(2)
わたしも、背中をまげて、テーブルの足のすきまから声のほうをのぞきました。
先生と目があいました。先生はリノリウムの床をさして、ちょっと首をかしげて、そのとき、はじめて、意外とやさしそうな目だと思いました。授業では、少し、こわかったんです。
すみません。
赤い点が、手前から奥へ、だんだん直径はちいさく、それぞれの間隔はせまく、まっすぐつづいていました。遠近法、って思いました。ぜんぜん、関係ありませんけど。
あたりまえですけど。
「血ですね」
「血だ」
「はい」
「それで」
「はい」
「これを見せたかったんじゃないの」
「あ、いいえ、ちがうんです」
「じゃあ、なに」
「あっちの、軽音楽部の部室なんですけど。いや、これも、血も変なんですけど。あれ。さっきは」
「なかった」
「はあ」
「気づかなかった」
「はあ。はい。気づきませんでした」
「見せたいものが、ふたつ。ひとつは、勝手に増えてた。山本さん」
「はい」
「その軽音楽部の部室、もう一回、確認してきてくれる」
「分かりました」
なにも考えず、言われたとおりにしました。先生に来てもらわないと意味ないのに。でも、確認ってなんだよ、とか、なんでわたしがもう一回、とか、まったく思いませんでした。
すみません。
すみませんじゃないや、思わなかったんです。それどころじゃなかった。いまも、思ってません。
でも、迷わずにまた、防音ドアのあのレバーみたいなのをあげて、なかに入れたのは、わたしがなにも考えられない馬鹿だから、ってだけじゃなくて、やっぱり、先生がいてくれて心強かったのもあると思います。
「先生」
「はい」
「変です」
「結局、なんだったの」
「なんにもないんです」
「変だね」
「はい」
「大丈夫」
「え、わたしですか。大丈夫です。わたしは変じゃないです」
「ああ、そう」
「先生」
で、出てきて、もとの階段前、ソファにもどった。
先生、モップがけしてた。
「なにやってるんですか」
「そうじ」
まあ、そうでしたけど。
なんにも言えず、立ってたら、先生は手ぎわがよかった、あっというまに血をぬぐいとって、モップしぼりのついたバケツですすいで、片づけに行きました。
トイレの洗面所によごれた水を流して、一番奥の用具入れにモップとバケツを置いて、手を洗って、水にぬれた指をテーブルの上のティッシュでふいて、
「いいでしょ」
「はあ」
「男子トイレ、下だから。ちょっと女子トイレに入ったくらい、気にしないよね」
「気にしないです。誰も入ってないし、わたしさえだまってれば」
「よかった」
「はい。あの、ちょっと来てください」
先生、マイペースすぎると思いました。
すみません。