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神鎧


 グルブラン武器屋にて――


「結局さー、クロよ、何買う?」

「いらない」

 ラルスは不機嫌と失望を顔に出した。


 一方、クロはそんなことかまってない。

「ところで親爺さん、神鎧って知ってるかい? 不教養にもわたしはそれを知らないんだ。教えて――」

「神鎧とは、魔界でドロップする超々々ウルトラスーパーレアアイテムである!」

「お、おう! まるでレインボーカラーカードだね」

 ラルスの顔は紅潮し、鼻の穴が広がっている。武器屋として、神鎧はシンボリックな物らしい。いわば、戦士に対する勇者のような存在なのだろう。


「全部で9つ有るとされていて、見た目は赤いからすぐ判る。これら9つの神鎧はそれぞれに固有の能力が授けられており、順に知恵、飛行、知識、武器、防御、炎、変化、水、速さを司っており、勇者の鎧は9番目の音速の鎧とよばれていて着用者の速度が飛躍的に上がり、ブローマンさんは4番目の破壊の鎧を持っておられ、手にした武器がとんでもなく強化されて、マデリーネ様は6番目の鎧でお得意の火炎魔法の威力がハンパないことになっておりますッゼイハーッ!」

「いつもと違って早口だね。特殊癖の持ち主達が自分の分野を語る時に共通するしゃべり方だ。ちょっと落ち着こうな! ラルスさん! 聞いてる?」

「ゼイハーッ! ゼイハーッ!」

 肺腑より全ての空気を吐き出してしまったラルスは欠乏した酸素の補給に忙しい。


「でもなんで神鎧は9つなんだろう?」

「はぁはぁ……それぞれの神鎧にナンバーが打ってあるのさ。ブローマンさんが4、マデリーネ様が6、勇者が9。世界にあるのはこの3つだけ。勇者様のが9番で一番大きな数字だから、今のところ9までしかないとされている。あと、戦天使の数も9だから、9じゃないの? とか」

 戦天使の数ときた。クロは神話に詳しくない。この世界の神の話をされたらお手上げだ。ラルスに聞けばいいようなものだろうが、この勢いで喋られたら敵わない。第一、今すぐ聞かないと生命維持に関わるような事柄ではないし。日を改めてしかるべき人に聞けばいい。

 

 結局、何にも買わずにグルブラン武器屋を後にした。

 ラルスも、新人に語りができたからなのか、すっきりとした笑顔で見送ってくれた。

 

 それから、いつもの魔道具屋で水の魔晶石を買い、市場で下から二番目のハムやその他諸々を買って、宿へと戻った。

 明日潜ることを女将さんに告げるとたいそう呆れられた。

 件のストーカー氏は、違う顔になって宿泊客になっていた。今度はふくよかな商人だ。チョコの鼻がなければ、クロといえど見間違うほどの変装の腕前。ただ者でないことを再確認できた。


「さて、明日は早い。今日は早めに寝るとしよう」

「クロ姉ちゃん、いっしょに寝よ! いっしょに!」

「はっはっはっ! チョコは甘えんぼさんだな」

 2人は早めにベッドに入った。


 

 して、翌日。朝の9時。

 ブラックチョコレートは魔宮を前にして、気を引き締めていた。

 クロとチョコは手に手を重ね、向かい合っている。


「ブラックチョコレート! ファイトオーッ!」

「それ、つぎチョコがやる! チョコがやる!」

「どうぞ」

「ぶらっくちょこれーとふぁいおー!」


 魔宮入り口で係の騎士が入出をチェックしている。

 いつもどおり、クロとチョコは攻略者の証明書と予約書を提出。胡散臭い目でチェックされたのち、ゲートを通された。いつの世も官は民に冷たい。


 して――


 勇者が大魔界に挑んでいるおかげで、魔宮内はごった返していた。

 目的の魔界の前で、担当の管理官と書類を付き合わせている最中だった。クロは見知った顔を発見した。

「おや? 偶然だね」

「げっ! クロ!」

 にこにこ顔で近づいていくクロ。

 引きつり顔で腰を引くザラス。と、後ずさる暁の星フルメンバー12人。


「リベンジマッチの準備が整ったようだね。どうだい、鏃の細工は完璧かい? あまりきつく弓を絞ると深く突き刺さりすぎてしまうよ。いいかい、狙いは臀部だよ臀部。痛みで新しい扉を開かないでくれたまえ。さすがにその扉の向こう側へ救出に行けないから。特にレニー君」

「うるせー!」

 いつもに増して真っ赤な顔のレニー君。いつもより1割引の声量で叫び返している。


「クロぉ~、てめえも今日から魔界かぁ~?」

 ザラスが余裕の笑みを見せた。さすがリーダー。目が笑ってない。

「お前に一言言いたいことが――」

「おやおや、今日はいろんな人に会うねぇ、アレッジ隊長おはようございます、おつとめご苦労様です」

「チッ!」

 舌打ちを隠さないのは迷宮騎士警備隊隊長のアレッジ・クラムだった。小隊をつれて魔宮内を巡回しているのだ。


「わざわざ、わたし達のお見送りですか?」

「……勇者様が潜っておられるので、いつもより厳重な警戒が敷かれているだけだ!」

 顔を背け、唾を吐くように言葉を吐きだした。

「そこの管理官! 不正がないか私直々に確認してやろう。書類を貸せ!」

 分捕るように手にした書類に目を通す。

「予約票は? 認識票は? クロと、獣人。チーム名ブラックチョコレート。くっそ、正式な書類だ! 二重チェック。確認した。認めのサインも確認した。何度見ても不正は見あたらない! ふん! 早く目の前から消えろ! 帰ってくるな!」

「警備隊長御自ら二重チェックありがとうございます。では、皆様、先に魔界へ挑むことをお許しください。失礼いたします」

 道化めいた正式な礼を無駄に優雅な動作で流れるようにやってみせ、チョコと2人手に手を繋ぎ、スキップで魔界へ入っていった。


 くっそ忌々しくクロの後ろ姿を見送るアレッジである。


「アレッジ隊長殿、アレはアレで悪いヤツじゃない。悪意はあるけど」

 ザラスがクロを庇った。なんだかんだ言っても恩義を大事にする男なのだ。

「言われるまでもなく、そんな事はわかっておる! 悪意を感じるが!」

「隊長はいつまでここに張り付いておられるので?」

 これ以上クロを話題にしておくと、余計なとばっちりを食らいそうなので、無難な話題にすり替えた。


「今日の深夜0時までだ。勇者が潜っても貴様らは攻略を控えようとせん! むしろ勇者に刺激されてか増えている。だから、人手が足りんのだ! お前らも早く潜ってしまえ!」

 やぶ蛇だった。こう見えて、ザラスは騎士に憧れているところがある。騎士の中でも騎士らしく身近なアレッジに叱られると、見た目と裏腹に縮こまってしまう習性を持つ。


「手続きをすればすぐにでも――おや?」

 ザラスは、アレッジの肩越しの向こうに珍しい顔を見つけた。それは有名人にして場違いな顔だった。

「どうした? うむ?」

 アレッジもザラスの視線に気づき、振り返る。

「似つかわぬお人ですな」

「ハドス卿か?」


 緩くウエーブのかかった長い髪。細面で鋭い目つき。若く見えるが中年だ。

 アリバドーラの新鋭議員にして、伯爵の位を持つ男、ガドフリー・ハドス様である。

 お仲間の議員さん達と共に、案内の騎士から説明を受けているようだ。


「爵位を継ぐにあたり色々と……、えーっと、いずれ議長になると噂されるお方だ」

 アレッジ達騎士は組織上、議会の下にある。批判的な言葉は口に出せないので言い直した。

「あの年で議会で最大の派閥の長に納まっている。その手腕は強引にして陰湿。されど、悪い政治は行わない。裏から手を回すやり方だが、よき議員である!」

「絶対クロと会わせてはいけないタイプですな」

「端的に言えば……そうだ」


 そうらしい。


「でもなぜ、新鋭の議員様が魔宮へおいでに?」

「知らんのか? ガドフリー議員は勇者アロン様と懇意になされている。様子伺いに現地まで足を運ばれたのだろう。ほら、一般の攻略者に手を振っておいでだ。こういった地道な活動が選挙で生きてくるのだよ」

「どぶ板の一種ですかね? 議員さんも大変ですな」


 君主制初期型民主主義がアリバドーラの政治形態だ。権利だけは最多数保有する王一族の元で、議会により政治が運営されている。

 議員は貴族からしか選ばれないし、ほとんどの場合世襲制であるが、議長は人気と根回しによる多数決で決まる。

 ついでに言えば、アリバドーラは攻略者ギルドという武力を背景にした民の勢力が強い。コントロールも苦心する。貴族といえど、あまりご無体は出来ないのだ。


 2人はしみじみとガドフリー伯爵を眺めていたが、アレッジが、ふと我に戻った。

「無駄口叩いてないで、早く潜れ! 一応、私も君たちの事情を知る数少ない一人なのだぞ」

「てめえら! 潜るぞ! 根性入れていけ!」

 ケツを蹴られた暁の星のメンバー達は、気合いに満ちた声で返した。リベンジに燃える攻略者達。やる気満々だ。


 ザラス達は我先にと魔界へ飛び込んでいった。



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