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麗しき至高の貴婦人の呉服店


 レニー君はようやく魔界を攻略した。


 そして、明日はレニー君が暁の正式なメンバーとして参加する魔界攻略の日。

 それらの祝いを兼ねて、クロとチョコが晩ゴハンに招待された。場所は料理も美味しいし、お酒も美味しい。お値段もそれほど高くない。そんなお店だった。

 料理の注文を済ませ、全員にお酒が(チョコはジュース)入ったコップも回った。


 ザラスが挨拶のため立ち上がる。

「今日は良く来てくれた、って、チョコちゃんの具合悪くないか?」

 チョコが疲れを滲ませた顔をしている。何処かそわそわして落ち着かない様子だ。

「いや、ご心配なく。このためにお昼を抜いてきたんだ。どうぞ進めて進めて」

「そうか? じゃあ、コホン! レニーの初攻略とブラックチョコレートとの友好を祝して乾杯!」

「「「乾杯!」」」 

 唱和して、コップに口を付ける。


「あ、チョコちゃん。いっぱい食べるときはあまりジュースを飲んじゃ駄目だよ。お腹がふくれるからね。それと良く噛むとそれだけ満腹感を得られてしまうから、あまり噛まずに飲み込むように。明日一日ご飯は出ないと思って沢山食べるようにね。あと、今日は野菜を食べなくて良いから。肉だけを食べなさい」

「はい!」

 素直なチョコは、ジュースを半分だけにした。

 それに慌てたザラスはお店の人を呼んだ。

「お店の人、すみませーん! 安くて脂っこい部分のお肉追加で! それとクロ。いける口だろ? 呑め呑め!」

 恐れをなしたザラスはチョコに脂っこい肉をあてがえ、クロに強い酒を勧めた。

 若さ故、油も水と大差ない。チョコは、お肉を沢山食べた。

 宇宙生物たるクロは急性アルコール中毒など無縁。水みたいにガバガバ飲む。

 クロは、スピリッツ換算でボトル10本アルコール(アルコール=酒精度の単位:アルコール・ブリッツアー男爵が単位を決めた)ばかり開けたところでほろ酔い気分になっていた。宇宙生物を酔わす異世界の酒って……。


 それでも男共がワンチャン狙いで酒を勧めてくるので、いい加減面倒になってきたクロは、酒瓶をもって立ち上がった。

「ではこれよりゲーム開始します。最強の戦士はクロさんの護衛に指定。宿まで送ってもらいます!」

「「「オオーッ!」」」

 シナを作るクロ。ドヨドヨっとした歓声が上がる。


「ルールは簡単。1対1の勝ち抜き戦。コップ1杯の酒飲んでから、互いに腹パンします。戻さなかった者勝ち。ではスタート!」

「うぉー! 俺からだ!」

 酔いの回った馬鹿な男共が先を争ってゲームに参加。

 半時間後には、地獄絵図が広がっているとも知らず。

 

 騒ぐ男共を背景に、ザラスとクロが差し向かいで飲んでいた。

「なあ、クロよぉー」

「なんだい、ザラス先輩」

 ザラスはクロのコップに酒の原液を注いでいた。

「おみゃー、どこから来たんら? そこにゃークロみらいなのがいっぴゃーいるろか? なんか習りゃっれらのか?」

 ザラスの呂律が怪しい。

 コップの中身をクイッと空けるクロ。水というか、タバコを吸うような軽さだった。

「うーん、言って良いのか……、アキツシマって名の何処かにある島国だ。私みたいなのはいるかなー?」

 クロも酔ってる。

「春姐さんとか、刃何とか君だとか、斧はゲッ何とかさんだとか? 強いのいたなー」

 ゲームや漫画はよく知らないと言っていたが、そこそこの知識があるようだ。


 クロは、ザラスのコップに原液をなみなみと悪意と共に注いでいた。いわゆる返杯である。

「習ってたと言えば、剣技は示現流を少し。格闘は合気の一派。殴り合いはムエタイと拳闘を主としていましたね。あの頃、時間が有ったからねー」

 そう、時間が有った。クロの種族に寿命は無い。

「なるへそなるへそ!」

 ザラスはコップの中身を飲み干した。

「うーっぷ」

 ザラスもそろそろ限界のようだ。

「わたしは、母に調整されて生まれた子だ。重力世界に特化した強化をされている……」

 ザラスの目がゆらゆら揺れている。

「さて、チョコちゃん、いっぱい食べたかな?」

「うーんうーん、もう入らないよー!」

「よしよし、良い子良い子! さて引き上げるか」

 

 翌日の攻略日。暁の星メンバーは敗残兵と見間違うばかりの体で、魔界に入っていったそうな。

 

 

 ブローマンと決闘があった夜から1月ほどが過ぎていた。

 1月の間にいろんな事があった。


 勇者は何処かへ遠征に出かけた。

 暁の星は無事に魔界を攻略し終え、肝臓もとい、体を休めていた。クロを酒に誘おうとする気配は無かった。

 そして、ブラックチョコレートはというと、週1のペースで小魔界へ潜り、成果を上げていった。


 アリバドーラで7回潜った。暁メンバーを救助に潜ったものをいれれば8回。獣人の村を入れれば計9回。

 2ヶ月で9回。新記録である。

 このレコードは中堅以上の攻略者が1年で小魔界に潜る回数に匹敵する。


 切った張ったのハードな仕事の割に週休5日制である。しかも、仕事中の休憩は朝と昼と15時の3回。昼は1時間プラスお昼寝付き。

 実労時間は8時間厳守。両者とも役職扱いなので残業代は出ないが、残業は2日間で2時間までの実績付き。

 世界観的に有給休暇はありませんが、お盆と正月に、それぞれ7日ずつのお休みがあります。

 ブラックチョコレート商店は近い将来、従業員募集の予定です。営業職若干名、事務経理職若干名(経験者優遇)、店員若干名募集の予定。年齢性別経歴過去問いません(指名手配中の方は除く)。募集の際はふるってご応募ください。


 もとい。


 こうしてクロは、短期間のうちに魔界攻略が超速い事で有名となった。超速いのはクロではなく、チョコを含めたブラックチョコレートであるのだが、チョコが獣人であるため、チョコの名が話に上がることがなかった。中には、クロ1人の単独チームだと勘違いする者も出てくる始末。

 SNSが発達していれば、すぐ誤解が解けたであろうに。この世界、人の口から口への伝染がSNSに相当するのである。

 ”人の口に戸板は立てられぬ”=リツイートの完全消去はムリ!


「いや、そうとも限らないよ。初期のうちに、拡散させている中心人物を見せしめに殺れば、噂なんてすぐ消えるさ。はっはっはっ!」(某攻略者談)


 さて、現実の話、休み5日のうち、2日は魔界攻略の準備にとられるのが実情である。……武器防具の修理はデフォルトとして。

 実質、休暇は3日である。

 この3日の間に、クロはいろいろと動いていた。

 最終目的である「お店」の開店に向け、店の種類・方向性、資金や人脈作りに歩き回っていた。ぼちぼちと、非精力的に。

 ぶっちゃけ、クロは”どの”店を開きたいか? などと具体的な考えはない。ぼやっと店を持ちたいな、と考えていただけだった。

 ・将来の目的は? = 店を開きたい。よし、一歩前進!

 ・何の店ですか? = それを考えるのが楽しいのだよ。

 計画の進捗は順調といえる。

 

 

 初夏を思わせる陽光でありながら、空気はまだ冷たい今日。小ぎれいな服に着替えたクロとチョコが、上級とされる一般人の方々が住まう界隈を歩いていた。戦斧とか物騒な物はぶら下げていない。懐に大型ナイフを呑んでいるだけだ。

 お出かけの目的は、早期に仕込んでおいた種の育ち具合の確認である。

 目的地は”至高の貴婦人”と異世界語で書かれた看板を掲げた婦人向け総合衣料品店である。結構でかい。石造りの建物は三階まである。


「ここだ、ここ!」

「え? お姉ちゃん、ここ、看板に『至高』ってかかれてあるよ? あ!『貴婦人』までかかれている!」

 チョコは、文字の威圧感に腰が引けている。

「難しい字が読めるんだね。偉いぞ、チョコちゃん!」

「チョコ、勉強大好き!」

 チョコは、ほめられると期待以上に伸びる子だ。


「安心したまえ。ここの店主とは顔なじみだ。――失礼するよ」

「いらっしゃいませ! あ、クロさん!」 

 ドアを開けて中へはいると、見知った女店員が笑顔で迎えてくれた。

「店主のヘレーネさんはいるかい? 報告と相談があるって言伝を頂いたのでやってきました」

「はい! お待ち申し上げております。どうぞ奥へ!」

 ツーといえばカー。意思の伝達がうまくできている。

 さすが、アリバドーラでも一・二を争う婦人服店。伊達にお貴族様の御用邸に出入りしている店ではない。

 

「あら、クロちゃん! と、あなたがチョコちゃんね?」

 現れたのはケバケバしい魔女だった。少なくともチョコの目にはそう映った。だから、ポカンと口を半開きにして美魔女の顔を見つめているだけで反応が薄い。

「わたしが店長でデザイナーのヘレーネよ。よろしくね!」

 推定後期中年のヘレーネさん。年齢は非公開である。まず背が高い。そしてメリハリのある体。

 鶏冠のように立てられた髪の左半分はピンクがかった白髪。残り右半分は艶やかな黒髪だ。この時点でもう、チョコの許容量を超えている。

 剃り落とした眉から1㎝上に入れ墨された眉。瞬きするたびバサバサと音を立てる睫。深紅の口紅。上質の白粉にピンクのチーク。首には皺一つない。

 明るい紫色のチューリップみたいなドレスがよく似合う。靴はハイヒール初期型。

 それはカラスと鶏の合いの子がチューリップから生まれた妖しい精の様。

 

 パーフェクトクリエィター。


 チョコは、クロの後ろに隠れた。泣きそうになって。


「ところで、ヘレーネさん。ブラジャーの手応えは如何かね?」

「もうーうぅバッチリよぉッ!」

 妖艶なるウインク一つ。

 クロとヘレーネの共同企画。ブラジャー販売の商談である。


 この世界、女子物のショーツならそこそこ良いのが売られている。現世(?)での昭和デザインだ。

 ショーツはある。ところが、ブラがない。そこに気づいたクロが持ちかけた商材である。

 これにヘレーネが飛びついた。

 概念から始まる制作秘話など無い。最新の現物があるから。クロが着用していた。それもレース付きのお高いタイプが。

 完全形態の現物が目の前にある。この世界の縫製技術ならコピーは簡単だ。現にクロがいくつかの注意点を添えるだけで、ヘレーネは完コピしてしまった。

 さらに、この世界風味のデザイン変更タイプも作り上げた。ヘレーネのデザイン力と技術は本物だ。


「オホホホホ! ファッションリーダーたるアスロット伯爵夫人にお勧めしたところ、これが大ウケ! 早速舞踏会でお披露目なされて大好評ですのよ! オホホホ!」

 この世界では美乳がもて囃される。お貴族様のご婦人の正装はドレス。胸元が開いていて、谷間の一部(上乳)を見せるのがドレスコード。これは多次元世界共通の正義執行である。


「アスロット夫人もベルゼ公爵夫人の鼻をあかして大満足ですわよーッホッホッホッ!」

 アスタロトだかベルゼブブだか知らないが、両者は社交界という魔界におけるライバルらしい。


「それは良かった」

「クロさんへの配当も期待していただいて結構よ! オホホホ!」

 上機嫌である。

「いえ、わたしは配当に執着いたしません。言い値でよろしいですよ」

「まっ! 欲のないお方! でもぉ……」

 ヘレーネの目が狐のそれに変わった。用心という光が灯る・

「そんな人よ。怖いのはッ! オーッホッホッホー!」

「はっはっはっ! 見抜かれてはしょうがありませんな。賢いご婦人は大好きです。余計な話をせずにすむ」

 そして、クロも目をすっと細める。こちらは、ハ虫類のそれだ。

「将来お店を持ったとき、色々とご助力、ご協力を願いたい。その一存だけでございます」

「あらぁ、服飾関係だったら手強いライバル出現かしらぁ?」

「いえいえ、服飾系を取り扱うとしたら、全て仕入れ。生産は行いません」

「お値段で、ウチに負けますわよぉ?」

「はっはっはっ! まだ服飾関係だとは申し上げておりませんが……、そうですね、もしそのジャンルだとして、別注商品を大量生産依頼しましょうかね? 工場が24時間フル稼働しなくてはならないほどの量を。生地や品質を選りすぐった高級品で、ウチでしか買えないというブランド付きで。購買対象層は上級国民? 高額所得者? 悩みますねぇー」

「オーホッホッホッ! 大量生産の依頼を頂ければ、かなりお勉強させて頂けますわよぉ! ウチを下請けに使おうだなんて、怖い女ねぇーホォーホツホッ!」

 購買層が被らなければウインウインである。利益の前には、甘んじて下請け役を受けようとする心意気が立派な商人だ。


「実のところ、ブラの着用開始推奨年齢は10代前半。お胸が色づき始めた頃なのです。その頃より正しく使用して頂けると、お綺麗な形で育ちあそばし、かつ、年をとっても型崩れしにくくなる。アスタロト夫人は間に合いませんね。もっと幼い貴婦人はおられませんか?」

「アスロット夫人よ。幼い頃からという事は、これからどんどん成長していく。成長に合わせようとすれば、何度も買い換えなければならないってことよねぇ? さすがクロさんーッホッホッホッ!」

「そうですそうです。ショーツと異なる点はまさにそこ。そして、普段用、ダンス練習用、礼装用、軽い嗜み用、対男性用、自己満足用と、色やデザインを何種も用意すれば、ねずみ算式に必要数が増えていきますよーっはっはっはっ!」

「オーホッホッホッ!」


 チョコは震えていた。

 老獪な魔女二人が、貴族の女性をどのように料理して食べたら美味しいかと相談しているように見えたからだ。


 そういうわけで、次の戦略は第二次性徴を迎えんとする幼い貴族女性をターゲットとすることに決まった。だれを狙うか? ペイペイな貴族では駄目だ。出来るなら王女クラスを狙いたい。

 キツネ目とハ虫類目が口角を吊り上げて獲物を物色していた。



 そして翌日。

 騎士ジャンナが、アリバドーラに帰ってきた。

 

 

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