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お茶会


 して、当日。


 お迎えの馬車から降りたクロとチョコは、口を半開きにして屋敷を見上げていた。


 郊外の一角。床面積より庭の方が何倍も大きい。門だとか塀だとか木だとか、身を隠せそうな場所から屋敷までの距離が半端ない。

 昼間、外から忍び込むとすぐ見つかるだろう。聞き耳を立てても聞こえるはずもなし。目をこらしても見ることはかなわず。


「密談にはもってこいだ」

 黒いマントの裾をなびかせ、馬車を降りるクロ。この世界、「男子」のドレスコードはマント着用らしい。


 両肩まで覆うマントをブローチで左肩に留めている。艶やかな長い黒髪は細かく編み込まれ、後頭部にまとめられている。前髪は流したまま。いわゆるワンレンである。

 チョコちゃんの服は新調した。白いブラウスに紺色のジャンパースカートの組み合わせ。黄色いポシェットを斜めがけしている。ポシェットには赤いチューリップの刺繍が施されていた。

 相変わらず、チョコの足に合う靴がないので裸足のままだ。売ってないから仕方ない。裸足をとやかく言われれば回れ右して帰り、あとで難癖を付けてマウントを取ってボコってやる。

 これはクロが仕掛けたささやかな罠だ。


 あと、罠と言えば2人の胸にワッペンが縫いつけられている。これを機に作成したブラックチョコレートの紋章である。

 イギリス王家の紋章をパクっ……インスパイアした。ライオンを狐に。王冠の代わりに狐耳の変更が施されてるのでどこに出しても堂々としていられる。

 このような図形を身に付けていると、勘違いしてくれる者が出るやも知れず……。

 小細工好きのクロの一面を見た。


「クロ・レイコ・アミバ・ノ・アキツシマ様、チョコ・モフモフ様、お待ちしておりました」

 玄関に件の使者とマルガリーテが待っていてくれた。案の定、2人とも胸のワッペンに目が行っている。

「お荷物をお持ちいたします」

 マルガリーテが自然な動作でクロが持つ鞄を手に取った。


「中はお嬢様へのプレゼントが入っている。サプライズを企画している。中身を公表しなければ調べてもらっても良いよ」

 マルガリーテはにっこり笑った。

 そして使者だった男が頭を下げた。クロはお客様だからね。

「私、当館の執事長サガモアで御座います。ご遠慮なく、どうぞ中へ」

 執事長だった模様。

「おじゃまするよ」

「こんにちはー」

 クロとチョコは遠慮無く館へ入っていく。


 ホールはイルマ婆さんの安宿より広かった。そして天井が高い。吹き抜け。明るい。

 格調高い装飾品がさりげなく配置されていた。男爵家の持ち物とは思えないほど金がかかっている。さすが、上位貴族がお忍びに使う屋敷。

 クロは、腰の物とマントをどうするのかな? と、手を逡巡させていた。それを見た執事長がにっこり微笑む。

「お願いが二つ御座います。一つめは、リュディ様への演出のため、お腰の物とマントはそのまま。茶会の席で受け取らせていただきたく存じます」

 執事長は、深く一礼した。

「マントは良いとして、物騒な物を持って近づいていいのかね? 失礼に値しないか?」

「今回は特別で御座います。上の方の許可を得ておりますのでご安心を」

「信じていいのかい? いや、わたしをそこまで信じるのかいって意味で。怪しい男に多額の金子を積まれているかもよ?」

「ご冗談を。金や脅しに出てきたら、理由を聞かず叩きつぶして巻き上げるのがクロ様でしょう?」

「よくご存じで」

 クロは肩をすくめて答えた。

「もちろん、お腰の物が絶対に届かない距離で受け取らせていただきます」

「それは安心だ」


 案内いたしますと、執事長が先を歩き出す。


「では二つめ。リュディ様の前でせいぜい格好つけていただきたい。それがお望みのようで御座います」

「メインゲストはお嬢様ですか。優れた執事はメインゲストを楽しませるのに長けていると聞く」

「ご明察に御座います」

「その件、了解した。わたしからも一つ質問して良いかな?」

「何で御座いましょう?」

「メインゲストはリュディ様? それともリュディヴィーム様?」

 執事長は実によい笑みを浮かべた。頭のよい子は大好きだって目をしている。

「リュディ様でお願いいたします」

「あいわかった」

 非公式の席と言うことだ。そして、ここに来ているのはリュディヴィーム姫ではない事になっている――らしい。


「既にリュディ様はお待ちになっておられます。いえ、これも予定通りで御座います。是非クロ様をお迎えしたいとの事です。どうぞこちらへ」

 むっちゃ重い。もはや任務(クエスト)である。

「へいへい」


 館の床は板張りだ。外から差し込む光を反射してピカピカと光っている。磨かれている。チョコの顔が写り込むかも知れない。

 壁の角、窓枠、どれもこれも品の良い内装である。ありがちな絵画や銀ピカの鎧の類は置かれていない。


「こちらに御座います」

 執事長は、絵模様の入ったガラス戸を外側へ開いた。


 そこは外だった。一面に芝生が張られた広い庭だ。左手の奥にターフが張られている。下は張り出しの板張りテラス。お茶のセットが乗ったワゴンが一台。それにつきそう上級女官が一名。アドリーヌだ。

 ターフの下の日陰にテーブルと椅子が置かれ、着飾った少女が三人、テーブルを挟んでこちらを向いて座っていた。中心に座っているのがリュディ様。両脇の少女はお友達であろう。


 リュディは明るいピンクのドレス。お友達2人はそれぞれ淡い黄色と水色だ。

 なるほど、ドレスの色をかぶらせないように気をつけるって本当の事なんだな。と、クロは感心していた。

 お嬢様方とクロ達を隔てるような位置で、執事服を着た中年手前のかろうじて若い男が立っている。執事服を着ているから、こいつも執事なんだろう。……このお茶会の裏方に何人の下働きが動員されているんだろうね?


 クロとチョコは刈り揃えられた芝生の上を歩いた。

 クロは大股で。チョコはトコトコと。


 執事がリュディに向かい、一礼する。リュディはクロをキラキラした目で見つめつつ、鷹揚に頷いた。執事がクロの前に出てくる。これより先に進むなと言うことだろう。でっかい戦斧を持ってるしね。

 リュディはワクワクしていた。クロを凝視していた。夢見る少女である。クロの責任重大だ。


 ここで演技か……。


 何を期待されているかは分かる。それを演じればいい。本人は役を演じるという認識だ。

 クロは自分を乙女キャラだと勘違いしてそう思いこんでいるが、ぶっちゃけ、これがクロの素キャラである。破綻する心配は不要だ。

 クロは、視界の端でお友達の少女を捕らえる。お綺麗な扇子を口元に当て、様子をうかがっている。クロのことを聞いていたのだろうが、いや、聞かされていたのだろうか、胡散臭げな、様子見的な、疑いの色を浮かべ、しかし期待も込めた目でクロを見ている。


 この少女達も籠絡せよと?

 だったらあのパターンで行くか……。


 クロは表情を引き締めた。こうなったクロは天下一品の美女に見えるから不思議だ。


 ――始まった――。


 クロはマントを邪険に払い、右手を真横に突き出す。洒落た動作で右手を左胸に当て、腰を軽く折り、膝を曲げつつゆっくりとしゃがんでいく。

 片膝が地に付いた。頭は浅く垂れたまま、目は軽く伏せる。マントが空気をはらみ、ふわりと形よく広がった。

 そしてゆっくりとした口調で口上を述べる。声は低く気怠く退廃的に。


「美しき園へお招きいただいた事、感謝の極み」

 やや顔を持ち上げる。視線はお嬢様の腹部辺りで止めた。目を開いてゆっくりと瞬きを二回。長い睫が揺れる。

 許可を得る前に顔を上げ、リュディの目を見つめるクロ。長い睫に縁取られた目は、愁いを含んでいる。


『キャー!』

 声にならない黄色い悲鳴が、ご令嬢様方三人の方角より上がる。


「ようこそクロ様。おッ、お立ちになってくださいまし」

 なんとか絞り出す事に成功したリュディーの声は絡んでいた。

 傲慢にも返事をせず、優雅に立ち上がるクロ。背筋はピンと伸びている。姫様は、突っ慳貪な態度を望んでいるのだろうから。


「お腰の物を」 

 斜め後ろからそっと近づいた執事が、腰を落としてクロを見上げ、声を掛けた。

 クロは、視線をリュディの目に固定したまま、無言で戦斧を取り出した。

 すぐに渡さず、手のひらの中でくるりと一回転半。逆手になった戦斧を執事に差し出す。


「お預かりいたします」

 戦斧を手放すクロ。両手で受け取る執事。執事の腕ががくんと下がった。

 見た目より重いのだ。

 執事がクロを見上げた。

 クロの口角が上がっている。目が……ハ虫類の目で執事を見ていた。これも演出ですよ、と性格の悪そうな目が言っていた。当の執事は動揺をおくびにも出さない。

 恭しく戴いて下がろうとした。


「君、待ちたまえ」

 あくまでも余裕を持って、ゆったりと声をかける。

「は?」

 クロがストップをかけたのだ。

「チョコ。武器を出したまえ」

「はい!」

 チョコちゃんが黄色いポシェットに手を突っ込んだ。取り出したのは小さなナイフ。

「これも立派な武器だ。預けておこう」

 はい! とチョコちゃんが執事さんにナイフを差し出す。

 執事は、こんどこそ笑みを浮かべて、武器を預かってくれた。


「上着をお預かりいたします」

 執事長がクロの背後に寄ってきた。クライアントの前でマントを預かろうというのだ。出来合いの小芝居で笑ってしまうが、お姫様のご希望だ、最大に利用させてもらおう。なにせここにドレスコードは無く、「クロの」攻略者の出で立ちでよいのだから。

 

 クロはマントを留めてあるブローチを外した。執事長は自然な手慣れた動作でクロのマントを腕に掛ける。


 ザワザワ!

 ご令嬢様方が、クロの戦闘服を見てざわつく。 


 クロの出で立ちは前回と同じ、黒を基調とした男っぽい戦闘服。肩は女っぽい提灯スリーブ。左胸にブラックチョコレートのワッペン。前回の乙女ジャケットは着ていない。代わりに詰め襟の最上部に細くて白いレースをあしらっておいた。

 前回と同じ服だが、印象が違って見えるようにした。男装の中に女性らしさをON。それが今回のファッションモチーフだ。


 追加された装備は、腰に巻いた幅広の皮ベルト。……どうみてもガーターベルトにしか見えない。2本の革製ベルトで留めた幅広ガーター。色はもちろん黒。留め金に金属を使っているから、かろうじて革ベルトと呼べる代物。使い古された革製の小物入れがベルトに通されていて、そこへブローチを仕舞う。

 ガーターから伸びた紐、いわゆるガーター紐に相当する部分に戦斧を吊り下げるアタッチメントがついていた。実用的なベルト、ということになっている。

 下着風の上着。

 リュディ様の目を見れば分かる。これは彼女の性癖を貫通したファッションだ。クロは正解を引いた。


『ほおぉーっ』

 リュディだけでなく、お友達2人の口から桃色のため息が出た。あと、アドリーヌからも。


「はっ! クロ様、どうぞおかけになってくださいまし」

 いち早く我に返ったリュディがクロに椅子を勧めた。

 リュディの正面にクロが座り、隣にチョコが座った。チョコちゃんの椅子はちゃんと下駄が履かされている。テーブルに手が載せられるのでご機嫌だ。


 興奮したリュディは、礼儀も何もかもかなぐり捨てて、自ら出席者を紹介した。

 青いドレスの少女はフォトリエ伯爵家のご令嬢、ミリアム様。知的な感じ。

 黄色いドレスの少女はリバロ伯爵家のご令嬢、ビィクトリーヌ様。ゆるふわな感じ。1人だけ白い手袋をしてるのが気に掛かる。まるで殴りダコを隠しているかのように。

 ここに熱血型ピンクのリュディが加われば、プリティでキュートなヒロイン戦隊完成である。


 挨拶は浮ついたものであった。王女様とご令嬢は声がキョンキョンになっていた。


 ……つかみはOK。滑り出しは順調だな。

 クロは場の支配権を獲得した事にほくそ笑んだ。



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