趣味はゴブリン観察です
僕が転生してからどれほどの月日が経っただろうか。確認する前にわかることは僕がまだ何も成し遂げていないということである。
日が暮れるごとにつけた何千もの傷……でもないな。
うん。傷は丁度30個。切りのいい数字ではあるが別に大したことでもない。
就職してから得た夏休みの何倍もあるけど、大学生の頃の夏休みはもっと長かった。
そんなことよりお前は一ヶ月なにをしていたかって?
特になにもしていない。起きて生肉のかけらを食って寝て、起きる。そんなギリギリの生活を繰り返していた。
割と生命の危機だった。いや、現在進行形で餓死する危機に瀕している。
役所に通報したらゴブリンたちは育児放棄で斬り捨てられること受け合い。ついでに僕が討伐されるレベル。
それでも一応ゴブリン観察はしておいた。情報を集めることしか出来なかったけど。ま、他にできることもないんですけどね。上手く歩けなかったし。
ゴブリンのあまりにお粗末な技術は何とか知ることが出来た。
こいつら金属加工がド下手。
金属製品はないこともない。
が、存在するのは武器だけだ。……ふざけるなよ。
次に食事、焼くという概念すらない。
きっとゴブリンが生肉でも美味しく頂けるからだろう。
実際、この一ヶ月生肉を食べていたが、かなり美味しく感じた。ホントに、内臓を甘く感じるレベル。
でもなければ「ロード・オブザ・○ング」のように、ゴブリンは人を苦しめるものしか作れない、なんて法則があるのだろうか。
僕を楽にする道具も作っていただきたいです。助けてゴブえもん。
そうだ食事と言えば、与えられたた知識にはゴブリンは雑食だとあったが、ゴブリン達には農耕をする文化はないようだ。
少なくとも、この集落にはない。まあ、人間の子供より若干低い程度の知能しか持たず、一度進化したくらいでは、せいぜい小学校高学年レベルにしかならない。
そんなゴブリンが、自分から農耕という概念を作れるとは思えない。
精々、より多くの進化を経たゴブリンがいるか、真似をする対象となり得る生物が身近に居るところでなくては。
……脂肪率だの成人病だのは気にしないことにしておこう。
というか、知識にもあったように、魔力などという謎のエネルギーがあるこの世界に、養分なんて概念がどこまで通用するかはわからないが。
次に、集落の建造物についてだ。
これもかなり遅れている。
もっとも、野ざらしでも十分に生活出来るゴブリンの住居だ。
快適な住居とやらが、どれだけ進歩するかは推して知るべしというやつだろうが。
でもな、臭いのはやめてほしい。眠れないから。
ああ、あとこの辺には対象となる人型生物がいないからか、ゴブリンが女性の敵とされる所以たる苗床の様なものなかった。
幸いな事に僕はゴブリンから生まれてきたらしい。……幸いかわからないが。ゴブリンに転生したのには腹が立つが、母となる存在が不幸でなかったことは、単純に喜ばしい。
それに、苗床から生まれたとなると色々考えさせられるものがあるからね。
何より、もしかしたらゴブスレさんが来ちゃうかもしれないし……なに言ってんだろこいつ。
そして待望のゴブリン観察の結果を発表しよう!
どうやらこの集落には、普通のゴブリン150匹ぐらい、ちょと大きくて強そうな奴50匹ぐらい、明らかにデカい奴10匹ぐらい、それから明らかデカい奴の中でも一番強そうな族長らしき物1匹で構成されている。
まとめると……まとめるのは難しいけれど。
とにかく、この集落の文明は、特異な変化を遂げている。だから一重に言う事はできないが、無理矢理計るとすれば縄文時代よりすこし上と言ったところだろうか。
大雑把すぎるが、これ以上正確に表現するには知識が足りない。
ま、結局、食料獲得の手段は、木の実を拾うか獲物を狩るしかないのである。
ついでに言うと、経験も浅く一度も進化していないゴブリンは、地上を駆けることで獣に劣り、かと言って木を登ろうにも短い手足では難しく、罠を作る知恵も無い。という完璧な無能っぷり。
持って生まれた身体能力と見様見真似の原始的な狩りの技術で兎などゴブリンでも勝てる獲物を探し追いかけるしかないのである。が、大抵失敗する。
小動物でも、ゴブリンよりすばしっこいし、巣に逃げられれば捕まえる事は容易ではない。
その失敗から複数で囲む、罠を作るなどのゴブリンの戦い方を学ぶ。
つまり、必要な失敗なのだ。
「グギャーギャキキッギーーグキャッ」
(ちょっともう一回言ってください)
以下日本語訳
だかである。誰が生後一ヶ月で初の狩に出す奴がいるか?
そんな希望を込めた僕の声を壮年のゴブリンが一蹴する。
「グギャギ、ギャギ、グギャ(全員やる、お前も、餌、とる、自分で)」
たどたどしい言葉だが意味は通じる悲しいことに。意を決した僕は目の前のゴブリンの濁った黄色の目を真摯に覗く。途端に溢れそうになる嫌悪感を意志の力で抑えた。
「ギギャギ、ガーガガ、(いまですか?少し重要な案件を抱えておりまして、後にしていただけないでしょ)」
記憶が曖昧になった今では正確な時間は思い出せないがそう短くはないはずの社会人生活で生み出された真面目に嘘をつく力。僕が本領を発揮する前に容赦のない言葉で断ち切られた。
「グギャ(飢えるか、やるか、選べ)」
最後通牒と言ったところか、お前は鬼か!いや鬼だな小鬼だったな。
はぁ仕方ない、やるか。そもそも僕の嘘が通用するのは三割程度期待するだけ馬鹿だった。
それに、成体のゴブリンたちの食べかすを巡って争うのは慣れたとはいえ不愉快極まりない。
「ギギャーグ(わかった、分かったよ、やる。)」
僕のやる気なさげな声に壮年のゴブリンは思い切り顔を顰めて、さっさと失せろとばかりに
「ギギャ(じゃあ、行け)」
と言った。
さて、生後一ヶ月のゴブリンがただ闇雲に歩き回ったところで獲物はとれないだろう。
という訳で
「ステータス」
種族:リトルゴブリン
状態:通常
Lv :3/5
HP :5/5
MP :1/1
攻撃力:2
防御力:5
魔法力:1
素早さ:13
魔素量:G
特性スキル:
〖成長率向上〗
〖邪神の加護:Lv1〗
耐性スキル:
通常スキル:
称号スキル:
〖邪神の教徒〗
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うん、言いたい事は分かる。
なんか変わってないか?だろう?
この一ヶ月、飢え凌いでギリギリ生きていたら若干レベルが上がりました。多分、体が大きくなるとレベルも上がるんだろう。
……だから?
若干疑問を抱きそうになったが、これが便利なことには変わりない。たぶん。過信する事はできないが、ある程度の指標にはなるだろう、いつかは。
取り敢えず、レベルは上げなきゃいかんだろ、異論は認めない。
という訳で集落から出た後に最初にする事を決めた僕は、軽い足どりで、同年代のゴブリン達が押し込められた荒屋ともいえないなんともボロい建物を後にしたのだった。