勇者と竜の戦い
勇者の名はアロン。御年32歳。戦士として、油の乗ったお年頃である。
赤い軽装鎧を纏い、ブロードソードを右手に持つ。
クロが仕切り直しで魔界へ潜った同日。彼と彼の仲間は鋼鉄の魔界で、鋼鉄の魔王に挑戦しようとしていた。
前回、魔宮騎士団が、魔王の間に踏み込みながら敗退した魔王。それは鋼鉄の竜。
翼こそ持たないが、その強さは騎士団を一蹴した事で知れよう。
鋼鉄の重量を支える岩山のような太い足。頭頂までの体高は3メートル。全長は10メートル超。
巨大な頭部を突き出し、強大な顎門と杭のような歯が敵対者をかみ砕く。長い尾は鞭などの比ではなく、攻城兵器と比べられるべき威力。
先にも述べたが、この魔王にして魔竜は、全身鋼鉄製だ。
それが中で待っている。
大迷宮の魔王の間。未だかつて誰も解読できていない文字、或いは文様が刻まれた荘厳な扉。
その前に立つ勇者アロンは1人愚痴をこぼしていた。
「くっそ、中年男かー」
「どう見ても中年でしょ? また若い子に声かけて切り返されたんでしょ?」
マデリーネが馬鹿にした目でアロンを睨んでいる。
「そんなことはない! それより準備は良いかい? マデリーネ」
「魔力は練り上げているわ。いつでもOKよ」
大魔道マデリーネ。見た目20歳そこそこの妖艶な美女。豊満な胸を赤いブレストアーマーに収め、丸い尻をタイトな赤い戦闘服に隠す。魔女のとんがり帽子は彼女のこだわりだ。
彼女の実年齢は同級生の勇者アロンしか知らない。ちなみに、マデリーネはアンチエイジングの魔女とも呼ばれている。
「ブローマン。作戦はいつもの通りでいいか?」
「うむ」
頷くブローマン。身長2メートル13センチ。体重は推して知るべし。アロンより2つばかり年上だ。
彼の全身は余すところなく赤い鉄のプレートアーマーで覆われている。
ブローマンは腰を据え、二度ばかり屈伸した。
彼の巨体をすっぽり覆う巨大鋼鉄製シールドを左手一本でかまえ、鉈のような見た目の、肉厚剣を右手一本で構える。ちなみに刀身だけで1メートルを超えている。
装備重量だけでどれほどになるだろうか? 裸で立ってるだけでも死の匂いがする男だ。
「突入する!」
アロンが扉に手を掛けた。
「突入!」
巨大な扉が、安物のドアのように軽く開く。人が入る前の魔王の間は真っ暗だ。
アロンの頭を飛び越して太い火の柱が走る!
炎は光を生み、未踏の闇を照らす。
鋼鉄の竜が赤い炎に照らされる。アロン一人を睨んでいる。
睨む目が2対4個。
首が二つある! 体長が倍に伸びている!? 双頭の竜だと!! 再攻略の期間に成長したのか?
マデリーネが放った火炎が鋼鉄の魔竜に直撃! 煙が当たったかのように四方へ流れて終わり。
「ギィイヤァアアードァホォゥ!」
片方の竜が吠えた。その叫びは波動を伴い、正面に立つ者の突進を妨げた。
「くっ!」「ううーっ!」
アロンは不快の声えを上げ、マデリーネは苦痛の声を上げた。
これは、以前クロが喰らったウォークライである。魔素(ここでは魔力か?)の活動を一時的に停止させる効果を持つ、魔獣だけが持つスキルだ。
魔力を肉体強化に回しているアロンは力が抜けた。すぐに魔力をかき集め、体に回し始める。
魔力を具現化して攻撃の手段とするマデリーネは戦闘力と体を支える力が抜けていき、苦痛をも感じ、膝をつく。
一つの口がウォークライを放ち、もう一つの口が、怯んだ攻略者に襲いかかる。
「ふん!」
ブローマンが前に出る。巨大な盾を前に押したて、竜の攻撃をその巨体で受け止めた。彼は魔素を使えない。ウォークライは利かない。
一瞬の脱力から回復したアロンは、振り上げた長剣を真っ直ぐ振り下ろした。狙うは咆哮を上げた方の首。
鋼鉄双頭竜の鼻先から刃が入る。火花を上げながら下へ抜けていく。
アロンが持つ長剣は剣竜の棘を仕上げた一品。名付けて竜刺剣。名付けたのはアロン。竜刺剣に斬れぬものなし!
「ギギィイッー!」
鋼鉄の体に神経が通っているのか? 鋼鉄竜はおぞましい声を張り上げ頭を振った。
「ふんっ!」
今度はブローマンの攻撃が竜に当たる。バックハンドで下から斬り上げた。これは顎に当たり、ヒビを走らせ、その衝撃で竜を仰け反らせた。
双頭の反撃が始まった。
片方の頭はブローマンを狙って。もう一方はアロンを狙って。
ブローマンは正面より竜の攻撃を受け止める。ブローマンの体をすっぽり覆う大盾と正面からぶつかった。
何トンもの衝撃を片手で受けている。
ブローマンの足が床を抉り、後退。後退するもすぐにグリップを回復。
「ぬうん!」
何と! 気合いとともに押し返していく!
アロンに向かった首は、歯を打ち合わせていた。そこにいるはずのアロンがいない。鋼鉄の歯と顎で噛み砕いたと思ったら、もぬけの殻。
アロンは首の横を駆けていた。速い!
後方へ回られたくない鋼鉄竜は、太い尾を体ごと振った。上方から落ちてくる鋼鉄の塊。速度を生かし紙一重の差ですり抜ける。尾が打った床にひびが走り、部屋全体が軋んで揺れた!
鋼鉄竜の体が振られたことで、ブローマンが弾かれていた。一直線に吹き飛んだ体は、速度を緩めること無く壁に激突。
ブローマンを中心にして、放物線状にヒビが広がった。
ブローマンは無言のまま、壁の破片をまき散らしながら体を引き剥がす。普通に歩くような動作で。盾と刀の握りを確かめた後、何事もなかったように鋼鉄竜へ向かって走っていく。ダメージは残ってないらしい。
アロンを担当する方の竜の頭は攻めに焦る。アロンの背後をとれたからだ。
後ろ足を床に食い込ませ、振り下ろした尾を力業で振り上げる。魔力を大量消費し、目一杯の力を込めてアロンの背中を打つ!
アロンが消えた!?
実は宙に浮いていた。竜の背のすぐ側に滞空している。狙い通り、竜の背に飛び乗った。
この一連の動きを竜は目で捕らえられないでいた。勇者アロン、またの名を音速アロンと呼ばれるのは伊達じゃない。
「さて!」
背に飛び乗ったアロンは首に向かって飛んだ。このまま温和しく乗せていてくれるとは思ってない。
剣を振り抜いた!
鋼鉄竜が振り向く所作も計算に入れた軌道で振り抜いた剣は、鋼鉄竜の首深くに斬り込まれ、そして抜けた。
「チッ、浅かったか!」
背より振り落とされながら、追撃に備える。体を捩った鋼鉄竜は、勢いのまま背中から空中にいるアロンへぶつかってきた。
アロンは空中で体を回転させ、迫る背中に斬り付けた。鋼鉄竜の重量と自分の体重が剣にかかり、それはそのままアロンの腕にかかる。
だが剣は折れない。腕を含む上半身の魔力を活性化。筋力向上。このパワーに対抗する。
「ギイィヤアアアーッ!」
ここで2度目のウオークライ!
「ぐううっ!」
筋肉に込めた魔力が抜ける。
鋼鉄竜の背を剣で押し返す動作は途中で止まる。後半は自分の体を押し上げるようにして剣を滑らせて抜いた。
アロンは背中から床に落ちた。軋む骨の音。口の中に広がる鉄の味。何処か出血したか?
歯を食いしばって痛みに耐え、無理矢理体を起こす。魔力が戻った。ウォークライの効果が切れたのだ。
魔力を筋肉へ送り込み、すぐに空いた空間へ飛び込む。横目でチラリとブローマンを求める。
彼は真正面から竜の首と組み合っていた。魔力が使えないブローマンにウォークライの影響はない。全部自力の筋肉による仕事だ。
――アイツ、なに食ったらあんなパワーが生まれるんだ?――
呆れつつ頼りにしつつ、さらに高速移動。背中と下半身の魔力を活性化する。足は筋肉だけで動かしちゃあいない。
横手から大蛇のような長い尾が回ってきた。
バネのように力を溜めた足が弾ける。太い尾は、アロンの左腕を掠めて通過。防護服と皮膚の一部を持っていかれる。
アロンは体を捻り、トンと足の底で蹴り上げ、さらなる上昇力と方向の微調整を得る。
高い天井を蹴り、壁の中腹を蹴り、わざわざ鋼鉄竜の前面に着地する。
なにも竜と真正面から正々堂々とやり合おうとしたわけではない。ブローマンと話をするための位置取りだ。
「次に攻撃が竜に入る。尻尾を任せていいか?」
「うむ」
軽く頷くブローマン。ふと疑問が口に出た。
「……次の攻撃とは?」
アロンは親指を後ろに振った。
「デリーがお怒りだ」
マデリーネが回復した。怒りの形相。豊かな胸元に魔法の炎が灯っている。ウォークライをまともに食らってお怒りだ。




