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聖騎士リュベン


 まだ若い。20歳になるかどうか。聖神教会関係の戦士だろうとアタリを付けた。立ち姿だけで分かる。体幹がしっかりしすぎているほどしっかりしている。


 特徴的なのはその顔。容姿端麗である。人間離れした美形である。アイスブルーの瞳に、肩まで伸ばした明るい金髪。

 エルフだと名乗っても、さもありなんと異世界転生した現世人100人が100人共が納得するだろう。

 ただ、惜しむらくは冷たい印象を人に与えることだ。氷の美青年の二つ名が似合う。


「おやおやおや、珍しい物があるので、気配を殺して近づいてみたら感づかれてしまって間が悪くなってしまったお兄さん。なんとも思ってませんから、どうぞお気を悪くなさらずに」

 男前の人は何とも言えない顔をしてから呼吸を整えた。

「いえいえ、瞑想している姿があまりにも立派でしたので、どのような人物かと気になったですよ。偏見が激しいお嬢さん」

 すぐに返された。頭は悪くない。クロはいつものハ虫類系の目に笑みを湛えて迎え撃った。

「ひょっとして、貴方も道に迷った子羊に道を指し示そうとしてるけど、実は自分も進んできた道に迷いを憶えている口かな?」

「……どこをどう見ればそのように見えるのでしょうか?」

「女のカン」


 男は黙り込んでしまた。踏み込んではいけない間合いに踏み込んでしまった剣士のようだ。


 しかし、男はめげない人だった。

「挨拶が遅れました。僕は聖騎士リュベン・フォスベリーという者。ここの警備をしております。率直に言います。怪しい人物を取り押さえるのが僕の仕事です」

「おやおや、わたしが怪しいと?」

「いえ、いや、最初はおかしな雰囲気を纏った女性だとして気になりました。見かけぬ人でしたし、たった一人で、何もせずただじっとしていたのですから。近くに寄って考えが変わりました。貴女は瞑想をしておられたのですね」

「うん、瞑想と言えば瞑想だな。見かけぬと言うのは正解ですよ。初めて聖神教会へ来た者ですから」

「ほう、それはご奇特なことで。失礼ですが、貴女のお名前は?」

 あー、名前を聞かれる前に逃げ帰りたかったのだが。つい条件反射でからかってしまった。クロは自分の難儀な性格を恨んだ。


「わたしの名はクロ。この町へ来て一ヶ月の新参者です」

 名前を言ったからには、骨までしゃぶり付いてやる。それもクロの性格が悪いところから来る悪癖である。

「ついでに申しますと、聖神教なる宗教を知ったのもつい先日のことでして。興味に惹かれてやってきた不心得者です」

 釣り糸に餌を付けて生け簀に放り込んだ。これも何かの縁。聖神力と魔素の関係について、この青年に説明してもらおう。

「それはいけません。異教を信じていては死んだ後、天国へ行けませんよ!」

 魚ががっつり食いついた模様。

「聖騎士は司祭の資格をもっています。入信の手ほどきを致しましょう」

 囲い込みが上手いな! クロは嬉しくなって、意図せず微笑んでしまった。

 クロが無意識に微笑むと、悪いことに天使のような微笑みとなる。加えて、あの美貌にあのカラダである。男を蕩かす笑みと言い換えても良い。

 その笑顔を前にしても、リュベンは動じなかった。やや柔和な顔つきになっただけ。氷がシャーベットくらいにはなっただろうか?


「ですがー、その前にもう少し聖神教について知りたいのですがー、そこから始めてもらって良いですか? なにせー、わたしは人から見れば異教徒ですからー」

「それもそうですね。気がつきませんでした。僕の不徳と致すところです」

 氷の美青年は申し訳なさそうな顔をする。


「そこの談話室を使いましょう。ああ、ご心配なく。入り口も出口も別々です。中は仕切られております」

 リュベンが指し示す方向。壁に沿っていくつかのボックスがある。現世の懺悔室と同じ作りのようだ。

「よろしいのですか?」

 そう言ったクロは、視線で聖堂内の数箇所を示した。

 そこにいるのは、居残ってお喋りをしていた、いくつかのグループ。全部若い娘で構成されている。そして、先ほどからずっとクロを見つめている。睨んでいると言っても良い。

「リュベン様の取り巻きでは御座いませんか?」

 またハ虫類の目で笑うクロ。リュベンをからかっているのだ。

「フッ、関係ありません。僕は聖騎士なのです。さあ、参りましょう」

 リュベンが立ち上がり率先して談話室へと歩いていった。

「はっはっはっ! そういうの大好きだよ」

 クロはリュベンの後から談話室へと入る。

 それを見送る女子達は般若と化していた。

 

 

 談話室は厚い木材を使って作られている。大声を出さない限り外に音は漏れない。内緒の話をするための小部屋であることは公然なので近づく人もいない。よって盗み聞きされる心配がない。

 内部は人一人がゆったり座れる広さの部屋が二つ。入り口は別々。

 丸椅子が一つ。対面の窓が一つ。窓に添え付けられた狭いカウンター。

 懺悔室と違うところは、お互いの顔が見えること。窓の幅はお互いの腕なら差し込めるが、顔は通らない幅である。


「恋人繋ぎはできるがキスはできない」

 クロは口に出さなかった。クロも人を見て話をする。これがレニー君だったら10や20の戯れ言が口をついて出ていたことだろう。

「えー、さて、クロさん。えー、何からお話ししましょうか。えー、先ほどの大司教様のお話は聞いていただけましたか?」

 リュベンは説話が苦手らしい。

「興味深いお話だったので一言一句まで聞き憶えましたよ。そこで、いくつか疑問が生まれました。その疑問を解決していただけますか?」

「クロさんは賢い女性ですね。どうぞ、なんなりと。全て答えを提示いたしましょう。貴女の疑問を全て解決してご覧に入れましょう」

 調子が出てきたリュベンは、にこやかに笑う。本人はそのつもりだったのだが、おしいかな、クロには片方の頬が引きつったようにしか見えなかった。

 笑顔が下手というか、慣れてないというか。女性信者の勧誘率は100%だけど、男性信者のそれは情けない数値になっていそうだ。


「では早速。ぶっちゃけ、聖女って何ですか?」

「そこからですか!」

 リュベンの意表を突けたようだ。


「聖神教会の創始者です。もともと、クロさんのような攻略者だったそうですが、大怪我をしたとき女神様の意志に触れ聖神力に目覚められたのです。もうすぐ設立300年になる歴史ある教えなのです」

 300年前には魔界攻略者が既にいたと言うことだ。

「攻略者と言うことは、お仲間がおられた? ひょとして、お仲間も設立に尽力為されたのでは?」

「お見事な推察です。その通り! 5人のお仲間方は、聖女様がお隠れになった後も一心不乱に教えを広められました。教会を大きくした功績を称えられ、聖人として称えられております」

「そうでしょうそうでしょう!」

 クロはしたり顔で頷いた。大変おいしい商売だったに違いない。


「では、次の質問ですが、わたしの里の宗教って曖昧なのですが……そうですね、太陽信仰かな? 農業が盛んな土地なので、自然が信仰の対象となっているのでしょうね。聖神教は聞いたことがありません」

「聖神教を知らない! それは女神に仕える我らの不徳とするところ。聖神教を代表して僕が謝罪いたします」

 リュベンは手を合わせた後、胸に片手を置いて頭を下げた。詫びの仕草らしい。


「さて、お話を聞くと、なるほど、ですね。でも太陽も水も聖神教の女神様がお作りになった物ばかり。クロさんが聖神教へ入信なされるのに、抵抗はないと思います。安心して異教を捨て、聖神教へお入りください。天国へあがれるのは、正しい教えの聖神教だけなのです」

 リュベンは、存在自体が神の存在を否定する証拠となるクロへ熱心に入信を勧めている。その思いは一途だ。一途すぎて、なんでそこまで傾くのかなと逆に不思議に思えてきた。


 すると、どうしても虐めたくなるのがクロという生物。


「その理屈でいくと、異教を信心している者が死んだら、天国へは行けない、ということになりますか?」

「その通りです。間違った存在を崇めた罪で地獄へ落ちてしまいます。悪魔崇拝と同等の罪なのです」

「すると――」

 クロの目がハ虫類の様な冷たい目になる。

「――異教を信じたまま死んだ人々は今頃地獄で苦しんでいると?」

「嘆かわしいことです。彼らのために祈りを捧げましょう」

「今は亡き父が地獄へ行くのですか。あんなに優しくて悪を憎んだ父が? 我が子を守るため、犠牲になって亡くなった母もですか? 父のご先祖様も?」

「え、ええ、そういうことになります」

 リュベンの歯切れが悪い。

「じゃぁ、入信できないですね」


 クロは見た。リュベンの美しい顔に動揺の色が差したのを。

 そこに悪意も狂信もない。迷いなく信じて進んできた道に、ふと影が差し込んだ思いを持ってしまっただけだ。いや、もともと心の奥底にあった、もやっとした霧に色が付いたと言うべきだろう。

 

 リュベンの迷いを見抜いたクロは、話を変えた。こちらが本命で、今までのはお遊びだ。

「ところで、女神様の火ってなんですか?」

「ほう! 司祭長様の秘蹟に感じ入りましたか?」

 女神様の火は聖神教会お得意のデモである。入信者を増やす鉄板の儀式だ。

 これが聖神教の拠り所である。神の証明である。


「主に治療に使われる奇跡なのです。聖神教は女神様の火を用い、人々の治療も行っております」

 先ほどとはうってかわって、ずいぶん自慢げなリュベンである。信仰の拠り所なのかもしれない。人は目で見て初めて信じるもの。逆に言うと、見せれば何とかなるのだ。

「聖神教のオリジナルですか?」

「そうです。人々の傷ついた体を癒す奇跡の御業。聖神教の聖職者は皆、女神の火を顕現させるため修行を積んでおります。なかでも司祭長は女神様の火の達人なのですよ」

 希薄な魔素を集めるところから始めて、コントロールとか発動のエネルギーとか、大変なんだろうな。クロは司祭長に同情した。


「かくいう僕も使えますよ。司祭長ほどではありませんが。……はっきり言って、ほんのチョロッと瞬き数回分の時間だけなら……」

「へえ!?」

 クロは素で驚いた。リュベンも出せるのだ。ならば間近でじっくりと拝ませてもらいたくなるのが人の常。「可能な限りで見せていただけませんか?」

「……よろしいでしょう」

 考えての答えだ。聖神教に否定的な考えを持ったまま、無垢なる子を返すのはリュベンの罪となる。

 ほんの少しだけ女神様の火を顕現させるだけなら、倒れることもあるまい。毎日、修行の一環として顕現させている。今日の修行が今だと思えば良いのだ。


「では参ります……」

 リュベンは目を閉じて精神を集中させる。女神様への崇拝で全身をたぎらせ、聖句を小声で唱える。気が高まってくる。

 指と指を絡め、儀式に乗っ取り印を組む。組み替える。気が最高潮に高まった。女神の炎を顕現させる自信! 会わせた手のひらの中に確かなチカラを感じた。


 今!


「フッ!」

 目を開ける。会わせた手を開く。


 ポッ


 小さな小さな青白い光の球体がそこにある。氷河の断面のように輝く青。そんな色の光の玉だ。

 瞬き二つの間、輝きを放っていた光球は、内側へ畳み込まれたようにして消えた。


「ふーっ、……どうです?」

 額に浮いた汗を甲で拭いながら、リュベンは視線をクロに向けた。負圧に耐えた心臓が音を立てている。

 クロは、消えた女神の炎の跡を一心不乱に見つめていた。


――手応えアリ――


 そうリュベンが思ったときだった。

「なるほど、理解した」

 クロが人差し指を一本、突き立てた。


 クロの指先に女神の火が灯っている。


 それも球体ではなく、炎のように力強く燃え揺れている。

 リュベンに言葉を発する思考が消えた。

 感情の消えたクロの目が、女神様の火を見つめている。

 指先の炎は、渦を巻き背を伸ばし、踊るように形を変え、そして司祭長が作った王冠の形に変わる。

 頭と仮定した指がかぶる王冠だ。

 クロのもう一方の手が伸び、リュベンの右手を掴んだ。引っ張られる。リュベンはなすがまま右手を差し出した。

 クロの右指先が、リュベンの手のひらにおりてくる。

 クロの手に灯る炎の王冠を、リュベンの手のひらに押しつける。

 クロが手を離す。指を離す。青白い光を放つ小さな王冠が、クルクル回転しだす。手のひらで王冠が踊っている。

 王冠は徐々に形を崩し、やがて青い炎に戻る。

 瞬き10回で女神様の火が消えた。

 

 

 クロが見たところ、リュベンの手のひらに火傷の跡はない。人体実験は成功した。

 女神の火。その正体は魔法だ。魔素を燃焼させた時に出てくる光だ。

 治療の仕組みはこうだ。対象者の破壊された細胞の自己再生力を賦活化させる!

 魔素の使い方によって、細胞分裂を自由に促すことができる。夢の治療魔法だ。


 ただし、欠点が2つある。

 1つめは、細胞を分裂させる為のエネルギーを必要とすること。患者が保持するエネルギーが使用される。

 大きな怪我を一気に治療すれば、栄養失調で死ぬ可能性がある。あと遺伝子が変化して癌化の危険性もある。

 2つめは、術者の細胞分裂も促される事。どうやら魔素を用いた魔法は、魔法を始動するためのきっかけが必要のようだ。コンロに火を付けるために種火が必要なように、治癒の魔法を発動させるには、術者の体で細胞を賦活させる必要がある。

 それは「治れ」と強く意識することにより、術者の体組織に細胞分裂の兆候が現れ、それが種火となって患部に炎が立つ。そのようなプログラムが成立している。

 火を顕現させるだけならともかく、治療に使うと術者の命を少しずつ削っていく魔法になる。


 そして、クロが得た収穫は細胞賦活化現象だけではない。魔素を任意の状態に変化させる可能性を見つけたことだ。

 魔素を燃焼――仮に燃焼としておこう――させることにより、細胞分裂が促される。つまり、命を作りだせる可能性がある。

 さらに、炎や電気など、自然界に存在する現象、さらにさらに、自然界に存在する物質まで創世できる可能性も考えられる。

 それも人の意志、あるいは思考の作業、それらが魔素に働きかける力場となるみたいな?


 システムが解らないなー。魔素って何だ? 謎が増えた。

 3歩進めば2歩下がる進捗ペースにもどかしさを感じると同時に底知れぬ奥深さも感じ取れる。研究対象として大いに興味が引かれるところだ。これを解明したいという要求が、昨日より今日と高まっていく。


 さて、ここまで情報を取得できればもはやここは用済み。また新たな謎を発見したら訪れることとしよう。

 クロは席を立つ。

 クロはリュベンに感謝していた。タダで聖神力を教えてもらったのだ。素直に感謝している。


 ところがリュベンは目を泳がせたまま。なにせ初心者が自分より上手に治療魔法を使ったのだ。そりゃショックだろう。

 アイデンティティが崩れようとしている様相が現れている。ならば、授業の報酬として、一言、上級者より、それっぽい言葉を掛けておくべきだ。


 クロは上から目線で微笑んだ。


「聖騎士リュベン殿。有り難う。貴方のおかげで知りたいことを知り得た。お礼に言葉を贈ろう……、修行の前に道はない。修行の後に道ができる。また会おう、聖騎士リュベン」

 クロはドアを開け出て行った。

 

 

 談話室から出たクロに、とげとげしい視線が突き刺さってきた。

 美しきお嬢様達からだ。……誰?

「……ああ、リュベン君の取り巻きか」

 あの人、モテそうだからね。いや、確実にモテてる。レニー君と……彼と比べてやるのは聖神教的に罪であると認識した。


 お嬢様群のなかで、特に気が強そうな、そして一番身分の高そうな子が、クロの前に歩み出てくる。これは、アレだ。戦争勃発だ。

「あなた――」

「聖騎士様に聖神教に入りませんかと勧誘されました。聖神教に入ってないと2人きりでお誘いを受けるみたいですよ」

 気の強いお嬢様がハッとした。そこが盲点だったと言わんばかりのハッとし様だった。


「失礼」

 戦争勃発の前に回避成功。すでに聖神教徒であるお嬢様方がいかような手段をとるであろうか? クロには想像が付かなかった。


 クロはそそくさと大聖堂を後にした。逃げるとも言う。

 

ネコ耳さんの方、今日で最終回です。

ご愛読、ありがとうございました。


こっちは、まだ続きます。

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