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召還


 夜。

「だっこ!」

「はっはっはぅ! チョコちゃん、乳首を吸うのは止めてくれたまえ」

 


 朝。

 レニーが潜って2日目。クロの予想だとレニーが帰ってこなくてはいけない日らしい。


「チョコちゃん、お昼寝じゃなくて朝昼寝しよう」

「さっき起きたばかりだから眠くないよ?」

「さあ、トントンしてあげる。トントン」

 チョコはすぐ眠った。お昼ご飯の声を聞くまで寝た。


 昼食後。

「チョコちゃん、お昼寝しよう」

「あさもおひるねしたよ?」

「さあ、トントンしてあげる。トントン、トントン」

 チョコは、おやつの声を聞くまで寝た。

 おやつは鳥肉を揚げたものと濃いめのスープとパンだった。

 晩ご飯と言って良いおやつを食べて終わって、クロ手製の何かの葉っぱで作った頭がやけにスッキリするお茶を楽しんでいたときである。

 宿にギルドから急ぎの使者がやってきた。


 女将さんに呼ばれて、使者に会ってみると――。


「急ぎ、ギルドまで来るように」

 既に宿の少ない客と女将さんが、何事かと集まってきている。ご近所さんも何事かと顔を出して覗いていた。表が馬車で塞がれていて迷惑なのだろう。


「これは攻略者契約条項9条の3にあたいする、攻略者を管理・監督する立場の者、つまり攻略者ギルドの権限による出頭命令がでた。表に馬車を待たせてある。すぐに――」

「ちょっと待ちたまえ!」

 クロは手のひらを使者の目の前、不謹慎なほど眼球に接近させて広げ、会話を阻止した。

 ずいぶんと頭ごなしな使者に、カチンと来ているものがあったのだろう。


「第9条の3は任意のはず。そして、命令ではなく依頼と書かれているが?」

「うっ!」

 クロを甘く見てはいけない。こういった契約事は全て記憶している。穴を探してほじくるためだけに、だ!

「とは言うものの、『任意』による出頭を『依頼』される事に対し、やぶさかではない。その管理者たる面々に命令された貴方の面目を立てることには、いまいち意欲が湧かないがね。これは魔界攻略チーム・ブラックチョコレートに対して発せられた依頼かね? そのとうり? 間違いないね? ふんふん、では10分待ちたまえ。そこへ座ってお茶でも飲んでれば良い。女将さん、有料のお茶を出して上げて」

 そう言い放ち、クロは使者の返事も待たず部屋へ戻った。

「はい、マイルドに仕上げたお茶(薄味)。100セスタ現金前払いでお願いします」

「高いな」

 女将さんは水みたいなお茶で小遣いを稼いだ。水商売とはこれ如何に。



 きっかり10分後。


「お待たせ」

 迷宮へ潜る、いわゆる戦闘服に着替えたクロとチョコが部屋から出てきた。バックパックは背負っていない。クロだけ戦斧と鉞を装備している。


「おやおや、クロあんた、ギルドと戦争でもする気かい?」

「話によって。なにせこれから会うのは、失礼な使者を寄越した頭が高い管理者様でございますから、カタくらいはきっちり嵌めてこないとね。嘗められちゃ商売あがったりだ!」

 笑うクロ。口角を目尻に刺さる程上げて。

「さあさあ使者殿、参りましょう。殴り合う、もとい、斬り合う、じゃなくて、拳で殴り合う準備は出来ております。さあさあ!」

「話し合うって言葉が一つも出てこないねぇ」

 好戦的なセリフを並べながら、使者を押して外に出る。

「おや、お兄さん、よく来るね? 暇なの? 働けば?」

「休暇中なんだよ!」

 やたら体格の言い中年男Aが、やたらスッキリするお茶を飲んでいた。

「さあ行こうやれ行こう!」

 使者の手を引いて馬車に乗り込むクロとチョコであった。

 

 お兄さんと呼ばれた中年男Aは、女将さんに呆れた顔を向けた。女将さんも呆れた顔をしている。

「なあ、女将さん。あの子達、何かやらかしたのか? 無事に帰ってこれるかな?」

「2日以内に帰ってこなかったら、なんて言ってないから近いうちに帰ってくるだろうさ。どっちでもあたしゃ知らないがね!」

 過ぎ去る馬車を見送りながら女将さんは毒づいていた。

「俺もまじめに仕事へ戻ろう」

 中年男Aは頭を振り振り、夜の町へ出て行った。

 

 

 さてはて、攻略者ギルドにて。

 内緒の話をする際によく使われる応接室の一つに、クロとチョコは案内された。

 10畳ばかりの部屋に応接セット。客用ソファにクロが腰掛け、チョコがそのお膝に座っている。

 

「またせたな」

 ほぼ待たせることなく、位の高そうな老人が一人で入ってきた。礼儀としてクロはチョコちゃんをダッコして立ち上がり、偉いさんを迎えた。営業スマイルも忘れずに。

「君がクロ君だね。攻略者ギルドで調査部部長を勤めているグロックだ。掛けてくれ」

 クロは、着座を勧められてから改めて着座した。チョコもお行儀良くクロのお膝の上に着座した。最低の礼儀は守った。 

「休んでいるところを急に呼び出して済まない。また、呼び出しに応じてくれて礼を言う。それと、使者の無礼を謝ろう。あの者は再教育しておく。許してほしい」

「そこまで言われれば何の不満も反論も無いと言っておきましょう。……面白みがないですが」

「今何と?」

「何にも。えーっとブラックチョコレートというチームで呼ばれたのですかな? ああ、ちなみに、ブラックチョコレートは、わたし事クロとチョコとの二人がメンバーです」

 チョコが可愛く手を振った。

「あ、ああ、その通りだ」

「では改めましてご挨拶を。こちらがチョコ。見ての通りとても可愛い獣人です。斥候を担当してもらっています。副隊長職です。わたしがクロ。戦士役です。隊長職です」

 挨拶は大切ですからね。

 このグロック調査部長、獣人を無視する方のタイプらしい。クロはこの手の相手に営業スマイルを崩さないタイプの女の子だ。


「時間が残されていないので単刀直入に言おう。暁の星が魔界で連絡を絶った。調査に出向いてもらいたい」

 クロは黙り込んだ。営業スマイルを顔に固定したまま。

 いや、驚いたわけではない。なぜならクロはこの事を予想していたから。レニー君が救出に出て行った時点で失敗は目に見えていた。ザラスの手に負えない魔界が、童貞のレニー君に攻略できるはずがない。ただ単に、この状況を盛り上げようと小芝居を打っただけだ。

 そしてきっちり、計ったように3秒間黙った後、口を開いた。


「報酬および条件によっては引き受けましょう。詳しく順序立てて、先入観なく簡潔に説明してください」

 真っ先に報酬の話が出た。体育会系情熱家のグロックは唇を微かに歪めた。呆れた意味で。


「遭難したメンバーは暁の星全員。12名だ。潜ったのは4日前。ザラスを含むメインメンバー8人。予定日を過ぎても戻らなかったため、控えのメンバーが2日前に潜った。これも予定の昨日中に戻ってこなかった。そこで捜索を出すこととなった」

「ほほう、攻略者の安全のため日程や捜索管理をギルドはしておられると。ずいぶん手厚い保護が受けられるんですね?」

「そういったフォローがあって、攻略者ギルドの信用は築かれていくのだ」

「人手不足は否めない。ペイペイの新人は無視するが、さすがに暁さんほどの手練れとなると、その損失は痛い。そういうことですね、解ります。管理職は苦労しますね」

 グロックは嫌な顔をするのを堪えている。


「依頼内容は、まず第一に彼らの消息報告。これは確実に報告して欲しい。最優先だ。そして第二に、彼らの救出。生きている者だけで良い。これは強制ではない。君たちが戻って来られれば、騎士隊を向かわせる。だが、君たちの手で救出してくれることを私個人が望んでいることを憶えていてくれ。質問があれば答える」

「なにやら政治的な意図を感じますが」

 グロックはそのクロの発言を無視した。

「報酬はこれだけ出そう」

 提示された金額はクロ達が1回の小魔界攻略で得られる全利益の約半分。高額ではないが、見て帰ってくるだけなら割が良すぎる金額だ。

「さらに救出してくれれば、一人頭これだけだそう」

 ちょっとした魔晶石のお値段に匹敵する額だ。


「どうしようかチョコちゃん。この仕事受ける? 断る?」

 グロックは腰を浮かせそうになるのを我慢した。

 獣人、しかも子どもであるチョコに、暁の星の命運を握らせるのか?

「ねぇねぇ、レニーくんも帰ってきてないの?」

「だねー。いい気味だねー」

 心配顔のチョコと笑顔のクロ。優しいチョコと、性悪のクロ。対照的なのは性格もだ。

 チョコちゃんの答え次第で、ブラックチョコレートの行動が変わる。

 暁の命運はチョコという幼い獣人に握られている。

 ザラスを助けたいグレッグは、苦虫をかみ殺すのを堪えている。なんで、獣人に頼らねばならないんだと。


「レニーくん、もうゴハンをずっと食べてないんでしょ? かわいそうだよ、助けてあげようよ!」

「チョコは優しいね。偏屈な思考を持つ一部の人間とは大違いだ。そうだねー……」

 偏屈な思考を持つ一部な人間のクロはちょっとだけ考えた。

「攻略者一人の値段がそれだけですか、などとは心にも思いませんが、報酬はそれで満足です。幾つか質問に答えていただけますか? その結果次第ですが、前向きに考えましょう」

「もちろん質問は受け付けよう。私が話しきれていない事もあると思う」


「では……」

 クロはまた考えた。


「その小迷宮のタイプは?」

 素直な質問にグロックはホッと一息ついた。

「彼らが潜ったのは魔法系の小迷宮だ。クロ君も知ってのように、どのような魔獣が出てくるかまでは解らんが」

 魔界の初期調査は入り口付近の様子と、最初の魔獣に一当てするだけ。報告はそこまでとし、タイプや大きさは調査部の別部門で決定公表する。だから、けっこういい加減なのだ。それを踏まえていない攻略者など一人もいない。お花畑新人は別として。

 この場合、騎士団から上がる報告は以下の通り。

 「規模はたぶん小魔界。出てくる魔獣は魔法を使うでしょう」

 攻略者はこの程度の情報で魔界へ挑まねばならない。後は自己責任だ。

 もっとも、魔宮のサイズだけは間違ったことがほぼ無い。年に1度あるかないかだからだし、文句を言いいそうなヤツはだいたい死んでしまっている。


「たぶんねー、魔王の門の所までか、あるいは魔王の間に入ってると思うんですよねー……」

 クロは天井を見上げ、独り言を言いつつ考えていた。

「ザラス達を救助するために魔王を倒さねばならないとなった場合、倒しても契約上問題無いかな? それと万が一倒した場合の報酬は誰が手にするのかな?」

「契約上問題はない。魔王を倒せなかった時点で攻略失敗扱いだ。だから次の攻略者が魔界を攻略したことと同じ扱いとなる。報酬は通常の魔界攻略と同等。後で説明するつもりだったが、名目上、新たに魔界攻略の契約をした新しい攻略者が、攻略のついでに遭難者を助けた、と理由付けされる手はずだ」

「理解した」


 またちょっと考えるクロ。


「なぜ、魔宮騎士団が救助に向かわないのかな? 例えば、お国に属する騎士団が動くと民間団体攻略者ギルドの立場がないとか? そもそも暁さんの遭難を秘密にしておきたいのかな? 最悪、公には大ダメージを受けて撤退した事としておきたいとか? ザラス先輩のために」

 グロックは苦虫を百匹ばかりかみ殺し、飲み込み、顔を歪め、ついでに顔色も変えた。

「その通りだと受け取ってもらって結構ッ! 下手に実力者を送ると、ザラス達のプライドに傷が付く。暁の星解散、ザラス引退の台本は採用し得ない! ギルドは暁の星に期待しているのだ!」

「あら、図星だったんだ。ゴメンねテヘペロ」

 それは、およそ世界中で一番似合わないテヘペロだった。

「質問はこれで最後か!」

 もうグロックは怒ることを隠そうとしない。

「まだ受けるとは答えてないよ、部長。やめてもいいし、嘘の報告してもいいし、選ぶ自由はわたしの方にあるのだよ。まだね」

 グロックは落ち着くために静かに呼吸をし、意識的に目をつぶって、そして開けた。

「受けて頂けるかね?」

 静かな、そしてドスの利いた声。普通の攻略者なら、呑み込まれている迫力だ。

 彼は昔、ベテラン攻略者だった。あの勇者が初めて所属したのが彼のチームだった。その実績と自信、そして未だ保持する戦闘力が、この迫力を生み出したのだ。

「立場が悪くなると凄んだりするのは出来ない上司の常套手段だよ。部下が勘違いするから控えたまえ。そのような事をせずとも、この依頼受けるつもりだよ、チョコがOK出したんだからね」

 グロックは何も言わない。ただ、再び顔色をどす黒く変色させただけだ。

「では引き受けるという事でいいな!」

 グロックは念を押した。意味のない意地だ。

「いいともさ。部長のたっての願いを断る攻略者はいないって! さ、契約書を出して。サインしてあげよう」

「……用意してある。今から、追加事項を書き込むから、読んで、確認してくれ。それといつ潜れる? できるだけ急いで欲しい。ザラスが潜って4日も経ってる」

「うーんそうですね。今日明日が生存の限界でしょう」

「現在……」

 グロックが懐中時計を引っ張り出した。

「午後の5時だ。明日朝一番を希望したいところだ。それでも遅いくらいなんだが」

 要らない脅しをかけてきた。クロにとって無意味な脅しだ。なぜなら――

「では、この後すぐで」

「え?」

「馬車出してくれますか? 宿に寄って荷物を持ち出して、その足で魔宮へ向かいます」

「え?」

「えっとぉ、サインはここですね?」

 ペンを手に書類へ向かったクロが顔を上げた。

 予想以上の進展に、グロックは戸惑いを隠さない。


「あ! ちょっとその前に一つだけ聞かせてもらえるかな?」

「なんだ!」

 引き寄せてからの肩すかし。クロの悪い癖だ。

「どうして数多くのチームから、我らブラックチョコレートを選んだんだい?」

 意外な反応が返ってきた。グロックが間抜けな顔をしたのだ。

「君ならザラスも文句言うまい。クロ君と暁の星は仲が良いのだろう?」

「……それは心外だね。どこからそんなデマが?」

 今度はクロが困惑する番だった。

「暁の星のレニーといい仲だって聞くぞ。ほら、レニーが救出に潜った日も、勇者そっちのけでクロが見送りにわざわざ来てたって。目撃者多数だ」

「それは! ……実にわたし好みの話だね!」

 クロは肩をすくめた。それはグロックに連勝していたクロの、唯一の黒星だった。


 ギルドは馬車を出してくれた。今は春終番。まだ日が出ている。馬車は宿に寄った足で魔宮へ向かった。

 ブラックチョコレートが魔宮の門をくぐったのは午後6時。太陽が西の稜線に掛かっている。まだ明るい。

 見定めるため、クロ専属の調査員がくっついてきていた。


「チョコ副隊長。体調は万全ですか?」

「はいタイチョー! お昼寝いっぱいしたので、ねむくありません!」

「これから夜になるけど、夜更かしは大丈夫ですか?」

「よふかし? したいしたいしたい!」

「では、魔界へ突入します! 突入直後にすることは何ですか?」

「晩ゴハンのよういです!」

「よろしい! では突入!」


 調査員は頭を抱えた。

 

 

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