(4)
部室は正方形の三辺がコの字に窓になってて、先生といっしょに、土の上を調べました。調べたつもりでしたけど、わたしは必要だったのかどうか、分かりません。
いや、必要なかったです。
最後の一辺は池に面してて、なんでしたっけ、大学で二番目に大きいそうじゃないですか。浅くはないけど、すきとおってて、底まで見える。黒い鯉が一匹、群れのなかで目につきましたけど、ほかに変なところはありませんでした。
「足あとはないよ」
「そうですか」
「ほら、これくらい、くっきりと足あとになります」
「はい」
「じゃあ、もどるよ」
早かったです。
「関東ローム層は酸性の土らしくて、それで、木はあまり育たない予定だったんだけどね。こんなに高くはならないはずが、そこは自然の力だね、森みたいになってるでしょう。歩道も、木の根がはって、持ちあげられて、がたがた、波うってるし。調子にのって植えすぎて、ちょっと日がかたむいたらまっ暗になる。治安が悪くなったかどうかは知らないけど、ひとり歩きはこわいよ」
「どういうことでしょう」
「どう思う」
「ぜんぜん、分かりません」
「アンプのうしろとか、見てみようか」
「あ、はい」
ベースアンプはわたしの身長より少し高い、台座もふくめて一六〇センチくらいあって、人がかくれるくらいできそうでしたが、もちろん、というか、期待してなかったんですけど、誰もいません。壁とのすきまは指三本ぶんくらいだし、重くて動かせない。ギターアンプは、ちいさすぎる。
「その棚」
また、なにも考えてない状態でした。言われたとおり、雑誌がのってる灰色のスチールの棚、事務用の書庫をあけようとしました。小中学校とかによくある、いわゆる引きちがい戸のやつです。
「あかないです」
「ああ、そう」
「鍵がかかってるみたいです。動きません」
「ぜんぜん」
「はい」
「なるほど」
「これって」
「どう思う」
「ぜんぜん、分かりません」
「なんにも思わないの」
「変なことを思いました」
「どうぞ」
「たぶん、新歓コンパで聞いた気がするんですけど、この大学、七不思議があるらしいじゃないですか。全部はおぼえてないんですけど、たしか、医学棟の話で、国家試験の勉強でノイローゼになった医学部の学生が、恋人に麻酔をかけて、頸動脈を切って、死んでいくのをじっと観察した。
その恋人、看護学科の子で、かぼそい声で、やめて、助けて、ってしぼり出すことしかできず、手足は麻酔で金しばりにあったみたいに動けない。そのまま、死んだ。
それで、麻酔をつかった実習があった夜とか、ときどき出るんだそうです。出るんですけど、出るだけで、なにもしない。
なにもできない。
ただ、あおむけの女の子の白い影が教卓の上に浮かんで、血を流してるだけ。血がかれたら、消える。
気の毒だし、こわいけど、害はないそうです。大講堂でよく出るので、大講堂さん、って呼ばれてるらしくて、なんか、見たらテストでご利益があるとか、別れたい恋人と別れられるとか」