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教会


「うーん教会かー」

 宿の食堂で、夕食前の軽いお茶を飲んでいたときの話。


「何だいそのお茶? 変わった色だね。いい匂いがするね」

 よく煎った大麦を煮出したお茶だ。麦茶とか麦湯とかとも言う。

「飲むかい?」

「頂くよ。おや、香ばしいね!」

「古くからの飲み物でね、夏バテ防止にもなるらしいよ。里の古老が言ってた」

「へぇー!」

 老人は古老とか伝統とか言う言葉に弱い。

 気に入ってもらえたようなので作り方をレクチャーしておいた。


 して――


「教会なら毎朝、お祈り会をやってるよ」

「魔界へ潜るのを伸ばしたついでにもうちょっと伸ばして、教会へ行ってみようかな?」

「あんた、見た目と違って信心深いんだねぇ。感心したよ!」


 神の手に依らず誕生した宇宙生物種の末裔たるクロが神を信心する。笑える冗談だ。

 ちなみに、クロは神という存在を現在過去未来を通して1ミリたりとも信じた事がない。宇宙は数学と物理学で誕生するマンである!


「じゃあ、明日にでも行ってくるか」

「チョコちゃんは連れて行っちゃだめだよ。教会は獣人を悪魔の使いと考えてるフシがあるからね。おばさんが面倒見ておいてやろうじゃないか」

「うん、チョコ行かない!」

「はっはっはっ、風の強い日を選んで火を付けてやろうかな。教会に。明日は下見も兼ねられる」

「罰当たりが!」

 

 

 ということで、翌日。

 戦闘服に女子力高そうな上着を羽織った服装に着替えたクロは、教会とやらへ出かけていった。隠しているが挑発的である。


 教会は、上等な人たちが住まう場所寄り寄りの、貧民街との境目に建てられていた。

 ここからだとアリバドーラを治める行政機関であるお城がよく見える。両者は上民間街と貴族街の二つの町を挟んでそびえ立っている。


 さて教会。ずいぶん立派だ。お城とさして変わらぬ大きさ。

 人に聞いたところ、併設された修道院や研究施設を含めると王城と同じ敷地面積らしい。

 初期ゴシック作りの教会は、シンメトリーも美しく、厳かかつ豪華に創られている。将来の世界遺産入閣確実だ。

 大勢の人が列をなし、教会の中へ入っていく。これが日例のお祈り会とやらだろう。クロは人の流れに乗り、教会の中へ入っていた。


 盛況である。勇者祭りの時の人出のような……いや、多すぎないか?


「おや? ご存じない? でもご奇特だ。今朝は司祭長様直々のご法要ですよ」

「我が事ながら、己の引きの良さに感心するねぇ」

 どうやら大祭日だったらしい。


 クロを巻き込んだ人の渦は、大河のように教会内大聖堂へと流れていった。

 舞踏会場より広く、また天井も高い。ここは大聖堂。長椅子と長机がズラズラズラと行儀良く並んでいる。二昔前の大学の大講堂の様。

 クロはまん中の列の右寄りの席に腰を下ろした。壇上がよく見えるけど、人に紛れてしまえる場所を選んだ。


 大きな窓が日の光を取り入れた構造になっており、中は柔らかな光に満ちている。建築学の勝利である。

 大聖堂の壁や天井は、神話関連の絵や彫刻で埋め尽くされている。どれもこれも引き剥がして売り飛ばせば金になる。教会の資産は潤沢の模様。

 正面の壁に、小さくもなく大きくもないけどゴージャスに装飾された聖神会のシンボルが設置されている。シンボルの足下には各種お供え物が盛りだくさんだ。全部食べ物だ。


 ざわついていたお堂内が水を打った様に静かになった。どうやらお偉いさんの坊主が入ってきたらしい。

ここからだと入場のシーンは見えなかったが、壇上へ上がるとはっきり見えた。

 坊主というか……聖神会の神職者は髪型が自由の模様。


 しんと静まりかえるお堂。教導役らしき聖職者が段に上がり、お説教が始まった。

 重そうな帽子と煌びやかな法衣を身に付けた、見るからに位の高そうな坊さんだ。どうも、このお方が司祭長らしい。聴衆は一様に頭を垂れた。


 司祭長の説話が始まった。

「――死者の魂が安らかでありますように。死せる女神よ、どうかお見守りください」

 ようやく終わった。


 まとめると――、


 聖神教会の始祖である聖女様に感謝を。それが最初のお言葉だった。

 原初の神が次世代の神々を創った。後に動植物(人間を含む)を生み出し、人に知恵を与えるのと引き替えに死んでしまう。

 次世代の神は原初の神の死体を使って山や海、その他森羅万象を創った。

 やがて、次世代の神々も死に、魂というか神格だけが神の世界へ行った。

 最初の神は巨神らしい。いろんなのを生み出したから女性格が与えられている。

 この世界は原初の神の体だったことから、この世界で悪いことをしてはいけないよ。

 良いことをすれば死んだ後、天国へ行ける。悪い事をする人は地獄に落ちるよ。で、あとは良いことはこれこれで、悪いことはこれこれ。

 聖神教を地上の民に伝えてくれた聖女様を崇めましょう。

 そういった内容だった。


「……どこかで聞いたような話だった」


 そして、このまま終わるのかと思っていたところ、本日のメインイベントがやってきた。

 件の司祭長が精神を統一。えらく気合いの入った顔で、手を組み合わせた。ブツブツと歌うように音程を上げ下げし、言祝ぎを唱えだした。中々に心地よいリズムだ。

 両手を組み、言うところの印を素早く切っていく。

「ヵハァァー!」

 掠れるような声を上げ両手を頂戴の形に広げる。すると――

 手のひらに青白い光の固まりが出現した。


「「「おおおおー!」」」

 聴衆が唸り声を上げる。

 光の固まりは姿を変えていく。炎のような姿のそれは、王冠のような形に変わる。やがて、手のひら側から上へ向かって昇っていき、消えていく。


 ザワザワザワ……


 衣擦れの音。聴衆が手を合わせ祈りを上げている。

 壇上では、司祭長が荒い息を弾ませている。若手の助手っぽい聖職者が司祭長の体を支える。


「司祭長!」「司祭長様!」

 司祭長を心配する声がそこかしこで上がる。司祭長はほほえみ、大丈夫だよと片手を軽く上げ、退場していく。

 どよめきと感動の波が大聖堂を揺らしていた。


「ええっと……。わたし、はじめてなんですが、いまのなんですか?」

 クロは隣のおばさんに聞いた。田舎から出てきたばかりの右も左もリベラルも知らない娘風に、変なイントネーションを心がけて。

「おや、初めてで司祭長の秘蹟を目にできるとは、お嬢ちゃんには女神様のご加護があるのかもね。あれは聖神力と呼ばれるもので――」

 聖神力、の言葉を口にだすと、おばさんは手を合わせた。

「――女神様の火なんだよ。女神様の火の青い光を体に当てると悪いところが治るんだよ。見るだけでも御利益があるんだよ! あんた、良いもの見せてもらったねー。よかったねー!」

 にこにこ顔のおばちゃんはとてもいい人だった。

 今は死せる女神様と聖女様に感謝を。の言葉で締めとされた。


 しばらくは興奮した人の熱気でむんむんしていたが、頃合いを見計らって司会進行役の坊さんが解散を告げた。

 人々は興奮冷めやらぬ中、三々五々、大聖堂より出て行った。

 残った人もいる。興奮冷めやらぬのか、あちらこちらで数組、数人が固まって雑談をしている。中には、どう見ても高位なお貴族様のご令嬢が、下級女官に扮してお忍びで参拝されている姿も見受けられた。


 クロも、ある意味唖然としていた。


 あの光を産んだ大司祭の手のひらに、魔素の流れを察知していたのだ。なんで魔素が地上にあるの?

 クロは顎を片手に乗せ、片足を組んで長椅子に座っていた。

 うっすらと、目を閉じるか閉じないか、微妙な位置で瞼を固定。背筋をピンと伸ばし物思いにふけっている……風に見える。偽装とも言う。


 実は、遠隔感知力場を集約させて教会の奥を調べていた。人が捌けていったからこそ気づけた。この教会内に、少しだけ魔素が流れていることに。

 クロは魔素の先端を力場で掴み、流れ出る元へ元へと手繰っていく。

 無駄に高出力を誇る宇宙生物の中でも、こうした歩いて届く距離内での細かい作業は、クロの世代でしかできない。

 母より以前の同族、つまりオリジナルの同族ならば、何十光年先の魔素を掴むことができるだろう。だが、歩ける距離の魔素は掴めない。例えるなら同族は遠視なのだ。例えるならクロは近視なのだ。

 クロは地上重力下に特化したデチューンを施され誕生した一族の末裔である。そのことがクロのコンプレックスであったが、今回のように役に立つ一面を発見し、ちょっと浮かれていた。


 だから、近づいてきた人が3メートルの距離になるまで気づかなかった。

 この人、強そうだ。ザラスほどは強い。戦闘に慣れた匂いがする。

 クロの斜め後ろの死角になる方向から近づいてきたので、少しだけ向きを変えた。対象者にクロの横顔が見える位置取りをする。

 

 気づかれたことを悟ったのか、対象者はその場で立ち止まった。

 殺気は感じない。害意はないものと判断し、力場を操ることに集中した。

 力場の先端は進む。教会の中心部。小さな古い祠がある。その地下から魔素が流れ出ている。

 新しい魔界の誕生? ではなさそうだ。魔素に勢いがない。例えるなら、涸れ井戸が僅かな地下水を滲ませている? 風な?

 魔素が魔界以外の場所から観測されたのは初めてだ。

 成長しない魔界も初めてだ。

 事実は事実として捕らえておく。後の研究に役立てよう。

 タネが解ればどうということもない。いつかマックスに調べさせよう。暇なときにでも。


 さて!


 クロは振り返る。3メートル先でこちらを見ている力ある者へ。


 銀ピカのチェインメイルを纏い、腰に剣を差している背の高い男だった。



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