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ジェイムスン教授


 さて、いろんな人が陰謀を巡らしている頃。クロとチョコであるが――


 グルブラン武器屋のオヤジ、簾禿のラルスが図面を広げて唸っている。


「許容誤差まで入れてくれて、三面図だとか組み立て図だとかまで入れてくれたから、作りやすいっちゃ作りやすいけどさー。なんだこれ?」

「武器さ」

 クロは簡単に言う。


「いや、それは解るよ。可動部分の多い戦槌っぽい何かと、変なケースが付いた剣だよな? なにか? クロ、お前、武器変えるのか?」

「考えてはいる。使い勝手とオヤジさんの腕次第だ。あと、こういうのもある」

 クロはさらに一枚の紙を広げた。


「なんだこりゃ? 持ち込み先が違うぞ」

 紙を手にしたラルスは素っ頓狂な声を上げた。

「ああ、本体は別の工場で作ってる。親爺さんに頼みたいのは、この鉄の部分さ」

「うん、まあ、プレートアーマーの部品が使えるから、作りやすいっちゃ作りやすいけどさー。ちなみに、うちは刀剣専門の武器屋だってこと知ってる?」

「世は多角経営だ。……死語だが。テストはわたしがするよ。出来上がりにもよるけど、何回か修正を掛けさせてもらうつもりだ」

「うーん」


 ラルスは考えた。

 クロが持ち込んだのは新しい武器と防具だ。だが、全部を開示してくれたわけではない。武器も防具も、見る者が見れば一部が抜けている事に気づく。ラルスのカンによると、抜け落ちた部分こそキモとなるパーツである。

 全てを開示しない所が気に障るが、それだけ秘密にしたいって事だろう。って事は、常識を上回る武器と防具って事だ。


 って事はナニか? 魔界攻略の革新か? 

 クロのことだ。グルブラン武器屋をないがしろにするはず無い。きっと利益を考えてくれている。最悪でも、超速のクロ専用武器製造工場のカンバンを上げられる。


 この賭、乗った!


「いいだろう。全面的に協力する。専属の作業者を当てよう」

「はっはっはっ! きっと利益が上がるはず。よし、金勘定を加味してクロに賭けよう。と考えてくれると思っていたよ。最悪、超速のクロ専用武器御用達のカンバンをあげればいいか、と考えていたオヤジさん。恥ずかしいからカンバンはやめてくれたまえ。完成したら全部を見せるから。期待してくれていいよ」

「そこまで読み取るんじゃねぇよ!」

 クロを相手にすると、自動的に高度な心理戦が展開されるのである。


 それはさておき、ラルスは奥から小箱を持ってきた。

「でもってこれ。言われるまま作ったけどさー、なんだこれ?」

 ラルスが掌に金属の箱を載せて首をかしげていた。

「大体できてる」

 それを受け取るクロ。

 クロが厚紙で模型を作ってきた。それを元に金属へ置き換えたのがこの一品である。


 見た目、軽金属製による四角い箱だ。上にキャップが付いていて、中に水を入れることができる。掌サイズのタンクである。四本の細くて長い足が生えていて、タンクを支えて立つ様にできている。

 他に特徴的なのは、上面から伸びた細パイプ。横に曲がって水平に伸びている。

 これともう一つの細かい切れ込みを入れまくった部品を受け取って、一つめの依頼は完了。


「ねえねえねえ、お姉ちゃん、これなにこれなに?」

 チョコが背伸びしてクロの掌を覗いている。

「おもちゃ、かな? 今は」

 動物模型に見えないこともない。

 クロは、おが屑をクッションにひいた木箱にそれをそっと入れて蓋をした。


「これ以上、細かい細工は武器屋じゃなくて鉄板加工業者へ行ってくれ。紹介してやるよ!」

 鉄棒をぶっ叩いて伸ばしてこねくり回す武器屋の手では、クロが求める精度が細かすぎる。ペンチと万力で折り紙の鶴を折るようなものだ。

「だねー。できればパイプ作りが上手なところをお願いするよ。それと荷車を作ってるところ」

「あー、パイプだったらハンスん所だ。あいつは楽器とか攻略者の備品作ったりするから、細かい作業はお手の物だ。おまけに人が良い。……人が良いからって搾取してやるなよ、特にクロ、お前に言っている!」

「失礼な! ものすごいもうけ話になるかも知れないのに、利権は渡さないよ!」

「じょーとーだ、コノヤロー!」

 怒られたので、少々色を付けた工賃を払い、グルブラン武器屋を後にした。


「そろそろ良い時間だ。アポ取っておいたジェイムスン教授に面会と行こう!」

「いこういこう!」


 古里を出て、いろんな人に出会って、人見知りをしなくなったチョコ。ジェイムスンなる人物がどの様な人でどの様な身分なのかも全く考えることなく、喜んでクロに付いていく。

 こっち方面の情操教育はこれで正しいのだろうか? クロは悩む。


 ま、いいか。 

 

 

 王室博物館。

 王室付き(王室直下)の博物館(万物(よろず)保存所並びに万物研究所)である。


 宮殿は政治と都市防衛の拠点である。学術芸術関連施設は王宮内に置かれていない。王室の名が付いていても。

 王宮から、それなりに離れた場所にある、それなりの広さの敷地に、システマチックな作りの建造物群。これが王室博物館。建造物維持費に難あり。


 魔宮関連の研究施設の中の、魔界研究学部、魔界システム学科、ゾールジン研究室室長ジェイムスン・ゾールジン教授を訪ねた。


 案内してくれている若い神経質そうな助手さんが、研究室のドアの前で振り向いた。

「教授は気むずかしいお方です。言葉遣いに気をつけてください」

 胃を痛めてそうな青い顔をしている。

「パワハラのモラハラですね。解ります。そう言うの大好物……もとい、慣れております。おまかせください」

 舌なめずりしてそうなクロに、全然お任せ出来ない助手君である。


 コンコンコン。ノックは三回なんて誰が決めた! クロ、早くも臨戦態勢!

「入りたまえ!」

「失礼いたします」

 猫をかぶったクロ。おしとやかに入室。

 天井が高くて広い部屋だが、いくつもの本棚が設置されていて狭く感じる。

 部屋の中央に広いテーブルが置かれていて、たくさんの本が横積みされている。その全部に多数の付箋が挟まれており、それが同じ方向に揃えられている。

 雑多な部屋だが、持ち主は整理に腐心している人のようだ。


 そこを歩いていく。床には埃一つ塵一つ落ちてない。几帳面な性格か?

 最奥のデスクに腰掛けるゴマ塩頭に無精髭の老人。年のわりに頭髪量が豊富。背筋がまっすぐで、眼光鋭い。この人がジェイムスン教授だ。


「初めまして、攻略者のクロです。こちらは同僚のチョコ」

「よろしく」

 お行儀よく、ぺこりと頭を下げるチョコ。

「ああ、君がクロ君か! それとチョコ君」

 ジェイムスン教授は機嫌が良かった。椅子から立ち上がり、教授の方から握手を求めてきた。その動き、秘めた筋力の持ち主だ。


「今をときめく超速クロに会えて儂は幸せ者だ!」

 教授の手はごつごつしている。右中指に大きなペンだこがあった。

「君の論文を読ませてもらった。すばらしいの一言だ! 理路整然と分けられた章。一文が短く、起承転結を意識し、次の文に続いている。それに図解と数値。実によく調べている。フィールドワークの教科書のようだ。久々にページをめくるのが楽しみな論文だった!」

 握った手を何度も上下させるジェイムスン教授。

 ジェイムスン教授は、クロの論文に惚れ込んだ模様。


 クロはサラリーマンである父に代わって、何度も報告書や提案書を作成した経験がある。パワポが得意だった。見せ方をよく知っている。おまけに何度も学会に論文を提出していて経験豊富。

 魔界の成長に関する考察、と名打った論文は、クロが持つ文書作成能力を遺憾なく発揮して作成された物だ。それをたった一晩で作った。


「あれ? お、恐れ入ります」

 思ってたのと違う手応えに、クロは戸惑った。

「まあかけたまえ。飲み物を出そう。話は喉を潤してからだ」

 埃の積もってないソファセットに腰掛けるよう勧め、自分は茶器の収納棚へと早足で歩いていった。

「ところでクロ君」

 奥から教授の声だけが聞こえてきた。


「あの論文を王立学会で発表するつもりはないかね? 多少のブラッシュアップをかければすぐ出せる。儂が保証しよう」


 あるんだ。学会。



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