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チョコちゃんのザマア


 さて翌日から――。


 ジェイムスン教授は相変わらず魔界に籠もったまま。教授配下の助手達も似たり寄ったりの研究バカなので魔界へ引きこもったまま。定期的に調査結果を連絡すると約束しているが、はてさて。

 クロはあちらこちらへ手紙を出したのち、宿の女将さんに命令されて宿の手伝いをしている。主に力仕事。


 チョコちゃんはというと、珍しく1人で近所を走り回っている。サクラベストが嬉しくて、有り余ったエネルギーを発散しているのだ。これが普通の子供だったらお友達に自慢している所だろう。

 しかし、悲しいかな、チョコちゃんは獣人の村でもだが、いままでお友達ができたためしがない。

 ご近所に同じ年頃の子供はいるのだが、獣人であることと、さらに先祖返りしていることから、遊び相手と見なされない。

 まあね、頭頂に獣耳、お尻からふさふさの尻尾、全身を白い毛が覆っていて、足も獣足だ。ちょっとやそっとじゃ仲間扱いもされないだろう。

 近所の子供達からも遠巻きにされている。ヒソヒソと子供らしく残酷なうわさ話をされている。直接暴力に訴えられないだけましであろう。

 大きく分けて町の子供達は2グループに分かれている。どちらもガキ大将ぽいのに率いられている。大人の社会の縮図版だ。力の強い者が頂点に立つピラミッド型ヒエラルキー。チョコはその裾野にすら入れていない。むしろ弾かれている。

 それをクロは気にかけている。そして、気にかけている、……だけで済ますクロではない。

 クロ、こっそりと動く。

 

「へへん! どうだ!」

「すごーい!」

 近所の空き地にて――

 1グループのガキ大将、ジョーが青鼻をすすりながら自慢げに手にしているのは木製の斧。しかも両刃の戦斧だ。やたら作りが細かい。

「攻略者におれはなる!」

 ずいぶんとたいそうなことを言うジョー君。垂れてきた鼻水を左手の甲で乱暴に拭いた。


「おれは攻略者チーム、『燃える炎』のリーダーだ!」

「なあなあなあジョー! それどうしたの?」

「くくく、よく聞いてくれた。みんなおどろけ! これは超速クロさんがいらないからと、くれた斧だ!」

「えー! あの超速クロから! うっそだー!」

「うそじゃねぇし! おまえだって知ってるだろ!? イルマの婆さんトコをクロがねじろにしてるって!」「知ってる! おれ見たことある! すっげーきれいなひとだ!」

 おれもおれも、わたしもわたしも、と男の子女の子問わず、クロを見たの声を聞いたのとキャイキャイと盛り上がっている。クロは近くで見に行けるアイドルというかヒーローというか、そんな存在なのだろう。


「斧ったって木じゃん!」

 やっかんだ1人がジョーに突っ込んだ。

「ただの木じゃねぇんだよ!」 

 そう言うと思ってましたとばかり、ジョーは慌てない。

「こいつはなぁ! クロが持ってる戦斧の型どりに使った木の斧なんだ! 本物といっしょなんだぜ!」

「ええー! すごい!」

「いいなー! ジョーいいなー!」

 仲間達から羨望のまなざしを向けられたジョー君は有頂天である。


 大声で盛り上がっている子供達の集団を物陰から指をくわえて見ている子供が1人。チョコちゃんだ。

「いいなー。遊びたいなー」

 でも声をかければ虐められる。いままで遊んでくれた試しはない。結果が分かっているから辛いから、遠くから見ているだけだ。

 そんなチョコちゃんをめざとく見つけた子がいた。

「あ! 獣人の子だ!」

「こっち見てる! あっち行け!」

 ほらね。こうなるんだ。

 チョコちゃんはいつものようにうなだれて後ろを向いた。


「ちょとまてよ! あいつ、獣人の子、あれ、超速クロのあいぼうでチョコだ!」

「え? 超速クロの!」

 子供達はダッと駆け出し、見る間にチョコを取り囲んだ。

「あの、あの、ごめんなさい!」

 チョコちゃんは泣きそうな顔をして怯えている。

「本当だ! 耳と尻尾! それから足!」

 獣足を指している。

 助けてお姉ちゃん! 

 チョコはしゃがみ込んだ。恐怖にぶるぶると震えている。

「えんしぇんと獣人だ! クロが言ってた! こいつ、チョコって言うんだぜ!」

 目をキラキラさせたジョーが大声で叫ぶ。仲間が持ってない、自分だけが持ってる情報を誇示するかのように。

「なに? えんしぇんナントカって!」

「えんしぇんと獣人だよ! 凄いんだぜ! せっていだと獣人の何倍ものうりょくちが高いんだぜ!」

 この世界にスキル値という概念はありません。ジョー君のは誰かの受け売りでものを言ってるだけです。

「なあなあ、聞かせてくれよチョコ! クロといっしょに何度も魔界へもぐってんだろ? 魔獣をたおしてんだろ?」

「あ! あの、その……」

 チョコちゃんはしどろもどろになってる。これはどんな虐めだろうか? 話させてみんなで笑うパターンみたいだ。


「魔界ってどんなところだ? おれも大きくなったらクロみたいに魔王をバンバン倒すんだ! なあ、教えてくれよ、チョコも魔獣を相手に戦ってんだろ。すげーよな! おれよりちっこいのにさー!」

「え?」

 ちょっと、状況が想定と違う。


 チョコちゃんは恐る恐る顔を上げた。今までのチョコちゃんなら、目を瞑って嵐が過ぎるまで待っていたはずだ。

 クロといっしょに魔界へ潜り、クロといっしょに戦ってきたチョコは経験を積んだ。

 こういう訳わかんないときは目を開いて観察すべしと。それが死を避けるために必要なことなんだと。


 見上げたチョコの目に映ったのは、キラキラとした慕情の光を宿した目ばかり。

「ねえ、たってたって!」

 ちょっとばかりお姉ちゃんの子が、チョコの腕をひいて立たせてくれた。

「え? え?」

 想定外の出来事に、チョコちゃんの理解が追いつかない。

「きかせろよ! ほらぁ!」

 別の意味で圧が強い。ジョー君は、チョコちゃんが小さいので嘗めてかかっているのだ。


 だが安心してください。謎の女性のアフターサービスは完璧です。


「あ、いたいた。チョコさん!」

 子供達の間に割って入ってきたのは、同じ獣人の村出身のブラートだ。彼も獣人だ。体が威圧的にごつい。そして、彼の後ろに2人ばかり大男が立っている、彼らも獣人族だ。

「あれ? お取り込み中でしたか?」

 ブラートはチョコに対し、やたら丁寧な言葉で接する。クロに「わからせ」られているからだ。

 子供達は、口をポカンと開けて惚けている。ブラートはでっかい。顔が怖い。牙がはみ出ている。攻略者の格好をして、腰に剣をぶら下げている。小さな子供達にとって、それは恐怖の塊だ。


「チョコちゃんのお知り合い?」

 さっきチョコちゃんの腕をひいて立たせてくれたおませなお姉さんだ。

「うん、暁の星のメンバーでブラートさんだよ」

「え? 『暁の星』の! すごい! すごい人とお知り合いなんだ!」

 子供達がザワザワしている。小さな子達の間でも「暁の星」は有名なのだ。暁の星とは科特隊に相当する。ザラスはウノレトラマン相当だ。……ブラートは星野少年相当かな?

 そのメンバーと対等に話すチョコ。すげぇんじゃね?


「お時間いいすか、チョコ先輩。紹介します。ってか知ってると思いますけど、獣人の村のイェルとマウリっす! 今度、攻略者見習いとしてアリバドーラヘやってきました。おらッ! お前ら、チョコさんに挨拶だ!」

 先輩風を吹かす見習い攻略者のブラート君である。

「ちょ、なんで俺たちがチョコなんかに挨拶すんだよ!」

「はぁ? チョコ? ちょっとブラートさん、俺らさー、顔役に合わせてやるって言うから付き合いで来たってのに、チョコなんかと顔合わせしてどーすんの? 顔役どこー?」

 以前が以前だからね。チョコを嘗めること夥しい。


「バカヤロー!」

 イェルをグーで殴り飛ばし、マウリの胸ぐらを掴んで引きずり倒した。それはもう、ブッ殺す勢いで。

 ブラートの怒声にイェルとマウリは縮み上がった。チョコも縮み上がった。子供達の中にはお漏らしをする子もいた。

「てめえら、おれの顔に泥塗ってのかぁ?! この足で村に帰るか? あー!?」

「え? ちょっ、ちょっと」

「待って待ってブラートさん! 相手はチョコっしょ?」

「なんだコラ!? てめえら尻に殻付けたままのヒヨッコ共が! そう言うことは1回でも魔界に潜ってから言えーッ!」

 そう言うことを言われていましたね。


「でも――」

「でもも杓子もねぇ!」

 ブラートは容赦ない。まるで自分に後ろがないくらいせっぱ詰まっている。

「チョコさんのおかげで俺たちは攻略者になれてんだぞ! もう10回以上潜ってるベテランなんだぞ! 中魔界を攻略したブラックチョコレートの副隊長なんだぞ!」

「まさかそんな! こんなヤツが?」

「それ言うとチーム同士の喧嘩になっぞコラ! それ2人で受けるんか? アリバドーラでチョコさんの機嫌損ねた獣人はいつの間にか消えてんだぞ!」

 風評被害。


「あ、あのブラートさん!」

 過大評価に焦ったチョコが口を挟んだ。ブラートのズボンを掴んでいる。

「チョコさんは黙っててください。俺が躾けますから。おいお前ら、アリバドーラ以外で攻略者ンなるか? 獣人じゃなれねーだろ? チョコさんがいるアリバドーラでしか攻略者になれねーだろ?」

「あの、あの!」

 チョコは汗を飛ばしながらヒィヒィ言ってる。

「なんでか知ってるか? それは第一人者であるチョコさんが攻略者ギルドにクチ利いてくれてっからだぞオラ!」

「ひぃぃ!」

 悲鳴を上げたのはチョコだ。

「オラ! 村に迷惑かけるかオラ! どうすんだオラ! こういう場合、ど・う・す・る・ん・で・す・か!?」

「すみませんチョコさんすみません!」

「もう生意気なクチききません! カンベンしてください!」

 イェルとマウリは転がって腹を見せた。獣人にとって土下座に相当するお詫びの作法だ。

「あわわわわ」

 チョコは焦りまくっている。

「さーせん! チョコさん! どうかこれで許してやってください」

「許す許す許す許す許す許す!」

 ガクガクと首を上下に振るチョコちゃん。許すという言葉を覚えた。


 解らせられたイェルとマウリは、先輩面のブラートに引っ張られて、チョコの前から引かれていった。

 2人の獣人は、何度も何度も頭を下げつつ帰って行った。あと、鼻血出しながら泣いてた。

 残された子供達(チョコを含む)は、ポカンとした表情で彼らを見送っている。


「チョコちゃんって、かっこいいー!」

 最初に我に返ったのはガキ大将のジョー君だった。

「チョコちゃんって、ホントにブラックチョコレートの副隊長さんだったんだ!」

「すごいすごい!」

「ねえねえ、ブラックチョコレートは何人いるの?」

「教えて教えて! 魔界のこと教えて!」

「あのあのあの」

 子供達に囲まれてぐるぐる回られたチョコちゃんは目を回した。歓待に酔ったとも言える。

 ご近所の子供達の間で、チョコちゃんの地位が爆上がりした。のけ者から人気者へクラスチェンジした。


 クロのフォローはこれだけじゃない。もっと念が入っていた。


「やあ、チョコ副隊長。ご苦労様です。もう中魔界攻略の疲れは取れましたか?」

 次に現れたのは助手のニール君だ。

「あのあのあの」

 チョコちゃんは状況を飲み込めず、相変わらずあわあわしている。

「やあ、この子達はチョコ副隊長のご学友ですか? みんな賢そうな顔をしているね。そうそう、僕の紹介がまだだったね。僕はニール・ジョンズ。しがない『男爵家』の三男坊さ。副隊長の仕切りで物資補給担当をさせてもらっている。よろしくね」

 それとなく貴族であることを主張すし、好青年らしく爽やかに笑うニール君。白い歯が日の光を反射してまぶしい。女児から黄色い声があがる。


「チョコちゃんの部下さんですか?」

 ジョー君が変な丁寧語で聞いてきた。

「我らが魔界攻略チーム・ブラックチョコレートの隊長が超速クロ。チームのトップです。そんな彼女を補佐し、戦いにおいては右腕となる。それが副隊長チョコ殿のお仕事。我ら無役職のメンバー10人は、上意下達により動く者。ならば、隊長の意を汲んだ副隊長の言葉を真摯に受け止め実行する我らを部下と呼んで差し障ることなし。お解りかな? 少年!」

「あ、はい!」

 ジョー君は素直に応えた。わざと難しい言葉を使ったニール君の説明は全然解らなかったけど、チョコちゃんの部下らしいことだけは解った。


 ニール君は爽やかな笑顔を浮かべつつ、あっけにとられている子供達に、さてと一言かけてからチョコちゃんに向かい合った。

「隊長の所在をお聞きしたい。クロ隊長は宿におられるのかな」

「はい!」

 チョコちゃんの返事が良い。知ってることは元気に答える。

「魔界の中間調査報告書を持ってきました。隊長に渡しておきますので、詳しいお話は後で隊長にお聞きください。休暇中のところを失礼いたしました。それではまた」

 またまた難しい言葉をつらつら連ねて、ニール君は子供達の遊び場たる空き地を後にした。

 

「な、なあぁ、チョコ、ちゃん。俺たちと遊んでくれよ!」

「え? いいの!」

 チョコは諸手を挙げて喜んだ。

「男の子は向こうへ行って! チョコちゃんはわたし達とおままごとよ!」

 女子のリーダーがチョコの手を掴んで引いた。チョコは遊びの輪に誘われるという初めての経験にとまどった。

 おままごと。チョコが憧れるお遊び第一位である!

「ばかやろう! ブラックチョコレートの副隊長がそんなナヨナヨした遊びに付き合うかってんだよ! 燃える炎の副隊長になるんだ!」

「チョコちゃんは女の子よ! ナヨナヨしたお遊びのどこが悪いの! あ、チョコちゃんのおててふかふかで気持ちいい」

「なんだとー! あ、ほんとフカフカだ!」

 どちらがチョコちゃんと遊ぶか。チョコちゃんの腕を持って引き合ってる。

「なあ、チョコちゃん。俺たちに攻略者の戦いを教えてくれよ! そうだ、燃える炎のリーダーをゆずってやってもいいぜ!」

「バカな男子! チョコちゃんはもうブラックチョコレートの副隊長なんだから! 燃える焚き火のリーダーなんかするわけないじゃん! チョコちゃん、わたしのこども役やって!」

「焚き火じゃねえよ、炎だよ!」

 チョコは、嬉しかった。

 最近、作り笑顔を見なくなった。代わりに、年相応の無垢な笑顔が増えていた。


 これを影で見ている怪しい女がいた。クロだ!

「うんうん、お友達ができて良かったね」

 ほろりと一筋、涙が流れた。

「子供達の親を買収しなくても良さそうですね」

 クロの後ろでニール君も目にハンケチを当てていた。

 

 

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