中魔界 攻略
あの後、クロ個人の実験と調整を密かにやり終えた後、宿に帰って中魔界へ潜る準備の最終点検を始めた。
「スチームエンジンのミニチュア模型が完成すれば、王宮を巻き込もう。リュディヴィーム王女にいい人を紹介してもらうもよし、ハドス伯爵に話を……いや、伯爵は外した方が良いだろう」
ハドスはなにやらきな臭い香りがする。先進的考えを持つ人は大歓迎だが、急進的な考えを持つ人は関わり合いになりたくない。どうしても血の匂いがついて回るからだ。
政治とお酒は一夜にして変わるモノではない。旨い酒は熟成期間を必要とする。革命家は途中を省いて結果だけを求める。だから流血を伴う。クロはそれをよく知っている。
種は蒔いた。水も用意した。
芽が出てくれるか、花まで咲いてくれるか。
「花が咲くのはずっと先のことだし。今は目先の享楽に溺れるとしよう。なあチョコちゃん!」
「キャッ! キャッ!」
チョコに抱きつき、思い切りモフモフするクロであった。
魔界攻略当日。
クロとチョコにとって初めての経験である。
新生ブラックチョコレート初の挑戦である。
挑むは中魔界。スタンダードな魔獣の魔界である。
片道行程、障害無しで3日から5日の長さの魔界。小魔界と違って、長さにバラツキがある。
探査部のギルド職員も最奥まで踏み込んだりしない。魔界の規模は、魔界へ入った時の感触と出現魔獣の手応えによって定めたに過ぎない。
中には、無障害の片道行程で7日という大魔界にほぼ匹敵する大型の中魔界もざらにある。
ギルドも、中魔界からは魔界内部の保証をしない。何が起こるか分からない、真に危険な魔界。中魔界からが真の魔界とされる。
第三者的視点で中魔界を見れば、魔界騎士団に攻略させるべき難易度であると回答が帰ってくるだろう。それはおそらく正しい判断だ。だが、現実は一般攻略者が挑んでいる。それはひとえに騎士団の人手不足による。
魔界騎士はエリートである。素質ある若者を魔界騎士に育てるには、長い年月とお金がかかる。装備品に関しては言わずもがな。よって、一年ごとに騎士のガッコウを卒業する騎士の数は限られている。そして年齢や怪我による引退の数も少なくない。
魔界騎士団は大魔界攻略と新生魔界の調査、そして各地の巡回だけで手一杯だ。結果として、大魔界以下の魔界は、磨り潰し可能な、ヤクザな攻略者任せとなるのだ。
ヤクザな、と言っても生半可な腕前や装備、そして人数で攻略できる代物ではない。挑むのは誰だってできる。生きて、お宝を手にして帰還するとなると話は別だ。上級と呼ばれる腕を持つ経験豊富で沈着冷静な攻略者でないと、生きて帰ってこれない。魔界攻略というギルドと王宮の目的を果たせない。
そういった危険の代わりに、見返りが大きい。完全攻略すれば、小魔界とは桁一つ違う報償が与えられるのだ。
そこに今回挑むのは、超速のクロ率いる新生ブラックチョコレート・総勢12名。規則に定められたチーム構成人数めいっぱいの12名である。
規則だと、チーム構成人数は12名以下と決められている。だが、外部バックアップに10名ほどのボランティア人員を確保している。構成しているのは某研究室の研究員である。
実質的な総勢は20名余りとなる。大所帯に部類される頭数だ。
調査に必要な機材のメンテナンス要員兼食料諸々のポーターとして、ジェイムスン教授の助手を宛がっている。彼らは、王室博物館の研究所所属である。
しかも全員が無給。給与はジェイムスン教授が出す事になっている。
クロは中魔界で得られる利益を全て手にする。教授は中魔界で得られる研究成果を全て手にする。
「うぃんうぃん!」
チョコちゃん談。
して――、
攻略メンバーは、隊長兼戦闘要員クロ、副隊長兼探査兼癒し要員チョコ、主調査員ジェイムスン教授、調査助手主任ニール、正調査助手が2名、調査助手補助兼物資運搬要員が6名。計12名。
この最後の6名がゴハンを運び込んだり、魔界資源を運び出したりする係だ。通常のチームでは12名中、1名か2名しか物資運搬要員に当てられない事を考えれば、とんでもない補給体制である。
今回の攻略が上手くいけば、次の攻略よりジェイムスン教授が抜ける予定であるから、7人体制となる!
それもこれも、12名中、戦闘要員1名というバカみたいなワントップ体制のお陰である。
「わたしの遠大な計画が上手くいけば、この1チーム12人という体制が崩れるはずだ。そしてそれはギルド体制の解体発展を含む。ずっと先の話だと思ってたけど、案外早いかもね」
ハ虫類の目で笑うクロ。何か良からぬ事を考えている目だ。
その時であった!
「クロっ!」
「なにごと?」
振り返ったクロの目に映ったのは、悪の総帥との最終決戦を前にして信じていた老師に裏切られたような顔をしたレニーだった。彼が所属する「暁の星」も今日から潜るのだ。だから魔宮内でガッチンコした。
「なんで、なんでチームなんか作るんだよ!」
「いや、もともと、ブラックチョコレートはチーム名だよね?」
目に涙をいっぱい溜めたレニー君。クロの言葉を聞いちゃいない。顔の色が真っ青だ。
「しかも男ばっかり! てっきり女子チームになるものとばかり思ってたから、俺の移籍は考えなかった!」
「そっちかい! まあまあ、安心したまえレニー君。これは王立博物館との研究合同調査の為のチームだ。これを固定するつもりは全くない。ほら、責任者は枯れた老人だろう?」
王立博物館正教授に対してずいぶん失礼なモノの言い方だが、ジェイムスン教授は黙っていた。空気の読める人物なのだ。ニヤついていたが。
「え、ほんと?」
レニー君の頬に血色が戻る。
「本当だ。将来にわたり、単純な攻略目的でチームメンバーを増やすつもりはない。それとも、ひょっとしてレニー君、うちに入りたいの?」
「うっ、うるせー! そんなことはないッ!」
真っ赤になって叫ぶレニー君。クロは薄ら笑いを浮かべてこれを迎え撃った。……楽しいらしい。
「はっはっはっ! 女子2人の中に男子が1人。こりゃハーレムだね。いいねいいね! 童貞だったらそれくらい高望みしなきゃ! そうだ、レニー君のために女子を増やそう!」
「うるせぇー! うるせぇー!」
両手をブンブン振り回して叫びまくるレニー君。発火したように顔面が真っ赤だ。
そこへ、燃料を投下する者がいた。筆頭助手のニール君だ。
「クロさん、こちらの準備が整いました。いつでも大丈夫です!」
白い歯を見せ、ニコっと笑うニール君。金髪の美少年である。貴族の出だから、物腰が様になっている。
「て、てめぇなに者だ! クロとどういう関係だ!」
さっそく、レニー君が危機感を募らせた。
「僕はニール。ただの助手ですよ。ジョンズ男爵家の次男坊ですけどね。超速のクロと呼ばれる有名な攻略者が、僕のような下っ端に男女の関係を求めるはずないでしょう? 男爵家ですけどね。もっとも、これだけ魅力的な女性なのですから、求められれば応えることにやぶさかではありません。男爵家ですけどね」
それとなく出自を自慢しながら、柔らかな前髪をかき上げる。これ絶対ワザとだ。
「わたしがニール君に求めるのは優れた頭脳だけで、愛とか恋とかは求めないよ。うふふふ!」
「ザマー!」
クロの厳しい言葉にレニー君が調子に乗った。
「これはこれは、手痛い返し技ですね」
全然痛そうにないニール君。彼は、クロがレニーをからかっていることに気づいている。
「そうそう、クロさんが教授に提出した論文を読ませていただきましたよ」
「ろ、ろんぶん?」
レニー君の脳内言語領域に無い単語だった。
「魔界に関する論文ですよ。特に数値データーのグラフ化がすばらしい。まさに見える化。理路整然が文章になったかのようでした」
ちらりとレニーを横目で見るニール。目の色がちょいとばかり挑発的だ。
「すうちでーたー? りろせいぜん?」
ニール君の攻撃に、レニー君は混乱した。
「うきぃいー! 勝負しろコノヤロー!」
「その勝負受けましょう! 7の段。7×2=14、7×3=21、7×4=28、7×5=35、7×6=42――」
「うっ! くっ!」
あのレニーが苦戦しているだと?!
「バカやってないで行くぞレニー!」
レニー君の後ろから太い腕がにゅっと伸びて頭を殴る。
「いつもいつも迷惑かけてすまねぇなクロ。じゃ、行くわ。お前ら気をつけてな!」
「ああ、ザラス先輩も気をつけて」
ザラスの手により、レニー君は連行されていった。それを爽やかな笑顔で送りだすニール君。こいつ良い性格してる。
「さてでは魔界突入の儀式、もとい……手続きも済んだことだし、チョコ副隊長、準備はいいかね?」
「いつでもおーけーです、隊長!」
魔界に9回も潜ったら中堅である。チョコちゃん5歳は中堅である。
「ジェイムスン教授、そちらは如何かね?」
「全く問題ない!」
サムズアップして答える教授。逸る心を抑えているのがありありと分かる。
「では、突入!」
チョコとクロが魔界へ入った。続いて、ジェイムスン教授が魔界へ入る。ニール君率いる調査要員3名と物資運搬要員の6名は荷物を控えて入口で待機。
クロとチョコが障害を排除。安全を確保した地点に調査要員が第1キャンプを設営する。第1キャンプに向けて、物資運搬要員が補給物資をピストン運送し、物資の集積場とする。その間にクロ達が新たな安全地帯を確保。第2ベースキャンプを設営。物資をピストン輸送する。
この繰り返しで、最奥の魔王の間まで進むのだ。




