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先生の授業  作者: 川光俊哉
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(1)

「先生ですか」

 本当に、馬鹿みたいな第一声でした。きっと、先生も馬鹿だと思ったでしょう。

「はい」

 って、自転車の車輪を、前、うしろ、順番に歩道からおろして、ハンドルをひいて、がっちゃん、駐輪場の屋根のわきにとめて、

「はい」

 あらためて、なんの用、という感じで、わたしに軽く会釈されました。

「先生の授業をとってる、山本です。コミュニケーション研究特殊演習」

「ああ、そう」

「はい」

「なんで、自転車でいっぱいなんだろうね。お盆なのに。お盆だからか。みんな、自分の自転車を置き去りにして、バスとか電車とか飛行機で実家に帰ったんだね」

「そうですね」

「ぼくの一台、入れるスペースもない」

「本当ですね」

「まあ、いいけど」

 駐輪場の屋根のわきにとめて、って書きましたけど、それでも、ぎりぎりまで端の赤と黒のマウンテンバイクに寄せてたのは、じゃまにならないように、一時停車でも、警備員にいちおう言いわけできるように、という配慮だったと思います。先生の自転車は、なつかしい感じの、実家の冷蔵庫か洗濯機みたいな、うすいみどりのママチャリでした。ステンレスのかごが、さびてました。

 そのとき、こもった、輪郭も、音量もあいまいな、どこから聞こえてくるのかもあやふやで、ちいさな爆発か、赤ちゃんのげっぷみたいな音がしました。

 ぼん、って。

「びっくりした」

 って、ふりむいて、そのまんまのことを言いました。

 先生は、びっくりしたわたしにびっくりしてた。眉を寄せて、そんな顔をされてました。

「あの」

「はい」

「ちょっと、いいですか」

「はい。いまの音がどうかしたの」

「いや」

「はい」

「ちょっと、いいですか」

「いいですよ」

 授業の質問だと思われたでしょうね、すみません。がたがたの石畳を、枯山水の庭みたいに、飛び石みたいにまたいで、文化系サークル会館の入口に立ちました。ふりかえったら、先生もわたしが踏んだのと同じ舗石を、スキップみたいに渡ってた。

「あ、こっちです」

「はい」

「二階です」

「なんです」

「すみません、ちょっと」

 すみませんでした。どうにも、混乱してて、てゆうか、落ち着いてるふりをするので精一杯で、分かりやすく状況を説明するとか、できませんでした。

 先生は、わたしからちゃんとした話なんて聞けないと判断されたのでしょう、たぶん、めんどくさくなって、だまってついてこられました。踊り場でちらっとうかがうと、ペイズリーじゃない、虫みたいな、葉っぱみたいな模様が、濃い藍色の上でうねってるシャツで、授業で一回か二回、見たことがある気がしました、暑いのに長袖を腕まくりもせずにきっちり着てて、腰に手をまわして組んで、メガネのレンズと黒いフレームが、窓からさしこむ葉っぱごしの光にきらきらしてました。

「すみません、あの、この奥で」

「はい」

 二階で、先生はわたしを追いぬいて、ソファの前、ちょうどテーブルの陰になってるところでしゃがまれました。人形劇か、影絵芝居で、刺されたかなぐられたかして死んだ、退場した、という感じで、急にわたしの視界からいなくなったんです。

「山本さん」

「はい」

「なるほど。それで、どうしろって」

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