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聖なる炎


「いくら親が隠していても、子供が成長すれば、本当のことを知ってしまうのに。何故なんだろうね? どんなに隠しても、時期が来れば子は秘密を知る。お節介な先輩が男の子をいかがわしいところへ連れて行って秘密を体験させてばらす」

「それは……なんだかんだいって、真実だからでしょう」 

 リュベンの答えに、クロは満足そうに頷いた。


「真実は隠していても、時が満ちれば明るみに出る。剥き出しになった真実を正しく使うのが正義。悪用するのが悪事。聖教会は真実を正しく使っているのだろうね?」

「もちろんです」

「人類は、やがて神の教えと御業(みわざ)を知ることとなる。人が一生懸命勉強に励めば、という条件付きだろうけど。その時、人は御業を喜びで迎えるか、悲しみで迎えるか?」

「なんか、ずいぶん哲学的ですね?」

 どうもクロの手の中で転がされているような気がする。この問答が後に生きてくる伏線の様な気がしてならない。同時に、どこかで取り返しのつかない一手を打たされた気もした。


「しっかりと伺いました」

 クロが笑った。予感は確信となった。

 クロは甘くない。こんなスリリングな女性は他にいない。いるのは甘ったるしい匂いのする女だけだ。


 ここよりクロの口調ががらりと変わる。

「先日はなんだかごめんね。人を迷わすようなことやってて」

「お気になさらずに。あの一件からこちら、僕の中の聖教会に対する信仰がより深いものとなりました。むしろ感謝しております」

 にこやかに応えているリュベンであるが、その実、彼の心の中は嵐が吹いたままだ。

 嵐の正体が分からないからやっかいだ。最初は聖神教の教えに対し、心が揺れ動いていたはずだった。時間が経って気がついた。クロのことでも心が揺れ動いていることに。むしろ、教えは二の次で、クロの事をもっとよく知りたいと熱望する様になっていた。

 その熱がなにに起因するのかが判らないまま、手紙を受け取る今日まで過ぎてきた。

 だから、次にチャンスがあれば、失礼とか騎士らしくとかの一切を脱ぎ捨てて謎に迫るつもりだった。


「あの時の女神様の火ですが、本物の……」

「本物だったみたいですよ」

 ポンと音を立て、クロの指先に青い炎が出現した。ゆらゆらと揺れる様は不自然。クロの意志で揺らしているようにしか見えない。

「え?」

「あの後、教会からの帰り道、足をくじいた第2王女リュディヴィーム姫様にお会いしまして……」

「え? 王女?」

「ものは試しとコッソリ黙って使ってみたところ、これがまた見事に治療に成功。すぐに歩けるようになりました。凄いね、女神様の火!」

「ちょっと待ってくださいよ?」


 やはり女神様の火スゲーではなく、第2王女という力溢れる言葉に全神経を引っ張られて、その後の治療云々という言葉が頭で整理できなかった。

 それに女神様の火ってそんなに安っぽい奇跡ではないはずだ。

 長い年月を修行に捧げ、厚い信仰心を宿した聖職者が人生の後半で、やっと使い物になるだけの聖神力を発揮し女神様の火を顕現させているというのに、なに簡単に出してくれてるかな?


「聖なる女神様の炎。コツを掴めば誰だってできますよ。今日の授業料です。ただで教えてあげましょう」

「え?」

 想定外の進行にリュベンの理解力が飽和した。

「百聞は一見にしかず。ほら」

 クロがリュベンの手首を握った。

「では力を聖騎士殿に流します。力の流れを感じてください」

「うっ、むっ!」

 リュベンは聖神力が手首に発生した事を感じた。毎日練習している。間違いない。これは聖神力だ。

「そう、それがわたしのアレ。余り長くはできません。しっかり感じ取ってください」

 手首に感じた聖神力は、クロの手から流れてきた聖神力だという。

「もう少しの間、流れと変化に集中していてくださいよ、これから燃やします」

「あっ!」

 青い小さな炎がリュベンの掌に出現した。

 

 それはクロのコントロールを受け入れ、右に左に、大きく小さく自在に揺れている。いや、揺らしている。

 自分の手という肉体を通してコントロールされていく様が解った。聖神力を燃やすということが! 燃焼方法が!

 リュベンは体感させられた通りに、炎を揺らす。聖神力の減退に伴い、少しずつ小さくなっていく炎は、消える直前までリュベンの思惑通りに揺らめいてくれていた。

 次はリュベンの聖神力を使っていちから顕現させる。

 先ほどの経験をなぞる。

 ポコンと間抜けな音を立て、青い炎が立ち上がった。どう見ても大司教様のより大きい。消えるまでの時間が長い。なにより楽。

「簡単だったでしょ?」

「……簡単でした」

 リュベンは茫然自失となっている。


 今までの儀式やコントロール法は無駄が多すぎた。要らない要素が多すぎる。特に信心は意味がない。

 女神に祈る必要も、精神を極限まで高める必要もない。それに伴う儀式はデタラメで意味が付いてないものだった。

 聖神力は薪。炎が聖なる青い炎。人はだれでも薪に着火する力、火種を持っている。真理はこんなに単純明快なのに。

 結局、聖神力って何なのだ? クロは洗礼を受けてない。聖教徒じゃない。

 聖教徒じゃないクロが……。信心が揺れる。


 だから聞かずにいられない。

「聖神力は、どこから来るのでしょう?」

 疑いを持つようになった。

 女神様への疑いではない。それは畏れ多いことだ。

 聖神力は存在する。確かにある! いま、手の中で感じ発現させたのが証拠だ。

 聖神力は女神様の御力。女神様の御力であるのだから、選ばれた聖者でなければ受け取れない。それが聖典に記載された聖神力、女神様の御力!


 それは否。


 クロから受け渡された聖神力で青い炎が灯った。リュベンが使った聖神力は、祈りを必要としない。

 リュベンの信心は揺るいでいない。では、なにを疑うようになったのか?

 聖教会の教えである。聖典の中身である。

 リュベンはまだ揺れていた。聖教会が正しくあって欲しいと願っている。


「聖神力ねぇ?」

 クロが困ったように眉間に皺を寄せた。

「さて、何所から来るのかな? 女神様からじゃないのかな? あれから聖堂へ行ってない不心得者だけど。もしくは、わたしがよく行く所のどこか。しらんけど」

「しらんけど?」 

「お祈りどころかお布施すら払ってない。そもそも無神論者である女がなぜ聖神力を使えるのか? と思ってる聖騎士殿。こうは考えられませんか? 聖神力はエネルギーである。と」

 ハ虫類っぽい目をするクロ。顎を手に乗せて小首をかしげリュベンを凝視している。レニー君だったら真っ赤になっていただろう。

「……偏見が激しいな」

 リュベンは、そうとしか言い返せなかった。聖典よりいくらか納得できる理論だったからだ。


「聖騎士殿は賢い。だから謎に辿り着いた」

「謎って……正解ではなく謎に、ですか?」

「そうだよ。謎だよ。ようやく謎の存在に気づいた。何かの呪縛を振り千切ることで謎を解明する権利を得た。ということだね。例えば法律とか。振り切ることができず、絡め取られるままの方が楽な生き方ができたのに、ご愁傷様です」


 リュベンは、ゆっくりと考えた。予想される答えを模索して、ベストではなくベターな「質問」を見つけた。

「……クロさんは『聖神力』を『知って』ますね?」

「ああ、そうだよ」

 リュベンは椅子から腰を浮かした。

 全身がかっと熱くなる。体が戦闘態勢に移行した結果だ。

 その答えは真っ向から女神を否定し、聖神力を否定する。すなわち女神を否定する。聖教会を否定する邪教徒と戦い滅するために聖騎士は存在する。この異世界で唯一、対人戦闘のプロが聖騎士なのだ。

 迷っていたリュベンは、考えるのをやめ聖教会の教えに従う事にした。教え通りに生きれば良いのだ。


「無駄なことはよしたまえ。思考を放棄してはいけない。聖騎士リュベン。わたしは強い」

 目の前のクロが、あからさまに殺気を放っている。気迫を放っている。リュベンのの戦闘意識を圧迫する圧力だ。どの様に仕掛けても、先を取られて真っ二つになる未来しか見えてこない。


 どうする!?


「ここで最初に尋ねた質問だ」

 クロから殺気が消えた。

「え?」

 打開策はいつもクロからだ。

「赤ちゃんの謎は子供の成長と共に解き明かされる。なぜなら、真実だからだ」

「くっ!」

 理解した。あれは伏線だったのだと。言い換えれば、リュベンがこのような反応をすると判っていたと。

 ここでクロの口を封じても、聖神力の答えは、時が来れば世間に広まる。常識となる。

 リュベンは椅子に腰を下ろした。リュベンは前から判っていたのかもしれない。その判断を自分で下せないだけだったのかもしれない。


 なぜだ? なぜクロはリュベンを迷わすことばかり言うのだろう?


「考えることを放棄するなんて最も駄目な人生だ。解決するには問題に立ち向かわねばならない。問題から目を逸らすように仕向ける者は、当人を破滅させるのが目的としているに他ならない。そして狂信者の誕生さ」

 なにが? 話がずれている? なぜこんなことを言う?


「真実が世に出るなら、世に出ればいいだろう。なにも聖騎士殿が率先して宣伝する必要はない。違うかい?」

 違うかいと聞かれたら――

「違わないですね」

 そう答える。その通りだから。クロは率先して聖神力を喧伝したりしない。聖女を名乗ったりしない。悪用……しない。たぶんしないと思う。しないと信じたい。それくらいは判る。


「悩みたくないなら黙って聖神力がなんたるものか調べればいい。問題が解決すれば、あなたの力で多くの人を救える。道化になることで人が幸せになるなら、道化にもなろうものさ」

 リュベンはしばし思考の渦に埋もれた。頭を垂れて。

 聖教会の教えにすがり、ただ聖典だけにすがり、叫び否定し、剣を振るい、女神様の為と称して異論を封殺して回ることができればどれだけ楽だろう。

 けれど、リュベンは狂信者にならない。なれないのだ。

 なぜなら、リュベンは聖騎士である前に正義の人なのだから。


「聖騎士殿」

 リュベンは顔を上げた。目に力がない。

「助けて欲しい人がいるんだ」

 クロの言葉で、リュベンの目に光が戻った。

 リュベンは正義と真実の人なのだから。

 

「今日は一日フリーだと言っていたね? これからある人を助けに行くんだ。いっしょに来てくれないか? ああ、相手は女性だよ。安心したかい? じゃあ、ちょっと手伝ってちょうだい」

 

 

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