チーム暁の星救出作戦
魔界に足を踏み入れてしばらく。魔獣の死体が幾つか転がっていた。猿っぽい魔獣だ。魔晶石や爪、牙などが抜かれている。
切り口も手際が良い。良い教科書になる。
「レニー君の死体はないね」
「あんしんだね」
なら、この先まで進んだのだろう。という事で魔獣の死体が見えないところを選んで食事の用意に入った。
時間的に晩ゴハンである。お昼寝をたくさんして睡眠は充分とれているが、これより昼夜逆転の生活が始まる。
栄養を取り気力を養う必要がある。暁の連中はちょっとばかり放っといても頑丈だから大丈夫だ。
ある程度、こうなることを予想していたクロは、お弁当を作っていた。チーズやハム、鳥肉の燻したのとかいろんなのを挟んだサンドイッチ。パンは硬いのを使ったが、クロもチョコも気にしない。ニコニコ顔でバリバリと噛み砕く。
「昼夜が逆転してるから、朝ご飯感覚だね」
「すごい! なんか、こう、すごい!」
チョコは大晦日に親公認で夜更かしする子どものようにはしゃいでいた。
たっぷりの量を食べ、水分も充分に取り、腹が落ち着くまで休憩を取った。
「さあ、本番! 出発しよう!」
「レニーくん、いきてるかな?」
「生きてると良いねー」
グネグネと曲がりくねった道をクロは普通に、チョコは早足で歩き出した。
途中何度も休憩とおやつをはさんで進む。
そこかしこに壁が焦げていたり、抉れていたりと激しい戦闘の痕がある。
直立歩行した犬っぽいのとか、猿の顔をした小柄の人間だとか、魔物は多種にわたっていた。
「武器も持ってないし、爪も長くない。身体もひ弱。魔法による攻撃を主体とする所以かな? 魔法に全振りして他の機能を捨てた結果かな?」
クロ達の感覚で昼ゴハン休憩を挟み、おやつも休憩も過ぎた。あと4時間も歩けば魔王の扉に辿り着くかという頃。
チョコが反応した。
二人仲良く手を繋いで歩いていたのだが、チョコが握る手に力が入る。大きな耳がフレキシブルに動き、お鼻がクムクムと匂いを嗅ぐ。クロは腰から戦斧を抜いた。
魔界だと機能を大きく制限されるクロの遠隔感知力場であるが、チョコの五感による探知能力が制限を充分に補っている。チョコがいるから、クロは常に先手を打てるのだ。
「あっちからレニーくんのにおいがするよ!」
ぐっとカーブした向こう側をチョコが指さしている。
「生きてるかい? レニー君だけかい? 魔獣は?」
矢継ぎ早に聞くクロ。チョコは耳と鼻に意識を集中している。
「ウンコとオシッコの匂いがじゃまで……」
現場は相当な修羅場になっている模様。
「ザラスさんの匂い……おぼえのある匂い……12人ぶん。死んだ匂いはなし。あと、レニーくんの匂いに栗の花の匂いがまじってる。なんだろ?」
首を捻るチョコ。
「なんだろ?」
同じく首を捻るクロ。
「魔獣は?」
「1ぴきだけ。羽根のおと……天井のあたりから」
「たった1匹にやられたのか? 暁の星12人を? 言っては何だが、ザラスは変態中年にみえてまだ20代。一流の戦士だ。金魚のうんこみたいにくっついてる戦士もそこそこの腕。レニー君だって……町のチンピラに負けるような腕はしてない」
手練れが12人。彼らを一撃で沈黙させる力を持つ魔獣。
皆、一様に伸びている。それも死ぬことなく。
恐るべき敵は何者か?
考えていても仕方ない。幸い、向こうはこちらに気づいてなさそうだ。クロは飛び込むことにした。
高いところにいる飛行タイプの魔獣。クロは左手に鉞を取る。
「チョコはいつも通り、隠れていろ!」
「りょーかい!」
チョコは壁を背に付け、自分の分とクロの分のバックパックを体の前に配置し、頭の上に盾を乗せる。
守りは堅い。
「いくぞ!」
クロは右手に戦斧、左手に鉞を持って飛び出した。
クロは見た!
高所の出っ張りに、長い髪を垂らした女の顔と乳房を持つ鳥の魔獣!
「あいつか!」
鉞の投擲ポーズに入る!
魔獣がクロに気づいた。クロと魔獣の目と目が合う!
ビュン!
クロの視界が変化した。見える景色が変化した。
「なんだ?」
見覚えのある風景。広い部屋。現代日本のプラスチックっぽい広い部屋。その部屋のベッドにクロは寝ていた。裸で。プリッとした乳房をむき出しに、シーツを腰に巻き付けて。
ドアが音を立てて開き。男が入ってきた。
――その男は!
「違う!」
いるはずがない男だった。
クロは強制的に脳の覚醒機構を起動した。電子シャワーが脳細胞を洗い流す。
目に見える景色が魔界のそれに変わる。
クロは投擲のポーズ半ばのまま、バランスを崩し、倒れかけている最中。幻覚か!?
「でぇい!」
気合い一閃! 体を庇わず鉞を投擲!
体を捻りながら床に転がる。鉞は回転しながら一直線に鳥魔獣へ向かう。
魔獣が羽ばたき、ふわりと体を浮かべる。鉞は軌道を修正。魔獣の胸に直撃!
「ぎょぃやぁー」
老婆のような嗄れた声で叫び、魔獣が落ちる。全くの無防備状態で床に激突。そこに、素早く起きあがっていたクロが迫る!
「ふんッ!」
横倒しになってる魔獣の顎から首にかけて戦斧を振り下ろす。
ガツンと音を立て、戦斧が床まで振り切られ、魔獣の首がすっ飛んでいく。
クロは魔獣の死体に背を向けた。
累々と横たわる暁の星のメンバー……立っているのもいる。うつろな目で立ってるのが2人。うち1人はザラス。寝ころんでいるヤツは、素っ裸のもいる。どういう状態?
レニーは……白い尻を出してうつぶせに。腕で体を支えた姿勢。腕立て伏せをしている。
「ああ、幻覚から醒めてないんだな。世話のかかる!」
クロは一端、戦斧を腰に吊した。
虚ろな目をして徘徊しているザラスに、スタスタと近寄り往復ビンタをいれる。
「はぅっ!」
ザラスの目の焦点が定まった。
「な、なんだここ? ドラゴンは? エンシェントドラゴンは? はっ! お前はクロ! どうしてここ暗黒首括り魔竜城に来れた?」
「誰と何処で戦ってたんだ? ……魔法にかかってたんだね。幻視幻聴幻蝕その他諸々、全部魔獣の魔法だ。あなたは4日ばかり幻覚と戦ってたんだ。よく飢え死にしなかったね。自分の無駄な体力に感謝するがいい。それと助けに来てくれたブラックチョコレートにもね!」
「え? あ? ああーっ! あの怪鳥! あいつの目を見てからッ!」
床に転がってる魔獣の顔を見て、全部合点がいったようだ。
殴りかかろうとして、足をふらつかせ膝をついた。まともに歩くことが出来ないほど体力を消耗している。
さすがのクロも手を伸ばして支えてやった。
「す、すまねぇ、恩にきるぜ」
「お礼の言葉は全員から後でゆっくりゴハンの席で聞かせてもらうから、お仲間を目覚めさせるのを手伝ってくれ。チョコー!」
「すんだ?」
角からひょっこりと顔を出すチョコ。耳のよいチョコは、音だけで戦いが終わったことを察知していた。
「チョコ副隊長! 先頭で哨戒!」
「りょーかい!」
したたた! とクロとザラスの前を走り抜け、道の先で耳をそばだて鼻を動かし、両手を強く握りしめ、警戒態勢に入る。
「よーし、魔獣はチョコに任せて。さあザラス先輩、ゆっくりとみんなを叩き起こそうではないか」
「おい、あんなちびっ子に哨戒に立たせて大丈夫か? しかも獣人だぞ!」
ザラスはふらふらしながらチョコを指で指す。
「その獣人がいたから先輩は助かった。ほら君たち起床時間! マスかきやめー! おパンツ上げろー! 起きろ起きろ!」
クロは片っ端から、文字通り叩き起こしていく。
「クロ、お前何で幻覚が利かない?」
「そうだね、ふむ」
クロは考えた。まさか脳に覚醒機能を備え付けているとは言えないし信じないだろう。
「わたしの国でねはね、催眠術って普遍的な術があってね。こういった幻覚には慣れてて利かないんだ」
幻覚であると見抜いたのはクロの知性であり知識である事だけは正しい。そこを膨らませただけだ。
「そ、そうか?」
「それはまた時間のあるときにゆっくり話そうではないか。さて、問題はレニー君。この子、何と戦ってるんだ?」
「さあ?」
レニー君はお尻を出して、つまりズボンを膝まで下げた状態で、特殊な腕立て伏せ運動をしていた。
ザラスはその動きに覚えがあった。だから、レディーであるクロに対し、大変失礼なことと身を恥じた。ましてや、助けに来てもらった手前もある。
「こいつ、殺していいや」
「うーん、チョコちゃんの情操教育上、よろしくないよね。よし、ひと思いに!」
クロが戦斧を振りかぶったときだった。
「クロっ! ああ、クロっ! ああーっ!」
レニーが下半身を振るわせた。
「お姉ちゃん! なんか栗の花のにおいがしてきたよ! まじゅうかな?」
「チョコちゃん、それは無視してちょうだい。こっち見ないで前に神経集中!」
「はい! しゅうちゅう!」
レニーの体がビクンビクンしてる。
「ザラス先輩。こいつ面白そうだから生かしておこう」
「ったく! 起きろレニー!」
ザラスがレニーを蹴飛ばした。
ごろんと仰向けになり、カッと目を見開いた。
「俺の女に何をする!」
ガバリと立ち上がる。
その目の前に狐目で笑っているクロ。横に、チベットスナギツネもかくやという目をしたザラス。2人が並んで立っていた。
「おはよう、レニー君! 君の女が助けに来たよ。君たちは幻覚魔獣によって幻を見せられていたんだ。魔獣の目を見たろ? 目を見たら最後、自分がもっとも望むシーンを見せてくれるんだ。やあ、レニー君はどんな夢を見ていたのかな? お姉さんに教えてくれないか? 誰の女がクロさんだって? 幻のクロさんと何をして楽しんでいたんだい?」
レニーは、一瞬で覚醒した。そして、光の速さで状況を認識した。
「おっ! おおおおおおおーっ!」
獣のような雄叫びを上げ、しゃがみつつズボンを上げた。体を下げつつズボンを上げる。2倍の速度で着衣した。これぞ居合い抜きの極意!
「おおおおおおおー!」
「うるせぇ! バカヤロウ!」
ザラスは、4日間消耗していた男とは思えぬ力で拳骨をレニーの頭に落とした。
「どうしたんだいレニー君? 助けに来たんだよ。わたしの目を見て話をしてくれないかな?」
「頼む、この通りだ。許してやってくれ」
ザラスが頭を下げた。
このやりとりを見ていた暁の星のメンバーも、自分が置かれた状況をだいたい把握した。素っ裸だった男も、恐るべき速さで身だしなみを整えつつある。
「準備は整ったかな? 荷物は持ったかな? それじゃ、ずっと後ろに下がろう。そこで一旦体調を整えて撤収だ」
男共の足取りは重い。特に先に潜っていたメインメンバーがシャレにならない。立つには立てるが、歩くことがおぼつかない者もいる。
「ちっ! 重い防具の類は全部捨てろ!」
ガラスが指示を飛ばす。
「後で拾いに来ればいい。食いもんと水だけ残してあとは捨てろ!」
のろのろと体を動かす暁の星。動けるだけ凄いことなのだ。
その時である。
「お姉ちゃん! 羽の音が聞こえる」
チョコが叫んだ。




