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魔界内犯罪 


 一方、魔界を進んでいるクロとチョコ。


 1時間も進んだ頃だろうか。角を曲がったずっとずっと先に魔獣が1匹いるとチョコの耳と鼻が感知した。 角に隠れ、クロがこっそり覗く。長い長い長ーい直線通路の先に、トカゲっぽいシルエットの魔獣を発見した。

 体の両側に張り出した短い足。ここからでも判る、平べったい顔。

 これだけ距離が離れていて、あの大きさ。胴は馬ほどあるかも? 尻尾は見えないが、胴と同じ長さがあると思った方がいい。


「うーん、ありゃ怪獣だな」

 さてどうしてくれようか、手を出し惜しみしてもしかたない。と、後ろにつるした(まさかり)に手を伸ばす。

「お姉ちゃん」

 チョコがクロの服を引っ張った。

「商人さんのにおいがするよ」

「なんと?」

 クロは絶句した。なんでこんな場所まで? どうやってここへ? という疑問がわいた。

 同時に、私生活を黙って覗かれたような怒りを覚える。

 手の内を明かすのをやめた。クロは鉞から手を離す。

 戦斧を両手に持ち直し、グリップを確かめる。

「やってやらぁー!」

 クロは勢いよく飛び出した。

 

 ――――。

 その者に名前はない。あえて名乗るときはブレスとしている。


 とある強者に挑み、負け、許しを得た。その時、仕えるべき人が現れたと信じた。自分という人格を与えてくれる恩人。導いてくれる導師。主様。

 主様はブレスを使用人と見ていない。仲間だという。とんでもないことだ。仲間だったら上下関係は結ばれない。仕えることができない。

 ブレスは良き主に仕えたいのだ。ブレスを仲間だの友だのと呼ぶ主を無視し、主と呼び続けている。そこのところがいまいち気障りなところであるが、他はおおむね不満がない。

 主様は大人物だ。彼に付き従うお仲間も尊敬に値する方々だ。さすが我が主様。高尚な人物には高尚な人物が集まる。その下に自分が存在する。このことだけで一生生きていける気がしていた。

 これまでブレスは、主様の言葉一つ一つを理解し、望む物以上の物を差し出してきた。

 今回もその貢ぎ物の一つのはずだった。


 攻略者クロ。謎多き女性。


 これまで調べた誰よりも謎が多く、鋭く、強く、賢く、そして性格が悪い。

 ブレスは、主様の影として、あるいは暗部として仕えてきた。主様は迷惑がっていたが、そんなこと関係ない。ブレスが身命を賭して仕えると言ったら仕えるのだ。主様に拒否権はない。

 これまで、王、王子、王族の者達、有力貴族、議員、ギルド関係者、他国の重要人物、その全てを調べ尽くした。ある時は作業場に忍び込み、ある時は議会に忍び込み、ある時は寝室に忍び込んで枕の下から重要書類を抜き取ったこともある。

 すべて、気取られたためしなし。

 それが自慢だった。

 クロに取り付くまでは。


 クロの背景を調査し終え、いざ、クロの実力を実地に調べようと張り込みを開始したその日のうちに感づかれた。どこがということではない。クロの雰囲気で判るのだ。

 完全に変装を変えても、近づくとすぐバレる。距離を置いていても、感づかれていた。

 時に、誘い込まれたこともある。尾行がバレたことも、逆襲に打って出られたのも、青二才の頃以来だ。

 大いにプライドが傷ついた。いや、自分の心ではない。彼の主に対し不甲斐なく思えた。それが許せなかった。

 何とかしてクロに接近し、その素性、本性、戦闘力、そして一番大事な主様の為になる将来性を見極めねばならない。でないと主様に不完全な報告をすることとなる。それはブレスにとって死に値する失敗判定であった。


 そして、チャンスが巡ってきた。

 クロが魔界へ潜る。


 普通に考えて、常識人として考えて、魔界に第三者は入れない。

 ギルドの管理は完璧……に見える。実はそうじゃない。

 魔界へ潜る瞬間さえ見られなければ、簡単な作業なのだ。

 事実、ブレスはクロが潜った魔界へ侵入できた。現在クロの後を追っている。

 万が一を考え、罠も仕掛けた。自分の身に何かあったときに発動する罠だ。

 ブレスは、危ない仕事をする場合、いつも仮面を付けるようにしている。いわゆる心の切り替えスイッチだ。今回も真っ白で、目の部分だけ刳り抜いた仮面を付けている。


 魔界は曲がりくねった峠道のような構造をしている。ブレスに言わせれば、地上より身を隠しやすい場所なのだ。

 姿を見せず、足音を立てず、気配を隠し、戦闘の様子は小道具と小細工を用いて観察する。魔獣の横を通り過ぎても、気づかれないだろう。これで追跡がばれたりしたら、対象者は化け物だ。


 そして、クロは化け物だった。


 クロは、最初の魔獣を一撃で屠った。戦馬の二倍はあろうかというオオトカゲを戦斧の一振りで沈黙させたのだ。

 手早く魔晶石を取り出したクロは、小休憩の後、何を考えたのか後退を始めた。

 万が一、このまま魔界を出るようなことになれば、ブレスが先に魔界を出ることになる。追跡していることがバレる。それは避けたい。

 ブレスは隠れることにした。魔獣すら気づく事のない穏行。それがブレスの得意技。


 さて、クロはブレスが隠れていることに気づかず出口へ向かって歩き続ける。

 ブレスが潜む場所の斜め前までやってきた。目の前を通過中。バレるはずはないが、緊張が高ぶる。目の前を通過。気づかれていない。通過終わり。クロの後ろ姿が目に映る。ホッとする。

「お姉ちゃん、あそこ」

 いきなりだった。クロが連れている獣人の子供が振り返りもせず、ブレスが隠れている場所を正確に指さした。


 クロは、振り返りざま、鉞を投擲! 獣人の言葉を疑うことなく攻撃を放った!


 まさか、ここが見つかるとは!

 ブレスは天井にへばりついていた。周囲の壁と見間違う迷彩を施した布に隠れていたのだ。

 後先を考えず、両手両足をめいっぱい突き放して飛んだ! 身体全体を晒すことになるが、顔全体を覆う仮面を付けているので、人相はばれないだろう。

 元いた場所に、鉞が突き刺さる。間一髪の回避だった。


 宙を飛びながらブレスは、2つの事を確信した。言葉による確信ではなく、それは一瞬のうちに行われた、ただの認識に過ぎない。

 それを言葉に起こすと――

 1つめ。クロは普通の人間ではない。危険だ。

 2つめ。主が探していた迷宮大侵攻の鍵は、獣人に有る!


 獣人の探査力に思いが行かなかった! あの力があれば、迷宮侵攻が進む! まさか、獣人どもが未来の鍵を握っていたとは! 主様の悩みは獣人どもを活用すれば解決するのだ!

 獣人どもの利用を獣人嫌いな主様に伝え、説得せねば! そのために――


 着地して、腰の刀を抜く。斧を振りかざしたクロが目の前にきている。速い! だが主より遅い!


 ――クロを殺して、獣人の子を主様に納入する!


 クロが振り下ろす斧を刀の刃に這わせ、受け流す。目と目が合う! クロは殺意を込めた目で、ブレスは何の感情もない目で。

 クロが逆袈裟に斧を振り上げる。たいした膂力だ。だが、遅い! 軌道を見切って紙一重でかわす。

 伸びきったクロの体。胸元へ向け、刀を振り降ろす。

 これがかわされた!

 

 紙一重!

 

 クロの豊かな胸の山と山の間の生地を見事に切り裂きはした。だが皮膚に届かない!

 クロの体捌きは一流のそれだ。しかし、超一流にはほど遠い。主のお仲間の戦士殿には遠く及ばぬ。

 二撃目は加えられなかった。クロが後ろへ下がり、距離が空いてしまった。足腰もしっかりしている。これを殺すのかと思うと実に惜しい!


「思ったよりすばしっこいね、お面のストーカー君!」

 クロがブレスに批評をくれた。

「ちょっと本気出すよ」

 クロはペロリと舌を出し唇をなめる。斧を中段に構え、腰をかがめる。


 これは、来る!


 クロは斧を真横にスイング。どういう事か間合いが遠――


 投擲された斧が、ブレスの鳩尾めがけ飛んでくる!

 だが、これは想定の一つ。毛一つの差でかわす。

 クロが突っ込んできた。斧の反動を考えるとたいした脚力だ。これも想定内の一つ。

 落ち着いて刀を突き出す。クロは刀身を素手で握った。


「バカめ」

 素人の反応だ。指ごと落としてやる。刀を引い――


 ――引けない?


 クロの握力だ。刀身はびくともしない。

 刀に横向きの力が加わった。あり得ないことだが、刀身を素手で握ったクロが力を加えているのだ。

 ブレスは当然、それに逆らうよう力を込めたのだが……驚異だ! 体が泳ぐ。いや、泳がされている?

 クロの腕が小さく動く。するとブレスの体が社交ダンスのように大きく動く。バランスが崩されている?

 どういう事だ? これは技か?


 いまにも転がりそうな線をぎりぎりで耐えて――いかん! 倒される!

 ブレスは刀を放したが、間に合わなかった。ならばと、転がる方向へと勢い付けてジャンプ。空中で体を捻り、足から着地。体制を整えた。なんだ、この技は?

 驚いている暇はない。着地したばかりのブレスの懐に、クロはもう飛び込んでいた!

 クロの拳が顎を狙って放たれた後だ。だが、ブレスはこれを避けられる。スウェーで、紙一重の見切りで拳を見送る――ところが!


 クロの手に、刀が握られていた! 逆手だ。これ自分の刀だ!

 拳の後から、パンチの軌道をトレースして刃が迫る!

 まだブラスに余裕が残されている。残された余裕を使って、さらに仰け反る。

 刀が伸びた! クロの手首の関節が、あり得ない角度で曲がり、刀が円弧を描いて切っ先が先行する!


 ブツリ!


 ブレスの首の半ばまで刀が斬り込み、抜けていく。

 どういう事だ?

 身体を勢いよく起こす。


 ブシッ!


 赤い血が、破裂した噴水ように辺りに撒き散らかされた。


 クロの顔にもかかる。それを嫌がったのか、クロは顔を背けつつ大きく後退した。千載一遇の隙を見いだしたブレスは大きく飛び退った。

 血が吹き出る首を手で強く圧迫する。血が止まる気配がしない。


 だめだ。これは致命傷だ。



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