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焦燥


 勇者アロン、当年とって32歳。


 彼は、最初から勇者と呼ばれていたわけではない。当然のことながら。

 アロンがこの道に入ったのは13の年。両親は流行病で立て続けに死亡。残されたのはやせ細った1つ下の妹だけ。食い詰めてしまって人様の物に手を出した。それがきっかっけ。

 手を出した相手が悪かった。いや、結果から見ると良かったのだが……。


 相手は攻略者グロッグ。新鋭の攻略者パーティ「不滅の流星」を率いる偉丈夫だ。後のアリバドーラ攻略者ギルドで調査部部長を務める事になる男でもある。

 捕獲のため、アロンの二の腕を掴んだグロッグは、あることに気づいた。この少年の腕、筋肉、固さ、柔らかさ、これは化ける! と。

 とはいえ、犯罪は犯罪だ。体が動かなくなるまで叩きのめした。二度と反抗心が起きない程、と心がけたつもりだが、こいつの目は死なない。生きることに執着している。

 そこが気に入った。


「どうだ、小僧、俺のパーティに入らねぇか? 腹へってんだろ? 生きて帰れる保証はねぇが、帰ってこれりゃ美味いモンたらふく食えるぜ!」

 アロンは二つ返事で了承した。


 早速明日から魔界へ潜るという。前金を手にしたアロンは、妹を安宿へ泊まらせた。温かいスープも用意した。

「お兄ちゃん、気をつけて」

 青い顔をした妹は、枯れ枝のような腕を差し出し、アロンの手を握る。その手は冷たかった。


 アロンは――


「カーリン、おまえまた熱が出てきてる」

 ――とは言わなかった。


 妹が無理をしてアロンを見送っている。寂しいだろうに、心細いだろうに。アロンが稼がないと兄妹は生きることができない。それを知っているカーリンは、兄に不安を抱かせないよう心を配っているのだ。

 金を持って帰ってきたら医者に見せよう。薬を買おう。クズ野菜のスープじゃなくて、肉が入ったスープと柔らかいパンを買って食べさそう。

 アロンは、心を鬼にして妹と別れた。


 手には数打ちの剣が一本。腹一杯食った朝飯。それがアロンの全財産だ。


 3日後、アロンは帰ってきた。かすり傷一つ負わずに。アロンの執念がなせる業だ。

 挨拶もそこそこ、分け前を手にし、安宿へ走る。妹カーリンが待つ宿へ。

 宿でアロンを待っていたのは、冷たくなったスープと妹の亡骸だった。

 

 

 アロンは、それでも生きた。生きることを選んだ。

 

 たちまちアロンは頭角を現していく。

 防具も充実し、武器も一端な物を持てるようになった。

 3年も経つと、剣の腕はグロッグを凌ぐまでになっていた。同期で入った2コ上のブローマンとパーティーの副リーダーを争う中となっている。

 まだアロンは16歳だ。グロッグも、彼の能力にお手上げだった。両手を挙げて歓迎している。

 魔法使い見習いのマデリーネもアロンによく懐いている。アロンより1歳年下の勝ち気な女の子だ。彼女の激しすぎる気性を大人達はもてあましていた。だが、妙なことにアロンにだけは素直なところを見せる子だった。


 その頃のアロンには気になる子がいた。残念ながらマデリーネではない。マーリンという名の女の子。

 半年前に入った子で、年は15歳。もし、妹のカーリンが生きていれば15歳だ。名前もカーリンとマーリンで似ている。

 どうしても意識しないわけにはいかなかった。それがまた、マデリーネをやきもきさせる原因になっているのだが、周囲の大人達は生暖かい目で見守るばかり。グロッグに至っては「てめぇのケツを拭けないヤツなんざ男じゃねぇ」と(ハナ)から見放している。


 妹の一件で、どこか荒んだ態度をとっていたアロンだったが、最近、どうも行動がおかしくなった。

 マーリンを死んだカーリンの代わりとして見てしまっている。マーリンの気持ちはいざ知らず、アロンの心の中で、死んだはずの、助けられなかった妹が生き返っていた。

 それを知ってか知らずか、グロッグは「てめぇのケツを拭けないヤツなんざ男じゃねぇ」とお題目を唱えるばかり。


 マーリンの仕事は斥候。パーティに先んじて魔界を偵察。魔獣との遭遇や異変を素早くキャッチして、後続の本体に伝えるのが仕事。戦闘になったら後方に下がるので、この世界の魔界では生存率の高い職業だ。

 そして、マーリンには斥候の才能があった。非常に神経が細やかなのだ。

 半年も経てば仕事も慣れてくるころ。なんとか使い物になってくる時期だ。


 今回もマーリンは1人で先行していた。

 1人働きは今回で3回目。まずまず、安心して任せて良いだろう。これまで、一度たりともヘマをしなかった。彼女が大きくなるには、一度くらい危険を冒しても良いくらいだ。


 と、その油断がいけなかった。


 マーリンに不足しているのは経験。初見の魔獣が弱点である。文字や耳で覚えた経験でしか、その生態を知らない。

 だから、予想外の攻撃に、あまりにも無防備だった。

 マーリンが下手をうったのは頭の上に潜む魔獣である。

 しかも相手が悪かった。

 小部屋一杯分までに成長した大スライムだ。


 スライムは張り付いていた天井から落下するだけだった。上方に対し無警戒のマーリンの体をすっぽりと包み、体内にたっぷり蓄えていた消化液につけ込んだ。

 水中で声は出ない、笛も吹けない。おまけに先行していて後続に気づかれにくい。


 アロンがマーリンの危機に気づいたのは……危機はとうに去っていた。

 見つけたのは巨大なスライムというプールの中でぐるぐる回っているマーリンの防具だけ。


「アッ! アアーァッ!」


 気が触れたようにスライムに突っかかるアロン! しかし、接近戦はスライムの得意とするところ。

 痛点のないスライムは、体の一部を欠損しても全く怯むことなく、アロンに消化液を吐きかけてくる。

 スライムを相手にするには高火力の火魔法をぶつけるに限る。

 しかし、アロンが近づきすぎていて魔法が放てない。下がるように指示を出しても、理性を飛ばしたアロンに言葉が届かない。


「無茶よ!」

 研修名目で攻略に加わっていたマデリーネが火の魔法を放つ。これは独断だ。アロンごと火に包まれるスライム。

 結果、この攻撃はベターであった。


 スライムは蒸発した。マデリーネはアロンが反対側に移動した時を見計らい、火の魔法を放ったのだ。

 お蔭で、アロンは大火傷だけで済んだ。


「攻略者なんざ、死なないだけでめっけもん」後日、グロックが言った台詞だ。


 ぶっ殺すぞこの野郎!

 慰めが必要な年じゃねぇ!

 なんでだよ!

 魔界で稼ぐ手段を得た。 

 魔界へ降りている間に妹が死んだ。

 魔界で強くなった。

 魔界で妹が死んだ。

 なんだよ! 魔界って何だよ!

 てめぇ俺に何をさせる気だ!

 魔界への憎しみが生まれた瞬間だ。

 

 暗い目をしたアロンは、「不滅の流星」を離れた。

 1人で潜るというアロンに、それならばと面倒見の良い仲間が付いてきた。マデリーネとブローマンとガドフリーだった。


 無我夢中で魔界を攻略していくアロンは、どんどん強くなっていく。それに付き合うマデリーネもブローマンも、トップレベルの強さを持つようになってきた。

 アロンに付いていく仲間が入り、また、アロンに付いていけない仲間が出て行く。その繰り返し。


 途中抜けしたガドフリーが、伯爵家の次男坊だったとは知らなかった。

 嫡男に不幸があり、伯爵家を継ぐことになったのだが、当の本人が一番驚いていた。俺なんかに継がせると家が滅ぶぞ、と吠えていた。そんなことないと自信を持って否定してあげる仲間が皆無だったのが気がかりだ。


 最後までアロンに付いてこれた攻略者は、マデリーネもブローマンだけだった。

 アロンは潜るたび、魔界を憎むようになっていった。魔獣を殺しても殺しても、魔獣は湧いて出る。もうこれで止めようと何度思ったか。それでも止められなかった。

 なぜだろう? 何故止められないのだろう? まるで魔界がアロンを呼んでいるようだった。魔界がアロンに何かを伝えようとしているようにも思えた。


 妹と暮らしていたあの貧しい日々が懐かしい。食い物もなくやせ細っていったあのころに戻りたい。何度も何度も同じ事を繰り返し考えるようになった。それは憧れにも似た焦燥感を伴うものだった。

 何度も何度も魔界に潜った。何日も何日も魔界に滞在した。アロンとその仲間達は、人の何十倍という魔素を浴びていた。やがて向かうところ敵無し。大魔界の魔王ですら、簡単に攻略できる実力を得た。

 次々と神鎧を手に入れ、その戦闘力は人の出力を凌駕するものとなる。


 いつしか、アロンは勇者としての称号を得ていた。 


 そんなある日の事だった。

 とある魔界を攻略中、忘れ物に気づいた。入口付近に置いたのをすっかり忘れてしまっていた。たいした物ではないので帰りに拾えば良い。

 その魔界も無事攻略。忘れ物もピックアップできた。


 その時、ふと気づいたのだ。


「魔界って増えてないか?」

「昔から魔界なんて無数にあるでしょ?」

 いつも通り、マデリーネが馬鹿にした顔で合いの手を打つ。

「そうじゃなくて……」


 アロンが言いたかったのはこうだ。忘れ物は小さいけど頑丈な木の箱だった。最初に休憩した場所に壁へ押し当てておいた。だのに、帰りに拾ったときは、壁から僅かに離れていた。

 これが地上なら風や獣、その他の要因が多々ある。だけど、ここは魔界。そのような要因は排除できる。

 箱は動かない。ならば、魔界の壁が動いたと考えるのが道理。


「そういえば、そうだな? おかしな話だ」

 あの脳筋ブローマンですら可愛く小首をかしげるほどだ。

「横に伸びたなら、縦にも伸びるはずね?」

 マデリーネの提案で、攻略する魔界のサイズ測定が成された。

 各所に不動の目印を設置し、時間経過と共にその変化を観察記録するということ。


 結果――


「成長していると考えられるわね」

 マデリーネが結論を出した

「おいおい、魔界は自然に生まれてくるんだぜ。さらに成長するって、どうなるんだよ将来?」

 ブローマンは疑念を出した。

 アロンは、目標を見つけた。

「だとしたら――」

 アロンは生きる目的を見つけた。

「世界を救うため、魔界を殺すしかないだろう?」

 どこか暗い目をしていたアロン。その双眸に灯が灯る。昔のように生命力溢れるアロンがよみがえった。


「うふふ、魅力的な提案ね。アロンがやるならわたしも付いていくわ」

 約10年ぶりに生気に満ちたアロンを見て頬を赤らめるマデリーネである。

 ブローマンは思うところあったが……はっきり言ってふられたのだが……付いていくことにした。


「世界の危機か、俺たちだけじゃ心許ない……。そうだ、ガドフリーに話を持ちかけてみないか? あいつ、伯爵家を継いだと言っていた」

「ハドス伯爵家ね。あいつ、貴族院の議員になってるわよ。言いたくないけど、あいつ優秀だったわ」

 持つべきは仲間。アロンが方向を示すだけで、仲間がオールを漕いでくれる。有り難い話だ。

 

 とは言っても相手は伯爵家。昔のヤクザな仲間が尋ねてきたところで会ってくれるはずもなし……

 会えた!


 久しぶりに会ったガドフリー・ハドス伯爵は、見違えるほど貴族していた。

 別注で仕立てた服に、パリッとした髪型。シュッと伸びた背筋に、堂々たる態度。どう見ても悪役参謀といったシャープな面構え。


「美しくなったね、マデリーネ。うっゎ久しぶりじゃないかアロン! これからメシだ、一緒に食おう。ついでにブローマン、お前もどうだ? 飲める口だろ?」

 ガドフリーは変わってなかった。


 貴族院の議員として、政治家の一派を率いているそうな。

 アロンは開いた口がふさがらないでいた。


「お前が大物政治家になったとは! 驚きだ」

「驚いてるのは俺の方だ。まさか俺にこんな才能があったとは!」


 ガドフリーは良い性格をしていた。社交界で猫を被り続け、だいぶストレスがたまっていたところに昔いっしょにやんちゃした仲間が尋ねてきてくれた。おまけに昔の仲間は勇者になっている

 同窓会よろしく仲間だけで席に着く。人に聞かれると都合の悪い話(犯罪とか)も出てくるので、人払いをした。


 とりあえずの酒を飲んでから、アロンが口を開いた。

「ところで、面白い話があるんだがね。聞いてくれるかい、ハドス伯爵閣下?」

「ほほう、なんだい勇者アロン殿。面白い話なんだろうね?」

「ああ、世界平和に関する話だ。人類の存亡に関わる」


 アロンが笑った。

 ガドフリー・ハドス伯爵は、アロンの笑みの特徴を的確に捉えてこう言った。


「それ、悪い話なんだろうね?」

 ガドフリーも言い笑顔を浮かべた。

 アロンの目つきが変わった。凛々しい顔は勇者にふさわしいものだった。

 

「ああ、世界が変わるぜ」 

 

 

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