破邪の術
幻術を簡単に破る方法があるとクロは言う。例え猿であっても。
「あるのか?」
ザラスが身を乗り出した。
「レニー君ですら破ることが出来る簡単な方法がある」
「だったら誰でも出来る!」
ザラスと2人の調査員、計3名が身を乗り出した。
今まで発言しなかった調査員まで身を乗り出した。ちなみに、この調査員はクロ専用の調査員として指名された者だ。
また、クロがこの場を支配した。
「実のところ、術の破り方は何通りかあるんだ。まあ、幻覚と催眠術を同一種と見なしての話なのだけれどね。実際、わたしは破る事ができた。両者は同種と見て良いだろう。ならば術の破り方も同一のはずだ。いいかい?」
うんうんと調査員とザラスが頷く。
「幻術は現実に即したリアルな世界なのだが、いくらリアルでも幻は幻、現実じゃない。現実世界の強い反応で、術は簡単に破れる。さあ、ここからが猿でも出来る術の破り方だ!」
3人は身を乗り出した。だんだんとクロの話術に引き込まれていく。
「さっき言った。生命の維持は催眠術に優先すると。ならば生命に危機を感じれば術を破ることができるということだ。最も簡単でかつ効果的に受け取る生命の危機は『痛み』だ。ぶっちゃけ、刃物で腕や足をぶっ刺せば、現実の強い刺激、つまり痛みで目が覚める。どうだい? 簡単だろう?」
「なるほど……いやまて、それで術は破れるのだろうけど、当事者が術に掛かったか掛かってないかが判らないって問題が残ってるぞ!」
「それも対応できる。たとえば、充分消毒を施した返しのない鏃を使った矢を用意する。弓は小さいので良い」
「ふんふん」
特殊な術でも込めるのだろうか?
「魔物が術を仕掛けてくると想定しておいて、少数で突入する。幻術が来ると解ってるだけで少しは術に対応できる。そして、本人が掛かってるかどうかの判断ができないとなれば、後方の者が判断する。術に掛かったのに気づいてないようだな、と思えばためらいなく先発隊の尻を撃つ。矢で!」
「ひでぇな!」
思わずザラスはのけぞった。
「だからさ、すぐに抜けるよう返しのない矢を使えと言ってる。おまけに威力の低い弓を用意しろと、人体に優しい手法も考えてやったのだ。今どうするといわれてパッと思いつくのはこの程度だ。ザラス先輩の方でブラッシュアップすればいい。弓矢に拘ることはない。基本を踏み違えなければ他の方法もあるはずだ。」
確かに使える。荒っぽいが。
それに初見の相手に対し、また、ギルドすら掴んでいない術に対し、いきなり対応策が出ただけでも御の字だ。
希望が見えた。
「さらに、鏃に溝を掘ったりパイプ状にして大量出血を誘うような作りにしておくといい。痛みを感じたらすぐ抜かないと出血多量で死んでしまうとメンバーへ、前もって意識を刷り込んでおけば、痛感と命の危険を直結させて術から醒める確率がさらに高くなる」
「おまえ、こういう非人道的な事を考えさせると天才だな!」
クロは何か言い返そうとしたのだが、お膝でチョコが身じろぎをしたので、口をつぐんだ。
「幻覚魔界を攻略するめどは付いた。クロのおかげで。あとは俺たちで考える。これで攻略出来なきゃ、あっさりと諦めるさ!」
ザラスの顔が攻略者のそれになった。
チョコが口をモニュモニュさせている。本格的に目を覚ます様子だ。
「では、暁の星は引き続き魔法系魔界を攻略する! チームのみの攻略でいいですね?」
「おうよ!」
ザラスの返事が良い。
クロはしめしめとほくそ笑んでいる。
「じゃ、わたし達は帰って良いかな? 報酬は後でもらいに来るよ。それから、幻覚に対するアドバイスなら受け付けるよ。もちろんお友達価格で提供させていただくさ。あと、晩ゴハンの件も忘れないでくれたまえ。それでは、健闘を祈る。はっはっはっ!」
まだ寝たりないのか、ショボショボと目をこするチョコの手を引いてクロは部屋を出て行った。
ギルドを出ると、空は一面の星空。時計の針はてっぺん近く。
クロとチョコはまっすぐ宿へ向かって歩いていた。
「あ、馬車の手配をお願いするべきだった。ダメ元で」
「ねぇねぇ、おねえちゃん。なんのお話をしていたの?」
「クローズ話法のお話をしていたのさ。わたし達に攻略させるか、一緒に攻略するかの二択から、どうやって攻略するか、の一択に誘導しただけだよ。難しいお話じゃないさ!」
「ふーん」
さして興味のなさそうなチョコである。
「たまには夜のお散歩もいいね。まるで不良少女になったみたいだ」
「ふりょうしょうじょだ! わるいこだ!」
わいわいきゃいきゃいとお喋りしながら2人の女の子は宿への道を歩いていった。
次の日は完全休日とした。
朝から雨が降っていたので、チョコも外へ出る気がしないようだ。雨の日に、お外へ出ると体毛が湿気を吸って重くなって鬱陶しいのだとか。
なんだかんだでベッドでグズグズしていたら、宿の女将さんに叩き起こされた。
「まったくもう、若いモンが朝っぱらからダラダラと。あたしゃそういうのが一番嫌いなんだよ! 朝ご飯用意したからさっさとお食べ!」
女将さんの箒においたてられ、へいへいと首を縮めて食堂へ降りるクロとチョコであった。
「夜中にギルドから呼び出し食らったかと思ったら、昨日のあんな遅くにフラっと帰ってきて! 若い女がそんな遅くまで遊んでんじゃないよ!」
「いや、遊んでいた訳じゃないんだが。わたし魔界攻略用の戦闘服を着てたよね? お仕事だよ」
「嘘ばっっっっかり!」
「伸ばすねぇ」
「魔界へ潜ったっていうんなら、どうしてあんな綺麗な服で帰ってきたんだい? 破れどころか土汚れ一つ付いてない。疲れた顔どころか、つやつやしてるじゃないか? どこをどうしたら身綺麗なまま、魔界から帰ってこれるんだい! 魔界にかこつけて男と遊んでいたろ? 反論できるモンなら反論してみな!」
「はっはっはっ! そんなものすぐ論破して――」
「チョコ子や、昨日クロの周りに男の人がいっぱいいただろう? 楽しかったかい?」
「うん、いっぱいいた。たのしかった!」
「あれぇ? 論破できないぞ?」
ギルドでの評価はウナギ昇りだが、宿屋での評価はだだ下がりであった。
次の日は、昨日の雨が嘘だったみたいにカラッと晴れた。
クロは朝早くから洗濯して(家庭的なところ有るんだね:女将さん談)、干しているとチョコがまとわりついてきた。
「ねぇねぇねぇおねえちゃんどっかいこうどっかいこうどっかいこう!」
「はっはっはっ、仕方ないなぁチョコは」
最近、甘えるという事を憶えたチョコは、そのスキルを大いに活用していた。
「洗濯物を干し終わったら、町へ行こう。早く洗濯物を干せばそれだけ早くお出かけできる。たとえば、お手伝いしてくれるとか?」
「チョコてつだうー!」
チョコが洗濯籠から洗濯物を出して、クロが干すという流れ作業で、朝の行事は素早く終了した。
「さてさて、町へ出たものの、だ。暁さんは鏃を研ぐ内職で忙しいだろうし、不足しがちな下着でも買おうか? この世界の下着って、そこそこ良いデザインだし着心地も良い。昭和末期レベルと張り合える」
2人は、あれでもないこれでもない、あれがいいこれがいいと、何軒か店により町をうろついて楽しんでいた。
お昼はいつも通り屋台の何かの肉で済ませ、次は生活便利道具でも漁ろうかと店を選り好みしていた頃である。
「なあチョコちゃん」
「なーにー?」
クロは後ろを気にしている。
「同じ人の匂いがずっとしてないかな?」




