闇バトル
夜の闇の中、クロは手首を回して柔軟体操をしていた。
少しの逡巡があった。5つの影が、闇より湧いて出た。クロをつけてきた不審者だ。全身黒づくめの男達。その物腰から、殺人に慣れている事がうかがえる。
クロを取り囲みながら陣を展開。
暗殺者は手に手に短い刃物を持っていた。誰が声を掛けるでなく、時計回りに回り出した。クロを中心として。確実にクロを殺すつもりだ。
輪が小さくなる。ほんの少し剣を突き出せば、全方位から一度にクロを切り刻める。1人を避ければ他の4人が切る。上へ飛ぼうが下へしゃがもうが、どれかの剣がクロを捕らえる。
必殺の陣形だ。対応法はあるのか? クロはどうする?
クロは軽くしゃがみ、足下の砂利を一掴みする。投げるつもりか? 砂利が捕らえるのはせいぜい2人。残り3人が仕留める!
ザン!
踏む込む音。5人が一度にクロへ剣を立てた。
クロは正面の暗殺者に飛び込む。バカメとばかりに残り4人が、クロの背中に刃を突き立てる!
ところが!
1人もかすめられなかった。
クロの体に刃は届いた。だのに、空振りの手応え。幻のクロに斬りかかったのか?
クロは正面の暗殺者とすれ違う。クロと暗殺者の画像が重なって1つとなり、離れて2つになった。手に砂利はない。
クロはしゃがんで砂利を手に取る。すぐにターンして、手近の暗殺者に飛びかかる。同じように重なって離れる。
画像を重ねた1人目が胸を押さえて苦しんだ。苦しんだと思ったら身を跳ねさせて倒れた。
クロはまた砂利を手にし、3人目に襲いかかる。
2人目が胸を押さえ倒れる。
3人目がクロを切るも手応えがない。画像が重なって離れて、暗殺者が苦しみ倒れる。
クロの手に砂利がない。
原子構造を調節したクロは、暗殺者の体と重なり抜き出る際、砂利だけを元の原子構造に戻し、心臓へ置いておいたのだ。
クロとすれ違った暗殺者は、心臓発作に見舞われ即死する。
これがからくり。
本領を発揮したクロに危害を加えられる生物はこの宇宙に存在しない。そしてクロの魔の手を逃れることも不可能なのだ。
4人目も倒れ、5人目も倒れた。全員、己の身に何が起こったのか、どうやって殺されたのかが分からないうちに死んでいく。
「全員殺れたかな? やっと枕を高くして眠れそうだ」
それは嘘。離れて見ている者がいる。
仲間がやられたのに手を出そうとしない。今なら、飛び道具でクロを仕留められる可能性があるのに手を出してこない。
監視役だ。
こいつは必ず一直線に上司へ報告に行く。
クロの使った手段が珍しいから。見ていて理解できない不思議な技だったから。その技を使うのが、暗殺対象のクロだったから。全員が瞬時に返り討ちになる、不思議な技を使うのがクロだったから。
強制的に報告しなくてはならない理由は充分だ。これがクロの狙い。もっとも、襲ってきたら返り討ちにするが。……這って帰れるくらいには手加減して。
監視役は、クロに気取られぬよう注意し、用心に用心を重ね、現場を後にした。
クロは逃げた監視役に目もくれず、5個の死体の処理に掛かった。
することは先ほどとさほど変わらない。
地面の原子を調節し、死体を地中深く沈めるだけ。あっという間に5個の死体がこの世から消えた。
クロは逃げた監視役を歩いて追った。最初からクロの遠隔感知力場で捕らえてある。
ゆっくりと後を追っていく。けして気取られぬよう。本拠地に帰り、上司に報告するだろう。そこを……。
朝も早くに――
「クロや、クロや! 燃えたのは、お貴族様のお屋敷だってさ! 本屋はもとより、離れも馬小屋も倉庫も全部が全部、全焼したってさ。焼け跡から、家族と使用人全員が焼死体で発見されたらしいよ。かわいそうにねぇ」
クロは、女将さんに解らないようガッツポーズをとっていた。
どこかのお貴族様の屋敷で火事があった日。とある大物貴族と、大物有力者が密かに会合を持っていた。
「あのクロとかいう女は何者だ? 凄腕の攻略者。性格の悪い女。だけだと思っていたよ」
「腕は一流だ。対魔物、対人、対暗躍に慣れている。見事な手際だ」
「そして深く入りこもうとしない。あれは警告だ。これ以上かまってくれるな。その代わり深入りしない。そんなメッセージだろう」
「王女誘拐に失敗しただけでなく、工作員の一部が身柄拘束され……これは全部始末「された」が……、さらに工作員の実働部隊が全滅の憂き目にあい、おまけに男爵の家が火事で焼失。男爵ごと、組織ごと、書類ごと、私との繋がりごと、綺麗に地上から消えてしまった。残念だ」
「ぜんぜん残念そうに見受けられないが?」
「君の案に沿って実行しただけだからね。私は上手くいけば幸いくらいにしか考えてなかった。私と繋がるややこしい部門で致命的な失敗が発生し、証拠共々汚物が消えてしまったのだ。特に残念とは思わない。むしろホッとしている。残念なのは君だろう?」
「まあね。これでお姫様救出の英雄からの、お付き合いからの、結婚という流れが消えた。まことに残念だ。本気で残念に思う」
「上手くいく方がどうかしてると思うのは、きっと私だけだろうね? いいじゃないか、魔女様の涙を見なくてすむんだ。1人の男として言わせてもらうと、失敗して嬉しく思う。ありゃぁ何度考えても男としてどうかとしか思えない」
「一番温厚な手段だったんだよ。これでも被害者を1人も出さないよう頭をひねっていたのさ。……諦めるよ」
「どうやら気が済んだようだね。では以後、私の策一本で行くよ。いいね?」
「ああ、良いともさ。全ては世界のため」
「そう、全ては世界のため」
男2人はお互い背を向け、足早に去っていった。
さらに、どこかのお貴族様の屋敷で火事があった日。
クロとチョコは魔宮内部を歩いていた。朝は魔界へ潜ろうとする攻略者でいつも混雑している。
今回の魔界は魔法タイプ。ブラックチョコレートにとって、このタイプは初体験だ。
「魔法を使う魔獣は初めてだ。どんなだろうね?」
「ウキウキするね!」
チョコも楽しみにしているらしい。尻尾がゆらゆら揺れている。
「あ! レニー君のにおいがする!」
チョコが鼻をクムクムさせていた。
「どこだい? おや、暁の星ご一行様じゃないか」
この先、広場になってるところで暁の星フルメンバーが円陣を組んでいた。
「クロ! ちっ! 朝っぱらか嫌なの見たぜ!」
真っ先にクロを見つけたレニー君。喜色を浮かべた後、そっぽを向いてから嫌そうな顔をする。
「おう! クロも今日か? がんばれよ!」
ザラスは愛想が良かった。おまけに機嫌が良い。なにかある!
「おいクロ! 紹介するぜ! 新しいメンバー候補だ。俺の後輩なんだぜ!」
レニー君の鼻が高い。後輩ができたのが嬉しくてたまらないのだろう。
ちなみに、攻略者という世界はバリバリの体育会系。見事な縦社会だ。年齢より経験年数。経験年数より腕前。下位の者は上の者に絶対服従である。……クロにそのルール遵守の意識は全くないが。
レニー君は入社1ヶ月目の新人なのだが、それでも先輩は先輩。後輩は先輩を敬わねばならない。年が下であったとしても。
レニー君はいそいそとメンバーの陰に隠れていた男を引っ張り出してきた。
「おやおやおや!」
頭頂に三角の耳が生えた男だった。犬系の尻尾が生えていた男だった
「獣人? いや、どこかで見た記憶が……」
クロは、片手を顎に当て、考えるそぶりをする。
「チョコの村のブラート君じゃないか! 久しぶり!」
「お、憶えていてくれたんですか?」
犬系の獣人、ブラートは、伏し目がちにクロと挨拶を交わした。
「な、なんだよ! クロの知り合いか?」
穏やかでないのがレニー君。先輩風を吹かせてクロに良いところを見せようとしたのだが、目論見がはずれた。しかも、クロと顔見知りらしい。これは心中穏やかではない
「チョコの村の人だ。そうそう、あの時プレゼントしてもらった斧、大事に使ってるよ。ほら!」
そう言ってクロはくるりと後ろを向いた。
ジャケットをまくし上げ、腰に装着した柄の短い鉞を見せる。形良い曲線で構成されるお尻を突き出して。
「へぇー……」
男共は全員、鉞なんか見ていない。クロの丸いお尻を見ている。
「おや? チョコちゃん、どうしたね?」
チョコはクロの太ももにしがみついている。隠れているようだ。
「クロさん、まだチョコと一緒だったんですか? いい加減――」
クロが笑いながら間合いを詰めてきた。ブラートを仕留めようとしている。
「ブラート!」
レニーが2人の間に割って入った。
「ブラート! 年下でもチョコはお前の先輩だ!」
クロのただならぬ様子を見て取ったレニーは、ブラートを叱責した。クロの顔をチラチラ見ながら。
「チョコが攻略者になったのは一月以上前だ! 俺と同期だぜ! 既に7回も魔界を攻略し、生き延びている。お前のようなヒヨッコにもなってない攻略者候補生じゃ、チョコの足元にも及ばない! それに、えーっと、チョコはブラックチョコレートの副隊長の地位にある。他のチームの管理職に因縁をふっかけるとチーム同士の抗争となることを知れ!」
クロがレニーの肩に手を置いた。引きはがすつもりだ。目が怒りで汚れている。
「それをわからせ――」
「その通りだ!」
クロが口を挟んでくる前に、ザラスも参戦してきた。年の功と言うべきか、機微を感じるに聡い男だ。
「レニーの言うとおり。魔界を5回も攻略すりゃ、中堅扱いとなるのがこの世界。チョコは立派な中堅攻略者だ」
そういって、クロの蹴りから守るようにブラートの肩を抱いて、チョコの前に連れて行った。
「さあ、ブラート、この商売続けたきゃ、チョコ先輩にご挨拶だ。頭を下げて挨拶だ」
にこやかにしているが、妙にドスが利いた声のザラス。ブラートに有無を言わせるつもりはないらしい。
「は、はい! チョコ先輩、よろしくお願いします」
腰を直角に曲げるブラート。わからせられたのか、顔色が悪い。
「う、うん、よろしくね」
クロの後ろから出てこないまでも、チョコは挨拶を返した。
「よーしよし、お利口さんだぞチョコちゃん! 優しい子に育ってお姉さんは嬉しいよ!」
ガシガシと頭を撫でるクロ。チョコの大人な態度に感動している。
「うん、チョコはおりこうさんだよ!」
褒められる。クロから与えられるこの行為に、チョコは嬉しくて満面の笑みを浮かべた。お利口さんにしていれば、ちゃんと褒められる。
クロは、少しくらい間違っても叱ったりしない。自分が正しいと思ったことは、クロが認めてくれる。それが嬉しくて嬉しくて仕方ないようだ。
クロはそれを充分認識している。
「まあ、まだちょっと歪だけど、少しずつ前に向かっているよね?」
「……いろいろあったようだな」
クロの自問自答に、ザラスは察してくれた。
「それと――」
クロはレニーの肩に手を置いた。レニーはクロの手を意識しまくっているが、何ともない風を装っている。バレバレだ。
「ちゃんと先輩風吹かせてるじゃないか! 見直したぞ、レニー君。チョコちゃんのことを第一に考えてくれたことが点数高いぞ! 今度、飲みに行こう、3人で」
「3人?」
「チョコちゃんとわたしとレニー君だったけど――」
ぱあぁぁとお顔を輝かせるレニー君。
「――だったけど、オオカミ君も来るかい? 親睦を深めようじゃないか。ザラス先輩、スケジュールを調整してくれたまえ!」
「人をマネージャーのように……、まあいい。帰ってきてからだ。あとお前らだけだと心配だから、大人も何人か出すぞ」
「賑やかなのは歓迎するよ。ではよろしく頼むよ。オオカミ君にも気をつけてやってくれたまえ。彼は獣人族だから、その能力はチョコちゃんの足元に位には及ぶだろう! それじゃ!」
「ああ、次会うときは、酒の席だ!」
微妙に死亡フラグを立てたザラスは、魔宮の奥へ向かって歩いていった。
「おーい! 石化したように固まったレニー君を忘れているぞー! だれだ、石化の呪いを掛けたのは?」




