表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/94

聖神力の謎


 リュベンとクロの掛け合いは続く。


「聖神力は魔力だった。なんて事を聖教会が知ったら、クロさんの身に大変な事が起こりますよ!」

 ボケは通じなかった。当然だ。あと最後、凄く力が入っていた。


「女神様の火を使ったのは聖騎士殿であってわたしじゃない」

「あのですね!」

「魔力を魔力と名付けたのは人間です。何故『魔力』と付けたのか? それは、最初に行き違いがあったから。女神様は人間に奇跡の力を授けて下された。たった一つの奇跡の力。それを聖職者は聖神力と名付け、攻略者は魔力と名付けた。同じ刃物なのに、包丁とナイフと呼ぶように」

 もう、リュベンは理解していた。クロはリュベンの理解に念押ししただけ。


「同じものだからと言って、今すぐ公表する必要はないよね? いや、ずっとずっと公表する必要はない。いたずらに世間を騒がせ混乱させるべきではない。わたしは黙っているよ。聖騎士殿は?」

「僕は、黙っている」

「なら問題は起こらないね。はい、この話はここまで。2人だけの秘密だよ」

 クロは片目をつむり、唇に人差し指を当てた。

 なぜかリュベンは頬を赤らめ、目を逸らした。


 逸らしたまま――

「2人の秘密はそれで良しとして、僕を女神様の火の使い手に仕立て上げるのはどうでしょう? 女神様の火は、聖教会で正式な修行を長年にわたり積んで、やっと会得するものです。ジャンナさんの治療が目的なら、正式なルートを通じて正教会の高位司教にお願いするのが筋ですよ!」

 声に力が入ってないので……どちらかと言えば愚痴っぽいのだが……説得力というか、迫力に欠ける。

「これは歴とした戒律違反です! 戒律の守護者である聖騎士としては――」

「聖教会の司祭様でジャンナさんの怪我を治せる人、何人いますか?」

 答えは0だ。リュベンは開きかけた口をつぐんだ。


「戒律違反を犯して地獄へ堕ちるなら墜ちてもいい。それによって1つの命が助かるなら。その人が巡回騎士という仕事をしていて、彼女が働くことで多くの命を救えるのであるならば。そうは思わないかい? 聖騎士リュベン殿」

 正論である。なんとなくインチキ臭いが、リュベンに穴を見つけることはできなかった。

 さらにクロは畳みかける。

「ここに剣を持ち、魔獣を倒す戦闘力を持つ男がいる。魔獣がいて戦わぬ騎士が何所にいる? というお話ですよ」

「それならクロさんだって聖神力を使えるでしょう?」

「異教徒のわたしが使えると言って誰が信じるかね?」

 それもそうだ。

 それに、クロが焚き火クラスの女神様の火を公に使ったりしたら、聖女扱い確実だろう。女性だし……。

 ……クロが聖女になると、世界的に取り返しが付かなくなる気がしてきた。いや、確信できる!


「う、まあ、うん」

 納得できないがリュベンの胸のうちに収めねばならなかった。

「飲み込んだぞ。僕は飲み込んだ!」

 リュベンは自分の事ながら、一皮むけた気がした。


「ああ、そうそう。大聖堂の中身に詳しい人に聞きたかったことがあったんだ。大聖堂の中心に古くて小さな祠があるよね? あれ何?」

「よくご存じで。あそこは聖女様が聖教会をお開きになった初めての聖堂なのです。今のアリバドーラの大聖堂は、聖女様の小さな聖堂を中心にして何度も何度も改築していく事によって出来上がったのが大聖堂なんです」

「聖女様の聖堂から魔力が流れ出ているよ。聖堂の中の人はその魔力を聖神力と名付けて使ってるみたいだね」


「え?」


「だから、中の人が、聖神力と称した魔力を体内で祈りの力で変換させて治癒の奇跡である女神様の火として使ってるんです。わたしと同じやりかたですね。解りましたか?」

 リュベンはクロを凝視したまま、ゆっくりと両手を挙げていく。

「僕は……魔力を使って女神様の火を顕現させたのは良いとします。良くないけど! さっき飲み込んだって言いましたし!」

 ゆっくりと両手で頭を抱え、クロからゆっくりと視線を外し、ゆっくりとしゃがみ込んでいく。

「だからって、大聖堂の中心であり、聖教会の祖である聖女様からして魔力を使って奇跡を起こしていたなんて! さらにそれをシンボルとして聖教会が大きくなっていったなんて!」


「言えないよね」

 ぼそりとクロが呟いた。


「言えるわけないでしょうがーっ! その聖教会に魂を救われた現物がここで頭を抱えている僕なのに!」

 かわいそうに。リュベンの目は血走り、涙まで浮かんでいた。

「こう考えようか聖騎士殿。同じ刃物でも肉を切るのがナイフ、大根を切るのが包丁。どうです!」

「この際です! それで納得するとしましょう!」

 あ、やけくそになった。


「あと、わたしたち、真理を知る共犯ね! ああ、泣かないで聖騎士様。またどこかで女神様の火を使って人助けをしましょう! あとこれ、お土産です!」

 さすがに酷いことをしたと思ったのだろう。クロは秘蔵の魔晶石(聖神力特化)をありったけリュベンに渡した。

 

 

 リュベンは宿舎に帰って来るなり、食堂のテーブルに突っ伏した。

 突っ伏す前に、茶をカップに注いでいただけ立派である。


 今日は一日いろんな事があった。

 突っ伏していても何も解決しないので顔を上げた。

 窓から見える空の色は日が沈む直前の赤。清楚をモットーとする教会施設内で夜の明かりは望めない。早く自室に引き上げないと宿舎は闇に包まれる。


 聖女様は元攻略者。魔界へ潜っていた。そして、ある時、聖神力を使えるようになった。

 クロも攻略者。魔界へ潜っている。そして、ある時、聖神力を使えるようになった。

 ……どういう符号だ?


「なんだよリュベン? せっかく代わってやったのに日の暮れる前にご帰宅か?」

「あ、ああ、今日は済まなかった。ありがとう」 

 今日の当番を代わってくれた同僚だ。仕事が終わって戻ってきたのだろう。

「元気ないな。次の約束は無しか?」

「次に会う場所を探すって言ってた」

 同僚はニンマリと笑った。代わってやった甲斐があった。努力が報われた時の笑みだ。

「よしよし、焦ることないわな。よく考えれば、お前を袖にする女なんかこの世にいないよな」

「袖にはされなかったけど、ずいぶん振り回された」

「はっ! リュベンを振り回す女が現実にいたとは! 悪い女じゃないだろうな?」

「悪い女なのかもね。すまない、疲れたので今日はもう寝る。この埋め合わせは近い内にするよ」


 リュベンは、カップを持って立ち上がった。

 リュベンは考えるのがおっくうになっていた。一時棚上げにして、ゆっくりと体と頭を休めよう。そう決めた!


「寝るのは良いが、今日の修行はやったのか?」

「ものすごくやった」

 リュベンは背中を丸めて廊下に消えていった。


「ものすごくヤッタって……やったのか?」

 同僚は立ち上がってリュベンの背中を見送った。

 

 

 

 ジェイムスン教授らによる獣系中魔界の攻略に伴う魔界調査が終了した。魔界貸し出し期間をフルに使った調査だった。

 調査と平行して、次に攻略する中魔界の選別を行った。


 選ばれたのは、鉱物系魔界だった。

 前回、選んだ魔界は獣系だった。通常サイズの獣系魔獣が出現する魔界であった。

 せっかく通常獣系のデーターが取れたのだから、大型獣系と比較してはどうかという意見が採用された。

 目的にかなう魔界を探したのだが、あいにく大型獣系魔界は全部他の攻略者チームが攻略中だった。


 残っていたのが鉱物系の魔界だけ。


 ちょっと違うんじゃね? ということで、さんざん議論を重ねた結果、データーの幅を広げるため、別系統の魔界でデーター取るのも良いんじゃね? と、言う方向で意見が集約された。

 獣系魔獣も、鉱物系魔獣も大した違いはない。主な共通点は魔獣だという研究者にそぐわぬおおざっぱな意見が取り入れられたのだ。会議が迷走したと言ってもいい。


 実際に攻略するのはクロなのであるが、前回ヒュドラをイキリ倒した実力を見せつけられたし、鉱物系は相性が良いとクロが自慢したこともあり、研究チームは、大丈夫じゃね? っとことで誰も心配していない。クロへの信頼感は絶大だった。

 方針は決まった。早い時期に決まった。

 

 第2回目の中魔界攻略であるが、クロは、教授達と別途でプロジェクトを立ち上げた。

 それは、新兵器運用実験。

 ちまちまと魔界の素材を持ち込んだり買い集めたりして、頭の悪い武器をいくつか作った。


「試作品と称すれば脆いイメージが付くけど、プロトタイプと称すれば、なんだか無双できそうな気がするね、チョコちゃん?」

「?」


 チョコちゃんにはまだ早かったようだ。



転の章、お終いです。


最終章「結」は、5月12日より掲載開始予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ