(7)
「聞こえたって、なにが」
「なにか、変な声とか、音とか」
「走っていく人の足音」
「それ、わたしです」
「そうなんだ」
「そうなんです。ほかには」
「なにも」
「なにも」
「うん。なにも」
「なにをされてたんですか」
「一服してました」
「はあ」
「ひまなんで、大きな音を出したいな、と。それで、さっき来て、部室に入る前に、一服」
「なるほど」
それで、たばこの火を灰皿でもみ消して、捨てて、手ぶらで軽音楽部の部室に行きました。灰皿は、巨大な乾電池みたいな、黒い柱でした。たばこ屋さんの店先とか、駅とか、市役所にあるようなやつ。
文化系サークル会館のなかを見ながら、喫煙所のわたしからむかって左が軽音楽部で、そっちの窓から、ドラムの音が聞こえてきました。
それで、思ったんです」
「なにを」
「わたし、声を聞いたって言ったじゃないですか。
やめて、助けて、って。
それって、防音ドアを通しては聞こえるはずがないから、窓からもれたのが、かすかに聞こえてきたんじゃないですかね。
思い出したんですけど、先生といっしょに足あとを調べてたとき、あの、池に面したほうの窓、あいてたんですよね。そこから、わたし、そのまま頭を出して、池の鯉を見おろしてました。
声が聞こえたときも、部室のその窓はひらいてて、わたしがくぐって外に出た、喫煙所のあの窓もちょっとひらいてたんじゃないですかね」
「つまり」
「つまり、声は、外の喫煙所を通って、ソファのわたしにとどいたんです。
わたしより前からいたはずの内藤さんが聞いてないのは、おかしいじゃないですか」
「なるほど」
「犯人は、わたしが最初に部室に入ったとき、部室の窓をのりこえて喫煙所にかくれてて、わたしが誰かを呼ぼうと出ていったのを見はからって、部室にもどって、死体をひきずって、喫煙所までひきずって、池に浮かべてたゴムボートに落とした。文サの前で、ぼん、って聞こえたじゃないですか。あれが、そのときの音です。内藤さん、それも聞いてないってことですよ」
「つまり」
「となると、内藤さんが、犯人なんですか」
「そう思うの。それでいいの」
「え。分かりません」
「どういうこと。論理的に破綻してるの」
「いちおう、成立すると思います。いったん死体を処理したあと、しれっとたばこ吸ってごまかしてた」
「じゃあ、それでいいのかな」
「でも、わたしが来るのを知ってて、計画してたってことになりませんか。つまり、つまりですよ、わざと部室の鍵をあけといたまま殺して、わたしに目撃させて、人を呼びにいくあいだに片づけようって思ってたってことですか。ゴムボートまで用意して。
それって、なんなんでしょう。
アリバイ工作なんでしょうか。なんか」
「論理的に破綻してる」
「はあ。なんの意味があるのか、よく分からないです。わたしがびっくりするだけじゃないですか。七不思議みたい、って」