ご招待
クロとチョコが「お貴族様ご休憩の宿」と書かれた看板のあがった女神の加護亭で朝ご飯を戴いている優雅な一時のことであった。
表に立派な馬車が止まり、きりっとした服のどう見てもお貴族様の高級使用人らしきパリッとした人物が、女神の加護亭に入ってきた。
「責任者はいるか?」
「はいはい、わたしがここの女将です。本日はどのようなお向きで?」
先だって、お貴族様から謝礼を頂戴した成功経験を持つ女将さんは、いそいそニコニコと対応に出てきた。
「ここにブラックチョコレートという攻略者チームがいるはず。話がある。呼んでまいれ」
「だって、どうする?」
女将さんは愛想笑いを浮かべたまま、食事中のクロに振った。
身なりが立派であろうと疑って掛かるのが筋だろう。
クロが暗殺者軍団に襲撃された(襲撃した)のはつい先だって。女将さんには、こういった手合いが来たら、絶対名前で呼ばないでと言ってある。
クロはやれやれとばかりに肩をすくめて立ち上がった。
「はい、申し訳ありません。ただいまブラックチョコレートのリーダーは魔界攻略関係で席を外しております」
クロは用心に用心を重ねた。現在のリーダーはチョコちゃんだ。
相手はブラックチョコレートという一風変わった攻略者チームのミーハーな貴族だろう。そんな野郎にろくな者がいない。ややこしい関係を一方的に求められ、行動の自由を制限され、使い潰される未来しか思い描けない。暗殺業なんぞを押しつけられたら、その足で国外脱出してやろう。
「ご用件の向きをリーダーに変わって、このわたくし、レイコが伺いましょう」
レイコとはクロの本名である。網場礼子が前の世界での正式名称だから、嘘はついてない。
「それは困ったな。隠すことでもないが、リュディ様よりお茶会へお誘いがかかっておる。クロはいつ帰ってくるのかな?」
リュディ様とはこの国の第二王女リュディヴィーム様の愛称である。こないだ助けたお嬢様の本名である。
ということは、この使者は第二王女からの使者だ。昨日の今日だ。王女の名を出せば拒否しないだろうと踏んで掛かった罠の可能性を疑うべきか?
本物か偽物か、この段階で分からない。
本物を叩き出したりしたらさすがにヤバイ。クロは、もう少し話を続けて真偽を見極めようとした。
「さて? 明日か10日後か? 攻略者とは、いつ帰るとは申し上げにくい職業なのです。ちなみに、お茶会の会場はどちらでしょうか? もしや、やんごとなき場所では御座いませんよね?」
「ハハハ! さすがに身分の低い輩をそのような所へ招くことはできぬ。気心の知れた貴族のお屋敷へ招く予定だ」
本物っぽい気がする。理屈は通っている。だが、もしクロが暗殺側の立場だったら、対象者を秘密の場所へ呼び込んでフクロにするという作戦をとる。
まだ判断はできない。ポイントは、この使者が本物か偽物かの区別が付かない点である。
「もう一つ、失礼を承知で伺わせていただきたい。あの子は職業柄、希に命を狙われることがあります。そのための用心だと思ってください。あなた様が正式なお使いである証拠は?」
「攻略者という者も、危ない家業であるな……」
お使いの方は同情的な表情を浮かべた。良識的な人柄の模様。
「馬車の紋章が証拠であるが、下賤な者は紋章を知らぬのであろうな?」
失礼な言葉使いだが、悪気は無さそうな口ぶりである。ちなみに紋章を使った詐欺をはたらけば死罪である。暗部の者も使わない。もし使ったら、よりややこしい問題が発生するからだ。
「存じません」
「それは困った」
居丈高だか、悪い人ではなさそうだ。
「あのー」
その時、助け人が現れた。
お貴族様に仕える上級女官の出で立ちの若い女性だ。見たことがある。
「マルガリーテです。憶えておられますか? その節は危ないところをお助けいただき主共々感謝いたしております。クロ様」
リュディお嬢様と一緒にいたマルガリーテだ。クロは手を額に当て天を仰いだ。正式な使節じゃん!
……使者を刺さなくてよかった。
クロはテーブルの下でこっそり抜いていたナイフを仕舞った。
「クロ様? おお! あなたがクロ様でしたか! これはお人が悪い。いやいや、そこまでの用心深さ! さすが超速クロ様。感服いたしました!」
使者の人、人が良い模様。クロの意地悪を慎重な人としてとらえてくれた。
……ちょっと待って?
「超速ってなに?」
聞き捨てならない冠詞が名前に付いていた。
「おや? これは異な事を。魔界攻略が異様に速いので付いた二つ名だと聞き及んでおりますぞ」
クロは頭を抱えた。
使者の人は咳払いをして雰囲気を変えた。
「さて、改めましてご挨拶を。本来ならもっと早くお礼と感謝を申し上げなければならぬところ、今日まで遅くなってしまい申し訳なく存じ上げます。つきましては、クロ様をリュディ様主催のお茶会にご招待したく、こうしてまかりこしてきました」
深々と一礼する使者の人。
とりあえず、頭を抱えるのはやめにした。本物に確定したのだ。
この誘いは断れない。誘いだと言ってるが、お貴族様のお誘いは命令と差がない。そのかわりに誘いを受ければ、とびきり上等なお貴族様と縁が結べる。
なにせ攻略者ギルドは、ギルド職員と貴族との二者折半で経営されている組織だ。
すでにギルド側の伝手はある。ここで貴族側に伝手ができれば今後の研究に融通が利く。いや、利かしてみせようホトトギス!
クロが魔界を攻略しているのは、魔界の研究のため。目的は魔界の全貌究明なのだ。
これはしたり! と心で喝采を上げつつ、渋い顔を演出しておく。
「急な話しすぎて困りますね。第一、下賤な生き物である攻略者風情にお貴族様のお相手がつとまりますか、大変不安を感じております。ましてや、あの現場で活躍したのはわたくしだけでは御座いませんので、かかる方々に失礼にならないかと心配しております」
女将さんとチョコちゃんも手を貸している。それを理由に断るつもりだ。と、思わせる作戦。思わせぶりっ子作戦。
マルガリーテはにっこり笑った。
「招待されているのはブラックチョコレートという攻略者チームですよ。もちろん、チョコちゃんもご招待されておりますわ」
「やったー! チョコもおちゃかいに出るー!」
にこにこ顔で万歳しているチョコ。行く気満々だ。
「獣人だからと言って卑下することは御座いません。たしかに王宮は何かと制限が御座いますが、今回お招きするのは姫様とご昵懇の、しかも男爵家の別荘でございます。しきたり上の難しい制約は一切御座いません」
マルガリーテがぐいと前に出てきた。
「おひい様のご友人の方々を招いてのお茶会で御座います。クロ様とチョコちゃんは、ご友人のお一人で御座います。さあ! おひい様のお礼を受け取ってくださいまし!」
「う、うん」
異様な圧力に思わず頷いてしまった。もう少しもったいぶるつもりだったのだが。
「では、日時はあさっての午後2時。会場はエーベル男爵家が持つ郊外の別荘。ドレスコードは御座いません。ですが、おひい様より攻略者の戦闘服でのご出席を切に希望為されております。無理な話では御座いませんね? ね?」
「は、はい」
頬を紅潮させ、迫るマルガリーテの圧がハンパない。あのクロを引かせるほどだ。あの時、鼻薬をかけすぎたかなと珍しくも反省する。
「よろしいかな?」
使者の方が、間に入ってきた。
「一つだけ確認事項が御座います。クロ様とチョコ様の正式なお名前を伺わせていただけますか? ご招待の上でどうしても必要なことでして」
これまで、クロもチョコも名前に関する正式なデーターを開示してこなかった事に気がついた。
「わたしの正式名称は何かと聞かれれば、クロ・レイコ・アミバ・ノ・アキツシマと答えよう。チョコちゃんは、チョコ・モフモフだね」
日本、つまりアキツシマ「の」網場礼子の意味である。
「……クロ・レイコ・アミバ・ノ・アキツシマ様とチョコ・モフモフ様で御座いますね。しかと承りました。では当日12時にお迎えの馬車をよこします。午後のお茶会ですので、事前にお食事は済ませておいてください。では」
使者と女官は帰っていった。
「なんだい! 昼ご飯くらい出してくれても良いのにさ! それと口を挟まなかったけど、わたしだって現場にいたんだからね!」
にこやかに見送っていた女将さんだが、2人の姿が見えなくなったら急に怒り出した。
「まあまあ、女将さん、落ち着いて。リュディヴィーム様は第2王女。王女様なんかとお食事を一緒にしたら、口うるさい貴族がナニ因縁付けてくるか分かったもんじゃない。下手すると政争の理由にされるよ。あと、女将さんは正式にお礼をもらったじゃないか。これ以上望むとしっぺ返しが来るよ。お貴族様のしっぺ返しは投獄か死かだよ」
「そ、それもそうね。じゃ、あんたら気をつけて行っといでよ。お土産はいらないからね。逆にお土産持って行きなよ!」
「そうか! お土産必要か! よーしよし、せっかくだから仕込みを入れよう」
ニヤリ、と悪い笑顔のクロであった。
一方、馬車の中の使者と女官マルガリーテは……
「クロ・レイコ・アミバ・ノ・アキツシマで御座いましたな」
「ええ、まさか姓とミドルと土地名付きとは思いませんでした。どうりで気品が溢れるお方だと思っておりました。ステキ」
ゴトゴトと馬車は揺れる。
「ギルドでは、アキツシマから来たと言っていたそうですね。なんでも遠いところにある島国だとか。聞いたことない国名ですが」
「言われれば、異国の風貌をしておいでです。遠国の島国の名を姓に持つ女が、ここへ流れてきた。身分が高いお方かも……武術が異様にお強い方ですし。かっこいいし」
「……そして、異様に頭が回る。危険を回避することに長けている。レイコという名乗りも嘘じゃない。貴族に対する偽証罪で引っ立てることができなかった。敵にすると面倒な女になるだろう」
使者は腕を組んだ。マルガリーテは頬杖を付く。
「政争に負けるような玉じゃなかろう。あれを逃した国は、きっと今頃、青い顔をして政治を回しているぞ」
「……逆も考えられませんか? ホッとしてる?」
マルガリーテの発想に使者は黙った。
「性悪そうだからな……」
「ええ、性悪で御座いますわね……」
しばしの沈黙が馬車の中に訪れた。
「……ひい様の我が儘も困ったものだ」
「毒は薬と申しますし。是非お近づきになりたいものですわ。あの方も来られますし……」
馬車は黙り込んだ2人を揺らしながら走っていく。
「ふふふ、『ノ・アキツシマ』はないよな」
「チョコちゃんはモフモフ!」
「口から出ちゃったからね。これからずっとモフモフを名乗るんだよ」
「モフモフ!」
チョコが嬉しそうにしているからクロ的にはOKだ。
「善は急げ。兵は拙速を尊ぶ。チョコちゃん、いまからお出かけするけど、一緒に来るかい?」
「行く行く!」
チョコは薄味のスープを一気に飲み干し、椅子から飛び降りた。
「ヘレーネさんのお店へ行ってきます」
「悪いこと企んでる顔だね。笑顔が黒いよ! チョコちゃんは気をつけていってらっしゃい! クロに染まるんじゃないよ!」
女将さんは、飛び出していく2人の背中を見送った。
「貴族の人、クロに食われなきゃいいんだけどね」




