(3)
それで、軽音楽部の部室にまた入りました。わたしは三度目です。先生は、はじめて。
「なんにもないね」
「はい」
「これが変だということは、なにかある予定だったの」
「はい」
「なに」
「血まみれの、あの、死体だと思うんですけど、人がたおれてました」
「なるほど」
「先生」
「とりあえず、つづけて」
「ええと、最初から話します。この部屋から、声が聞こえたんです。
やめて、助けて、って。
それで、あけてみたら、ちょうどこのあたりです。この、ドラムの前で、奥のほうが頭、足を扉のほうにむけて、人が大の字になってたおれてたんです。たぶん、体の感じとか、女性だと思うんですけど、頭の上、肩、背中まで、血だまりにつかってました。
あわてて階段をおりて、文サを出て、誰か、人を探そうとして」
「ぼくを見つけたの」
「そうです。文サって、この、文化系サークル会館ですけど。すみません」
「ところで、ここ、土足」
「あ、ちがいますね」
わたしと先生は、入口の横のげた箱に、はきものをそろえました。
スリッパをぺたぺた鳴らして、先生は部屋のなかを歩きまわりました。
「どう思う」
「はあ」
「いや、山本さんが。どう思っているのか、おしえて」
「すみませんでした」
「まあ、すみませんでしたって思ってるのはいいよ。それで」
「なんか、見まちがえたかもしれません」
「本当に」
「はあ」
「いや、あなたしだいなんだけど。見まちがいってことにして、納得できるのか、どうか」
「正直、納得できてません」
「ということは」
「え、死体が、どっかにあるってことですか」
「ことですか、というか、どう思う」
「変なこと言っていいですか」
「いいよ」
「さっきの、血、関係ある気がするんですけど」
「つづけて」
「犯人が、凶器を持って、歩いて。どうにか処理しようとして。あれ」
「なに」
「犯人と凶器、急に消えたってことですか」
「そう思うの」
「分かりません」
「こっち、来てみる」
「はい」
こっち、というのは、窓ぎわで、変色して黄ばんだ古いギター雑誌がつんである棚に手をついて、下をのぞきこみました。落ち葉が、地面をうすくおおっていました。完全にはかくしきれてなくて、黒い土がところどころ、虫くいみたいに見えました。
足をひきずるような、だるそうな足音が聞こえて、誰か来た、と思ったら、先生でした。おしりのポケットに両手をつっこんで、
「山本さん」
わたしを見あげました。
「はい」
「すごくやわらかい土だね。ぐずぐずの葉っぱがだんだんくさって、いい堆肥になるでしょう。去年の秋、冬の落ち葉がまだ残ってる。ぐるっとまわるよ」
「はい」
ぐるっとまわりました。