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生きるのも戦いなのです

 腹が減っていた。


 産み落とされてから数時間、精神的な衝撃をなんとか受け止めていた僕は当然と言うべきか飢餓感に襲われた。


 辺りを見回しても汚らしい僕と同サイズの怪物がいるだけだ。

 ミルクをくれそうなメスゴブリンはいない。メスがいないのか、それともゴブリンは乳を出さないのか。


 最もゴブリンが母親面して乳房を差し出してきても喜んで食らいつくわけではない。


 下らない思考をしている間にも飢餓感はさらに大きくなっていく。


 おい、僕は赤子だぞ。唯一何もしないで飯を要求しても許される高貴な存在だぞ。


「グギャ」


 食事を求めて口を開いてみるものの、僕の口から出るのは不快な鳴き声のみ。

 ゴブリンへの転生なんて僕だから死にたいとか思わないけど普通の人なら絶望して死を選んでもおかしくないレベルの大惨事だ。


 比較的大きめなゴブリンが齧っている骨から目を背け、寄ってきた蝿を手で払う。衛生の反対にあるゴブリンの集落は虫の王国だった。


「グギャャャグキ!」


 突然騒がしくなった室内を見渡す。ゴブリンたちが立ち上がり出入り口に押し寄せていた。見ていて心地の良い光景ではない。


 餌に群れるコイを数倍醜悪にした感じと言えばその気持ち悪さは感じ取ってもらえるだろうか。


 ゴブリンの塊から歓声が上がり、何匹かのゴブリンが群れからはじき出された。弾き出されたゴブリンは諦めずに群れに突進していく。


 何があったんだ。見れば僕のように争奪戦に加わらないゴブリンもいるけど彼らは例外なく痩せ細っていた。


 ……嫌な予感がする。


 5分ほどして群れは散り散りになり後には何かの骨が残されていた。骨格からして鹿か何かだろう。


 もしかして食事これ?母乳だの離乳食だのをまるまる飛ばしていきなり肉?


 ワイルドにも限界があるぞ。ワイルドなライフの番組で特集されたら現実味がなくて炎上するレベル。


 ついでに僕のプロデューサー魂からしてもゴブリンたちと食事を取り合う番組はドキュメンタリーでも不評と判断。


 冗談、だよね?


 再びゴブリンたちが騒がしくなる。今度は僕の鼻も運ばれてくる血の臭いを感知できた。その臭いにどうしようもなく食欲が刺激された。


 武士は食わねど高楊枝?そんな言葉は僕の語彙には存在しない。生きねばならない。どんなに採算の取れない番組であろうと放送しないよりはまだマジであろう。


 覚悟を決めて立ち上がる。集団の一番外側に陣取り機会を待つ。


 来た! 


 僅かに肉の残った骨が投げ込まれた。骨格からしておそらく鹿かそれに類する四足動物だろう。


 あれっぽっちかとも思ってしまう。ネグレクトで訴えたら勇者が派遣されるだろ。


 一斉に肉に文字通り飛びつくゴブリンたち。内側のゴブリンたちがまず食らいつき次にそれより外側のゴブリンたちが隙間に強引に押し込んだ。


 触るどころか見るのも躊躇する光景だ。とはいえ霞を食べて生きていけない僕は参加するしかない。無防備に巨大な面積を占領している大きめな——ゴブリンの幼体にしては——ゴブリンの後頭部を蹴り上げる。


「グギャー」


 醜い悲鳴を上げて倒れたゴブリンの腹にもう一度蹴りを入れれば戦闘終了。


 ピクピクと痙攣しているゴブリンに止めを刺したいところだ。


 時間を無駄遣いしていては餌がなくなるのできちんと終わらせられないのが残念極まりない。


 驚いた顔で僕を見ているゴブリンたちの視線を無視して折れかかった肋骨を鹿から奪い取り、残っていた肉に食らいつく。

 

 味はまあ、食べられなくもない。お世辞にも美味いとは言えないが凄まじく不味いというわけでもなかった。


 ここ数時間の飢えを解消せんと人生……ゴブ生初の食事を詰め込む。


 僕の食べっぷりに危機感を覚えたのか他のゴブリンたちも慌てて食べ始める。

 

 食事は驚くほど簡単に終わった。腹八分目どころか二分目に達しているかすら怪しい。


 手についた血を舐めてみる。


 甘く感じてしまう。当たり前だが味覚もゴブリン仕様だ。


 名残惜しく外を眺めてみても次の肉が運ばれる様子はない。食事はこれで終わりか。


 肩を落として部屋の隅に戻る。


 目を閉じてできる限り省エネに努めようとしていた僕に声をかけるゴブリンがいた。


「グキギギャ(お前、よくも!俺の肉!)」


 なぜか理解できる片言の言葉を聞いて僕はようやく大きなゴブリンを蹴り倒したことを思い出した。


 顔に怪物らしい怒りを浮かべ僕に吠え立てるゴブリン。口でいうとは随分と平和的だ。いきなり蹴り飛ばした僕の方が野蛮に見えてしまうじゃないか。


 僕は平和主義者だ。誰がなんと言おうと変わらない。平和主義者な僕は怪物相手でも暴力は好みのやり方じゃない。


 ——だからこそ、最低限度で済ませる。


 手に持っていた肋骨の感触を確認する。一撃、一撃だ。体力も筋力も今の僕にはない。勝つならば確実な一撃が欲しい。


 覚悟を決めた僕の前で、ゴブリンは足を止める。その表情は崩壊寸前でありながらも、一線を守っていた。


「クギガキャ、グギャ(二度とするなよ)」


 それだけ言ってゴブリンは僕に背を向け、お仲間のところへと歩いていった。


 ……あれ、どうして僕は負けた気がしているんだろう。ただゴブリンに、冷静さで負けた?僕がゴブリンどもより野蛮?


 いやいや馬鹿な。そんなはずは。ははははは。


 飢え死にしないことだけを祝おう。

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