(5)
「その怪談を連想した」
「はい」
「それでいいの」
「いい、ってなんです」
「納得したの」
「なんとなく、似てる気がします」
「ああ、そう」
「いや、納得はしてないですよ」
「じゃあ、どう思う」
「先生は、どう思ってるのか聞いてみたい、と思っています」
「怪談なら、それでもいいよね。ただ、似ているところより、似ていないところのほうが多い。
まず、現在、一時すぎの、まあ、昼さがり、といった時刻でしょう。少なくとも夜ではない。
ここは医学棟ではなく、文化系サークル会館だね。自転車で一〇分くらいはかかるから、医学棟から二、三キロくらいははなれてるんじゃないの。
特に、これがとても気持ち悪いんだが、血に一貫性がない」
「血の一貫性ですか」
「幽霊だか魂だか知らないが、その本体とともに、怪談の趣向の本質である血は消えてなくなるらしい。しかるに、われわれは、二種類の血を知っている。
消える血と、消えない血ね。
消える血は山本さんが見たし、というか、見えなくなったのか、消えない血はぼくがふきとった」
「ああ」
「とりあえず、以上ですけど」
「どうしましょう」
「もういいかな」
「あ、すみません」
「図書館に行きたかったんですけど」
「すみません。あの、先生」
そのまま、本当に行ってしまわれそうだったので、呼びとめました。
「はい」
「なんで、あの血を、ふきとっちゃったんですか」
「お盆だから、清掃の業者も休みだと思うよ」
「はあ」
「気づいた人がきれいにする。それ以上の理由が必要だろうか」
「そうですね」
なんで、証拠を、って言いかけてたんですけど、なんの証拠か分からない。殺人、ではないし、七不思議の証拠、それも、なんか、おかしい。
「では、また、休み明けに授業で」
先生は、去っていった。
さっきの窓から、見おろしました。先生は、アスファルトの道路を、木の根に侵食されてなくて快適そうでした、おばさんみたいに左足をペダルにのせて、右足で蹴って、いきおいをつけてからサドルに腰をおろして、自転車をこいでいきました。葉っぱごしの光のなか、だんだん、ペイズリーの柄よりちいさくなって、虫、アメーバ、砂つぶ、ほこり、やがて、消えてしまいました。