勇者とは
受付も人が多かった。一人でも少ない列に並ぼうと、先を争う攻略者でごった返していた。
「どこに並ぼうかな、っと。あそこにしよう」
並んだのは例の受付が担当するカウンターだ。
クロを認識した担当者は露骨に嫌な顔をした。助けてくださいよという顔。もしくは鬱状態の顔。
それを空気で察知した攻略者達は、クロのために行列を空けてくれた。クロとの経緯は噂となって電光の速さで広がっているのだ。
すぐブラックチョコレートの順番が回ってきた。
「やあ、一組業務をこなす度、顔の色の深度を深めていった担当さん、今回もまた何時ものように清く正しい情報を提供してくださいね。わたしは真剣に話半分で聞きますから」
「わ、私はいつも真面目です」
そう言い返すのがやっとだった。
「真面目なのはアレッジさんに? それとも、例のもっと大きな意思の集合体に?」
「ク、クロさんにです!」
両隣で手続きをする攻略者は耳をそばだて、受付担当者は見て見ぬ振りをして、このやりとりを聞いていた。例の大きな意思って何だろう? と余計な事を考えながら。
「おやー? 個人に対してですかぁ? ブラックチョコレートの構成員はもう一人いるんですがね-」
よいしょ、とチョコを抱き上げ、カウンターに乗せる。チョコは視線が高くなったので大喜びだ。
「も、もちろん、チョコさんにもです。いえ、全ての攻略者にです」
言い直した。クロの罠を寸前で回避できた。
クロはよくできました、もしくは、おしい! とばかりに口角を吊り上げる。
「さて、今回の魔界について、詳しいことを教えてくれたまえ。番号が若いので、みんなから敬遠されている魔界だろう?」
「は、はい! この魔界は、大型魔獣が出現するので敬遠されているはずです。少々お待ちください」
担当は、後ろの壁に設置された書類棚から、迷わず一つのファイルを引き出した。
「はい、えーっと、はい! 大型魔獣の小迷宮。魔獣の種類はハ虫類。分岐は見られません。その他特徴はありません」
「うーん、大型かー」
「はい! 出現する魔獣の種類は、通常のハ虫類系魔獣と同等ですが、全て大型です。その代わり、一度に出現する数は少ないとのことです! ですが、調査から時間が経ってますので、魔獣の出現数が増えたり、強化されていたりする可能性も否めません!」
ずいぶん協力的になった。これも日頃からの教育の賜物だ。
「どうする、チョコ副隊長? トカゲさんの大型魔獣だって」
「うーん……」
チョコはテーブルの上で腕を組み、目をつぶって顰めっ面を作る。おとなのひとがむつかしいことをかんがえているポーズだ。
「あしおとがよく聞こえるから、わかりやすいとおもう。これはありだな」
たいそう大人っぽい回答だった。
「じゃあ、ここの予約をお願いします。明日朝9時頃潜ります」
「またそんな早くに!」
「予約の期限って、最大延長日数は明記されているけど、最短予約日数は明記されてないよね。なんなら、今から潜ろうか?」
「直ちに書類作成に入ります!」
クロなら、ほんとにやりかねない。そして、明日朝、魔王の魔晶石を持って現れかねない。
幸い、クロの後ろに攻略者は並んでいなかった。予約金を払い、書くところに名前を書いて、予約票を渡し、契約は珍しく無事に終わった。
「久しぶりにグルブラン武器屋のラルスさんを訪ねよう。そのあと、食べ物とか買って帰ろう」
「ハム買ってハム! チョコ、ハムがいい!」
「よしよし。懐が暖かいからいつもより上等なハムを買おう。下から2番目のハムだ!」
「うわーい!」
チョコは上機嫌だ。
攻略者ギルドの広大なホールを横切ってる最中のことである。見栄と実益を兼ねた巨大な扉を開ければ外なのだが……。
「お姉ちゃん、びんぼうくさい商人さんの匂いがするよ」
「しつこいストーカーだね。まさか、チョコちゃん狙いじゃないだろうな気持ち悪い死ねよロリコンケモナー」
まだ付きまとわれている。行動を起こすなら早めにお願いしたい。目的がクロなら対処は簡単だが、意中の人物がチョコだった場合、生かしておく気はない。
「どこかで決着を付けねばならない相手であろう」
もし、悪事のチャンスをうかがっているとしたら、魔界から出てきてすぐだろう。大概の攻略者は疲れ果て、傷ついている。注意力や体力も消耗している。もしクロが襲撃犯だとしたら、ここを狙うであろう。
「単純に素行調査かもしれないが。それでもカタ付けるけど。いや待て待て、どこかの独身ナイスミドル貴族様か大金持ちの妻と死に別れダンディーが、わたしを嫁にと執事に泣きついて素行調査に出たとか? だとしたら、まだ間に合うかな? これから品行方正にすれば!」
クロはどうやら年上が好みだったらしい。
グルブラン武器屋へ向かう道中、クロは遠隔感知力場を集中させストーカー(仮)の様子をうかがった。
常に一定の距離を開け、何するでなくただ付いてくるだけだった。
「性犯罪を含む危害を加えるのであるなら、昨日の夜なんか最適だったのにな。ま、いっか!」
「お姉ちゃん、ぶきやさんについたよ」
ストーカー(仮)の監視は副脳に任せ、グルブラン武器屋の戸をくぐる。
「いらっしゃい! ってクロか?」
「クロか? は無いでしょう」
偶然、店主のラルスが店に出ていた。
「おいおい、聞いたぞ! 暁の星に新人攻略者のレクチャー受けたんだってな。それも魔界で、実地に! スゲェなオイ!」
「どこがスゲェのか解りませんが、なに? そう言うことになってるの?」
暁のプライドを守るため、話が捏造されていた。
「暁の星と言やぁ、アリバドーラでトップクラスのチームだ。リーダーのザラスさんは1~2を争う腕の持ち主。その人に手取り足取り攻略方法を教えてもらうってなー、これもう将来約束されたようなもんだぞ! やっぱ俺の見る目は正しかった! 何か買っていってくれ、値段は相談に乗るぜ!」
やたら機嫌がよい。
「まーそういうこと、かな?」
クロは口元を波打たせて笑った。契約代金(晩ゴハン)はまだ受け取ってないが、約束事は約束事。否定できないのが何とも歯がゆい。
「おいおい、なんだよ、自慢しにきたのに先に言われてしょげてるのか? そりゃ悪いことしちまったな! いいぜ、遠慮せず自慢しな。聞いてやるからよ、むしろ詳しく聞かせろ!」
詳しく話すとメンバーの脱糞の話とか、レニー君のお股ミルクの件とかが避けられないので、話を変えることにした。
「なんか面白いうわさ話を聞かないかな? ギルドがらみの。例えば秘密の諜報組織とか?」
例のストーカーの件がぽろりと口に出てしまった。
「諜報組織の一つや二つはあるだろうさ。えーっと、去年の今頃だったっけ? ギルドから不良攻略者の素行について聞き取り調査があった。そいつは代金踏み倒しの常習犯だって伝えておいた」
「うーん」
ギルドのは、まっとうな諜報活動で有名なのだな。裏の組織があるかもしれないが、この親爺程度に見抜かれるヘマをするようじゃ裏組織とは言えない。
「あとなー、勇者様が今日、魔王の間に入るって話だ。魔王はなんと、鉄の竜だ! どうだすげえだろ?」
ラルスはまるで自分のことのように勇者を自慢する。
「ふーん」
「あれ? ひょっとして、勇者を見慣れてたりする? クロの里にも勇者がいるのかい?」
そうじゃない。竜とはいえ、鉱物系魔獣。クロの能力を使えば、手を触れた時点で試合終了となる相手だ。さしたる感銘は受けない。
いちおう、お話は合わせておこう。
「うーん、うちの国で有名どころは、勇者王かな。必殺のヘルアンドヘブンはハズし方が判らない。一時、年に一度の割で勇者が量産されていた時期もあった。そうそう、ロト様は外せない。彼の放つ雷撃は侮れない。あと、勇者といえるかどうかだが、ロム・ストール。この兄さんにだけは絶対勝てる気がしない」
「まじめな話じゃないだろう?」
「実際この目で見た。声を聞いたんだ!」
胡散臭い目をクロに向けるラルス。確かに、クロはその目で視聴して、声優さんの声も聞いた。間違いはない。ただ、時間がないので全てを語ってないだけだ。
「そうそう、ロト様の仲間も強かった。現行の勇者様にもお仲間がおいでで?」
「何も知らないだな。勇者アロン様には……名前くらい知ってるよな? 勇者アロン、またの名を音速アロン」
「うんうん、音速アロン様。知ってるよ。たしかこの前聞いたところだ。そしてこの世界に音速の概念があったんだ」
「チョコちゃん、おんそくはしらなかった」
「なら、お姉ちゃんといっしょに憶えよう。どちらが長いこと憶えていられるかな?」
「まっけないぞー!」
「……昔はもっと仲間がいたそうだが、死んだり辞めていったりして現在は2名だ。大魔導士のマデリーネさんと、重戦士のブローマンさんだ。これくらい常識だぞ!」
「うんうん、ありがとうありがとう! で、最近、新人が入ったとか噂は聞かないかね?」
「いまさら新規加入は無理だろ? 実力的に。マデリーネさんとブローマンさんは化けモンだ。とっくに人を辞めている。アロンさんはその2人と比べても突き抜けて強い。同格の者じゃないと入れねぇし、仮にいたとしてもだ、そいつはそいつで生計を立てているよ。それほどの腕ならね」
「はっはっはっ、それもそうだね。うんうんうーんうーん!」
勇者チームに斥候がいたら、ニンジャクラスだろうなと当たりを付けたのだけど、違ったみたいだ。完全に陰に徹していれば別だけど。もし、いたとしたら、今勇者は魔界に潜っているから一緒に行動しているはずだ。
いやいや、勇者が政治的行動を行っているとしたら、別働隊として情報部は必要だ。心当たりがありすぎて絞れない。うーん。
などと、つらつら考えている。だって、現在もクロ達を付けてきているのだから。あっさり、交友関係者を晒せば調査も早く終了し、帰ってくれると踏んでのブルグラン武器屋訪問だったのに。
後、紹介してないのって誰が残っているだろうか? アレッジ隊長? 顔合わすの嫌だな。あの方は歴とした騎士様だから、正式な調査部を動かすだろうし、とっくに調べは付いてるだろう。
自分の過去は異世界だから調べようがないし、宿の女将さんは調査済みだろうし、ジャンナはまだ獣人の村でうんうん唸ってるだろうし、獣人の村人はアリバドーラにいないし、チョコが対象だとしたら獣人の村で聞き込めば済む話だし……。
ってことは、ニンジャ君の調べが残ってる人はもういない?
あとは戦績を調査して終了だろう。明日、魔界へ潜る予定をしている。魔界の中へはシステム的に付いて来られないから、出てきた辺りで試合終了な気がする。インタビューが入るかもしれない。なんて答えようか?
オラ、ワクワクしてきたぞ。
クロは口角を目に突き刺す手前まで歪めてほくそ笑んだ。




