聖女
12/28夜の日間総合ランキングで5位に、12/29朝には4位に入っていました…!
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メイナードは少し目を伏せてから、再び口を開いた。
「僕が受けているだろう呪詛のことは、ルディには言わないでもらえるかな? 彼は僕の身体のことを不安に思って、大分弱っているようだから、これ以上は心配を掛けたくないんだ」
「ええ、わかりました」
フィリアが頷くと、メイナードは自分の手に重ねられたままになっている彼女の手を見つめて、ふっと表情を緩めた。
「君の手がこんなに温かかったなんて、知らなかったよ」
「あっ……!」
メイナードのことを少しでも励ましたくて、つい彼の手に手を重ねていた自分を自覚して、気恥ずかしくなったフィリアは慌てて手を引こうとした。けれど、それを見越したように、彼はもう一方の手をさらに彼女の手の上に重ねた。
骨ばってはいるけれど、滑らかで大きな彼の両手に手を挟まれて、フィリアの頬はまたふわりと熱を帯びた。
「君の気持ちの温かさまでもが伝わってくるようだ、救われる思いだよ。……身体がこんな状態になってからというもの、何もできない自分が辛くて、歯痒くて仕方なかったんだ」
メイナードは小さく息を吐いた。
「それに、日を追うごとに身体が悪化していくのが、目に見えて感じられたからね。もう僕は両親を失くしているから、まだ幼いルディの今後を考えても、不安になって気持ちが塞いでいたんだ」
胸の中に溜まっていた思いを吐き出すかのように、メイナードはぽつりぽつりと言葉を紡いだ。そんな彼の言葉に、フィリアは静かに耳を傾けていた。
今まで、堂々と自信に溢れていたメイナードしか見たことのなかったフィリアは、初めて聞く彼の弱音に、彼の身体だけでなく、いかに心までもが傷付いていたのかを垣間見たような気がしていた。
「……ご両親を失くされているということは、今までメイナード様はルディ様とお二人で、使用人の方々とこのお屋敷に?」
「ああ。とは言っても、僕は魔物との戦いのために家を空けていることが多かったからね。ルディには、きっと寂しい思いをさせていたことだろう」
フィリアは幼いルディの泣き顔を思い出し、やや眉を下げた。
「魔物が出たと頻繁に知らせを受ける度に、メイナード様は魔術師団を率いて戦っていらしたのですものね」
「……僕の力が認められるようになるまでは、ルディも僕も、平民の中でも貧しい暮らしをしていたからね。少しでもルディに喜んで欲しくて、立派な家で彼にいい暮らしをさせてやりたいという思いにも背中を押されていたのだが、その結果が結局これだ。周囲の期待にも応えようとして必死になっているうちに、いつの間にか、僕は大切なものを見失っていたのかもしれない」
メイナードは微かに苦笑した。
「皮肉なものだが、僕はこんな身体になってしまってから、ようやくルディともゆっくりと話せたよ。これほどの時間を彼と過ごせたのは、何年振りだかわからないくらいだ」
「そうだったのですね」
(メイナード様も、ルディ様想いの優しいお兄様ね)
弟のルディへの想いが端々に感じられるメイナードの話に、穏やかに相槌を打ちながら聞いていたフィリアに、彼は温かな笑みを浮かべた。
「僕の話を聞いてくれて、ありがとう。君の優しさに甘えてしまって、すまないね」
「いえ。メイナード様がお嫌でなければですが、その……私たちは、これから家族になるのですから。何か不安に思うことなどがあれば、いつでも共有していただきたいのです」
家族、という言葉を口に出す時に、フィリアの声は僅かに緊張に震えていた。
「家族、か」
メイナードはフィリアの言葉をしみじみと繰り返すと、彼女の顔を見上げた。
「もう一度聞くが、本当に僕などのところに嫁いでくれるというのかい、フィリア?」
彼は躊躇いがちに瞳を揺らした。
「陛下も承知しているし、僕にはとやかく言う権利はないといったような話をアンジェリカからは聞いたが、君ばかりが苦労を背負う必要はないはずだ。以前とは違って、僕は怪我を負っている上にこんな呪いのかかった身体で、しかも平民に過ぎない。あのまま魔術師団長を務めていれば、貴族位を授けられる予定だったと聞いてはいたが、こんな状況では白紙に戻っているだろう。……この家と幾ばくかの金くらいしか、僕には君にあげられるものはないんだ」
フィリアはメイナードを見つめて微笑んだ。
「私は、家もお金も、何もいりません。先程もお伝えしましたが、ただメイナード様のお側にいられるのなら、それで十分なのです」
以前からずっとメイナードのことを慕っていたと言う勇気までは、フィリアにはまだなかったけれど、精一杯の想いを込めて、フィリアは彼に気持ちを伝えた。
彼女の手を挟むメイナードの両手に、少し力が込められた。
「では、ありがたく君の言葉に甘えさせてもらうよ、フィリア。……僕には、アンジェリカではなく、君が聖女のように思えるんだ」
「えっ?」
不思議そうに首を傾げたフィリアを、メイナードは眩しそうに見つめた。
「この国では、回復魔法に長けていて、魔力が高い者を聖女と呼ぶようだが。聖女とは本来、困難な状況にある者に救いの手を差し伸べて、希望の光を与える者のことを指す言葉ではないかと思うんだ。僕にとって、君はまさに聖女だよ」
彼の言葉に、みるみるうちにフィリアの頬は赤く染まった。
「私には過分なお言葉ですが、メイナード様に私がお側にいることを許していただけるなら、嬉しく思います」
「僕こそ、君が僕のところに来てくれたことを、神に感謝したい思いだ。……このような身体ですまないが、これからもよろしく、フィリア」
「こちらこそよろしくお願いいたします、メイナード様」
翳っていたメイナードの表情に少しずつ明るさが戻って来たのを見て、フィリアの胸の中もじわりと温まっていた。




