ハドスとアロン、そしてギルドと第一王子
広大な庭にぽつんと存在する東屋。屋根の上に粘土色の土鳩が3羽、羽を休めているだけの牧歌的風景。
四方に壁はなく、2人きりの密談を盗み聞く目的での侵入は不可能。
加えて、昨日より見張りを貼り付け、人の立ち入りを禁止指定している。
秘密保持は万全だ。
「クロはどうだった?」
アロンは聞いた。
「優秀な調査要員として使える女ですな。ですが戦力としてなら使えません」
ハドスは答えた。
「おや? 変だな。俺は戦士として推薦したんだけどね。俺の目が狂っていたのかな?」
「いいや、確かでしょう。クロが戦士職を拒否してきたのです」
「おしいな。もったいないな。大魔界へ行けば考えも変わるはずなんだが」
アロンは残念に思った。鍛えれば一流の戦士になるのにと。
「自ら階段を昇らぬ者は、上の階へ進めない。使えない人間は諦めよう。調査要員として使えるといっていたな?」
アロンは既にクロの戦力化を頭から追い出していた。
「その通り。彼女は自分を研究者だと言っていました。どうやらお国の高等教育機関でそれなりの学問を修めたようです。大学と言ってました。語彙から察するに、その国で最も大きな学習機関か、最もレベルの高い学習機関か、どちらかでしょう。我が国や周辺国にない言葉です」
「才色兼備」
「知力と戦力ですか?」
「そこにあの美貌だ」
「3つも持っているのですか。うらやましい」
「いや、性格が悪いから1引いて2つだ」
クロの評価が悲しい。
「戦闘力を持った調査員。これは使い勝手が良い」
「あれは自力で魔界の成長にたどり着いています。学者らしく、成長速度を数字で記録していましたからね。そこから導き出したそうな。やはり数字は人を説得する」
「なんだ使えるんじゃないか。いずれクロは世界の破滅に気がつく。いや、もう気づいているだろう。できれば、大魔界へ連れて行きたかったな」
「ですが、有事の際は逃げるともいっていました。頼りにしない方が良い。もし彼女が姿を消したら、手遅れになったと言うことです」
アロンは考え込んでしまった。ちょっとだけ頭が痛くなっていた。
「魔界は成長する! 増殖する! 新しい魔宮の芽があちらこちらに息吹いているのは周知の事実。いずれ世界は魔宮に覆われてしまう。住める場所や耕作地が狭くなる。生まれる子供が少なくなる。人手が足りなくなる。仕事が無くなる。絶対消費数が落ち込む。生産数が落ちる。負の渦巻きだ。将来行き着く先は人間の滅亡だというのに!」
「そうさせないために、我らが働いているのでしょう? 巡回騎士団を立ち上げたのもそのためです」
「予算も人員も回さないのに? ギルドと王宮は現状維持を望む。滅ぶと分かっているのに! なぜだ? 俺には理解できない! ……話はもっと単純だと思っていた」
「国家予算は限られていますからなぁ。それに滅ぶといっても、彼ら老人が生きている間じゃありません。現在この時を良き物にする事しか考えてないだけです。老人が支えるのは老人です。変化を嫌がる。現状維持が楽なのですから!」
「やはり、上の方々に発想を変えてもらうしかないのか……」
2人の脳裏に様々な人の顔が浮かんでは消えた。
「本題に入ろう。議会は掌握したか?」
「我が議員団は多数派です。第2王子の感触も良好です。権力の魅力に逆らえる者はおりません。王子が落ちるまでの障害はただ一つ、時間だけです。アロンの方は?」
「魔界騎士と宮廷騎士は掌握しつつある。主立った隊長達は、一緒に戦ってくれると言っている」
2人はうなずき合った。
「もう少しだ」
「ええ、あと少しで、計画を第二段階へ進められます」
「焦るなよハドス」
「うふふ、アロンこ――」
「しっ!」
素早く剣を構えたアロン。屋根の方で気配がしたのだ。
土鳩が飛び立つ音だ。
「鳩か」
「そういやいたな、鳩」
とぼけた顔のアロン。念のため気配を探る。彼クラスになると、心臓の鼓動ですら気配として探知できるのだ。だが安心していい。反応はない。
「では、これから正式のお茶会を始めましょう。部屋へ移動しますよ」
「了解した」
しれっとした顔で間髪を入れず答えを返すアロンに先立ち、彼のとぼけた顔が面白くて笑いをこらえるハドスが東屋を出て行く。
2人は当たり障りのない下品なうわさ話をしながら屋敷の中へ入っていった。
普通に2人は歓談し、普通にブローマンが素振りをし、普通にマデリーネが花を摘み、普通に日が暮れ、普通に夕食を取り、普通に夜になり、普通に就寝にした。
深夜、音もなく東屋の屋根がゆっくり剥がれ、ひっそりと人影が動き、勇者にすら気取られることなく逃げていった。
若い男なのだろうが、影があざとらしいまでに顔を覆い、人相がはっきりしない。
下町の雑踏に紛れてから、ようやく口を開いた。
「所詮、この程度の男」
この者、実は3日も前から東屋の屋根の間に潜んでいたのだ。彼クラスになると、心臓の鼓動を1分間に1回だけ打たせる技を習得している。世界中の誰にも気取られない自信がある。
「ただし、チョコ副店長の鼻は除く!」
こいついったい誰なんだッ!?
ギルドの最上級応接室で、ギルドマスターカシムは喜びの顔で両手を広げている。
「ようこそ、アリバドーラ攻略者ギルドへ。ランベール王子。我がギルドは歓迎いたします!」
ランベール第一王子。今年で丁度30歳になる筋肉質のがっしりした男だ。顔は悪くない。顎の張りが力強さを印象づけている。リアル版アメコミヒーローだ。
「うむ、苦しぅない」
ランベール第一王子は案内も待たず、最上席にさも当然のようにどっかと腰を下ろした。ランベール王子は、この国で2番目の権力者である。ギルドマスターごときに気遣いの必要は無い。
下座にカシムが座る間に、用意されていた飲み物をメイドが配膳していく。
このメイドはギルド自慢の美女なのだが、ランベールは目もくれない。王宮には、メイドよりもっと美しい女性達が、それこそ人形のように美しい女性が山のように居るからだ。
メイド並びに側近達が一礼して部屋を出て行った。
「さてカシム」
ランベールは長い足を組み、ベルトの上で指を組む。
「勇者と伯爵が、ややこしい動きをしている様だな」
「調査したところによりますと、どうやら、魔界の数を大幅に減らそうとしているようですな。発生数を上回る魔界を潰すのが目標のようです」
「総数を減らすというのか?」
ランベールが眉をしかめたのを見て、カシムが唇を曲げて頷くことで肯定した。
この世界、魔界よりの産物は現世での鉱山であり、レアメタルであり、石油・ガスなのである。生活になくてはならぬ物。そこには利権が生まれる。
それら利権を持つ者が貴族である。その貴族の利権を束ね保証するのが王の大事な役割の一つである。王の利権とも言う。
その王の莫大な利権を継ぐ予定なのが第一王子のランベールなのだ。それを減らそうとする勇者。下世話な言い方をすると「人ごとではない」である。
「魔界の間引きか……迷惑だな」
「ええ、まったくで」
「魔界より上がる産物で経済が回っていること、ヤツは知らぬのか?」
ランベールはカップから立ち上る香りを満喫した。
「過激だな」
「はい、過激で」
カシムのお追従になにやら恣意を感じる。
ランベールは気に入らなかった。なので、誘ってみた。
「勇者がらみなのでギルドは手を出しにくいと?」
「ギルドは、手だけではなく、口も出しにくいのでございます」
ランベールは納得した。ギルドの看板は勇者。意見できる立場にあるが、その勇者が腹をくくった行動に出ると、意見は聞き入れてもらえない。関係が悪化する。政治的な意味合いでそれは避けたい。
第一、実力的に勇者を倒せる存在がない。勇者に肩入れする貴族もチラホラいる。
「言うがカシムよ、王宮は王宮で伯爵がやっかいなのだ」
「せめて、どちらかだけでも押さえられませんか?」
「方法はあるぞ。貴族共の権限と利権を奪い、私にそれを集中させるのだ。簡単だろう?」
ランベールは、専制君主、中央集権制、権力の独占化を言っている。
「ランベール王子であれば、何の憂いもなく安心して委ねられますが……」
ギルドを委ねる、とは言わない。そこは曖昧にしておく。上級国民の処世術である。
「……しかし、王子のお子様は? お孫様は? ご子孫の方々は?」
失礼な申し様だが、ランベールはバカじゃない。自分の子孫が全員優秀であるはずだ、等と考える人ではない。現に、祖父と父は無能だ。父母共の血を分けた弟である第二王子は、権力を前にすると目が見えなくなる。
有力貴族と各種ギルドに振り回され、国力を消耗していずれかのギルドが差し向けた刺客に首を掻かれる未来しか見えない。
第三王子は、まあ、潜在能力は高いと思うが、趣味に生きる子供だ。落ち着ければ使ってやってもいいか、という程度の小物。
自分が王位継承第一位であることを神に感謝した。
ランベールは手にしたカップを揺らす。中身が少し熱かったからだ。彼は猫舌なのだ。
「強権政治は最も忌むべき組織運用形態。それは一般の商会でも――」
カップに軽く口を付ける。
「――ギルドでもだ!」
隙があったら締め付ける。嘗められそうになったらすぐ叩く。それがランベール流。
「ともあれ――」
ランベールはカップを戻し、ソファに深く腰をかけた。熱かったのでまだ飲んでない。指をベルトの上で組む。
「――勇者1人が頑張っても限界がある。無理をすれば怪我をするのがオチ?」
意味ありげな色を含む視線をカシムに送る。
カシムはこれに答えた。
「ならば、逆に頑張ってもらましょうか?」
ランベールは何も言わず目を閉じ、顎を動かした。取りようによっては頷きとも取れる、僅かな上下運動だ。狡いなと、カシムは思う。そして、この手法は参考になる、とも思った。
「一般の魔界騎士ではとうてい敵わぬ魔王が! という路線で?」
「くれぐれも怪我に気をつけるように。私の『方』も釘を刺しておく」
ランベールは曖昧な回答をカシムに返した。勇者に関せず。「方」とはカシムへかな? 議会へかな? そんな感じに取れる。
「となると……勇者のお代わりが欲しいところ」
「有望な攻略者はザラスでした。ただ、現在は伸び悩んでおります。ギルドが最も注意を払っているのが新人のクロ。若い女ですが、その実力は目を見張るものがございます。腕の方はザラスより上。一ヶ月の完全攻略数は7回。ヘルプを入れると8回。気むずかし屋で有名なザラスのチームとも仲が良い。ただし、出身地を含む過去に多くの謎を抱えております」
「ほほう、有望で若くて綺麗で謎めいた女か?」
「綺麗とは言ってませんが、よくおわかりで。美人です」
「美女希望だったのだが、大当たりか。美人でミステリアスな過去。そうだな、異国の王家の隠し落胤という設定でどうだ」
「よろしいですね。問題はまだあります。惜しむらくは、チームの構成人数が少ないこと。連れは獣人の子供1人きりです」
「それでは1人で攻略しているのと大して変わらん。むしろ足を引っ張っておる……。ちょっと待て! それでその攻略数か? これはひょっとするぞ!」
ランベールは前屈みの姿勢をとった。
「ですが、このままでは小さくまとまって終わりです。中魔界へ挑むにはチーム構成員が少なすぎます」
「ならばテコ入れすればいい。カシムの方で有望なのを見繕って彼女の下に付けろ」
「実は既に人員をピックアップしております。彼女もそろそろ小魔界だけでは物足りぬと思っている頃でしょうから」
「お主のことだ、ギルドの息が掛かった者も潜り込ませておるのだろう?」
「まあ、半分くらいは」
ランベールは口の端を持ち上げた。
「カシム、お主も悪い男だな!」
「いえいえ、ランベール様ほどでは!」
ウワッハッハッハッ!
ウケた! 大爆笑!
大事な話は終わったのだろう。後は猥談に終始して2人の密会は和やかな内に終了した。
万が一のことがある。カシムは幾人かの職員に部屋の清掃を命じておいた。やる気のない清掃を終えた職員達は、入った人数より出て行く人数の方が1人多かったことに気づいていない。
その男、影があざとらしいまでに顔を覆っていて人相がはっきりしない。
「主の仰るとおりだった。さすが我が主! 早速報告だ!」
余分な男は、いったい誰なんだろうか?




