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エンジン


 教授達と様々な打ち合わせを細部にわたって済ませ、攻略日も決めた。

 忙しくなるのは教授のチームだけで、クロとチョコはいつも通り暇だった。


 そこで、武器屋のラルスに紹介してもらった鍛冶屋へ向かった。

 金属加工業一般の看板を上げた「森の音楽堂」という。


「うさぎさんとか、やぎさんがでてきそうだね!」

「お姉ちゃんはリスさんがいいな!」


 案内の小僧さんによると、金になりそうな話は全部聞くというスタンスの店長はすぐに顔を出すという。

 油まみれの手を綺麗にするまで待ってくれとのこと。それも時間にして僅か。奥から店主が小走りでやってきた。

「お待たせしました!」

 栗色の髪の店主はハンスと名乗った。簾禿の中年である。

「うさぎさんじゃない!」

 チョコちゃんは悲しそうな目をしている。

「リスさんでもないね。初めまして、攻略者ブラックチョコレートの隊長クロです。こっちは副隊長のチョコ。よろしくお願いします」

「ラルスから聞いています。あいつは幼なじみでね。細かい製品を求められているとか。どうです、先にうちの商品を見てもらってからの商談という流れでは?」

「いいね。そっちの方が早そうだ」

 さっそく、展示室なる応接間に通される。


 壁を飾るのは各種金管楽器類と――


「細工物だね。からくり物まで作っているのか。こりゃ驚きだ」

「これなんかどうです? 自動で音楽が流れる不思議な箱です」

 ハンスがクロに手渡したのは、綺麗な装飾が施されたオルゴールだ。

「へえ! チョコちゃん、このネジを回してから箱を開くんだ」

 オルゴールの表面を一回り見て、チョコに手渡した。箱状のオルゴールの側面に付いた小さなネジを指さす。

 チョコは言われたとおりネジを巻いてから蓋を開けた。

 流れ出す音楽。ピアノに似た音だ。

「すごい! じどうえんそうだね!」

 チョコちゃん、どうやら気に入ったようだ。


「……いやクロさん、一目見るだけでよく……あ、そうか、どこかで手になされたことが? 貴族にしか渡ってないはずですが?」

 これはしまった! クロが迂闊だった。この世界、オルゴールは世に出回ってない貴重品だったようだ。攻略者風情がオルゴールを知ってるのがおかしい。

「うん、ふん、すん、先日、とあるお屋敷で見せてもらってね。記憶に新しいよ」

「ああ、そうでしたか!」

「あ! これ凄いね! よくもまあ、こんな精密な馬車が作れるね!」

 クロの話の穴に気づかないうちに、あわてて話題を変えた。クロが視線誘導したのは精密な馬車だ。

「これは、この紐を引っ張ると。ほら!」

「ほほう、ゼンマイ駆動ですか!」

「おや、ゼンマイもご存じで?」

「それくらいは知ってますよ」

 ごまかした。


 ジーっとゼンマイの音を立てて、馬車がゆっくり走り出す。すぐゼンマイが切れて止まった。

 これだけ精密な絡繰りが作れるなら、クロのオーダーも受け入れ可能だろう。


「じつはハンスさんに見ていただきたい物がありましてね」

「なんでしょう? そのまえに椅子にお掛けください」

 オルゴールに夢中になってるチョコちゃんを置いておいて、2人はテーブルを挟んで椅子に座った。

「見ていただきたいのはこれです」

 クロがバックより取り出したのは、武器屋のラルスのところで作った金属製の四角い箱。箱に長い足が付いていて、細いパイプが上から伸びて横に曲がっている自称オモチャだ。

 それを一旦、掌に載せて小ささを見せつけてからテーブルに置いた。


「なんですか、これ?」

 ハンスは食い入るように見つめた。この金属製の箱、何者か、その正体が分からない。

「まあまあ、慌てずに。これの真価を発揮させるには、一手間必要なんです。いや、二手間かな?」

 クロはもう一度バックに手を突っ込み、なにやら部材を取り出した。

 一つは水の入った水筒。

 箱の上面に設置されたネジを取ると穴が空く。箱の中は空洞になっている。そこへ漏斗を使って水を注ぎ込む。蓋を閉めてここは一旦終了。

 次にとりだしたのは蓋をされた小瓶だ。中に液体が入っている。

 蓋を取り、芯の付いたアタッチメントを取り付ける。


「この匂い。純度の高いアルコールですね? アルコールランプは特に珍しい物ではないかと?」

「そうです。ただのアルコールランプです」

 火種を取り出して、着火した。

 青白い炎が金属の箱の下に直接当たるよう調節する。

「これが何か?」

「まあ見ててください」


 すぐに中の水が沸騰し、上から伸びて横に曲がって伸びたパイプから勢いよく蒸気が噴き出す。

「これからです」

 クロは鞄から小さく軽く作った金属製の風車を取り出し、蒸気に当てる。すると、風車が勢いよく回った。

「名付けて、蒸気機関(スチーム・エンジン)。どうです? ゼンマイの代わりになりませんか?」

「面白いね。でもゼンマイの代わりにするためには、もっと力が欲しい。……するってぇと、こんな小型じゃなくて、もっと大型になる」

「そうですね。大型化が必要。この机くらいはね。そこまで大きく、そしてもっと効率化すれば、馬車程度なら余裕で牽けそうですね。それに車だけで済むから、馬車より小型化できそうな? 餌要らないし。ンコしないし。そうそう。機織機の動力にもってこいですね」

「あ!」

 ハンスは気づいたようだ。


 すかさず。クロはバッグより紙を取り出した。折りたたまれた紙をテーブルに広げる。テーブルにいっぱいの大きさの継ぎ接ぎされた紙。そこに書かれていた図は!


蒸気機関(スチーム・エンジン)の設計図です」

「な、なんだこれは?」

「今言った!」

 クロが広げた紙は、蒸気機関(スチーム・エンジン)の精巧な設計図だった。機関部分の三面図と空白に書かれた完成予想図付きである。

「まさか、これがこう動いて、……このギミックで縦運動が回転運動に変わるのか?」

「さすが。よくおわかりで」

 クロはバッグに収められたままの何枚かの紙をハンスに見せた。内側から複雑な図の一部が見えている。一部であるにも関わらず、とんでもない物の設計図であることが見て取れた。

「そ、その設計図は!?」

「別の角度より一から設計し直した弐型スチーム・エンジンの設計図です。高回転型です」

 テスラタービンの設計図だった。

「でもこれは仕舞っておきましょう」

「ちょっ!」

 ハンスが手を出す前に、バッグを体の後ろに回して隠した。

 

「代わりに、面白い物をお見せましょう」

 ハンスの頭が上手く回転しない間に、蒸気機関を片付け、アルコールランプの火を消した。

 そして、ランプの芯を取り外し、代わりに中央に穴が空いたキャップを取り付けた。


「ではチョコちゃん、よろしくお願いします」

「はい!」

 畏まったチョコちゃん。ポシェットから、筒状の物を取り出した。ピストン式の水鉄砲だ!

 屋台で売ってたやつだ! 水は入ってない!

 チョコは水鉄砲に入れた空気を、蓋の穴を通して瓶中へ送り込む。それを何回か繰り返す。

 その間にクロは、細い木の棒に火を付けておく。


「チョコちゃん! もう良いでしょう! ハンスさん、燃えた棒を中へ突っ込むとどうなるか解りますか?」

「中は可燃性のアルコールだ。さっき送り込んだのは空気だろう? 空気だけじゃ火はつかない。燃える芯がないと」

「それはどうかな?」

 クロは蓋の穴から赤い火を灯した棒を突っ込んだ。

 液面に青白い炎が踊る。素早く棒を引き抜いた。

 ボッと音を立て、青い炎が揺れる。


 ボッ! ボッ! ボッ!

 

 間欠的に炎が上がる。一度炎が勢いよく燃え上がると、次は炎が小さくなる。また勢いよく燃え上がり、小さくなる。

 燃えると酸素が無くなり、気圧の差で空気を取り込み、また燃える。

 これを繰り返している。

「おや? 燃えてますね。でも不安定だ。これのどこが……」

 ハンスは、喋ろうとした口をつぐんだ。


 ボボボボボボボボボ


 炎のサイクルが短くなってきた。同時に炎が蓋の穴を超えて、青い柱となって立ち上がる。

 見た目に強力な炎だ! 怖いくらいに勢いがある!

「ご存じのように、『燃える』という現象は、空気と可燃物が化学反応を起こす事です」

「あ、ああ」

 ”ご存じのように”。この冠詞を付けると、なぜか世間一般の人が知ってる常識と思ってしまう習性を人は持っているようだ。知らなくても知ったかぶりをしてしまう魔法の言葉である。


「この場合は空気とアルコールの混合ガスが反応して燃え、ガスの分の体積が減ると自動で空気を取り込む。また空気とアルコールが混ざって火が爆発的に燃える。わたしはこのシステムを間欠燃焼型噴流式機関(パルス・ジェット・エンジン)、と呼称しています。目の前のこれはパルスジェットエンジンの最も簡略化されたモデルです」


 ここからクロの口調が変わった。

「コイツね、仕組みが簡単なクセに熱効率と出力がとんでもなく高いんだよね。完全な物を作れば、人と荷物を載せて空を飛ぶ出力を得ることも可能じゃないかな?」

「空を!」

 今の技術体系より一つだけ時代を飛び越えたスチーム・エンジンという現実可能な技術を見せ、続いて、もう二・三個時代を飛び越えたっぽい技術という夢を見せる。

 見せられた技術者は、超越した技術の完成をイメージしてしまう。

 誘い受け、とも言う。


 パルスジェットエンジンは熱効率が大変良い。過去、ミサイルの推進力に使われた事もあるが、現世において、最も多くパルスジェットエンジンが用いられている機器は、ガス給湯器であったりする。


「話を蒸気機関に戻しますが、わたしの計算では、大型のスチーム機関一台で、数十個の大型荷車を牽引できるのです」

 またクロの口調が丁寧なものに変わった。

「わたしの目的の一つは、アリバドーラの東西と南北を長大な貨物列車で結び、一大流通網を稼働させることです」

「なんだと! そこまで君は! だが、可能だ! この設計図が有れば!」

 ハンスの頭の中に描かれた絵は、明治初期に新橋より発車した陸蒸気風のナニカ。


「陸上だけではありません。船にも搭載可能です。むしろ船の方が大型エンジンを積める分有利でしょう。考えてみてください」

 クロは明後日の方向を指さした。ハンスは素直に指の先を見つめる。

 ちょっとした面接のテクニックを使った。ハンスは素直な性格をしている。これはよい傾向だ。


「風に影響されない動力。激しい潮流も軽々乗り切る大出力。スチームエンジン搭載船により、遠国から輸入された商品が、陸上を走る蒸気機関列車によってアリバドーラの隅々まで行き渡る。人の生活は豊かになり、新しい仕事が増える。貧困にあえぐ人の多くが職に就ける。収入も増える。国が豊かになれば犯罪数も低下する」

 貧困にあえぐ云々は、クロの本心でもある。国民の所得を上げ、人口を増やし、それを支える産業がある国が栄える。手法はどうあれ、国民をイケイケにした国が勝つ!


「スチームエンジンが実用されれば産業界に大変革を引き起こすでしょう。大物流革命。産業革命。そう、これこそが『革命』でしょう」

「たしかに! たしかに! これを革命と呼ばずして、他に革命と呼べる物は存在しない!」

 ハンス、クロの手の上に乗りました。さあ、これから転がされますよー。


「安く、速く、アリバドーラ中に物を運ぶことができる。大量発送には大量生産。生産者が儲かる。海の魚の鮮度を保ったまま、山間部の町で売ることができる。漁師が儲かる。帰りの便で農産物を積めば農家が儲かる。運賃の総金額は莫大なものとなるでしょう!」

「資金さえ何とかすれば! そうだ! 国家事業にできないだろうか?」

「国を巻き込むことは可能です」

 クロがもったいぶって頷いた。


「運べるのは商品だけじゃない。人も運べる。悪い使い方の例を挙げると、千人単位の戦闘集団を一度に素早く移動させることができる。歩兵による電撃作戦が可能となる。行進が要らない兵は疲れない」

「王宮が食いつくぞ!」

「そしてわたしには貴族社会に伝手がある。無いのは工場だけだ」

「その工場は私が持っています! 大幅に広げても良い!」 

「まずは、第一歩目の話をしていいかな?」

「是非とも!」

 我々にとって小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩なのだ。


 クロは心の中で某有名宇宙飛行士に謝っておいた。

 

 

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