レーションと攻略者登録
「うまい話はうまい」
「にがいこーひーはにがい」
王室博物館よりの帰り道。仲良く手をつないで歩くクロとチョコ。
魔界は成長する。魔界は増加傾向にある。
クロの計算によると、ある時点を境とし、加速度的に魔界・魔宮は増え、生活の場を圧倒してく。将来を気にするなら、今の内に手を打つ「べき」だ。
この世界の資源は魔界にある。文化文明を支えるのは魔界である。魔界よりの豊かな資源を元にこの世界は成り立っている。
資源が豊かだから、国と国が戦う必要がない。各国の王は、武の頂点と言うより商いと利権の頂点にいる存在だ。大手商会の会長に似ている。
魔界が存在しなくなると、この世界の文明レベルは後退する。人々は等しく貧しくなり、物資の取り合いで、国と国の争いが起こるだろう。
戦争が嫌なら起こる前に手を打つ「べき」だ。
クロは知らない。
勇者グループと、ギルド&王宮グループは、すでに行動へ移していることを。ただし、彼らの行動は互いに正反対。魔界を叩きつぶす急進派と、問題先送りの現状維持保守派だ。
クロは基本、研究者である。魔界の謎は興味が尽きない。謎というベールに隠された本体を暴きたくて仕方ない。服を剥いで裸を見たいと誰しも考えるであろう。
しかし、魔界研究はただの趣味であって、人生を奉ずる仕事であるとはとらえていない。趣味という狭い領域から出ることはない。人生、魔界の謎に全てを捧げる人もいるだろう。
だが、クロは全てを捧げる気などこれっぽちも無い。人生を楽しく生きるという目的のための、ささやかなエッセンスに過ぎない。より楽しく生きるための手段に過ぎない。
クロの目的。誰にも言ってない秘密の目的。それは――、
魔界を叩きつぶすことなく、逆に魔界を最大活用して文化・文明のレベルを向上させる事。
今はまだ小さいが、第3の勢力だ。
人は、金回りが良くなると生活に余裕がでる。余裕が出ると貧乏由来の犯罪数は激減する。
人は優しくなり、他人を思いやる。たとえば獣人なんかにも。
チョコちゃんが管理職となった商店にも優しい目を向けられるだろう。
全てはブラックチョコレート商会のためである。
遠大な計画だ!
王室博物館へジェイムスン教授を訪ねた帰り。クロとチョコは市場に寄っていた。
「今までより長い間、魔界へ潜らなければならないので、保存食を作りたいと思います。そして作るなら美味しい物であるべきと、わたしは思うのです!」
「お肉? おいしいお肉?」
「小麦粉がベースとなっております」
「それ、いやだ」
「教授んトコの助手連中向けだから大丈夫。お肉は連中に運んでもらうから」
「あんしんだね!」
クロが買い込んだのは小麦とラードと安価な黒砂糖とナッツ類。
宿の台所でそれら材料を広げる。
「この子は、またおかしな物買ってきて!」
女将さんの目がきつい。でも台所から出て行こうとはしない。
「それでは、調理を開始します。先生はわたし、クロ。助手はチョコちゃんです。よろしくお願いします」
「先生よろしくおねがいします」
「えー、ではまず、ナッツ類を軽く炒めます。こうすると香ばしくなります」
浅底の鍋にナッツを入れて、軽く火を通しておく。
「いいにおい!」
チョコちゃんの鼻がクムクムと動いている。
「良い匂いですねー。つぎに黒砂糖をこのくらい使います」
鍋に砕いた黒砂糖を放り込む。チョコちゃんが黒砂糖を指に付けてなめる。
「あまいです!」
「黒砂糖ったって安くないんだよ!」
女将さんの怒声が響く。
「次に、ラードを黒砂糖の同量……と言いたいところですが、そこはビックリするほど安かったラードを嵩増しします。このくらい大量に投入します。そして混ぜます。混ぜたのを仮にAとします」
クロがこねくり回す。
「だいぶ馴染んできました。チョコちゃん、味見をお願いします」
「はい! すくって、ぺろり。うん、あまくておいしいです」
「許可も出たので、Aと同量の小麦を投入します。混ぜます」
嵩が倍に増えた材料をクロがこねくり回す。
「だいぶ馴染んできました。これを仮にBとします。チョコ先生、味見をお願いします」
「はい! すくって、ぺろり。うん、おいしいですがあまさがたりません」
「そこは我慢してください。できあがったBを小さな直方体に整えていきます。チョコちゃん、手伝ってください」
「はい! にぎにぎ。にぎにぎ」
「思うんだけどさ……」
女将さんが手と共に口を出してきた。
「……これ、たくさん作って魔界へ持ち込むんだろ? だったらさ、型作って抜いた方が早いんじゃない?」
「それだ!」
「次からそうしな!」
三人の手によって材料Bがたくさん形成された。
「ブロック状に形成されたBを仮にCと呼びます。次にCを天火で焼きます。中の水分が飛んだら完成です」
オーブンに入れられたCが僅かに色づき始めた。薄い狐色になったら完成である。
「完成です」
「おいしいけどあついです、せんせい!」
「完全に冷えてから試食しましょう」
冷えた頃合いを見計らって、三人の試食が始まった。
「口の中の水分を全部持って行かれるけど、美味しいね。ラードを入れたからかねぇ、結構腹に溜まるね。魔界行きの携帯食としちゃ、軽いし、栄養有るし、日持ちするし、調理要らないし、安くできそうだし、良いんじゃないかい。これ、どっかで作らせて売り出すつもりだろ? だったら、あたしんとこに任せな。たくさん売ってやるよ」
女将さんが食レポをまとめてくれた。
「それはいいけど、ブラックチョコレートとして使う分はただで回してよね。今回、甘味を多めに使ったけど、本番は不味くならない程度まで抑えた方が良い。でも入れないのは無しの方向で。あと、今回入れそこなったんだけど――」
クロの横で、ナッツをポリポリ食べているチョコちゃん。文字通り小動物だ。
「――、ナッツを入れた高級品も考えておいてくれたまえ」
「まかせときな!」
腕まくりをする女将さんであった。
「名前はカロリー・レーション・メイトにしよう!」
飛んで、翌日。
攻略者ギルド受付。
大勢の攻略者に混じり、受付カウンター横で、カウンターにもたれて暇をもてあますクロとチョコがいた。
クロは結構な顔となっていたので、このような場所で蜷局を巻いていても、誰も文句を付けない。むしろ、むさい男共にすれば、ただでクロの美貌を間近で拝ませてもらえると高評価で迎えられていた。
声をかけようか、お前が声をかけろや、といった譲り合いが続く中。気安く声をかける男がいた。
「おや、クロさんではありませんか。少しお話があります。お時間よろしいですか?」
誰かと思えば、顔なじみ。クロ担当の調査員だ。
「何の話だい? もうすぐ忙しくなるので、手短に願いたい。できればお題だけで済ませて欲しいのだが」
「では手っ取り早く。チームのメンバーを増やしませんか? クロさんの実力からすれば、メンバーさえ増やせば中魔界攻略が可能でしょう?」
「うん、その件なら考えていたんだ」
手応え有り!
クロは乗り気だ。小魔界だけでは実力をもてあましていると踏んだ上司の判断は正しかった。ここは一気に畳みかけよう。
「でしたら、ギルドが優秀な攻略者を斡旋しますよ」
「ああ、間に合ってるよ」
「そうでしょうそうでしょう。え? 間に合ってる?」
担当調査員が目を白黒させている。
クロの視線が、受付カウンターに注がれる。
「はいでは、この書類に皆様のサインをいただければ完了です」
これもいつもの受付担当者が書類をクロに回してきた。
「はい、書いて書いてー!」
受付に並んでいた若い男達が、順番にサインしていく。彼らはジェイムスン教授の所の若い衆だ。自発的および、教授の指名により攻略者になった血気盛んな学者のタマゴ達である。
「よし、では最後には儂じゃ」
ジェイムスン教授御自ら書類にサインした。
「教授まで出てこられなくとも、僕たちで大丈夫ですよ。危ないし」
金髪の青年が唇を尖らせていた。
「何を言っとるニール君。最初は儂自らが指導せんでどうする!」
クロ達のやりとりに、付いていけず目を泳がせたままの担当。彼の肩にぽんと手を置くクロ。
「紹介しましょう。こちらの紳士は王立博物館、魔界研究学部、魔界システム学科、ゾールジン研究室室長、ジェイムスン・ゾールジン教授です。そして助手であり秘書でもあるニール・ジョンズ君。将来有望な学徒です」
「は、はじめまして。調査部のムナロンです」
クロがハ虫類の目でムナロンを見て笑っている。
「と言うわけで、名前が初出のムナロン君。メンバーは間に合ってますので、ギルドの用意していただいたメンバーは今のところ必要有りません。欠員が生じればお世話になるかもしれませんが、控えの人員が王立博物館に多数おりますので、万が一そこまで使い潰してしまったらギルドの息が掛かってない優秀な人間の派遣を依頼しようと思っております。その時は、どうぞよろしくお願いいたします」
さて、と前置きし、クロは教授に向き直った。
「最初は何を狙いましょうか? わたしとしては、スタンダードな動物系から入りたいところですが」
「うむ、魔獣の傾向はクロ君に任せよう。初回の希望としては、なるべく古い出現日の魔界だ」
「では、依頼ボードへ向かいましょう。その後、具体的な打ち合わせと参りましょうか。チョコ副隊長! みんなを休憩所へ案内しておいてくれたまえ!」
「はーい! みなさん、二れつじゅうたい! チョコのあとをついてきてくださーい!」
手と尻尾を振るチョコちゃん。
ニール君は笑顔で先頭に並んだ。
二手に分かれてそれぞれの目的地へ向かって歩いていった。
残されたクロ担当調査員のムナロンは、どんな言葉を使って上司へ報告しようかと悩んでいた。




