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夜撃


 そこは昨年の火事で焼かれた下町の一部である。ここを突っ切るとギルドまでの時間が短縮される。怖いもの知らずのクロが通らないという選択肢はない。


 そして、向こうから近づいてくる不審者がいた。2名だ。2人とも身体が大きい。

 クロは腰の戦斧にそっと手を置き、チョコを背後に庇う。

 月明かりで顔が見えるまで近づいた。


「なんだ、アレッジの親爺さんじゃないですか。どうしました? わたし強姦されるのですか?」

「……たぶんここを通るだろうと思っていた。クロに紹介したい人がいる。こちらの御仁だ」

 クロの挑発を完全無視して――正しい選択であるが――、隣にたたずむ巨漢を紹介する。アレッジ自身は気が進まない顔つきだ。


 どえらい巨体だ。左右幅もさることながら、前後幅も同じくらいある。そんなのが、黒い全身鎧にラージシールドと長剣を装備していた。

「この御仁はブローマン殿。勇者のお仲間として、今日の昼まで大魔界に潜っておられた。どうしても今日中にクロに会いたいとのこと。伏して頼まれ仕方なく案内した。明日にはここを発たれる。今夜しか会う機会がない。魔界攻略直後で疲れているだろうが、私の顔に免じて、付き合ってくれ。この後、どこかうまいもの食わせてくれる店にでも入って――」

「ブローマンだ。お前がクロか?」

 アレッジの挨拶を途中で遮るブローマン。目つきが危ない。口元に意志を感じる。


「早速ですまぬが、俺と真剣で戦ってほしい。決闘を申し込む」


 1秒が過ぎ、2秒が過ぎ、丁度3秒が過ぎた。

「「なんだって?」」

 アレッジとクロが同じ台詞をシンクロして口に出した。


「ブローマン殿! 私はそのような話、聞いておりませんぞ! そのようなおつもりなら案内はしなかった! ってか、なんで完全武装だったのかおかしいと思ってたんだ!」

 アレッジはクロを庇う位置に飛び出し、腰の剣に手を置いた。


「アレッジ殿。退いてくれなければ貴殿も斬る」

 ブローマンが鉈のような姿をした長剣を抜いた。


「抜かれましたな! ブローマン殿! たとえこのような性悪女といえど、女子を相手に無礼は許さぬ。騎士の名においてアレッジ・クラムがお相手いたす」

「性悪女ってだれ?」

 アレッジまで剣を抜いた。

 どうやら、アレッジ氏が体を張って止めてくれるようだ。まかせて帰って良いかな?


「アレッジ殿は関係ない。これは私とクロ殿との2人の事柄。それでも手出しなされるか?」

「不承不承!」 

「あれ? わたしの意志は?」

 アレッジとブローマンがにらみ合う。


 これは不味いな。

 クロは思う。クロが見たところ、人類の中でアレッジはトップグループの強さだが、ブローマンはもっと強い。飛び抜けて強い。アレッジが一刀両断される未来しか見えない。

 これは不味い。このまま帰ったら寝覚めが悪い。

「ちょっとまって!」

 クロは止めた。仕方なく。

「わたしのために争わないで!」

「闘争意欲が削がれるから、それを言うな!」

 アレッジに怒られた。


「冗談は置いておいて、ブローマンさん、話を聞こう、話せば解る。話す前に斬りつけるやつがほとんどだが、なんでわたしと決闘なんかするに至ったか、理由くらい聞きたい。内容によっては受けることもやぶさかではない」

 ブローマンは、剣を降ろした。

「理由は……聞かないで欲しい」

「ほほー、それで通用するとでも?」

「我が道義のため。それしか言えぬ」

「わたしが決闘を受けたら、本当のことを言ってくれるのかい?」

「クロ! 話に乗るな!」

 アレッジは切っ先を向けたまま、後ろ手でクロを庇っている。

「アレッジの親爺さん、下がってください」

「親爺親爺と言うな!」

「じゃあお父さん」

「おと……」

 クロは、面食らっているアレッジを肩で押しのけて前に出た。


「ブローマンさん、いや、ブローマン。わたしが決闘に応じたら、本当の理由を言ってくれますね?」

「許せ! せめて正々堂々と戦ってみせる!」

「話にならんなー」

 クロの目がすうと窄められる。は虫類の目だ。


「ねえ、自分が信じていたモノがなんか最近、違ってきてるのではと薄々感づきながら、信じたいという気持ちが思考を上回ってしまって、初志貫徹を貫くことに決めて、考えるのを放棄したっぽい、戦士のあなた」

「そうなのか?」

 ブローマンを睨んでいたアレッジの目が見開かれる。

 ブローマンは僅かに目を伏せる。


「理由は聞かないことにするよ。でもこの決闘は、わたしに利益が全くない。わたしが勝てばお願い事を一つ聞いてくれると約束してくれれば受けてもいいよ。ああ、そうそう、レフリーはアレッジ父さんね。異存ないね?」

「……異存なし!」

 ブローマンの目に暗い光が灯る。そして、幼い子の声を聞いた。

「おじちゃん、負けるよ」

 チョコだ。いつの間にかチョコがブローマンの足下まできていた。下から見上げている。

 チョコは踵を付ける立ち方でいる。この立ち方だと、安定感は増すが、チョコの低い背がさらに低くなる。チョコの頭はブローマンの膝にしかこない。顔を見るには真上を見上げねばならない。チョコにとってブローマンは巨人だった。

 チョコは恐れも知らず、ブローマンを見上げている。

「私が負けると?」

 怖い目を真下に向けるブローマン。

「どうしたって、おじちゃんが負けるよ。だからやめた方がいいよ」

 勝ち気に逸っていたブローマン。チョコが不吉な生き物に思えてきた。身内を贔屓するのは解る。だが、この子は落ち着きすぎている。


「チョコちゃん、アレッジ父さんの後ろに隠れてなさい」

「はーい!」

 チョコは慌ててトコトコとアレッジの後ろに走る。

 大きな尻尾を揺らすその後ろ姿。先ほどまで話していた不吉な生き物ではなくなっていた。

「では!」

 クロは、戦斧を抜いた。バックパックを遠くへ放り投げる。

「くっそ! 決闘成立かよ! せめて騎士アレッジの名において、この決闘を見届けようぞ! 両者正々堂々と戦え! 俺はどうなってもしらんぞ!」


 改めて、ブローマンが構えた。巨大な鉄製シールドを前面に押し出し、体を後ろに隠し、長剣を下段に構える。先ほどまでの揺れた心が静かになる。

 戦いだ! 戦いだ! 戦いだ!


 改めて、クロが構えた。戦斧を肩に担ぎ上げ、小指から順に握り直していく。そして冷たく笑う。

 両者の距離は剣が届くより遠い間合いだ。長槍どうしが相対峙してどうにかとどくか?


 アレッジが片手を上げた。

「今は死せし神々に申し上げる。この決闘が正式なものとであると騎士アレッジ・クラムが認めた。勝敗にかかわらず恨み無し。第二戦目はないと心得よ。双方、準備はよいか?」

 ブローマンは体と剣を完全に盾の後ろに隠した。鋼鉄竜を相手にしたときの構えと同一。本気の構えだ。

「はじめ!」


 !


 クロの足下で地面が弾けた。

 クロの姿を目に映せた者はこの場にいなかった。

 目が写した光景は、ブローマンのラージシールドが「く」の字に折れているところ。

 クロがフルスイングした戦斧の刃が、折れ曲がった盾の中心に突き刺さっていた。

 そして聞こえる「ドン!」という音が2つ。クロが元いた場所からと、戦斧がへし折った盾の2カ所から聞こえた。


「ぐぷっ!」


 その衝撃はブローマンの体にも届いている。クロの速度により増した戦斧の破壊力が、ブローマンにして顎を突き出させるという動作になった。

 破壊力を全て盾に明け渡した戦斧が方向を変え、真上に跳ね上がる。先にはブローマンの太い首が!


 ビィイィーン


 空気を振るわす音。

 突き出されたブローマンの喉に戦斧の刃が触れている。でもそこで停止している。

 この音は、急制動をかけた反動を吸収した戦斧の柄が震えている音だ。


「はい、首飛びましたー! はい勝ち-!」

 トントンと、跳ねながら後ろへ飛び退るクロである。


「ブローマン殿、貴殿の負けだ」

 静かに告げるアレッジ。「クロ、お前!」という言葉を飲みこんで。


「まっ、まだだ! 私はまだ生きている」

 ブローマンは、着きそうになった膝を無理矢理立ち上がらせた。

「見苦しいですぞ、ブローマン殿。勇者の仲間ともあろうお方が!」

「だから、ここで、引くわけにはいかぬのだッ!」

 使い物にならなくなった盾を放り投げ、大剣を両手で構える。


「わたしは、いいよ。付き合うよ」

 クロは手の中でクルクルと戦斧を回転させている。

「遊びは終わりだクロ。次は本気で行かせてもらう!」

 両手持ちの剣を上段にかまえ直すブローマン。


 一方クロは。


「あれが本気だとしたら、わたしが恥ずかしいよ」

 生意気な言葉を添えるのを忘れない。

「では、私も謙虚さを捨てて本気でいこうかな。ほい!」

 戦斧を軽く放り投げた。2人から離れた場所に音を立てて突き刺さる。


 それを見て慌てたのがアレッジだ。

「クロ、バカ! 見くびるにも程があるぞ!」


「お姉ちゃんは、何ももってないほうがつよいよ」

 チョコのつぶらな瞳がアレッジを見上げていた。



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