君の手が止まった。
「儂は中魔界で、クロ君と共に魔王の間に立ち入った。この目でクロ君の戦いを見ている。だから言えるのだがね。……そうだね、どう言えば解かりやすいかな?」
ジェイムスン教授は頭の中で話を論理的に組み立てている。この場合の論理的とは、起承転結をベースにしつつ、いかにも勿体ぶった大げさな話法の事を指す。
「当代の勇者アロンは歴戦の闘士。たくさん辛い思いをしただろう、たくさん恐ろしい目にもあっただろう、たくさん後悔もしただろう。だから魔獣や魔王の怖さを知っている。魔界と魔宮の怖さを知っている。その上での魔界攻略だ。挑むにあたり、さぞや勇気を奮い起こしていると思わんかね、ニール君?」
「はい。だから、巨大な力を持つ魔王に挑むに際し、勇気を奮い立たせていると思います。……おや? まだ違ってましたか?」
「いいや、儂の思い通りに話してくれている。さすがだよニール君!」
「お褒めの言葉有り難う御座います。それでは正解の方をどうぞ」
「よろしいニール君。ではニール君、君の知ってるリンゴは何色かね?」
回りくどい言い方が始まったが、ニール君は知っている。こんな解説方法をとる時の教授は、物事の核心に触れているときだと。なので、いつも教授の話に乗るようにしている。
「えーっと、赤、薄緑? そんな所でしょうか」
「では、ここに見たこともない派手派手しい紫と黄色の縞模様が入った、いかにもリンゴっぽい果物が皿に載せられていたとしたら、ニール君ならどうする?」
「えーっと、教授に差し上げるという線は無しで? 無しですか? どうしますかね? 皮を剥いて中を見ます」
「正解じゃ、ニール君! クロ君にとって、魔界や魔王は珍しい色のリンゴがごとき物。中は何色だろうか? 美味しいだろうか? と興味本位で皮を剥くことじゃろう。変わった色のリンゴの皮を剥くのに勇気は必要か? それは否! リンゴごときが手を噛むものか! 興味と探求心が求められこそすれ勇気は不必要! クロ君は一度も勇気などと言う弱者が持つ見栄を張ったことなどない!」
「勇気、要りませんか? 大切だと思うのですが?」
「要らぬ。必要ない。パーフェクト・ナシング! クロ君が魔界を攻略するにあたり、必要とせぬ物が勇気じゃ。何故だ? 弱い生物だから勇気が要る。強い生物だから勇気は要らぬ。クロ君は勇気など要らぬ位に強い生物だからなのだ」
「ふーん、だとするとですね、教授。クロさんって人間ですか?」
「人間なはずなかろう?」
「ですよね」
事実、クロは人間ではない。だが、この件に関し2人の推論は冗談半分である。せいぜいがクラスSSSまたはクラスM級。あるいはクラスCの戦士扱い。いわゆる冗談の上のバケモノ。
この世界、SSSクラスの超人が出現するおとぎ話のような昔話がある。高名な学者とその高弟である2人だが、所詮はこの世界の住民。魔法があってドラゴンが生息する世界であり、地動説と宇宙人という概念のない世界だ。彼らにとっておとぎ話は真実なのだ。
「でしたら教授、クロさんの戦闘力をハドス伯爵へのレポートには載せない方がよろしいかと具申致します」
「それを載せないわけにはいかぬが……。こうしよう。クロ君の戦闘力を小さくし、相対的に魔獣の戦闘力も小さくしよう」
結果として、それがクロの持つ特殊性を覆い隠す役に立ったのだが……
良いのかそれで? ハドス伯爵は大事なパトロンだぞ。
ジェイムスン教授は魔界の謎解明を熱望している。それと同じ熱意で、学会での地位向上という野望を持っている。
ニール君は貴族の三男坊である。家を継ぐ目はない。研究者として名を上げ地位を築きたい。それにはジェイムスン教授の一番弟子という立場が都合良い。教授が出そうとしている論文は、ニール君の協力が無くては執筆できない。教授もニール君を悪いようには扱わない。将来、教授の跡を継ぐのはニール君で確定が出ている。
ハドス伯爵は大事なパトロン。
クロを生かすため、邪魔な物は何か?
ハドス伯爵である。
クロの秘密を知っているのは教授とニール君だけ。この2人が黙っていれば事足りる。
そこに思い当たったニール君は、教授の顔をのぞき込む様に見た。教授は狐のような目をしてニール君を見つめている。
これはどういう事だろうか? もしかして、こういう事だろうか?
ニール君は、試しに手を出してみた。
ジェイムスン教授は、その手をがっしりと握る。
握手とは契約の証。
「お引き立てお願いします、教授」
「付いてきたまえ、ニール君。まずは助教授からだ」
狐目になった2人は、仲良く口角を尖らせるのであった。
さて、チーム・ブラックチョコレートが2度目となる中魔界攻略開始日である。臨むは鉱物系魔獣の中魔界!
「ぶらっくちょこれーっおー!」
「ブラックチョコレート、オーッ!」
チョコちゃんのリードで12人の声が重なった。12人以外にも8人ばかり取り巻きがいるが、声だしするとメンバーと見なされるおそれがあるので拍手で応えていた。
お見送りの人たちという設定であるので、どこからも文句を言われる筋合いはない。睨んでるヤツは居るには居るが。アレッジとか。
魔界へ潜るにあたり、例によって例のごとく……
「クロっ! てめぇー!」
魔界からズタボロの血まみれで出てきたレニー君である。
「おや珍しいね。わたしが気づく前に気づかれるとは。男子メンバーを増加したわたしの事が気になって気になって、集中力が切れるんでメンバーに殴られるだけでなく、魔獣相手に苦戦したようだけど、その怪我はわたしのせいじゃないからね」
「うるっせぇー!」
「うるせぇのはてめぇだ! って所から殴るまでがテンプレートか?」
ザラスに殴られ怪我を増やすレニー君である。いつもの平和な光景だ。世界が終わる前の日って、たぶんこんなんだろう。
「たまにはスケジュール合わせて酒でも飲もうや、クロ」
「ただ酒なら……そう、おごり? だったら喜んで。今回の攻略が済んだら、一旦間が空くんだ。そこで調節しよう」
「楽しみにしているよ。道中気をつけてな!」
「気をつけろやクロー! なんかあったら俺を呼べよコノヤロー! オラー!」
最後はレニー君の怒声で締められた。
――いつもの平和な光景である。
まずはクロとチョコのオリジナルコンビが先行。
後方部隊がいるため、荷物は少ない……のであるが、クロは何かと荷物を背負っている。強いて言えば長いのが多い。
2時間後に調査班が魔界へ突入する。今回、ジェイムスン教授は調査班と行動を共にしたりクロと行動を共にしたりとフレキシブルに動く予定だ。初めは、調査班と一緒に動くとのこと。
魔界へ潜ってすぐは、壁も天井も狭かった。しかし、20メートルも進むとパッと空間が広がった。
天井が高い。空を飛ぶ魔獣がいたら喜びそうだ。幅も広い。魔獣が数を成したら、充分回り込まれるスペースだ。
クロが魔界へ足を踏み入れ1時間も経たぬ頃、第一の魔獣群が襲いかかってきた。
中魔界になって空間が広くなったその利点は、魔獣だけが供与されるものではない。障害物が少なくなったのでチョコちゃんの探知範囲も広くなった。
ぶっちゃけ、身長2メートルの2本足で走る石の恐竜。見た目、某オモチャメーカーのロボ恐竜。巨大な顎と、手足に生えている鈎爪がやっかいそうだ。
さすが中魔界。初手なのに魔獣の完成度が高い。
それが3頭。いつものようにチョコちゃんレーダーが事前に察知していたので、遅れることはなかったが、絶対的質量が大きすぎる。
「こういう事もあろうかと」
余裕をもって用意した新しい武器を構える。ウォーハンマーだ。
ヘッド部分は金槌のそれだが、頑丈そうな太い柄との接続部分が、なにやらメカニカル。
「よーし!」
なにやら嬉しそうなクロ。接続部分から飛び出したレバーを引く。ガチャリと音がして、メカニカルな部分が回転した。
「らっせーら!」
先頭を走る恐竜の攻撃を難なくかわし、2番目の恐竜の膝をウォーハンマーでまともに迎撃する。
ガガーン!
魔界の閉鎖空間に響く爆発音。
恐竜の膝関節が小石の破片となり飛び散った! 頭から地面に突っ込んでもだえる恐竜。
「よいしょ!」
クロがレバーを再操作。ガチャンと金属音を立て、缶詰サイズの薬莢が飛び出した。
炸裂式リボルバー・ウォーハンマー。略して炸裂リボルウォーハンマー。
「全然略してないし」
爆音に腰が引けた小型恐竜など、炸裂式リボルウォーハンマーの破壊力の前にはトカゲと同じ。
続けざまに2度、爆音が木霊する。
レバーを操作。4連発らしい。最後の薬莢が薬室へ送り込まれ……ジャムった。
「まだまだだねぇ」
火薬式リボルウォーハンマーを放り投げ、いつもの戦斧を素早く手に取る。
立つことが叶わず、はいずり回るロボ恐竜に、とどめを刺して回るためだ。
「せーのっ! 破壊力が中途半端だった。せーのっ! 現代科学では可動部分が多すぎるのかな? せぇーのっ! はい終わりです!」
各関節毎にバラバラとなった恐竜の破片が転がっていた。
「ごくろうさまです」
チョコちゃんが、おしぼりを手に走ってきた。前回の攻略で改良した点だ。チームメンバーによる補給が強化され、こういったサービスも可能となったのだ。
「魔晶石は抜いてません、っと。火薬式リボルウォーハンマーは1発だけ弾倉に入ったままジャムってますので取扱注意っと」
連絡事項を書きこんだ用紙を所定の位置に貼り付け、クロとチョコは先に進む。薬莢はまだあるが、火薬式リボルウォーハンマーはこの場に捨てていく。
中魔界に潜って二日目。
出現する魔獣は、生物としての姿を逸脱し始めた。
ロボトリケラトプスの下半身に、両手が鎌のロボイグアノドンが乗っかったケンタウロスタイプだったり、顔のない二足歩行の恐竜が手を繋いだ所に顔があって、それが1個体のロボ恐竜だったりな特殊系が頻出しだした。開発中の特殊実験試作機みたいな形態だ。
普通の攻略者なら、この辺で犠牲が出ていたであろう。
だが、クロにとって、そいつらはボーナスキャラ化していた。
そういうのは得てして、攻撃力は高いのに大振りであるがゆえ、かわしやすく攻撃が当たりやすい。素早さを身上とするクロと相性が良い点である。あと、例の反則技が唸る!
瓦礫の山を築いていった。
中魔界に入って三日目。
後半あたりで、出現する魔獣の形態がまともになってきた。
特殊実験型ではクロの遊び相手にしかならないと魔界が反省したのかも知れない。
順調に倒していくと、変わり種が出てきた。
四つ足のサイみたいな魔獣。頑固そうな顔をしている。背中から4本のダクトが伸びているのが特徴だ。ダクトはクリクリとフレキシブルに動く。
嫌な予感にとらわれたクロは、いつもになく用心して接敵した。
戦斧の先が全然届かない距離で魔獣が動いた。
4本のダクトの内、前2本を前方に伸ばし、炎を噴き出したのだ!
「うわっち!」
ダクトは火炎放射器だった。これが固体であれば、クロの戦斧が弾いただろう。クロの防御をすり抜けた火炎は、驚くほど後方へ火線を伸ばした。
火炎の先にはチョコちゃんが!
チョコちゃんも伊達に魔界へ潜ってはいない。危険を察知してすぐ横っ飛びに飛んだ。
しかし、僅かの差で炎の端がチョコの小さな体を舐めた!
「チョコっ!」
炎の到達距離はそこまでだったのだろう。すぐに霧散した。
チョコが立っていた場所には……チョコちゃんが立っていた。無傷で。びっくり顔で。
「あ、サクラベストか!?」
チョコちゃんが装備した神鎧サクラベストは、炎の熱を完全に防いでくれていた。
「よかったー」
クロは魔獣に対して怒っていない。自分の迂闊さを反省している。中魔界は小魔界と違う。中魔界からが真の魔界であるといわれている。
認識が甘かった。火を吐くことぐらい考えておくべきだった。強酸性のガスと神経性致死ガスの混合体を吐く魔獣がいる位に考えておかなければいけなかったところだ。
自身を省みる時間は瞬き一つほど。ここは真の魔界。次に何が起こるか予測不可能の世界。正面の魔獣に正面から向き合った。
魔獣のダクトから炎がこぼれだした。攻撃の準備が整ったようだ。まもなく、あの火炎が放射される。
ちょっとまて? 炎が滴っている?
あの炎は溶岩か? いや、魔獣の体を構成しているのは金属だ。ドロドロに溶けた金属だ!
液体系の発射音と共に、溶けた鉄が射出された。
当たれば最後、盾や鎧ごと肉体が焼かれる。
そんな必殺の熱弾を、クロはあっさりかわした。その程度の速度ではクロを捕らえることは出来ない。
ところで、この溶けた鉄は何所から調達してきたのだろう? 金属と言えば、魔獣の体は金属で構成されている。
……あいつ、火炎放射でクロを仕留められなかったものだから、自分の体を溶かしてまで必殺技を撃った!
「無駄なことを」
クロは大股で歩いて魔獣に近づいた。
ダクトから吐き出す溶けた鉄で再攻撃しようとしていた魔獣は虚を突かれてしまった。てっきり斬りかかてくると予測していたからだ。
クロの手が、魔獣のダクトに触れたからでもある。
ダクトに溜まりつつある溶けた金属。あれだけの熱量を発するには、どれほどの分子運動量が必要なのだろう?
で、その分子運動を頂いた。頂いた運動量は、クロの体を構成する分子の運動に変えた。エネルギーとして取り込んだのだ。
熱という分子運動を奪われた金属は急速に熱を失い、固体化した。
いわゆるダクトの糞詰まり。
クロは空いた手で魔獣の頭を掴む。
取り込んだ分子運動を魔獣の体に頭を介して返した。
そういうことができる超生物が美女の姿を取っているのがクロなのだ。魔獣より質が悪い。
ドロッ……
魔獣の頭を構成する金属が溶けた。
激しい分子運動は一方向のベクトルをもって魔獣の体を一直線に走っていく。それは体を通過し、尻から飛び出した。
真っ赤に発光する液体金属が、魔獣の尻からぶちまけられ、床に散らばった。絵面的に大変汚い。
魔獣は寝そべるように倒れ、内側から漏れた熱で自分を溶かしている。腹が溶け、液体化した灼熱の金属が床に流れ出た。
「本来、わたしの戦闘スタイルがこれなんだ。武器を持った戦いはハンデ戦。ただし銃器の類は除く!」
汚い絵面を誤魔化すように、戦斧を構えて見得を切るクロ。
「おつかれささでしたー!」
おしぼりを持ったチョコちゃんが駆けてきた。ちょっとだけ噛んでしまった。




