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それぞれの夜


 勇者、魔王ヲ撃破ス。の報が流れた頃。


 クロは魔王と対峙していた。


 魔王は――


「ティラノサウルス? レックス?」

 古いイメージの恐竜が直立()っていた。尻尾を3本目の足として引きずるタイプ。

 いわゆるゴジラスタイル。皮膚の色も昔懐かしい土色だ。

 頭頂まで10メートルは有るかという巨体。


「ハ虫類種の魔界と聞いていたが――」

「ガァアーッ!」

 車のフレームすら噛み千切るパワーを持つといわれるレックスの噛みつき攻撃。それをクロはさらりとかわす。

「この世界の動物学会は、ハ虫類と恐竜類を区分できてないのだろうか?」

 恐竜の死角へ回り込み、その巨体を支える足を狙う。


「膝をもらう。おとなしくしてれば痛いのは一瞬だ」

 恐竜は鳥足なので、正確には踵である。


「クカーッ!」

 左膝(踵部)の後部をざっくり切り裂く。白い骨が見える程の深い傷だ。

 恐竜はたまらず膝(踵)をつき、ゆっくりと倒れていく。

 10メートル上方だった首をクロの目の前に晒すこととなる。後部より狙いを付けて――、

「よいしょぉ!」

 一撃で頸骨を粉砕。気管とか食道とかを切り裂き、前方へ抜けた。

 ズシンと床を振るわす音を立て、長くて太い尾が落ちる。全身から力が抜けた恐竜は、グニャグニャになった。


「首がピョンと飛ぶ~!」

 もう一度振り下ろした戦斧が、恐竜の首を飛ばした。

「はい、一丁あがり!」

 クロの戦斧が心臓めがけて振り下ろされる。

 恐竜が攻撃を開始してから、約10秒にも渡る激闘であった。

 

 

 今回の魔界行きには、魔王を倒す攻略以外の目的がもう一つあった。

 魔王から魔晶石を取り出す作業を終えたクロは、後処理をチョコに任せ、魔王の間をあちらこちらとウロウロしている。

 クロの能力の一つである遠隔感知力場が、最大級の出力で発動中である。

 最大級とはいえ、所詮は魔素が充満した空間である。遠隔感知力場は息をしていない。雀の涙程の能力しか発揮できないでいる。

 その僅かな感覚に従って彷徨いていたクロは、ある地点で足を止めた。


 魔王の間の中央だ。


「ここ、だな」

 やや自信なさげなのは、やはり超感覚が的確に対象物を捉えられていないからだろう。

 しゃがみ込んだクロは、手のひらを床に当てる。最大出力! 集中!

「むむう!」

  

 クロが調べている対象物は、魔王が生存している間に調べるべきなのだが、現行の体制では叶わぬ事。まさか、チョコちゃんに魔王の相手をさせられるはずもなし。

 クロは、僅かな残滓を捉えることに成功していた。

 それは魔素の流れ。地の中を這うように流れる魔素の、いわば水脈である。

 クロが感知したのは、山なり部分の頂点だった。


「いや、木の枝の先端かもしれない」

 魔王の間へ向けて差し伸ばされた手のようにも見える。上方向一辺倒の流れでもなさそうだ。とはいえ、魔王を倒した事により、流れの一部が下方向へ向きを変えた可能性も考えられる。そちらの可能性の方が大きいだろう。

 獣人の村の魔界での観測の事もある。魔素が大地の下より地上へ何らかの働きかけをしている。のかも?

 地上における魔素の割合は低い。二酸化炭素以下で、精密機械を使用しなければ観測できないレベル。

 クロが調べたところ、地上を構成する物質にも魔素は含まれていない。地球と同じで水とケイ素だけだ。

 魔素は物質をある程度まで透過する素粒子……たぶん素粒子。地下に溜まっているであろう魔素は、岩盤の薄い部分を透過して噴き出してくるはずだ。

 現に、地の底の仮称・魔素溜まりから、魔王の間に魔素が噴き上がってきている。そうなると、魔宮は魔素溜まりと地上の間隔が狭い場所に出現していると仮説を立てられる。

 ややこしいのが、ここ魔界は、クロが異世界とする地上から見て、異世界であると言うことだ。


「魔素は濃度が濃ければ濃い程、とどまる性質を持っている。他方、濃度が薄いと拡散してしまうという謎性質も合わせて持ち合わせている。地上の魔素濃度が薄いのがその証拠。ならば、岩盤を透過した魔素は散らばらねばならない。魔素は濃度の濃いところから薄いところへ移動しなければならない」

 熱いお湯と冷たい水を混ぜると、温いお湯になる。それは熱の移動によるもの。熱は低い場所へと移動する。結果、温度は平均化される。魔素の場合はある一定の条件下でだが。

「……はずなのだが……、なんで移動しない? 質量を持たないのだから重力に引かれる事もない。思い当たる節はある!」


 その思い当たる節とは、魔獣であり、式神の鉞である。モノに魔素を放り込む。しかし、それには条件があり、魔界のケースはこれに当てはまらない。

 まず魔王が発生しなければならず、魔王が先か魔素が先か、卵鶏論になってしまう。

 理論破綻を引き起こす結果となった。


 そして、もっとも厄介なのが……


「ここ、魔界って異世界の、さらに異世界なんだよね」

 アリバドーラが存在する異世界を第1異世界と仮称しておこう。次いで、魔界が存在する異世界を第2異世界と仮称しておく。

 第1異世界の地下が第2異世界の地下に繋がっている。相異や何やらが存在するので4次元以上の次元が絡んでしまってややこしい。

 どうして第1異世界と第2異世界が繋がっているのか?

 簡単に繋がって良いものなのか? 繋がっている原因、原理は?


 ――繋がる意味は?


 質量保存の法則、エネルギー保存の法則は守られているのか?

 しいては、相対性理論って絶対なの? いや、相対性理論はこの前、かい潜ったけど。


「謎だねー。特に第2異世界が謎だねー。ディラックの海理論が再浮上するかもねー。あの理論、大好きななんだよねー」

 知れば知るほど、調べれば調べるほど謎が深まる。とはいえ、少しは前に進んでいる。この時点でクロが立てた仮説は3つに上る。

 どれが正しいのか、全部間違っているのか、あるいは二つ以上を合わせなければならないのか? 

 知れば知るほど、調べれば調べるほど仮説が立ち上がる。

 こんな場合、とる手段はたった一つ。

「後回し」

 クロは解体作業に戻った。

 

 

 翌日の早晩。クロとチョコは魔界を出た。


 魔宮内は最大級のごった返し状態であった。たくさんの荷車が行き交っている。どうやら奥の大魔界区画に車列が続いているようだ。

 空の荷車が人をひき殺しそうな勢いで走っていき、荷物を満載した荷車を大勢の人が引いたり押したりしている。魔界産出の資源を運び出す光景だ。

 これがギルドの主財源であり、アリバドーラ王室の権益である。

 この騒動に思い当たることはただ一つ。


「勇者様がなんかやらかしましたか?」

 魔界入出係の騎士に訪ねてみた。

「今日のお昼に、勇者様が魔界を出られたんだ。もちろん、魔王は討伐した!」

 騎士は自分の手柄のように胸を張って自慢する。そして、クロの胸元、ブレスが切り裂いて肌が露出している部分をチラ見する。


「鋼鉄竜だぜ、鋼鉄竜! しかも双頭の竜だ! 信じられないだろう?」

 口調が口語体になっている。興奮が過ぎて騎士の自覚を忘れているようだ。

「うーん、すごいね」

 愛想笑いで答えるクロ。

 クロの場合、相手が無機質であれば、接触イコール魔晶石ゴロンの瞬殺である。ましてや、鋼鉄程度の硬度なら切り裂く自信があるし、新しいお道具にもアテがある。だから、どのように苦労したか想像が付かないでいた。


「今回も2日で攻略ですね。相変わらず速いですね。この調子だと勇者のチームにスカウトされるんじゃないかな? あ、そうか、暁の星に先約有ったっけ?」

「はっはっはっ! 両方ともお断りだ!」

 クロはにこやかに笑った。

「はい、書類はOKです。ご苦労様でした」

 騎士は業務上きりりと表情を引き締めているが、クロの服のかぎ裂きから覗く胸の谷間に視線が行っている。

「ありがとう」

「ばいばーい!」

 クロが営業スマイルを浮かべ、チョコが手を振り背中を向けた。


「あ、そうそう!」

 騎士がクロの背中に声を掛けた。

「逃げ出した襲撃犯の死体が上がったようです」

「ほぉ!」

 クロは目をドングリのように丸くして振り返った。真剣に驚いたのは何十年ぶりだろう。


「裏町の裏通りのドブに顔を突っ込んで死んでいたそうです。物取りにでもやられたんだろうというのが、当局の公式見解です。これで安心ですね!」

「それは安心だ。ところで、犯人の顔が潰されていたりしてなかったかい?」

「よくご存じで」

「そーだろう、そーだろう。そうこなくっちゃ!」 

 クロは揉み手をしている。

「なんか嬉しそうですね。よっぽど犯人が怖かったんですね」

「だよー! 手強いよー。うん、実に手強いよー! 貴重な情報をありがとう。それじゃ!」

 手を振って、今度は本心からの笑顔を浮かべるクロ。クロが意図せぬ本心からの笑顔は、実に無邪気で美しい。

 騎士は、その笑顔が自分の与えた情報によるものであることを誇らしげに思っていた。


「すとーかーさん、しんじゃったの?」

 チョコの耳が萎れている。危ない人物でも、やはり人の死はチョコの心を痛める。なにせまだ4歳児だから。

「いーや、生きてるね」

 クロは揉み手をしている。

「上がった死体は身代わりだ。今頃ストーカー君はアリバドーラからの脱出に全力を挙げているよ。組織から狙われるだろうからね」

「あくのそしき」

 チョコは真剣な目をして思いに耽りだした。チョコお得意の大人のフリである。

「はたして、組織とは何者であろうか? その謎を解くため、我々ブラックチョコレートは大魔宮の奥地へと向かった! 新たな探検が始まるよ、チョコちゃん!」

「たんけんだね!」


 2人仲良く手を繋いで魔宮を出た。外はとっぷりと日が暮れ闇の中。お月様が出ているので、獣人たるチョコの目や宇宙生物たるクロの目にとって、真昼も同然。ついでにクロは遠隔感知力場を伸ばしておいた。

 国外脱出を試みているであろうストーカー君対策である。万が一ということがある。クロを殺して俺も死ぬ! などとヤンデレ体質だったりしたら目も当てられないからだ。


 魔界攻略のご褒美として、出所が明らかな動物の串肉を2人で食べる。ギルドまでの道筋を考慮すると、寄り道になるのだが、変質者の襲撃を恐れるクロではない。むしろどんと来い。

 魔界帰りの疲れた攻略者を襲う専門の職業があると聞くが、自分だけは襲われないであろうと根拠のない自信を持っている。

 

 そして、襲われた。

 

 

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