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報告会と対策


 とりあえず短い仮眠と軽い食事を含めた小休憩を終え、クロのたっての頼(臭い)みで湯浴みして身綺麗にしたザラスは、事情調査室のドアをくぐった。


 どうも嫌な予感がする。


 いつもの見慣れた風景。大きなテーブルがあって、向こうに調査員が座っている。

 いつもと違う点は、調査員がすでに着席していること。調査員が2人いること。攻略者が座る椅子が二つあって、その一つにクロが座っていること。そしてクロのお膝で獣人の幼子が寝ているところだけだ。

 確信した。嫌な予感だ!


「かけたまえザラス君」

 営業スマイルを浮かべる調査員が椅子を勧めた。彼の前には調書が置かれている。

 ザラスは小さく頭を下げてから着席した。人に頭を下げたのは何年ぶりだろう。


「このたびの件、誠に申し訳ない。また、俺たちに救いの手をさしのべてくれたことに感謝する」

「おや、レニー君達はどうしてるんだい?」

 クロはよそ行きの笑顔だ。こんな顔も出来るんだな、この女は。まあ3割り増しの美人になるから良いか。

「みんな寝てる。ああ、それからクロ。改めて礼を言う。ありがとう」

「礼はもう受けたから良いよ。報酬がらみだしね」

「そう言ってもらえると助かるぜ」

「晩ゴハンの件、忘れないようにね。あのときは実に感動ものだったよ!」

 この一言さえなければ惚れてもいい女なのに! とザラスは思った。


「さて、お話を続けよう」

 調査員が話の流れをまともに戻してくれた。ありがたい。

「クロ君から、君たちを見つけるまでの話と、問題の魔獣の能力を聞き終わったところだ」

 そして調査員は横を向き、にやけそうになるのを堪えた。


 ――どうせクロのことだ。俺たちの惨状をおもしろおかしく2割り増しに話したに違いない。


 ザラスは頭を抱えたくなる衝動を必死でこらえた。


「こほん! ザラス君の攻略話は後に回そう。幻覚を使う魔獣の事を詳しく聞きたい。よろしいかな?」

 よろしいかな? と言ってるが、これは強制だ。ギルドは例の魔獣を問題視している。十中八九、初出の魔獣。ザラスも聞いたことがない。ギルドも未確認のはずだ。


 ザラスは説明した。

 魔獣の目を見ると、幻覚の魔法にかけられることを。

 それは抗うことが出来ず、なにより、いつ掛けられたか判断できず、掛けられたことすら知り得ない。初見殺しの最たるもの。

 そして、たとえ掛けられたと知ったところで、抜け出す方法がない。

 暁の星にも魔法使いはいる。彼も幻覚の魔法にかかってしまい、クロが助けに来るまで抜け出すことは出来ず、それが幻覚であることも知り得なかったのだ。


「ちなみに、何を見てたんだい?」

 クロがニチャッとした笑顔で聞いてきた。

 ザラスは思う。こいつ、知ってて聞いてきたな。


「俺はドラゴンと戦っていた。凄く良い勝負だった……」

 ザラスは実力以上の力を出していた。ドラゴンは強かった。だが、戦いにならない相手ではなかった。

「……俺みたいに何かと戦っていたり、魔界を攻略していた者が5人。金持ちや貴族になってたのが3人。女と遊んでたのが4人。完全な自由を得たと言ってたのが1人」

「完全な自由って言ってたのって、全裸でうろうろしていた人かい?」

「……そうだ」

「早めに解雇することをお勧めするよ」

「……考えておく」

「レニー君は、女だね?」

「……そうだ」

「相手は?」

「俺に聞くか? ってか、調査員よ、なんでクロに依頼した? 他に人がいたろ? 最悪な人選しやがって! 嫌がらせか?」

 クロを相手にしてたら無性に腹が立つ傾向になるのはなぜだろう?

「まあまあ、ザラス先輩、落ち着いて!」

 そのクロが、人ごとみたいにザラスをなだめようとしているのが、これまた腹立つ。

「先輩、幻の感想を聞きたい。大事なことなんだ。ひょっとして楽しかったかい?」

「何を聞くかと……いや、まてまて……」

 ザラスは用心深く考え込んだ。彼は筋肉質だが、脳の回転は人一倍滑らかだ。


「俺は、ドラゴンなんて伝説級の魔獣を相手に良い勝負が出来ていたので……というより、俺の望む展開で戦いが進んでいた。楽しかったな。確かに楽しかったぞ! なぜだ? 他の連中も、楽しい夢だったのだろう。金持ちだとか女だとか、もっとも望む物を手に入れる夢か。なぜ、悪夢を見せなかったんだろう? 敵に精神的ダメージを与えるなら、残酷な幻を見せるはず……」

「だから、目が覚めなかったのだろうね」

 物知り顔でクロが頷いている。


「なんでだよ?」

「うんうん、目が覚めたくない。夢なら醒めるな! 的な? 恐るべしだね、魔獣の魔法!」

「何を言って……あ!」

 ザラスはクロが言ってることを理解した。ザラスは頭が良いのだ。

「俺たちが望んだってことなのか? だから醒めることもなかった。魔獣は望む夢を見せていただけ。それだけで夢と気づかず、また醒めようともしない、ってか?」

「うふふ、だとしたら、まさに魔なる術だね」

 敵は勝手に衰弱して死に至る。魔獣は何もせず、ただ死を待っていればよい。

 今回、幸運だったのはザラス達の体力値が高かったことだろう。


――それはおかしい。


 ピンと来た。殺すためなら、3日も4日も幻覚にかけておく必要はない。この場合、むしろ生かしておいたと取るべきだ。

 何のために?


「良いかな?」

 調査員が割って入ってきた。苦笑いしている。

「大事なことは、クロ君がほとんど聞き出してしまったようだ。ところでクロ君!」

「なんですか?」

 調査員はクロに顔を向ける。

「君、幻覚に詳しいね。なぜ君だけ幻覚の術に掛からなかったんだろう? それとも、君は特別な能力を持ているのかな?」

 調査員の眼光が鋭くなった。きゅっと目が細められる。まるで詰問だ。


 このくらいで言いよどむような柔なクロではない。言い訳、もとい、対抗策はとっくに考えてある。むしろ想定通りの質問すぎる。

「このケースだけ特別だね。聞いてくれ。わたしの故郷、アキツシマっていうんだけど、そこには催眠術師が大勢いるんだ」

「催眠術師?」

 この世界に催眠術は存在しない。魔法がありふれているからだ。心理学という言葉(ワード)すら無い。


「魔力を持たない普通の人さ。ちゃんとした職業だよ。被験者に幻視幻聴幻蝕などを体験させる事が出来る。勉強と実習を重ねれば、ほとんどの人が就業できる職業だ。目的はショー的なのものから、病気の治療まで。単純に瞼を開けなくさせたり、複雑なのは対面恐怖症を軽減させたりすることが出来る。ただし、自らの生命の維持に関する事柄は術より優先されるそうだ」 

 一気にしゃべった。事実に伴う嘘は得意だ。そして間違いじゃないから始末に悪い。


「さらに催眠術は、掛ける者と掛けられる者の信頼関係で成り立つんだ。へそ曲がりな者や、猜疑心の強い者は掛かりにくいらしい。そこが魔獣の幻覚術と違う点だな」

「……クロ君は催眠術に掛かったことはあるのかね?」

「掛けてもらったことはあるけど、なぜか掛からなかった」

「「だろううね」」

 調査員とザラスの言葉がかぶった。


「どういう意味かな? まあいいや。結果から言うと、わたしも幻を見た。だけど、わたしは催眠術を知ってる。これは幻覚だと判断できた。だから破れた。術を破るには、わたしのような知識と強い精神力が必要だ」

「クロ君のような資質を持ってないとだめらしいね」

「もう一度言うけど、どういう意味かね?」


 クロは1人ご立腹だった。


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