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おデート


 1回目の中魔界攻略の後、クロは忙しく動き回っていた。


 チョコちゃんは近所のお友達と忙しく遊んでいた。

 お気に入りは、おままごと。

 チョコにとって親とは叱りつける者だった。おままごとで子を叱りつけてばかりいる親はいない、優しく接し、時に叱る。空気を読むに長けたチョコちゃんは、おままごとを通して、親とは、母親とは? を学んでいる様子。

 歪な学習方法であるが、少しずつチョコちゃんの人格は良い方向へ補正されていってるようだ。

 ……クロと四六時中一緒にいると、性格がねじ曲がったり、覚えなくて良いことを覚えたりしそうだし。


 その間、クロはいろんな工房に出入りし、なにやら怪しい器具を作らせている模様。お眼鏡が敵う店もあれば、早々に引き上げる店もある。進捗率は30%といったところ。クロの想定誤差範囲下方ギリギリだ。


 クロはテコ入れ策の必要を感じた。

 

 そんな中、正教会の聖騎士詰め所にて……

 聖騎士リュベンがいつものように私信箱をあらためていた。いつものように封書がいっぱい。それもみんな綺麗な絵柄入り。甘ったるい匂いがする封書も少なくない。


 女子からだ。


 それでも万が一、やんごとなき場所から重要な封書が来ているかも、と、年に1度あるかないかの可能性を恐れ、全ての差出人に目を通している。律儀であるが、中は読まない。

 詰め所にて、一枚一枚、差出人を見ては、股ぐらに挟んだゴミ箱へ無造作に放り込んでいく。

 向かいの席でカップを傾けている同僚は、リュベンが女で動揺する顔を死ぬまでに一度で良いから見てみたいと思ってる男だった。

 夜勤が終わって仕事もまもなく終わる。あとは鐘が鳴ったらリュベンと引き継ぎの打ち合わせとするだけ。帰りに飯買って家で食おうと計画を立てつつ、カップの残りを口に含んだときであった。


 ガタン!


 何事かと音源に目をやれば、リュベンの顔に感情が浮かんでいた。動揺と言っても良い。手には手紙。長年の念願が叶ったようだ。

 リュベンの目が泳ぐところを見るのも初めてだし、「しまった! 手紙の確認を後回しにしたせいで時間がない!」という感情を読み取ったのも初めてだったし、この美しき同僚がこれほどまでに心を読みやすいと知ったのも初めてだった。

「どうしたリュベン?」

「いや! なんでもない!」

 何でもないという割には立ったり座ったり、右を見たり左を見たりしている。

 無防備に手にした手紙が見える。中身まで判らないが、女の字だ。

 珍しい。女神様が降臨するとしたら、きっと今日のような日なのだろう。


「ひょっとして、今日の午前中にどこそこで待ってます。という内容では?」

「どうしてそれをッ!」

「お前の顔に書いてある」

 リュベンは顔を拭った掌を開いた。

「いや、実際に書いてあるわけではないが……今日の当番を代わってやろうか?」

「仕事が明けたばかりなのに……頼めるか?!」

「世界開闢以来、たった一度あるか無いかの珍事だ。喜んで代わってやるよ。行ってこい」

「すまん! 後で必ず埋め合わせをする!」

 言うなり手紙を掴んだまま走り出した。

「おーい! 着替えてから行くんだぞ! 少しくらい待たせても万全の体勢で行ってやった方が向こうさんも喜ぶからなー!」

 聞いているのだろうか、片手を上げて合図を送ったリュベンは、すぐに見えなくなった。


「何を大声で騒いでおるのか!」

 騒動を聞きつけた聖騎士隊の隊長がお怒りだ。

「ここは誉ある聖騎士の詰め所であるぞ!」

「リュベンが女の手紙を受け取って走っていきました。今日は私がこのまま彼の仕事を引き継ぎます」

「……それならよし!」

 聖騎士隊は厳しさと優しさと、ほんのちょっぴり苦いビターチョコでできている。

 

 

 中流階級が住む町のはずれ。小洒落た店があった。日のある内はアルコールを含まない飲料と軽食をそれなりの価格で提供してくれる店だ。

 朝の客が捌け、昼にはまだまだ早い。店の中はがらんとしている。

 勢いよくドアが開き、リュベンが入ってきた。先ほど整えたばかりと言った息。珍しくおしゃれな普段着だ。


「あ! ここです!」

 一番奥の席(裏口近く。背中は壁)に座る女性が、席から立ち上がって手を振っている。

 彼女のテーブルにアップルパイとコーヒーカップが置かれていた。

「お待たせしました。遅れたことをお詫び申し上げます。クロさん」

「いえいえ、まさか来てもらえるとは、もとい……わたしも先ほど来たばかりです。どうぞお座りください」

 今日はずいぶんとおしとやかだ。

「し、失礼します」

 リュベンの体が硬い。いま不埒者に襲撃されたら確実に命を落とすだろう。

 自分でも何故故ここまで緊張しているのか理解が及ばない。 

「まさかまさか、人気者の聖騎士様が、どこの馬の骨とも解らぬ女からの手紙でここまでご足労いただけるとは思ってもいませんでした。わたしは運が良い」

「いやはやいあやはや」

 何を言ってるのか、もはや分からない。



 もう一度クロに会いたかった。切望していた。

 あれは正しく聖神力だったのだろうかという疑問を含めて、あの青い火は「何だった」のだろうかと問いたかった。

 自分の知らない世界を知っている(ひと)。別の世界へ連れていってくれる謎の女性。

 だけど、それ以外に理由があるような気がする。それがなんだか分からない。

 それが何ともむず痒い。目の奥から副鼻腔を通って胸の内に通じる一本の線がむず痒い。手が届かない。外から掻いてもどうも違う感しかしない。

 これがあの時以来の嘘いつわり無いリュベンの心の中だ。

 こうしてクロを目の前に置き、黙っているという選択肢はなかった。

 ウエイターは、美男美女の組み合わせに軽い嫉妬を覚えながら飲み物を持ってきた。

 リュベンが落ち着いたのは、注文した飲み物を一口含んでからだった。


「さっそくですが、今日は僕にどのような用件があったのでしょう? 手紙にもありましたが、是非とも教えて欲しいことがあるとの事ですが? 僕なんかでだいじょうぶでしょうか?」

 会話の切り出し方に色気も○×もなかった。若い美男美女なのに、事務的すぎやしないか?

「このようなことを気軽に聞ける相手がリュベンさんしかいなくて。早速ですが、戦天使のことについて教えていただきたい」

 クロも同類だった。

 案外この2人、気が合うのかも?


「なるほど、攻略者として、やはり戦いに興味がありますか」

 リュベンの方もリュベンで、攻略者を教化するのに戦天使の話から入れば取っつきやすいかなと考える始末。いやらしい雰囲気になる目がこれっぽっちもない。

「諸説ありますが、一般的に戦天使とは、創世神である女神様配下の戦神ルオミルグ様の配下である9柱の天使を指します」

「ふむふむ、それでそれで」

 クロが先を促す。ここまでは知っている。この先を知りたいのだ。

 リュベンとしてもクロが使う聖神力の謎を知りたい。ひいては、聖教会への疑問というか悩みを解決したい。何でも良いから話をしていたい。幸い、クロが戦天使に興味を持った。ここを取っかかりにしたいと思うへたれである。


「戦天使の御名前からお教えしましょう。知能を司る第1天使のエノ。天空を司る第2天使のエウト。情報を司る第3天使のエーリス。破壊を司る第4天使のルオフ。防衛を司る第5天使のエヴィフ。炎を司る第6天使のクシス。変化を司る第7天使のネヴェス。水を司る第8天使のトージェ。時を司る第9天使のエニン。これで9柱」

 長いし多いしややこしい。よく憶えられた。

「エノ、エウト、エーリス、ルオフ、エヴィフ、クシス、ネヴェス、トージェ、エニン、知能、天空、情報、破壊、防衛、炎、変化、水、時間。うーん、確かに戦いに必要なモノばかり。ってか、個人戦より集団戦向け。どこぞの天使みたいに権力だとか支配だとかの国家権力を表さず、魔獣・魔界相手の戦いの大事な要素を表現した現実的な物とみられる。社会制度の違いが宗教観、あるいは天使の役割に色濃く出たと見るべきか?」

 そう言う見方もあるのかと思ったが、リュベンの気を最も引いたのは、それとは別の事。

 一回聞いただけで全部憶えてしまうクロに驚愕するリュベン。彼は、それはもう必死で唱え、書いて、ようやく憶えたというのに。

 あっさり記憶してしまうクロの能力。これはもともと頭がよい事に加え、記憶用の補助脳を持ってるからでもあるのだが、それをリュベンは知らない。

 前回の一件で、クロに人ならざる何かを感じたが、さらにその奥を見た気がした。


 クロは考えるように視線を上に持って行き、降ろしてきてリュベンの目をとらえた。

「リュベンさんの忌憚ない意見を聞きたい」

「どの様なことを?」

 リュベンは身構えた。前回が前回だ。とんでもない発言をされるかもしれない。

神鎧(しんがい)についてです」

「ああ、神鎧ね」

 それで戦天使のことを知りたがったのか。リュベンは安心した。会話が弾みそうな予感に打ち震えた。


「聖騎士殿は、9つの神鎧を知ってますよね? そのうち、勇者のチームが3つ持っている事も」

「知ってます。有名な話です。この世で現存しているのは今の勇者が持つ3つと、アリバドーラ王室が持つ1つで合わせて4つ」

「え? 4つ?」

 初耳だ。

 戦天使と神鎧のナンバリングについて聞こうと思ってたのに新しい情報が飛び込んできた。

 この世界、情報の伝わり方や速度が現世日本と大きく違う。

「ああ、ご存じありませんでしたか。王室に代々伝わる天空の神鎧です。そのナンバーは2」

「エウトですか。第2天使の」

「そうです。着用者は空を飛べるとのお話です。すばらしいですね」

 単純にありがたがるリュベンに対し、クロは眉をひそめていた。思うところがあるようだ。

「空ですか……」

 神鎧は、何らかの理由で魔界攻略用に作られた物。というのがクロの説。だとすると、空を飛ぶ能力が必要不可欠な魔界が存在する事になる。本当に空を飛べるというのなら。

 これまで羽が生えた魔獣は何度も見たが、それはあくまで移動のための能力。空を飛ぶ、そのこと自体が攻撃力になる魔獣は未経験。

 そんな高速飛行型の魔獣が力を発揮するとしたら、天井が空ほど高い魔界。ドーム球場では天井が低すぎる。もっと大きな魔界であろう。すなわち、大魔界。の、どこか。

 人間はもとより、全ての動物は上方向が無防備である。ある程度、上方へも視界を広げている動物もいるが、だいたい草食動物・捕食対象動物だ。

 空を飛ぶことで敵を正面から捕らえられる。敵の速度を相殺することができる。飛行能力はそれだけでアドバンテージを生む。一般人がうらやましがるのも当然。

 因みにクロも、体内の原子の電子活動を運動エネルギーに変えて飛ぶ事が出来るが、速すぎて使えない。最低でもマッハ単位。しかも直線番長。スピード値は高いがコーナ安定値が低い。高度な空中戦に向かないタイプなのだ。


「……高速で自由に空を飛べるんだろうね?」

 そして、国が持ってる事に意義がある。この世界が保有する戦力はほぼ全てが魔界対策に使われており、外国と戦争をする戦力的余裕がない。つまり、国同士の戦争が起こりにくいという不思議な社会である。

 そのことを横に置いておいて、仮に国同士の戦争となれば、空を飛べるというアドバンテージは絶対だ。空から敵の城内が見えるし、情報収集能力は他国と比較しようがない。

「下手するとチート能力? いまは最重要事項じゃないのでそれこそ横へ置いといて……」


 このままだと話が横道に逸れるだけなので、クロは話を戻した。


「聖教会の見解を知りたいな。神鎧の存在意義とナンバリング通りの性能について。いわゆる神鎧と戦天使のリンクについて。基本的な質問ですが、人類は、いつ神鎧の存在に気づいたんでしょうか? 戦天使との関係はどうやって知り得たのでしょうか?」

「聖典のどこかに書かれて……いませんね。たしかに、誰が言い出したのだろう?」

 リュベンは、不思議な、だとか、矛盾が、だとかの前に、興味を引かれてしまった。


「元々は噂話だったのでしょうけど――」

 クロはカップの珈琲を一口飲んだ。まだ熱いと言える温度をギリキープしていた。おいしい。

「――どうやって、そんな発想に至ったのでしょう? たった5つ、じゃなかった、4つで9柱の戦天使と結びつけるなんて。考えた人は天才ですね」

 こないだ、クロが一つ手に入れたのは内緒だ。

「天才で片付けていい問題でしょうか?」

 リュベンは笑って突っ込んだ。クロの一言がちょっとだけ笑いを誘ったのだ。

「天才でなければ、あるいは複数で考えたのか? ……もしくは情報をリークしたのか?」

「リーク? どこからです?」

「もちろん、知ってる人から」

「知ってる人って?」

「それが判れば苦労しない。いずれにせよ、ここで知らない者同士が考えていてもロクな結果になりません。神への冒涜です」

 冒涜。そのとうりだ。意図的に無視されているが、聖典に書かれていない神鎧は、有ってはならない物なのだから。

 だが、現実に存在する。勇者が使っていることで有名である。国も保有している。広く世間が認知している。


 そこで解釈方法だ。

 神鎧は、魔界でドロップする品であり、現世に存在しない品であるからセーフ。というのが聖教会における無理矢理な見解である。国家権力だとか寄付金額の何割かを占めるギルドからのなんやかんやで世知辛い判断を聖教会が下したのだ。上が見て見ぬフリをしたら下も従う。社長が禁煙を守らなければ、社員だって守らない。

 そういうことだ。


「別の質問に移りたいのですが……ああそうだ! 今日、お時間はよろしいので? このあと、どこかの御令嬢と約束は?」

「今日は、その、休暇日です。今日一日、何もすることはありません。付き合ってる女子はいません」

 リュベンは、仕事を代わってもらった友に、感謝の祈りをこっそりとあげた。

「それで質問とは?」

「ええ、いくつかありまして、聖教会だと、子供はどうやって作るのか、子供に聞かれたらなんと答えていますか?」

「こ、子供、ですか?」

 リュベンはどぎまぎした。

 いきなりすぎる。わざとだろうか? 天然なのだろうか?

 真意が分からないので正直に答えるしかない。

「何パターンかありますが、有名どころでは、愛を語り合う父と母の元へ、女神様が使わした幸せの鳥が夜中に届けにやってくる。ですかね?」

 方向転換が激しくて、付いていくのがやっと。


 馬車酔いしそうだ。

 

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