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追跡者


 クロは尾行の可能性があると言っている。チョコの鼻でかぎ分けられないかと。


「うーん、人が多くてよくわからない」

「そうかー。じゃあ、次はあそこの屋台でジュース買おうか?」

「さんせー!」


 クロの能力、遠隔感知力場は、魔素が邪魔をする魔界でこそ有効距離が短いが、魔素の影響を受けることのない外界では、それこそ光年単位で感知することが出来る。

 地上の水平数百メートルなど、イージス機能付き顕微鏡で観察しているようなもの。

 先ほどからクロの遠隔感知力場は、ずっと同じ距離を保っている個体の存在を捕まえていた。

 同じ人物に違いないのだが、時間経過ごとに見かけが違う。だけど、体重骨格筋肉量まではごまかせない。同一人物の変装だ。

 何のためだかが解らない。他に仲間はいない。さりとてこちらに悪意を向けているとは思えない。


「ギルドかな?」

 だとしたら、有名人になったものだ。路地に誘い込んで腕をひねり上げてから焼きごてでサインをしてやることもやぶさかではない。

 だが、謎の人物は決して距離を詰めようとしない。路地に誘っても付いてこない。

 だから、悪意はない者の犯行と思うのだが……クロの勘がギルドと違うと告げている。説明しづらいが、ギルドと匂いが違うのだ。暗さを感じ取れる。

 このニンジャ君は腕利き諜報部員だ。野良ではない。それ相応の力か財力を持つ組織に飼われていないとおかしい。これほどのウデマエを抱えていられるのはギルドクラスの力持ちだ。


「だとしたら、王宮?」

 残る権力者は政府組織。

「ないない! わたし達を抱え込む理由がない」

 あと、商人。

「ここの商人達は、中世のギルドのような力を持ってない」


 ブラックチョコレートとして、やらかした事柄は……?

 ブラックチョコレートが目立つと言っても、攻略の総数は少ない。批判家、もとい評論家の目は、期待の大型新人が関の山。

 暁の星を助けた件は極秘扱いだし、それだって「新種の魔獣」の範疇から出るようなモノじゃない。対策もすぐに公開されるだろう。

 だいいち、権力者なら堂々と呼びつければ良い。金や利権、爵位で釣れるかもしれないではないか。クロだったら釣られる自信がある。この世で大切なものは、力とコネと安定である。

 神は信じぬが、力とコネに信心深い。


「恨みの線は? 掏摸協会だとか痴漢友愛会だとかの大型組織があれば、怨恨から来る報復という事もある。いや、無い。大勢集めてフクロにするとか、何処かに誘い込んで手込めにするとか、ニンジャ君を使えば簡単に事が運ぶ。対象人物にわたしが含まれていなかった場合だが」

 残された可能性としては「ストーカー」。

「だったとしたら……これはこれは……面白いかも」

 同じからかうにしても、相手を調べてから。今暫し泳がせよう。

「どのレベルのストーカーかで、利用対象か処分対象かを決めるとするか」

 仮称ニンジャ君は自分が値踏みされている事を知ってか知らずか、その後も、ずっと後を付けてくるのであった。



 その夜。

 具体的には晩ゴハン時である。


「大胆だね」

 ニンジャ君が、テーブルを一つはさんだ斜め後ろで具の少ないスープを食べていた。貧乏くさい商人に変装している。誰が見ても商人に見えるところに腕の冴えを感じる。

 ここんところ、クロが連泊しているせいか、泊まり客が増えている。一見の客が多いのだが、女将さんは経営的理由から贅沢を言わないよう自制している。

「そこに付け込むとは、恐ろしいヤツ」

 クロは一人、驚愕していた。


 あれから、クロをマークしているストーカー君を逆マークしているのだが、依頼主と接触はおろか、連絡を取った素振りも無い。これがクロの目をかいくぐっての出来事なら、凄腕も凄腕。金を払ってでもブラックチョコレートに就職して欲しい。この場合の金とは給料のことだ。

「あれ? でも任せる役職が無いぞ?」

 魔界内での探査斥候はチョコの足下にも及ばない。地上界じゃクロの比でない。戦闘力は間に合ってますし、対外交渉も癒やし要員も間に合ってます。

 性能は良いのだけれど、使うシーンを想像できない。


「社内にて厳正な選考を行った結果、誠に残念ですが、今回は採用を見送らせて頂くことになりました。ご期待に沿えず大変恐縮ではございますが、ご了承くださいますようお願い申し上げます」

 また何処かで御縁がございましたらその時はよろしくお願いします、である。

 でも惜しいな、その才能。暁の星に売り飛ばすとかできないかな? 紹介手数料もらえれば。するとレニー君が余る。それは可哀想だ。クロはそこまで無慈悲な女じゃない。

「うーむ、使えねぇ男だな」

 謂われのない評価が厳しい。


 取り敢えず……

「チョコ副隊長」

 同じテーブルに座ってないと聞こえない小さな声。

「はいクロ隊長!」

 チョコも小さな声で答える。

 クロがチョコを副隊長呼ばわりするときは、仕事がらみだ。そのことをチョコは理解している。ああ、これは仕事の話なんだなと。興味本位で目が輝く。


「振り向かずに、副隊長の右、フォーク持つ手側、の後ろに座ってる貧乏くさい商人の匂いを憶えておいてくれたまえ」

「えーっとえーっと、うーんと、あっ、スンスンスン。憶えた」

 チョコは後ろを振り向きもせず、鼻で位置を確認する特技を持っている。普通の獣人も鼻がよく利くが、ここまでの能力を持ち合わせていない。先祖返(エンシェント)りしているチョコでないと、ここまで鼻が利かないのだ。

 こんな凄い能力を見いだせない獣人の村人って、つくづく愚かだと思う。


「よしよし、あの男が何者か、じっくりと瘡蓋を剥がすように、火傷した水ぶくれの薄皮を剥がすように調べていこうではないか」

 それにしても、何者なのだろうか? 付けられている、つまり調査されているのは間違いない。

 誰が、何のために調べているのか。それのどちらかでも判明すれば、もう一方も判明する。

 未だ未接触の王宮サイドか、色々やらかし、やらかされているギルドか、意表を突いて宗教関連か? クロがまったく知らない第三勢力か?


「付きまとうのがたった一人って事で、個人の依頼の線もある。アレッジの親爺さんが私怨のため人を雇ったとか? うーん、楽しみだねぇ」

 クロの能力は人種を遙かに超えている。加えてチョコの能力もある。彼女にその気は無くとも、他者に対する優越感を持っている。それを責める謂われは無いが、増長していたと指摘されても仕方ない。


 クロはこの時、あのような展開になるとは思いもしていなかった。

 

 

 して、さらに翌日。

 チョコは、本格的に体力とエネルギーをもてあましていた。それはもう、うざいくらいに「かまって病」を発症していた。


「それでは、明日にでも魔界へ潜ろうか?」

「さんせー! もぐるもぐる!」

 ベッドの上でピョンピョンと飛び跳ねるチョコである。


 そうと決まれば善は急げ。朝ゴハンを済ませてすぐに攻略者ギルドへ向かった。普通の攻略者は、思いついたから明日潜るわ、などと考えたりしない。クロが特別なのだ。

 ウキウキお出かけ気分のチョコを先頭に、ギルドまでの道を歩く。……相変わらず、ストーカーが付けてきている。だんだんウザくなってきた。


 クロが魔界へ潜ろうと決めたのは、ストーカー対策でもあった。

 四六時中監視されている生活は堅苦しい。さりとて、背景が解らぬうちに始末すると後顧の憂いが残る。直接手出ししてきたら、例えば、スケベな行為に出てきたりしたら、あっさり殺れるのだが、というレベルまで鬱憤が溜まっている。

 そこで誰も入ってこられない魔界へ潜ることで、一時的にストレスから逃げ、リフレッシュしようと考えたのだ。魔界攻略がリフレッシュになるか否かは、一般攻略者の頭を充分捻らせる事の出来る問題であるが。


 攻略依頼の依頼ボードの前に立つクロとチョコである。

 朝だというのにずいぶん賑わっている。勇者が大魔界に現在潜っているという事例が、攻略者にやる気を起こさせているのだろう。


 ……なのだが、クロがボードに近づくと自然と人が除けていく。

 悪名のため一目置かれているのか、下手に痴漢と間違われて指を折られるのを避けたのか、どちらかだろう。

 ちなみにチョコに差別的行動を起こす者はいない。こないだ「そういう目をした」と言う理由だけで、クロに顎関節を外された男がいたからだ。


「さて、どれにしようかな、神様のいう通り」

 指が止まった場所が、偶然獣系の魔界だった。最もスタンダードな魔界である。

「これにしようと思うのだが、チョコちゃんはどう思う?」

「うーんとね」

 チョコは文字が読めなかったが、クロと付き合うようになって、幾つかの名詞は憶えた。「魔獣」「魔法」「鉱物」「魔界」「魔宮」「攻略者ギルド」「お肉」、この辺りだ。


「魔獣の魔界だから――」

「あーっ! チョコ読めるのに! 今それ言おうと思ってたのに! 取り消して!」

 チョコが怒った。数少ないチョコが知ってる文字が書かれた依頼書だった。

「あーゴメンゴメン。これなんかどうだろうね、チョコちゃん」

 クロは仕切り直した。

「うーん」

 目をつぶり、額に皺を寄せ様と努力し手いるがお肌ツルツルな年頃なので皺は寄らないが、耳をイカ耳にして、深く考える体のチョコである。

「まじゅうのまかい、か。いいんじゃない?」

 大人の回答である。チョコは大人の回答をした。


「よしよし」

 クロは笑いを堪えながら依頼書を剥がした。



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