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魔法系魔王


 どうやら、この魔界は火系だったようだ。


 最初にエンカウントした魔法が、いわゆるファイアーボール。2回目がフレイム。次いで、爆裂系のファイアーボール、範囲攻撃用のフレイムと続いた。

 ファイアーウイップのようなマニアックな魔法も出現した。


 いま丁度、フレイムバード使いを焼き殺したところだ。

「鳥さんは威力とエフェクトに力を感じるけど、下準備が長いから前衛の戦闘職の力量次第という欠点を解消しない限り、実践に使えないね。威力がワンパン物だったら話は別だけど」

「鳥さん、すごーい!」

 チョコが上を見上げて拍手をしている。

 髭を生やした軍師みたいなブタが放ったフレイムバードが、ゆったりと上空を舞っているのだ。


「コントロールを奪ってしまえばこんなモノだ。わたしに変わって敵を倒してくれる駒となる。魔素も集中力もいらない。省エネだ。大人のエコだよ、これは!」

 クロは、軍師ブタが放ったフレイムバードのコントロールを乗っ取った。Uターンさせて、軍師ブタを焼き殺したのだ。フレイムバードに魔力が残っているので、上空を旋回させている。魔力が切れれば自然消滅するだろう。

 クロは攻撃魔法をマスターできなかったが、コントロールを奪い取る技術を開発した。


「コントロールを奪わなくとも、指向性エネルギーの偏向なら生まれつきできるのだが」

 クロの種族は、宇宙空間で生きる生物。元来、口腔より食物を摂取せずにすむ。

 光や熱などのエネルギーを直接吸収し、活動のためのエネルギーに変えて蓄積する。そのための遠隔感知力場であり、力場を集約する事で、指向性エネルギーのベクトルを変える事もできる。

 そう言う理由で、熱系の魔法がクロに命中しても、エネルギーとして吸収されるだけで被害は出ない。むしろ元気になる。翌朝には感謝感謝である。


 クロは生母により地球重力下の活動に特化した体組織へと変化させられて誕生した。故に、口腔より食物を摂取し、エネルギーへ「変える事」も「できる」のだ。

 クロが自分を種族の劣化バージョンと自嘲しているのはこのためである。宇宙遊泳に関し、正当種がオリンピック選手だとすると、クロはメダカ組相当であろう。


 それはさておき――


「魔王の間」

 フレイムバード使いが門番であった。


 魔法の研究をしつつ、じっくり時間をかけて魔界攻略等と言っていたが、結局いつもと同じ夜の8時過ぎに到着してしまった。

 クロの感知・分析能力がそこら辺の行使力研究所並みなのだから、仕事が早いのである。


「なんか書いてある」

 珍しく、魔王の門に記号が描かれていた。

 それは文章と言うほどではない。小さな四角に入れられた複数行。文字とすればやたら画数が多い。

 さすがのクロも、魔界の文字は知らない。そもそも、これを文字といえるかどうか。

「文字ではなく紋章なのかもね? 第一、文字は誰が書く? 誰のための文字だ? 何を残す?」

 文字とは記録。記録である以上、未来に残すためのアイテムだ。


 誰が、誰に残す?


「ここで熟考し、結論を出してもそれは間違った答えとなろう。さあ、チョコ君、ゴハンにしよう!」

「そう思って、じゅんびちゅうです」

 チョコは既にシートを広げて、バックパックに手を突っ込んでいた。真っ先に取り出したのはハムだ

「手際が良いぞ! 手際レベルが上がったのではないかな?」

「ほんとー!? レベル2だ!」

「ここで問題です。レベル10まで、あといくつかな?」

「うーんとね、うーんとね、8つ!」

「正解! チョコちゃんは賢いなー!」

「チョコ賢いよ! お勉強もっとがんばるー!」

 前向きで大変よろしい。


 夕食はサンドパンだ。フランスパン並みに堅い安物パンにハムとチーズと生野菜を挟んだ一品。チョコちゃんは野菜が嫌いだが、肉類と一緒になら食べられるのだ。

 ちなみに、生野菜は一日程度じゃ、さほど萎びない。シャキシャキ感は充分だ。

 食べている間にコンロでお湯を沸かし、干し肉とか野菜クズとかを入れて煮込んだスープに塩と胡椒を適量放り込んだだけの物。パンの堅い角のところを賽の目切りにして放り込んだらできあがり。

 食べ終わって後片付けも済み、寝具を用意して、歯を磨いて小用を済まし、門を枕に就寝した。

 

 

 翌朝。

 本日のメインイベントである。


「開くよ」

 クロは魔王の間の扉に手を掛ける。右手に戦斧を握りしめて。 

「じゅんびおっけー!」

 チョコは目と耳を澄ませる。魔王の情報をいち早く、断片でも伝えるのがチョコのもう一つの仕事だ。

 どうせ中の魔王は魔法使いタイプ。先入観の強いクロは、大魔導士的なスタイルを想像している。

「1.2の3!」

 扉が開いた!


「……」

 チョコからの情報が出てこない!


「チョコ?」

「わかんない! ブタの匂いだと思う!」

 チョコは泣きそうな顔で叫んだ。

「それだけあれば充分だ!」

 飛び込むクロ。飛び退るチョコ。


 部屋に明かりが灯る。

 中央に立つのは――身長2メートルは超えている。マッチョな大男。首まで覆った金属製ブレストアーマー。生意気にもドレッドヘアーだ。

 顔は金属製の仮面に覆われていて中身が分からない。獣の顔をモチーフにしているようだ。

 右手にブロードソード。左手にロングシールド。


「意表を突いて戦士タイプ!」

 先手必勝! 飛び込んだ勢いそのまま、振りかざした戦斧を魔王の顔面にたたき付けた!

 激しい音を立て、クロの戦斧は魔王のシールドにふさがれる。シールドを引く動作に連動して、ブレードソードが横殴りに繰り出される。

 クロは、戦斧をシールドにたたき付けた反動を利用して、横へ飛ぶ。クロの首があった場所をブロードソードの切っ先が通り過ぎていく。


「ノォオェエェー!」

 クロが突っ込もうとした時である。戦士の口らしき場所から、音楽のような経文のような調べが聞こえた。

 ゴゥ!

 火炎が発生。

 炎が具現化し、鳥の姿になってクロに突進する。前回より速い!

 

「ッ!」


 油断していた。戦士だとの思いこみが魔法使いの可能性を排除していた。


 クロは苦し紛れにブリッジでかわす。高温を伴ってすれすれを飛んでいく。

 頭を首だけで支え、バク転。立ち上がると同時に踏み込み、戦斧を逆袈裟で振り上げる。

 魔王はシールドを斜めに構え、戦斧を上手い具合に滑らせて凌ぐ。魔王の顔がクロと正対する。


「ミョォオゥォオォー!」


 ボッ!


 火炎放射(フレイム)がクロを包んだ。

 

 

 シュッ!

 クロを包んだ火炎が、一瞬で消えた。正確には、クロに「吸収」されて消えた。


 クロは熱エネルギーを体内へ吸収したのだ。吸収された熱量はそのままクロの活動エネルギーとなる。

 何事もなかったように戦斧を振り下ろすクロ。意表を突かれたのは魔王だ。炎を防壁としてクロの攻撃を防ごうとしたが、効果が無かった。シールドを少しだけ持ち上げるのが限界だった。

 戦斧がシールドの上の縁から入り、半ばまで切り裂いた。

 魔王は間に合った。戦斧からシールドをもぎ取るようにしてこじり、危機を脱した。危ないところだった。


 後方へ下がりながら、防御力を大きく低下させたシールドを立て、剣を構え、次の一撃に備える。

 だが、攻撃は来ない。クロも間合いをとっていた。

 このまま踏み込んでくるのかと防御を構えていたところ、クロは小刻みにステップを踏みながら、魔王の周りを周回し始めた。からかうように。


「魔法剣士だったんだね。あり得るよねー。戦士と魔法使いが組んで出現してたんだもの」 

 クロは反省していた。先入観を元に突っ込んで行った事を。チョコはちゃんと知らせてくれた。『わかんない』と。魔王の正体が分からない。ならばクロは十分注意して踏み込まなければならなかった。


「迂闊。慢心。愚者」


 言うなれば、クロは気持ちを戦闘状態へ切り替えずに戦場へ足を踏み入れたのだ。

 受け身でありすぎた。

 油断した戒めのため。――などと殊勝な事を考えるクロではない。

 冷静に、全力で殺す。――そっち方面にリビドーが向く女だった。


 軽やかなフットワークで、魔王の周囲を素早く回る。敵を円の中心部へとどめておく歩行術だ。

 くるりくるりと戦斧を回し、隙が有りそうな無さそうな微妙なニュアンスを演出する。

 一周半のところでダッシュした。戦斧を体の後ろに隠す。

 魔王が魔法で攻撃するのにどうしても一瞬だけ呪文を唱えねばならない。動き回っているクロは、その一瞬の間に飛び込めばいい。また、クロからの急襲には剣か盾で対応するしかない。


 クロが攻勢に転じ、魔王が守勢に転じた。

 クロが踏み込む!

 戦斧が複数本に見えるほどの乱打! まるで団扇を仰ぐような軽さ。腕力とエネルギー持続力に物を言わせた攻撃だ。受けの技など一切通じない。

 クロの容赦ない攻撃に魔王の盾がはじかれ、剣を逸らされ、がら空きになった胸に戦斧を叩き込む。


 それは魔王が狙っていた展開。相打ち上等! 


 武器による攻撃力を有するのは2本の腕だけではない。クロの攻撃を受けていた僅かな時間。呪文を組み立てていた。

 クロの戦斧が胸板に向かって振り下ろされる。それと交互して呪文を解き放つ。

 それは、熱集束光線。レーザーの域まであと少しと迫った威力の光だ。クロが吸収するには大きすぎる熱量であり、密度が高すぎる熱量だ。


 光の速度で放たれた岩をも両断する熱線が、クロの顔面に向けて発射された。

 戦斧が魔王の胸板を突き破り、胸骨を両断し、肺腑を切り裂き致命傷を与える。

 魔王のレーザーがクロの顔面に――刺さらない。プリズムで屈折したような角度で左横へ逸れ、縦一文字に壁を切り裂く。

 クロは遠隔感知力場を使い、強力なエネルギーを偏向させたのだ。光の速さを超える能力を持つクロならではの対処法。


「何か魔法で仕掛けてくると思っていたよ。予想通りだったね」

 さすがのクロも、前もって準備しておかねば高速域に達するエネルギーを偏向することはできない。クロの読み勝ちである。

 真っ黒で濃厚な気体を胸から噴出させ、背中から倒れていく魔王。地響きが起こる。


「相対性理論の奥に、もう一つ二つ摂理がある事を知れ!」

 魔王が物理学を知っているとは思えない。


「すんだよー!」

「お姉ちゃん、だいじょうぶ? お怪我はない?」

「はっはっはっ! 大丈夫さ! 金属竜の魔王のほうが時間かかったろ?」

 3分とかからなかった。カラータイマーのハンディキャップがあっても、おそらく大丈夫だろう。

「さて、剥くか」

 まずは仮面を取る。

 ブタだった。


「先入観は良くないって、反省したばかりなんだけどな」

「ちょっとだけ、きたいしてた」

「さ、解体作業に戻ろう。ざくっ!」

 ナイフを突き刺し、三枚におろしはじめたのであった。

 

 

 翌、夕刻。魔界を出たブラックチョコレートはギルドにいた。

「は? チームリーダーの変更ですか?」

「うん。チョコちゃんがリーダーで、わたしが副リーダー。反省をかねて」

 代表者交代の申請を出していた。


 クロは引きずるタイプだったようだ。

 


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