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女騎士ジャンナ

 

 ある晴れた日、一台の馬車がアリバドーラに到着した。貴族街のどこかにある屋敷に馬車が着けられた。

 介添人に体を支えられ、若い女性が馬車のステップをおりてきた。家人に迎えられ、屋敷の中へ消えていった。これって別に伏線でも何でもない。

 

 

 攻略者ギルドにて。


 いつものようにクロとチョコは魔界を選んでいた。

「おや? 魔法系の魔界が空いてるようだ。チョコ副隊長、わたしはあれが良いと思うのだが、意見はあるかね?」

「さんせいです!」

 シュッと手を上げ、ピョンと跳んでクロの胸に抱きつくチョコ。この一月の間に、より甘えたさんになっていた。


「よしよし、明日にでも……おや? あそこでヨタヨタ歩いているのはアレッジ父さん?」

 精彩を欠いた姿で歩いているのは確かにアレッジ隊長だ。

 クロと目を合わせたのに、チッ! とか悪態を付かない。だいぶ具合が悪そうだ。

「クロか? また潜るのか?」

 向こうから話しかけてきた。これは重傷だ。

「どうしました? 具合が悪そうですけど、腹パン大会にでも出場しましたか?」

「うむ、ジャンナが帰ってきた」

 腹パンの下りは無視された。なんか負けた気がする。

「詳しい話を聞いてきた」

 戦死した息子さんの話だ。

「ジャンナがクロに会いたがっている。明日にでも顔を出せないか?」

「顔を出すのはかまいませんが。さっき良い魔界を見つけてしまったので、攻略後で良いですか?」

 どうも調子が狂う。

「魔界攻略は、必ず帰れる約束が出来ない。それがクロであってもな。明日行ってくれ。午前中が良い。話は付けておく」

「あの、魔界は……」

「騎士様が特別プレミアム先行予約しておいてやる」

 ピッと音を立ててクロの手から依頼書を取り上げた。

「……よろしく頼む」

 アレッジの台詞だった。全く似つかわしくないが。

「あー、押し切られてしまった。何着ていこう」

 クロは眉根を寄せた。

「ジャンナさんって、村の魔界のおんなきしさん?」

 チョコは眉を下げた。

 チョコにも良い思い出がないのだろうか?

「どこにすんでるのか、チョコ知らないよ?」

「あっ!住所を聞き忘れてしまった!」


 

 翌日の午前。


 アレッジの後を追いかけ住所を聞き出したクロは、チョコと共にジャンナの屋敷の前に立っていた。

 獣人であるからとチョコの入館を断られたら、それを理由に帰ろうと思っていた。

 服装もあえて挑発的にしておいた。

 新しく仕立てておいた魔界攻略用戦闘服である。教会関係者は黒の修道着、少年聖歌隊は聖歌隊の制服、そして騎士は鎧が正装。ならば、攻略者の正装は戦闘服だ。理論に破綻はない。

 事前に知り合いに聞いておいたところ、ジャンナはマッシュ男爵家のご令嬢。生活レベルは中級らしい。

 マッシュ家は武門の名家とのこと。


「質素倹約だとか、質実剛健だとかが家訓だったら嫌だな」

「どうして?」

「おやつが出ない」

「それ、いやだ!」

 豪華ではないし古いが、手入れが行き届いてピカピカの門を潜ると、庭師らしき男が誰何してきた。

 名前を告げると、案内された。聞いていたらしい。躾がよく行き届いた家だ。

 あれよあれよの間に、応接間っぽい部屋に通された。チョコも一緒だった。帰る理由が無くなってしまった。

 ええーい、ままよとばかりに居座ることにした。


 程なくやってきたのは、年老いた紳士と上品なご婦人。そして、ずいぶん細い線となったジャンナの3人だ。ご婦人と紳士は、ジャンナのお父さんとお母さんだった。

 立ち上がって迎え、どうぞとソファを勧められ等々、一通りの礼儀作法と挨拶をそつなく済ませていく。

 挑発的な戦闘服に関して、なんら文句の一つも出ない。子供みたいな意地を張ったのがちょっと恥ずかしかった。

 現在、お茶を口に含み、お菓子を口にし、世間話を済ませ、部屋の空気が暖かくなってきた頃合いとなった。

 さてととばかりにマッシュ家の方々が姿勢を正す。

 件のお礼を正式に頂いた。この段取りが、ここの正式な貴族式のお礼の礼儀作法らしい。平民相手に、正式な作法に則っていただいたようだ。


 して――


 クロが去った後、動かせるまでにジャンナの回復を待って、近場の大きな町へ移動。そこで正式で専門的な治療を受けていたということだった。

 幸い、下半身に大きな怪我がなかったので、歩くことが出来た。それが早い回復に繋がったのだろうと言うことだ。

 怪我の具合を聞いてみると、物静かな返事が返ってきた。


「右手はだめですね。ペンやスプーンは握れますが、剣となるともうだめです。痺れも残ってますし、肩に神経が通ってません」

 弱々しく首を振るジャンナ。騎士として、剣士としての道が断たれたのだ。落ち込みもするであろう。

 もう少し直せれば良かったのだろうけど、クロの技術じゃアレが限界。まして、初対面の相手である。ここまで治療しただけでも大サービスだ。

 何ら後ろめたい気持ちはない。


「医師が言うには、初期手当が良かったから命を長らえたのだと。骨折の手当が完璧だったと仰ってました。骨接ぎが悪かったら、腕自体が動かなかったであろうとの事です。クロ殿には感謝以外の念がありません」

 お父さんとお母さんも、平民のクロに頭を下げた。軽くだけど、貴族として平民に対する最上級の礼なのだろう。

「医師の話ですと、スプーンが持てるのが奇跡だとのことです。本来なら、腕を切断してもおかしくない怪我だったようです」

 ジャンナは袖をまくり上げ、患部を見せる。

 百足のような醜い縫い痕がそこにあった。この世界の女子として、この傷痕は大きなハンデとなろう。

「もう少しうまく縫えれば良かったのですが」

 クロにしては珍しく弱気な発言だった。これは芝居じゃない。やはりクロも女子であるということか。

「お気になされずに」

 袖を元に戻すジャンナ。笑っている。

「我がマッシュ家は武門の出。大きな傷跡は勲章です。わたしの命と右腕を救っていただいたお方を何で責められましょうや」

 ジャンナもだが、お父さんお母さんも誇らしげな顔だ。

 マッシュ家は脳筋貴族だったらしい。


「クロ殿に任せてしまったが、結果として巡回騎士の義務は完遂できた。新しく発生した魔界、そして魔宮へと育つのを防げた。そして、その子、チョコちゃんだったね?」

「ふえ?」

 チョコはお菓子を食べる手を休め、ジャンナの顔を見上げる。口の周りにお菓子クズが付いていた。

「その子の命を守れた。獣人だからといって不当な扱いをしていたが、……聞けば、魔界の攻略にその子が大いに活躍したとのこと。貴重な命を救えて、わたしは満足だ。そして申し訳ない、チョコちゃん」

 ジャンナは軽く目を伏せる。貴族として獣人に対する詫びとすれば、最大級の部類だろう。


「うん! チョコちゃんは、やくにたつよ!」


 この言葉を聞いて、ジャンナは眉を垂れた。

 あの時もチョコは言ったのだろう。「チョコは役に立つよ」と。

 それがどの様な気持ちで言ったのか。どの様な気持ちから言わせたのか。無邪気な「チョコは役に立つよ」の言葉に、その当時のチョコに思いを寄せた。

 

 さて、

 腕の怪我に関して、クロは専門知識を持たない。肉離れなら知ってるが、爪や牙の刃物で切断された筋肉は肉離れと違う。肉離れの治療法が役に立つのか、逆効果なのかもわからない。迂闊な治療法は口に出さないほうがよかろう。

「申し訳ありませんが、わたしの知識は血止めと裁縫だけです。アリバドーラに腕の良い医者はいないのですか?」

「もちろん当たりました。診察も受けましたが、現状がベストだと言われました」

 お父さんは難しい顔で壁に掛けられた聖典絵画に視線を向けた。

「医師はだめだったが、教会で聖神力治療を受けられれば、あるいは……」

 え! 教会で治療? ――危うく口に出すところだった。ここは異世界。教会があって、聖神力なる治癒魔法あった、それは当たり前のことなのだろう。

 気になるぞ治癒魔法と聖神力!

 ジャンナが教会で治療を受ける際、見学させてもらえないだろうか?


「……ですが、多額の寄付金や後々の付き合いを考えると、二の足を踏んでしまいますね」

 ジャンナが苦笑いを浮かべる。

「剣は握れないが、生活するに困りません」

 教会って……魔界なのか?

 どこの世界の宗教も、行き着く先はいっしょって事だろう。クロは肩をすぼめた。


「ならば後は……」

 クロらしくなく言い淀む。

 実験の段階すら迎えていないが……。

「魔界内部のような魔素の濃い場所で、魔素に晒しながら腕のリハビリをすれば、あるいは?」

 魔素には、人体の筋組織能力を底上げする作用がある。チョコの持久力は魔素によるものと考えられる。

 被験者になっていただければ助かります。


「マソ? 魔・素、ですか? 何ですかそれは? 魔力のことですかな?」

 ジャンナもお父さんもよく分からない顔をしている。

「あれ? 魔素って……」

 クロは記憶を探った。

 魔素、魔素、おや?

 魔素と言ってるのはわたしだけだぞ。

 獣人の村でジャンナを助けた頃までさかのぼった。


>おそらくであるが、異世界人は魔素を光のような波長を想像していると思われる。

>だが、その実態は粒子である。

>この謎粒子を便宜上、「魔素」と呼ぶことにしよう。

>この魔素の正体。それは、特異な素粒子である。


 ……便宜上の仮名のままだった。自分が勝手に付けた名称だった。


 ずっと魔素魔素言ってたので、みんなが知ってる一般名詞だと思いこんでしまっていた。

 怖いね、思いこみって。


「ああ、すみません。わたしの里では魔力のことを魔素と呼んでいました。地方の方言です」

 方言なら仕方ないねという一般常識にゆだねることでごまかした。

 でも聖神力が気になる。

 ジャンナが教会へ行く気がないのなら、クロ独自で教会を調べるしかない。


「そうそう、ブルグラン武器屋のラルスさんがジャンナさんのことを心配しておられましたよ。調子が上向いたら顔を出してやるか呼びつけてやってください。ああ。もうこんな時間だ。ジャンナさんの元気なお姿も拝見できたことですし、そろそろおいとまをしようと思います」

 クロは腰を浮かせた。

「そうですか。これはお礼の品です。少ないですが、我らのできる精一杯の気持ちです。どうぞお納めください」

 後ろに控えていた執事さんが、手にしたお盆をテーブルにのせた。お盆には、重たそうな金属が入ってそうな巾着が三つ。

「いえいえ、このような気遣いを頂かなくとも。そうですか、では喜んでいただきます。それではごきげんよう」

 その辺は遠慮しないクロであった。


 後で聞かせてもらったのだが、ジャンナは一人娘とのこと。

「左手を鍛えて剣を握るのはやめておいた方が良い。死ぬだけだ。剣技に優れた男を婿養子にとって家をもり立てるのがよいでしょう」


 とは言わない。言ったけど。宿に帰ってからだ。

 

 

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