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「おまえ、人間か?」

 それはブレスが初めて発した言葉だ。そして素直な感想であった。


 感情の暴露はそこまで。ブレスは負けを認識し受け入れた。

 それは単にブレスよりクロが強かっただけのこと。起こったことを素直に受け止める。たとえ自分の死であろうとも。

 ブレスは優先事項を変更した。

 残り僅かとなった命の限界に挑戦する。魔界を脱出し、主様に獣人族の使役方法を伝える。獣人嫌いの主様がどう出るかはブレスのあずかり知らぬ事。

 ブレスは脱兎のごとく駆けだした。刀の鞘は捨てる。少しでも体に掛かる負担を少なくする。

 心臓が鼓動を打つたび、首から血が噴き出す。手の隙間からバケツ単位で血が逃げていく。

 逃げ延びる。逃げ延びる。足が重い。逃げ延びる。

 逃げ延び……

 

 

「お姉ちゃん、いそいで! あいつ、足がはやい。もう聞こえなくなった」

「慌てなくて良いよ。すでに仕留めた。ゆっくりと追いかけようじゃないか」

 バックパックを背負い、2人は歩き出した。途中、クロはブレスが捨てた鞘を拾い、納刀して腰のベルトに差している。

「チョコちゃん、聞いて欲しいことがあるんだ」

「なあに?」

「お姉ちゃんの事、詳しく知りたくないかい?」

「しりたいけど、いいの?」

 チョコは気づいていた。クロが人ではないことを。それを話したがらなかったことを。それを知っているから、何も聞かずにおいたのだ。

「聞いて欲しいんだ。今だからこそ」

 チョコはクロの顔を見上げた。

 クロはまっすぐ前を見ている。ずっと遠くを見ている。

 今まで見たことのない顔だった。チョコは思う。クロの話を聞いてやらなければならないんだと。今の無力な自分が出来る最大の恩返しが、クロ姉ちゃんの話を聞くことなんだと。


「おはなし、きくよ」

「うん、まずはね、お姉ちゃんの正体のことだ。お姉ちゃんは人間じゃない。もちろん、魔獣じゃないし、魔獣的な変な生き物じゃない」

「うん、それは知ってる」

「チョコちゃん。夜空の星は、あれ全部ね、ずっとずっと遠くのお日様なんだ」

「うん」

 チョコにはよく分からないことだ。信じられない話だけど。クロ姉ちゃんが話すことなのだから、事実なのだろうと思う。

「この世界の外はね――」

 チョコは歩きながらずっとクロ姉ちゃんの話を聞いていた。 

 

 

 ブレスは倒れていた。

 心臓は動いている。弱々しく。ゆっくりと。

 もう流す血が無い。体が鉛より重い。なぜ地面に沈み込まないのか不思議に思う。


「お姉ちゃん! あそこ、ほらいた!」

 遠くから声が聞こえてきた。小さな声だ。いや声は大きいのかもしれないが、それを判断する脳が働いてくれない。

 まったく動かなくなった目が、クロの姿を捉えた。おかしな事に斜めになって歩いている。床まで斜めだ。

 あ、違う。これは自分の視線が斜めになっているからだった。どうやら倒れているらしい。

 おかしな話だ。笑いたくなってきた……。


 ……死ぬのだろうな。


 死んだら発動する罠を仕掛けておいてよかった。……あれ? どんな罠だったか思い出せな――。


 ブレスの意識が遠のいた。

 

 

「お外まで後もうちょっとだったのになー。おしい!」

「しんでるの?」

「3分以内に死ぬね。かろうじて心臓が動いているけど。しぶといね、このストーカー」

 クロが脈を取っている。首筋から流れる血を避けるように、腰が引けている。流れる血の量も少なくなっているが。

「助けられないの?」

「どうして?」

 クロは目をドングリみたいに丸くした。

「すとーかーさん、かわいそう」

「チョコは優しいね。どれどれ、助かるかな?」


 ストーカーのマスクを外した。女装が似合う青い顔のイケメンが出てきた。

 クロの手が、首の傷口に触れる。そして音も無く指先が首に埋まった。

 原子配列変換をした指が、ストーカーの血管に触れる。この技、簡単そうだが、原子配列変換をする部位が複雑に入り込んでいるので、実は大変難しい作業なのだ。

 クロとしても、これ以上、山に埋める作業は避けたい。


「うーん、面倒くさいなー」

「がんばれ、お姉ちゃん!」

「よーし、頑張っちゃうぞー!」


 心臓が止まるのが先か? クロによる修復が先か? 流れ出る血が止まった。

 

 

 

 魔界の門から、チョコが飛び出してきた。

「きしさまー!」

 近くにいる騎士を元気な声で呼ぶ。

 これに気づいた魔宮管理の騎士が歩いてきた。

「どうした!? 何だ、獣人か」

 チョコに気づくと蔑みの目に変わる。

 それでもチョコに近づいてきてくれる。

「獣人かはないだろう?」

 クロがひょっこり顔を出した。重たいものを引きずっている。

 それが騎士には人間の足に見えた。靴まで履いている足だ。

 全体像が表れた。上半身を真っ赤な血で染めている。どう見ても惨劇だ。


「どうした! 魔獣にやられたか!?」

 大声を放ち、慌てる騎士。その声に、近くにいた有象無象の人々が、こちらに顔を向けた。

「女性二人で予約した魔界に、へんな男が忍び込んできて、後ろから襲われた。逆襲した」

「なんだと? それで殺したのか?」

「息はある。放っておくと死ぬだろうけどね」


 騎士の一人が男の生死を確かめるため、しゃがみ込んだ。

「息はある。出血がひどい。危険な状態だ。魔宮医師を呼べ!」

 若い騎士が、走っていく。

「魔界の管理はどうなっているのかい? 予約料を返してもらいたい気分だ」

 ご立腹のクロ。目は笑っている。

「ちょっと待て、えーっと……」

 別の騎士が、手にした書類をめくっている。


 クロが魔界へ潜ったときにチェックに入った担当係官の騎士だ。数多くの攻略者をチェックしているのだ。書類が下の方になっていてもおかしくない。


 魔界ではなにが起こるか解らない。魔獣を相手に戦い、ヘロヘロになった攻略者を後ろから襲って成果を横取りする案件は数多くあった。

 攻略途中で引き上げられた魔界にこっそり忍び込み、獲物を先取りする案件も多発した。魔界にチームメンバー以外の被害者を強引に連れ込み、殺すといった殺人事件は数限りない。

 全部、初期の頃の事件だ。


 騎士が乗り出し、ギルドの管理体制が整ってから、一回も発生しなくなったが。

 そういったモロモロのズルイ事件を防ぐために迷宮騎士が存在するといって過言ではない。それを保証するのがギルドなのだから。

 事前の予約と、当日の管理による二重チェック。そして迷宮騎士の見回りが全ての事件を防ぐに至った。紆余曲折の歴史はあったが。


 今回の場合、クロによる殺人案件が想定されるが、事前に登録したメンバー以外の人物がクロの被害者である。後からこっそり忍び込み、婦女子を襲ったという婦女性的暴行返り討ち案件としての扱いが期待される。

 なにせ、予約に際し、チョコとクロの二人しか登録してないし、魔界へ潜る直前の、騎士によるチェックでそれは確認された。

 侵入者を見落とした騎士の責任であり、クロとチョコは完全に被害者――


「ここにはチョコとクロとブレスの3人が登録されているね」

「あれ?」


 書類を確認した騎士が、戦闘用の目をしてクロを睨み付けた。

「攻略者クロ、殺人の容疑で捕縛する!」

「うおぉい!」

 さすがのクロも、想定外の返し技に驚いた。どういう事だこれは?


「なんだ、なんだ?」

 野次馬の攻略者達が集まって来る。それを整理する迷宮騎士達も合わせれば相当な頭数が集まってきてしまっている。

 とうとう、クロの悪行がお天道様の元に晒されたか?


「これは何かの間違いだ! 釈明の機会を――」

 クロは見た。野次馬を殴りつけて整理している迷宮騎士の中にアレッジがいることを。そして、クロをチラチラと見ていることを。


「ちょっと待って、役者が揃いすぎている!」

 


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