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御令嬢誘拐事件


 叫んでいるのは下級女官の服を着た13歳の少女だ。

 金髪碧眼透けるような白い肌。どうこをどう見ても深窓のご令嬢が召使いの服で変装し、下町へ遊びに出かけた様にしか見えない。


 お付きの者もいただろうに、離ればなれになったのだろう。走っているのはお嬢様一人。それも生まれてからこっち、走ったことなど無いのであろう、下手くそな走り方だ。

 下町に通じる擦り切れた石の階段を駆け下りていく。駆け下りると言っても、ポテ、ポテ、的な下り方。お上品にもスカートを指で掴んで裾を優雅にたくし上げている。

 階段を下りて踊り場に到達した。もう半階分下ろうと踊り場を回り込んだら、階段の下で待ちかまえていた悪党と目が合った。


「ひっ!」

 踵を返すも、階上に男がいる。お嬢様を追いかけてきた男だ。

 万事休す!


 後ろに手すりの様な上等な設備はない。踊り場から落ちたりしたものなら、華奢なお嬢様は足と腰の骨を折ってしまうだろう。打ち所が悪かったら死んでしまうかもしれない。

 ギリギリまで下がろうとして、足がもつれた。倒れた際に足首から変な音がして、これまで経験したことのない感覚に襲われた。それは痛みというものだ。

 立てない。歩けない。走れない。


「キャー!」

 お嬢様は悲鳴を上げた。

「温和しくすれば痛いことしないぜ!」

 飛び降りるしかないのでしょうか? お嬢様は、踊り場の下を見る。 追っ手がもう1人増えて2人になっていた。

「イヤーッ! 誰か! 誰かーッ!」

「誰もこねぇよ」

 上からと下から、2人の男がお嬢様に迫る。


「キャー! 誰かー! 助けてくださいまし!」

 お嬢様はあまりの恐怖に気を失いそうだった。目に映る景色が色を無くし、白と黒だけで描かれた。

『神様! 女神様! どうぞお助けくださいませ!』

 ゆっくりと動く景色の中。お嬢様は神に祈った。


 ふわり。


 ゆっくりと、お嬢様の目の前に、長い足が降ってきた。女の人だ。動きやすそうなズボンをはいている。

 体の線を露わにした黒の皮服。男物のハーフジャケットに白いレースの飾り。頭の後ろでまとめた黒髪。黒い瞳。

 美しい大人の女の人。

「女神様?」

 お嬢様は足の痛みも、身の危険も忘れて、女神様に見入っていた。


「おやおや、可愛子ちゃん1人にむくつけき男が3人がかりかい? 君たち、そこまでしないと女の子に相手してもらえないのかい?」

 悪漢達は、何事が起こったのか理解が追いつかず、ポカンと口を開けて固まっていた。


「て、てめぇ、なにもんだ!?」

 我に返った悪漢共。手にナイフを持ち、迫ってくる。

 ここは狭い踊り場。逃げ場はない。

 

「失礼!」

 黒い女のひとは、お嬢様を軽々と抱き上げた。お嬢様だっこだ。

 お嬢様は自分が置かれた現状を理解できず、口をぱくぱくと開け閉めするだけ。

「怖かったら目を閉じておきたまえ」

 黒い女の人は、縁まで下がる。

「後がないぜ。げへへへ!」

 下卑た笑い声を上げる悪漢共。


「ふん!」

 軽いかけ声が聞こえたと思ったら、お嬢様の視界が回転した。

 黒い女の人が、お嬢様を抱いたまま、バック宙!

 踊り場から宙へ。ふわりと着地。お嬢様は、地に足をつけた。降ろされたのだ。


「すごい! すごい! 一回転した! お空と地面が入れ替わったの! お空を飛んで一回転したの! こんなの初めて!」

「それはよかった。失礼!」

 黒い女の人は、首にしがみついていたお嬢様の腕をほどき、背に隠す。


「おねえさん、こっち!」

 柔らかい手がお嬢様の手を掴んで引っ張る。

 頭頂に大きな耳。ふさふさした尻尾。小さな獣人の女の子が手を引っ張っている。

「嬢ちゃん! こっちだよ! こっちへおいで!」

 道の角からお婆さんが手招きしている。手に角材を持っていた。

 少女に引かれるまま、痛い足を引きずって逃げる。黒い女の人は?!

 

「かもーん!」

 指でチョイチョイ。クロは悪者を挑発していた。たぶん営利目的の人攫いだろうとアタリを付けている。

「邪魔すんじゃねぇ!」

 ナイフを手にした男が突っ込んで……突っ込もうと前傾姿勢になったところに蹴りを入れた。突き出した顔面に足の裏がめり込んでいる。怯んだ男の腹にパン!

 ゲロを吐きながら道ばたにうずくまる。


「やっろう!」

 階段を駆け下りてきた男がナイフを振り回す。華麗なフットワークで一つ一つ丁寧に嫌みったらしくかわしていくクロ。

「ちょこまかと!」

 もう一人の男も降りてきた。2対1だ。

「このっ!」

 ナイフを振ってきた男の手首を裏拳で受け、腹パン!


 ゲロを吐きながら道ばたにうずくまる。すげー汚い戦いだ。

 これで1対1。


「てっめぇー!」

 腰が引けてる最後の男。引けているならとばかりに、ダッシュするクロ。男の眼前で空中一回転。奇抜な動きに男は対応できない。クロは両足で、男の首を絞めた。時を置かず、後方一回転。

 フランケンシュタイナーが決まった!

 男は、腰と両足をしたたかに石畳に打ち付けた! 石畳を認識して繰り出した、えげつない大技だ!

 骨、逝ったかもしれないね。


「すごい! すごい! 鮮やか! 軽やか! すごい!」

 お嬢様は興奮しっぱなし。語彙力が心配だ。

 

「おっ、おぼえてろー!」

 腰骨にダメージを受けた仲間を両脇から抱えて逃げていった。

「一昨日きやがれ! 一昨日に来ることは不可能。ひいてはもう二度と会うつもりはないとの意だよ、憶えておきたまえ君たち!」


 汚い物に触れたようにハンカチで手を拭っているクロ。振り返ってお嬢様がしゃがみ込んでいるところまで大股で歩み寄る。

「足を挫いたみたいだね。どれ、見せてごらん」 

「はいっ!」

 足を差し出すお嬢様。目がキラキラしている。

「助けて頂いてありがとうございます。わたくしは……リュディと申します。あのー、お姉様のお名前は?」

「クロ。攻略者をやっている。小さいのはチョコちゃん。古いのは宿の女将さん。そういや、女将さんの名前、聞いたことないね?」

「古いは余計だよ! あたしの名前はイルマだよ!」

 初めて明かされた女将さんの名前だ。

 

「あー、腫れてるね。どれどれ。ほほう、関節部分の細胞の損傷か」

 痛くないようにお嬢様の患部へそっと手を触れるクロ。なにやら良からぬ事を考えている目だ。


「おひい様! おひい様ーっ!」

 どうやら、お嬢様の保護者が登場したらしい。大声で叫びながら探している品の良さ素そうな女性が2人。お嬢様と同じお女中の格好をしている。

「マルガリーテ! アドリーヌ! こちらです!」

 お嬢様が声を掛けた。

「おひぃ様ぁーっ!」

「リュディ様ぁー!」

 血相を変え、髪振り乱し、この世の終わりみたいな顔をした15.6歳のお貴族様風の女の子が2人。

「お怪我はっ!?」

「おみ足が!」

 取り乱しに取り乱している。


「2人とも落ち着きなさい。悪漢共はこの方が退けてくれました。怪我は大したこと有りません、足を挫いただけです。ほら、この通り、痛い!」

 リュディと呼ばれたお嬢様は、足を動かそうとして痛みに仰け反った。

「あーあ、言わんこっちゃない。でも安心おし。骨に異常は無い。捻挫だよ。放っておいても5日程で治るさ」

「あなた方は何者ですか! 獣人まで!」

「リュディ様の身に何かあれば!」

 2人は真っ赤な顔でクロ責める。


「やかましい!」

 クロの一喝で、2人の侍女は口を閉ざした。


「お付きの者なら、こういう時に狼狽えるべきではないねぇ」

 クロの態度は一転。いつもの余裕綽々上から目線だ。

「さっきから大声でお嬢様の名を叫んだり、身分を叫んだり、良いところのお女中にしては迂闊だねぇ。この子は大店のお嬢様なのかな? それとも、アリバドーラ宮殿のお姫様なのかな?」

 お女中2人は首をすくめ、目を盛大に泳がせていた。


 クロの苛め、……もとい、説教は続く。

「ここら辺は治安が悪いので有名だよ。石を投げればかならず人攫いに当たるって言うくらいだ。そんな危ない犯罪の温床で君達の声を聞きつけて、これ幸いとばかりに人攫いが大挙して現れたらどうする? 君達で対処できるというなら、わたしも大声で応じても良いけど? もう一度聞くけど、どうする?」

 自分たちのしでかしに気づいたのか、2人は塩を掛けた青菜のように萎れる。


「そうですよ、マルガリーテ、アドリーヌ。命の恩人になんて言葉を使うのですか! それにこの獣人の子は身を挺してわたくしを庇ってくれたのですよ! こんなに幼いのに」

「申し訳ありません!」

「この身を恥じる次第です!」

 主人であろう、リュディに叱られた2人はすぐに反省の言葉を口にした。二つ折れになるまで腰を曲げた。

 躾が行き届いているのか、命令され慣れているのか。後者かな? とクロは思った。

 でもって、このリュディお嬢様は王宮のお姫様だ。なんつっか、今日は忙しい。

 とはいえ、今はリュディの手当が先だ。


「骨に異常はなさそうだ。こりゃ捻挫だな。ここじゃ手当てできないし。女将さん、宿にまで連れていって良いかな?」

「嫌だよ、厄介ごとを背負(しょ)い込むのは!」

 クロは女将さんの耳に顔を近づけ、内緒話を始めた。

「この子、たぶんリュディヴィーム様だ。アリバドーラのお姫様だよ。となれば……」

「あんたおんぶしな!」


 女将さんの打算が働いた。



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